89/97
逆光
「こうしないと、生きているか死んでいるのか判らないの」
と言って彼女は身体を切り刻んだ。
剃刀を右手に鉛筆でも持つようにして立っている彼女を見ながら、僕はベッドに寝ていた。彼女は左手の手首から、太陽が堕ちてしまいそうな色の血を流しながら立っていた。彼女の足元に溜まっている血の雫はしだいに数を増しているように見えた。
「そんなことしなくたって、君は生きていると思うよ」
「駄目よ。あなたが言っても、あたしが生きているって感じないの」
「痛いじゃない」
「それが、証拠。あたしが、あたしのどこを触ったって、あたしが生きてここに立っているなんて感じないもの」
そう言ったままの彼女に背を向けて僕は毛布を被った。カーテンから透かして見えていた陽光はもうすぐ消えてしまうだろう。そうすれば世界はもっと綺麗になる。もしかしたら次に目を覚ましたときに彼女はこの部屋から出て行っているかもしれないし、血に染まった床に横たわって死んでしまっているかもしれないし、そのどちらでもないかもしれなかったけれど、僕には関係がないことだった。ただ眠かった僕は、それだけの理由で目を閉じて、生きているか死んでいるかなんてどうでも良い世界へと逃げ込んだ。




