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補記: 令嬢を過労にした男

「クロエ嬢を送ってきたよ」

「手間をかけたな」

 いとこのラウルが行儀見習い名目で呼び出したクロエ・バルディスを家まで送ったと聞き、レイナルドは少しほっとしていた。

 あのまま歩いて家に戻らせるなんてもってのほかだったが、レイナルドもオラシオもとても送ると押し切れないような状況だった。気を利かせてくれたラウルには感謝しかない。


 そもそも、どうしてこんなことになっているのかわからない。

 このところレイナルドへの結婚の申し込みは後を絶たず、伯爵家に入るにふさわしい人材か見極めるため、ホームパーティまたは夜会を運営できる程度の力はあるか、その力量を測ることになった。

 これまで三人の令嬢が勢い込んでやって来たが、行儀見習いとして招くと、いずれも音を上げるか、役に立たないかで、話は立ち消えになっていた。


 バルディス家からも打診があった。新興の男爵家だが、勢いもあり、家業としている農業貿易も安定しているようだった。友人宅の夜会で見かけた令嬢クロエは可憐で、不慣れな侍女の不手際も笑って許す度量の広さがあった。

 レイナルドの母は家格が合わないと渋ったが、とりあえず試す、と言う体で母からも了承を得、四回目の婚約者の見極めを行うことになった。


 家の使用人の本採用に向けた試験的な夜会が開催されることが決まっており、それに合わせてクロエを行儀見習いとして当家に迎えようとしたが、どういう訳か妹のアデリナが来ることになっていた。男爵は妹が伯爵家に入りたいとせがんだためセラーノ家に申し込みをしていたのだが、レイナルドの方からクロエを指名し、強引に押し切った。それが呼び寄せる前日だった。


 ちょうどクロエを迎える日に領で鉱山の事故があり、レイナルドはそっちに手を取られ、迎えに行くことはできなかった。

 もう四度目の見極めだ。いつものように準備リストからあえて数項目を適切でない数字に書き直し、後の段取りをオラシオに任せた。オラシオにはできるだけ口出しをしないように命じていた。

 まさか、急がせすぎて持参した服が足りず、メイド用のお仕着せを貸し出していたとは。しかも、ちゃんと客室を用意してあったのに、何を間違えたのかメイド用の部屋を割り当てていたとは…。屋敷の者がメイド候補の一人と間違えたのも仕方がない。それを怒りもしなかったクロエに驚いた。いくら何でも度量が広すぎるだろう。行儀見習いに来ながら、客室に満足せず、わがまま放題で、何の仕事もしなかった者もいたというのに。


 リストを見せると、いくつかの不足を即座に見抜いたらしい。自ら動いて不足をカバーするところは見込んだだけあったが、少し金を使うのに遠慮気味だった。つつましく育ったせいかと思われたが、しかしそれは予算として示していた金額の0が一つ不足していたせいだった。口頭で告げた金額を走り書きしたのはオラシオだった。


 使用人の選定と同時に実施したのは少し無理があったかもしれない。いとこのラウルが様子を見に行き、人手不足を見かねて手伝いをしたという。クロエも、ラウルも、使用人に混ざり仕事をするのはどうかと思われたが、クロエの助けになったのであればいいだろう。


 夜会にクロエを参加させるため、当日は仕事の割り当てをなくしていたが、レイナルドは用意していた客室を使っていないことも気付かず、侍女頭に部屋に置かせたドレスも装飾品も箱から出されることのないまま残されていた。侍女頭はレイナルドが言う男爵令嬢のクロエと、メイドのクロエが同一人物だと思わず、同一人物だとわかった後も、下賤なメイド候補の令嬢の世話など他の侍女に任せていた。

 その侍女も、使われた気配のない部屋を見て、まだ令嬢は到着していないのだろうと思ったらしく、令嬢が来たら言うようメイドに命じ、他の仕事に当たっていた。

 いつまで経ってもクロエの姿が見えないので、居所を聞くと、既に夜会に参加している、と言う。

 しかし、参加していたのは妹のアデリナの方で、よりにもよってクロエの居所を聞いたメイドがクロエ本人だった。メイドの格好をしていたとはいえ、本人だと気がつかなかったのは痛かった。

 会場ではアデリナになつかれ、うんざりしたが、将来妹になるかも知れないと思うと無下にもできなかった。

 再びクロエを探しに行くと、裏方で倒れたと聞き、様子を見に行ったが客室にはいなかった。ラウルから、クロエが使っているのはメイド用の部屋で、今は疲れて寝ているからそっとしておいた方がいい、と言われた。

 その時になって初めてメイド用の部屋を使っていたと知り、驚いたものの、まだ婚約者でもない令嬢の寝姿を見るのは失礼だろうと思い、来客も控えているのでそのまま夜会に戻った。


 レイナルドの母は、クロエの仕事ぶりを見て、自分で動きすぎると評した。セラーノ家ほどの伯爵家の嫁になるなら、自身で動くより、人を動かす才がなければ務まらない。行儀見習いに来ながら、侍女ではなくメイドとして働くことにも臆さず、本来使うべき人間と仲良くなるのは格下の男爵家の人間だからこそ、と言われた。それでも、これまでの三人よりはずっと「使える」人間だ、と、はっきりとは言わなかったが、不合格ではないとほのめかされた。ただし、クロエ自身がどうするか…、と奥歯に物が挟まったような母の口ぶりが、気にはなっていた。


 夜会の片付けも終わり、クロエが家に戻る日、他の家族や使用人の評価も聞き、合格と判定してクロエの元へ行ったが、それを伝えると、喜ぶどころか軽蔑するような目で見られた。

 伯爵家側がクロエを評価していたように、クロエもまた伯爵家を評価していたのだ。

 伯爵家の有り様をしっかりと見極め、失態を重ね、金銭を出し惜しむ家は合格に至らなかった。それが作られた設定であっても、クロエの怒りを買うには十分だった。


「帰りの馬車で聞いたけど、本人は人手不足を補うためのただの行儀見習いだと思い込んでたみたいだよ。自分がどう評価されようが、労いの言葉ひとつないようなところで働く気はないってさ」

 元々クロエはセラーノ家への輿入れなど興味はなかったのだ。突然仕事を押し付けられたにもかかわらず、トラブルから逃げず、失敗をフォローし、最後までやり抜いてくれていた。

 評価よりも先に感謝の言葉を伝えるべきだったと、気付くにはあまりに遅かった。


 レイナルドはしばらく仕事に打ち込んでいたが、時々クロエのことを思い出していた。

 後日、レイナルドは改めてバルディス家にクロエとの婚約を打診した。

 しかし、その時、既にクロエには付き合っている男がおり、間もなく婚約することが決まっていた。

 その相手は、レイナルドのいとこにして、パストール公爵家の三男、ラウルだった。

 ラウルは間もなく母方の祖父モレノ伯爵家を継ぐ。モレノ家は古くから続く名家だが、田舎の小さな領は使用人も少なく、家の者とも仲良く、共に仕事を分かち合える奥方こそ歓迎されていた。

 そしてラウルも、クロエも、分かち合って生きることを望む者だった。


 やがて、ラウルとクロエは仲良く領地へと旅立った。

 少し心は痛んだが、二人の幸せを祈ることはやぶさかではなかった。



お読みいただき、ありがとうございました。


たくさんの方に読んでいただき、ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。

読んだだけ、というかたも、ありがとうございます。

皆様にとって、いい連休でありましたことをお祈りしつつ、


  こっから7月まで連休がない


と言う事実を受け止めがたい今日この頃…

いい連休でした!! 

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