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POETRY WITCH(ポエトリー・ウィッチ) -言の葉の代償(ツケ)は琴音(こえ)で払え-  作者: ちとせ鶫
序章 万象浄化の叙事詩、そして始まりの日へ

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序章 ―― 万象浄化の叙事詩、そして始まりの日へ

この物語は、詩が神々へ届く世界で、

ひとりの少女が“声”を代償に世界と向き合う物語です。


ノエルの詠唱は、神霊界を震わせるほどの力を持っています。

そして、その才能を支えるために沈黙を選んだ青年・アルド。


序章では、ふたりが初めて“世界の深層”に触れる瞬間を描きました。

少し長めですが、世界の入口として読んでいただけたら嬉しいです。

 空が、震えていた。


 雲の裂け目から射し込む光は、

 もはや自然現象の域を超えていた。


 柱のように、

 あるいは神の指のように、

 純白の光条が地上へ向かって垂直に降り注いでいる。


 一本、

 また一本。


 増えるたびに大地が低く唸り、

 遠くの山々が雪煙をまとって揺れた。

 

 都市の広場を取り囲む群衆は、

 誰ひとりとして言葉を発せなかった。

 祈るように、あるいは息を忘れたように、

 何千という瞳が中央の少女を見つめていた。


 ノエル・ブライトガーデン。


 両腕を水平に広げ、顔を天に向けた彼女の全身から、

 光の粒子が絶えることなく立ちのぼっていた。


 白い魔術詠唱衣の裾が風もないのにはためき、

 その足元には見えない輪が刻まれるように大地が白く染まってゆく。

 革張りのノートは、すでに地面に落ちていた。

 それでも彼女の口は止まらない。声は止まらない。

 詠唱が始まって、かれこれ二十五分が経過していた。


 少し離れた場所で、アルドは膝をついていた。

 立つことは、できなかった。

 いや——正確には、立とうとすれば立てる。

 脚の力は残っている。

 問題は、喉だった。


 首元に張り付いた黒銀のチョーカー——喉の枷——が、

 まるで生き物のように脈打っていた。

 発光している。

 青白いどころではない。

 白く、

 白く、

 灼けるような白さで輝いている。

 その内側で何かが締め付けられるたびに、

 アルドの喉から声にならない悲鳴と、吐息が漏れた。


 痛い、という言葉では足りなかった。

 焼ける。

 削られる。

 螺旋状に抉られて、また端から再生して、また焼かれる。

 ノエルが一節詠唱を刻むたびに、波が来る。

 引いて、また来る。

 引いて、また来る。

 波が大きいのは彼女の詠唱が完璧に近いからだ。

 完璧な詩ほど、神々が動く。

 神々が動くほど、その余剰が枷を通してアルドの喉へ流れ込んでくる。


 二十五分間、これが続いていた。

 あと五分……

 アルドは片手を地面についたまま、

 額に汗を滲ませながら、それだけを考えた。


 彼の視界の端で、また一条の光柱が天から降りてきた。

 枷のルーンが、青から白へ変わる。


 イグニスが動いた。

 あの光のパターンは、火神が直接介入している証だ。

 神界の気温が上昇している——ノエルの声が、神々の座にまで届いている......!


 ぐ、と枷が締まった。

 視界が白く飛ぶ。

 気を失いそうになる自分をなんとか踏みとどまらせる。

 膝をついた姿勢が、そのまま前のめりに崩れそうになる。

 アルドは歯を食いしばり、地面に押しつけた手に力を込めた。


 崩れるな。

 倒れるな。

 まだ終わっていない。

 ノエルの声が、届いてくる。

 クリアに、鮮明に。

 いつも通りの、少しだけ揺れた——それでいて、どんな完璧な音符よりも美しい——あの声が。


 詠唱は続いていた。

 「――セレス様よ、御身の慈雨は荒れ野を大地へと変える。争いの爪跡を、新たな命の揺り籠へと……」

 第二十二節。

 彼女の声に、まだ揺らぎはない。

 驚くべきことだった。

 二十五分という時間は、

 通常の魔術師が三日分の魔力を使い果たしてなお足りないほどの消耗を要求する。

 それなのに、ノエルの声は澄んでいた。

 むしろ、時間を重ねるごとに深みを増していた。

 まるで最初の一節目よりも、いまの声の方が豊かであるかのように。

 それが、この少女の異常な才能だった。


 通常の魔術師は「完璧な文法」と「正確な発音」で神霊と接触する。

 それは洗練された手順であり、再現性があり、安全だ。

 しかしノエルの詠唱は、文法の正確さよりも先に、

 感情が神々の周波数と直接共鳴してしまう。

 学院の教師たちが「暴発」と切り捨てたその揺らぎこそが、

 神々への「最短の回線パス」だった。


 アルドは、それを知っていた。

 だから彼は声を賭けた。

 だから彼は今日も、ここにいる。


 枷が、また脈打つ。

 光竜の気配だ、とアルドは判断した。


 プラチナ・ジーク。

 全竜の長。

 ノエルの詠唱がクライマックスに達した時にのみ、天に姿を現す神獣。


 その気配が、枷を通じて色と温度で伝わってきた。

 白金の輝き。

 灼熱でも冷気でもない——あれは、"荘厳"の感触だ。

 神界の上位存在が、この地を認識している。

 来る。

 もうすぐ現れる。


 「――ガイアス様よ、泰山を動かす貴方の不動の意志を……」

 第二十三節。

 ノエルの両腕が、わずかに震えていた。


 アルドは気づいていた。体力の限界が近い。

 二十分を超えた頃から彼女の膝に微かな揺れがある。

 それでも声は揺れない。

 それが、ノエルだった。

 体が悲鳴を上げていても、声だけは——詩だけは——彼女の芯から滲み出続ける。

 二人三脚の詠唱。

 そう、アルドは枷を通じてノエルの状態を感知しながら、

 見えない支えを渡し続けていた。

 鋭い魔力の波を極細に絞り、空気ごと彼女の足元に流す。

 転倒防止の魔術的な「床」を、アルドは片膝をついたまま、

 息も絶え絶えに維持し続けていた。


 あと少しだ、ノエル。

 声は出ない。

 筆談もできない——ペンを持つ手が、今は地面についているから。

 だから、ただ目で伝えた。

 膝をついたまま顔を上げ、ノエルの背中を見る。

 その視線に力を込める。

 届け、届けと念じながら。

 ノエルは振り返らなかった。

 振り返る必要がないからだ——師匠が必ず、ここにいると信じているから。


 「――五柱の御方よ、その御力を……!」

 声が、高くなった。

 第二十四節——招命の総詞。五柱の至高神を、一息に呼び集める節。


 枷が、爆発するように輝いた。

 アルドの視界が白一色に塗りつぶされた瞬間、空の裂け目が広がった。

 光が、降ってくる。

 いくつもの、いくつもの、圧倒的な光が。

 そして——


 白金の翼が、雲を割った。

 巨大な影が大地に落ちる。

 はるか上空に、その輪郭が現れつつあった。

 鱗の一枚一枚が星のように輝く白銀の身体。

 翼を広げるたびに光の粒子が降り注ぐ。

 咆哮はまだない。

 ただ、その存在が空を満たすだけで、周囲の空気が変質した。


 プラチナ・ジーク。

 光竜が、来る。

 アルドは息を呑んだ。


 激痛の向こうで、何か別のものが胸に満ちてくるのを感じた。

 痛みではない。恐怖でもない。

 これが、見たかった……!

 神々と、人間の詩が、正面から向き合う瞬間。

 その「特等席」にいるために、アルドはすべてを賭けた。

 喉の枷を受け入れた。

 学院を去った。

 沈黙の中を、何年も歩いてきた。


 それは「可哀想だから助けた」では、断じてなかった。

 「世界で一番価値のある才能を見抜いたから、賭けた」のだ。

 ノエル——

 枷が、極限まで締まった。

 白い閃光が視界を焼く。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


ノエルの詠唱は、ただの魔法ではなく“神々との対話”です。

その余波を受け止めるアルドの沈黙もまた、物語の核になります。


序章は世界の“扉”として、少し重めの内容になりましたが、

ここからふたりの関係や日常、そして神霊との距離が

少しずつ変わっていきます。


次の章から、物語は動き始めます。

よければ、この先もお付き合いください。

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