第七十二話 ウェンフの目的
ベンロン村に戻ったユーキたちはモンスターの討伐が完了したことを村人たちに伝えながらバンホウの家へと向かう。村人たちは出発してから僅かな時間でモンスターを討伐してきたと言うユーキたちに驚きを隠せず目を丸くしていた。
バンホウの家に向かう際、ユーキたちは偶然ウェンフの見張りを任されていた男性とハーフエルフと会う。二人は戻って来たユーキたちを見て驚きの反応を見せていたが、それ以上にウェンフが一緒にいたことに驚いており、ユーキはウェンフが隙を見てベンロン村から抜け出したことを男性とハーフエルフに伝える。
話を聞いた男性とハーフエルフは信じられないような顔をしていたが、目の前にウェンフがいるため本当に抜け出したのだと知り、ユーキたちにちゃんと見張っていなかったことを謝罪する。
ミスチアは不満そうな顔で男性とハーフエルフに文句を言おうとしたが、ユーキは済んでしまったことで二人を責めるつもりは無く、ミスチアが文句を言う前に今後気を付けるよう注意して話を終わらせ、そのままバンホウの家へと向かった。
バンホウの家に着くとユーキたちは初めてベンロン村に来た時のように荷馬車をバンホウの家の隣に停め、グラトンを待たせて家へ入った。バンホウとメイチェンはもう戻って来たユーキたちを見て驚き、そんな二人にユーキは討伐した証拠であるモンスターの体の一部を見せる。
モンスターの一部を見たバンホウはユーキたちが本当に短時間でモンスターたちを討伐したのだと知って更に驚き、同時にユーキたちがとんでもない実力を持っているのだと知って感服する。
バンホウはユーキたちに頭を下げてモンスターを討伐してくれたことに感謝した。そんな中、バンホウはユーキたちの後ろに立っているウェンフを不思議そうな顔で見つめる。どうやらウェンフの見張りを任されていた村人たちはバンホウにウェンフのことを伝えていなかったようだ。
ユーキはウェンフが何者なのか、どうして一緒にいるのかはバンホウに細かく説明し、話を聞いたバンホウは納得の表情を浮かべる。
説明が終わるとユーキはウェンフから話を聞くため、バンホウに家を使わせてほしいと頼む。バンホウは何の話をするのか理解できていないが、とりあえず家を使うことを許可した。
「さて、それじゃあ早速話を聞かせてもらおうかな」
許可を得たユーキは話を聞くためにウェンフを椅子に座らせた。ユーキもウェンフと向かい合う形で椅子に座った。
アイカとフィラン、ミスチアはユーキとウェンフの近くに立ったり、壁にもたれたりなどして話を聞く姿勢を取る。バンホウとメイチェンも少し離れた所に座ってユーキたちを見つめた。
本来、関係の無いバンホウたちはユーキたちが話し合いをしている間、会話の内容を聞かないよう家から出ていくべきなのだが、ユーキはバンホウたちにも話を聞いてもらいたいと思っていたため、二人をその場に残した。それ以前に話し合いの場として自身の家を貸しているバンホウたちには話を聞く権利がある。
ウェンフはユーキたちが話を聞ける状態になったのを確認すると若干暗い顔をし、俯きながら静かに口を開いた。
「……私、半年前までペーギントにいました」
「ペーギント……確かローフェンの首都だったな?」
「ハイ、そこにある孤児院で暮らしていました。リーファンお姉ちゃんと一緒に……」
顔を上げたウェンフはユーキを見ながら頷き、ユーキたちはウェンフがローフェン東国の首都にいたこと、孤児院暮らしだったことを知って意外そうな反応を見せる。同時にフォンジュが連れていたリーファンも同じ孤児院にいたことに驚いた。
ユーキたちが驚く中、ウェンフは自分の過去、リーファンとの関係について語り始めた。
今から九年前、ウェンフはローフェン東国の首都、ペーギントで両親と三人で暮らしていた。ウェンフの両親は二人ともキャッシアで父親は冒険者、母親や主婦をしており、何処にでもいるごく普通の一家だった。
ウェンフの父親は正義感が強く、母親は優しくてどちらも当時五歳だったウェンフを心の底から可愛がり、周囲の人々もウェンフたちを幸せな家族だと思っていた。しかしある日、そんな幸せが壊れる事件が起きてしまう。ウェンフの父が依頼中にモンスターに襲われて命を落としてしまったのだ。
まだ幼かったウェンフは父の死を理解できずにいたが、母親は夫を失ってしまったことに酷く絶望していた。それから幸せだったウェンフの家庭は一変してしまう。
夫を失った悲しみと絶望から母親は主婦としての仕事を殆どしなくなり、一日の半分以上は酒を飲んでいると言う生活を過ごすようになっていた。ウェンフの世話は最低限のことはしていたが、作る食事はいい加減でほぼ育児放棄の状態だ。
ウェンフは母親が変化を理解しながらも落ち込んだりせず、母親と一緒に頑張って生きていこうと思っていた。だがある日、母親は買い物に行くと外に出ていき、そのまま行方不明となってしまう。近所の住民は母親までいなくなり、一人になってしまったウェンフを心配していたが引き取ろうとはせず、孤児院が引き取る形となってしまった。
母親に捨てられてしまったウェンフは心に傷を負い、孤児院に入った後も同じ孤児院で暮らす子供たちと接しよとせず、毎日一人で過ごしていた。先に孤児院に入っていた子供たちもウェンフを暗い子だと冷たい目で見るようになり、陰口を言ったり、物をぶつけてからかっていた。
孤児院の仲間たちと打ち解けることができず、ウェンフは孤独な毎日を過ごしていた。そんな時に当時十一歳だったリーファンと出会う。
リーファンは他の子供たちと違ってウェンフをからかったりなどせず、優しく接して心を開かせようとした。
実はリーファンも幼い頃に両親を亡くし、孤児院に入ったばかりの頃は孤独だったのだ。一人でいるウェンフが昔の自分と重なって見えたリーファンは放っておくことができず助けてあげたいと思っていた。
最初はリーファンのことを避けていたウェンフだったが、毎日自分と仲良くしようと近づいて来るリーファンを見て、本当に自分を心配してくれているのだと知って心を打ち明ける。それからのウェンフとリーファンは本当の姉妹のように仲良く接していた。
一緒に遊ぶのは勿論、ウェンフが他の子供たちに苛められていた時はリーファンが真っ先に助け、ウェンフも自分を助けたことで苛められそうになるリーファンを護ろうとした。お互いに助け合い、大切な想いを懐きながら二人は孤児院生活を過ごしていったのだ。
自分とリーファンの関係を語り終えたウェンフは目を閉じながら俯く。話を聞いたユーキたちはウェンフとリーファンが血の繋がりこそないが、強い絆で結ばれているのだと感じていた。
「それから八年間、私とリーファンお姉ちゃんは孤児院で暮らしていました。時間が経つにつれて苛めとかも無くなって皆とも普通に接することができるようになったんです」
「そうか。リーファンさんがいたから今のお前がいるってことなんだな」
「ハイ。お姉ちゃんはとても優しくて、とても強い人です。孤児院のために冒険者になるって言ってました」
「冒険者?」
突然冒険者の話が出て来てユーキは訊き返し、アイカたちも意外に思いながらウェンフに注目する。
「私たちが暮らしていた孤児院は小さくて古い所でした。皆の食費や服を買うお金も殆ど無かったんです。お姉ちゃん、自分を引き取ってくれた孤児院に恩返しをするために冒険者になってお金を稼ぐって言ってました」
「成る程、そういうことか」
ウェンフの話を聞いたユーキは納得して微笑みを浮かべる。自分は孤児院に助けられたので、今度は自分が孤児院を助けるというリーファンの意思を聞かされ、ユーキやアイカたちは感服した。
「リーファンお姉ちゃん、冒険者になるまでに魔法のことをいっぱい勉強して強い魔導士になるって話してくれました」
「リーファンさんは魔導士を目指してるのか?」
「ハイ、お姉ちゃんはフォクシルトですから」
「ん? どういうことだ?」
リーファンが魔導士を目指す理由が理解できないユーキは小首を傾げる。すると話を聞いていたアイカがユーキに声をかけて来た。
「フォクシルトは亜人の中でも生まれつき魔力が強い種族で頑張って修業をすれば十代で中級魔法を習得できるって言われているの」
「へぇ~、そうなのか。エルフみたいな種族なんだな」
「まぁ、エルフと比べたら魔力は弱いけど、それでも他の亜人と比べたら強い方よ」
若干苦笑いを浮かべながら語るアイカを見てユーキは納得した表情を浮かべ、エルフのように魔法に優れた種族であるのなら魔導士を目指した方がいいと感じる。
リーファンが優しいだけでなく、種族としても優れた存在だと知ってユーキは改めてリーファンが凄い存在なのだと思った。
「リーファンさんと貴女の関係は分かりましたわ。だけど、そのリーファンさんが何でフォンジュと一緒にいるんですの?」
話を聞いていたミスチアがウェンフに声をかけ、最も疑問に思っていたことを尋ねる。ユーキとアイカもウェンフの言うリーファンがフォンジュと一緒にいたフォクシルトであると確信していたため、ミスチアが尋ねたことで笑顔を消し、ウェンフに視線を向けた。
ミスチアに問いかけられたウェンフは軽く目を見開いていたが、やがて表情を曇らせて小さく俯いた。
「……リーファンお姉ちゃん、フォンジュに連れていかれたんです」
暗い声を出しながらウェンフは語り、ユーキたちは僅かに目を鋭くする。バンホウもフォンジュが関わっていると聞くと他人事ではないと感じ、真剣な表情を浮かべた。
ウェンフの話によると孤児院はゴウシャン商会から運営資金を借りていたらしく、その時に取引の管理をしていたのが当時ペーギントにあるゴウシャン商会の本部に勤めていたフォンジュだったそうだ。
一年前、フォンジュは孤児院の院長に速やかに借金を返すように要求していた。しかし、その時の孤児院には払える金銭が無く、院長はフォンジュにもう少し待ってくれるよう頼んだらしい。しかしフォンジュは支払いの先延ばしを却下し、すぐに支払うよう言ってきた。
どうすればいいのか分からずに院長は途方に暮れていると、そこへ偶然院長に用があったリーファンがやってきた。フォンジュは大陸でも数少ないフォクシルトのリーファンを見て手元に置いておけば色々役に立つと考え、リーファンを差し出せば返済期間を延ばしてもいいと話を持ちかけた。
借金の返済を待ってもらえると聞かされた院長は悩むことなくリーファンをフォンジュに差し出すことを決める。勿論、突然フォンジュに差し出されると聞かされたリーファンは驚きを隠せず院長に抗議した。
納得のできないリーファンに対し、院長は「借金を返せなければ孤児院から追い出され、子供たちの居場所が無くなる。そうならないためにも分かってほしい」と綺麗事を並べてリーファンを説得する。
話を聞いたリーファンは孤児院が無くなれば他の子供たちと一緒にウェンフも住む場所を失ってしまうと不安を感じ、どうすればいいか考えた。だが院長はリーファンの答えを聞かずに勝手に話を進めてフォンジュにリーファンを差し出してしまう。
リーファンが孤児院を出ていくことはすぐにウェンフの耳に入り、ウェンフはリーファンを連れて行かないでほしいと必死にフォンジュと院長を説得したが院長は他に方法が無いと語る。
院長がリーファンを助けてくれないことを知ったウェンフはそれなら自分もリーファンと一緒に連れて行ってほしいとフォンジュに頼む。
だが、フォンジュは亜人として大して珍しくもないキャッシアのウェンフに興味は無く、連れて行っても邪魔になるだけだと連れて行くことを拒否した。
結局ウェンフは院長とフォンジュを止めることができず、家族同然の存在であるリーファンと離ればなれになることにショックを隠し切れず言葉を失ってしまう。リーファンもウェンフと別れることを辛く思いながら孤児院から連れ出されてしまった。
「院長、口では孤児院を守るためって言ってたけど、本当は借金を返すためにリーファンお姉ちゃんを犠牲にしただけなんだって私すぐに分かった」
「ムカつく話ですわねぇ」
ミスチアは腕を組みながら不満そうな口調で語り、ユーキとアイカもウェンフの話を聞いて不愉快に思っているのか目を鋭くしていた。
ユーキたちも院長に孤児院を守りたいという意思があったのは嘘ではないだろうと思っていた。だが、それでも孤児院で暮らすリーファンを迷うことなくフィンジュに差し出すという判断は間違っていると感じている。
「リーファンお姉ちゃんが孤児院から出ていった後、少しずつ借金を返していって、半年が経った頃には借金は全部返すことができたんです。私、その時にお姉ちゃんを返してもらうようフォンジュに頼んでほしいって院長にお願いしたんです。……だけど院長はお姉ちゃんはもうフォンジュのものになったから取り返すのは無理、お姉ちゃんもフォンジュのところにいれば楽に暮らせるだろうって言ったんです」
「それって、その時の院長にはもうリーファンさんを取り戻そうという意思は無かったってこと?」
アイカが尋ねるとウェンフは悔しそうな顔で俯きながら小さく頷く。アイカは院長の行動に驚きを隠せずに目を見開き、ユーキも院長がリーファンをその場しのぎのために利用しただけと聞かされて表情を険しくした。
「勝手にリーファンお姉ちゃんを差し出すことを決めたくせに、借金を返してもお姉ちゃんを取り返そうとしないことが許せなかった。……だから、私も孤児院を出たんです」
「まぁ、借金のために孤児院の子を差し出し、借金を返した後も何もしない所になんていたくないよなぁ……」
呆れたような顔をしながらユーキは腕を組む。自分がウェンフの立場なら同じことをしていたと考えており、ユーキはウェンフの行動は間違っていないと思っていた。
「孤児院を出た後、リーファンお姉ちゃんを取り返すためにゴウシャン商会の本部に行ったんだけど、フォンジュは別の町の支部に異動になってもうペーギントにいなかったんです。どこの支部に異動になったのか商会の人に聞いても教えてくれなくて……」
「それは仕方のないことだと思いますわよ? 部外者に自分の仕事仲間の情報を教える人なんていませんもの」
「だから私、ローフェン東国にあるゴウシャン商会の支部を一つずつ調べてフォンジュを探すことにしたんです」
ウェンフの口から出た言葉にその場にいたフィラン以外の全員が驚愕の表情を浮かべた。
ローフェン東国でゴウシャン商会の支部がある町は数えるくらいしかないが、子供がその町に行くにはそれなりの時間と金銭が必要になる。無事に町に着いたとしても、ゴウシャン商会と関りの無い者が支部で働く者の情報を手に入れるのは大変だ。
一人で一つの支部を調べるのはかなり苦労するとユーキたちは考えているため、ウェンフがとんでもない行動を執ったと驚いていた。
「フォンジュを探すって、それって凄く大変なんじゃないか?」
「ハイ、フォンジュの情報を集めながら町で暮らすためのお金も稼がなくちゃいけないので、一つの町を調べるだけで一ヶ月掛かることがありました」
「た、大変だったのね……」
ウェンフが予想以上に苦労していたことを知ってユーキとアイカは目を丸くする。ミスチアやバンホウも幼い少女がとんでもない生活をしていることに驚いていた。
「孤児院を出てから半年間、国中の町へ行って働きながらフォンジュを探していました。そんな時、シェンタンの町にフォンジュらしい人間がいるって情報を聞いてシェンタンの町に向かったんです」
「で、シェンタンの町で情報を集めている時に俺とアイカに会ったってわけか」
ユーキはシェンタンの町でウェンフがキャンディを売っていた時のことを思い出し、生活費を稼ぎながらフォンジュの情報を集めていたのだと理解する。
「ユーキに弟子にしてほしいって頼んだのも、ユーキが男の子に絡んでる男たちを倒したのを見てリーファンさんを取り返すための力をつけたいと思ったからなのね?」
「ハイ。……だけど、それだけじゃありません」
リーファンを助ける以外にも剣術を学びたい理由があると聞いてユーキは反応した。
「私、リーファンお姉ちゃんが冒険者になるって話してくれた時、私も一緒に冒険者になるって言ったんです。二人で冒険者になって孤児院のためにお金を稼ごうって……」
「成る程な……」
「でも孤児院は借金を返すためにリーファさんをフォンジュに売ったのでしょう? 今更恩返しをする必要なんて無いんじゃありませんの?」
いくら引き取ってくれたとは言え、借金の返済期間を延ばすために勝手に話を進めて子供を差し出すような孤児院に恩を返す必要は無いと考えるミスチアはウェンフに恩返しは不要ではと語る。ウェンフはミスチアの方を見ると真剣な表情を浮かべた。
「勿論、私も今はお姉ちゃんを見捨てた孤児院に恩返しをしようとは思っていません。……と言うより、もう孤児院は無いんです」
「どういうことですの?」
「私が国中の支部を調べている時に私たちが以前暮らしていた孤児院が無くなったって話を耳にしたんです。またゴウシャン商会に借金をして、それを返せずに取り壊されてしまったと聞きました。今では院長や皆がどうなったのかは分かりません」
「あらあら、借金を返すためにリーファさんを売ったのにまた借金をして孤児院を潰してしまうとは……」
孤児院の結末を聞いたミスチアは皮肉な口調で語り、ユーキとアイカも孤児院の院長を哀れに思う。同時に孤児院が取り壊されて居場所を失ってしまった子供たちを気の毒に思った。
「孤児院に恩返しをする必要は無くなったけど、もしリーファンお姉ちゃんに冒険者になる意志がまだあるなら、全部終わった後に一緒に冒険者になってお姉ちゃんを支えてあげたいんです」
「リーファンさんを助けるため、一緒に生きていくために俺から剣を学びたいってことか?」
ユーキが確認するように尋ねるとウェンフは力強く頷き、ウェンフの反応を見たユーキは椅子の背もたれに寄り掛かって目を閉じる。
ウェンフはリーファンを取り戻すために孤児院を飛び出して半年間もローフェン東国を探し回った。ウェンフにとってリーファンは本当の家族以上に大切な存在なのだとユーキは感じる。
「ユーキ先生、私に剣を教えてください! リーファンお姉ちゃんを助けたいんです!」
全てを話したウェンフは改めてユーキに弟子にしてほしいと頼んだ。ユーキはすぐには答えを出さず、目を閉じたまま黙り込む。そしてしばらくするとゆっくりと目を開けた。
「……お前にとってリーファンさんは本当の家族と同じくらい大切な存在なんだな?」
「ハイ!」
もう一度リーファンがウェンフにとってどのような存在なのか確認したユーキは軽く息を吐いてからアイカの方を向いた。
「アイカ、今回の討伐依頼の期間は一週間だったっけ?」
「え? ええ、そうだけど……」
「確か早く依頼を完遂させた場合、期間以内に学園に戻ることができれば余った期間中、生徒たちは学園の外で自由に行動してもよかったんだよな?」
「ええ。ただし依頼を完遂させても期間以内に戻ることができなければ依頼は失敗したと見なされるわ。あと、複数人で依頼を受けた場合は代表の生徒が完遂報告をしなくちゃいけないし、代表が依頼中に死亡していない限りはそれ以外の生徒が報告しても完遂したことにはならない」
アイカはメルディエズ学園の依頼に関する規則を細かく説明し、ユーキは話を聞きながら小さく数回頷く。
なぜユーキはいきなり依頼期間のことを訊いてきたのか、アイカにはまったく分からなかった。
「……この村から学園に戻るにはどのくらい時間がかかる?」
「此処から? そうね……一日あれば戻ることはできるけど、戻る途中でモンスターとかに遭遇する可能性もあるし、時間に余裕を持って戻りたいのなら二日前には出発した方がいいと思うわ」
「成る程ね……学園を出発してから今日で二日が経過してるから、俺たちが今回の依頼で自由に使える時間はあと五日ってことか」
自分たちに残された時間を計算したユーキは顎に手を当てて考え込み、その様子をアイカやミスチア、ウェンフは不思議そうに見つめていた。
ユーキはいったい何を考えているのか、アイカたちが疑問に思っているとユーキはアイカ、フィラン、ミスチアの方を向いて口を開いた。
「三人とも、悪いんだけどちょっと俺のわがままに付き合ってくれ」
「わがまま?」
未だにユーキの考えが理解できないアイカは小首を傾げる。すると、ユーキはウェンフの方を向いて真剣な表情を浮かべた。
「気が変わった。……いいよ、ウェンフ。お前に剣を教えてやる」
「えっ?」
ユーキの口から出た言葉にウェンフは思わず訊き返し、アイカとミスチアは軽く目を見開いてユーキを見つめた。
今までならウェンフがどんなに頼んで来てもユーキは迷わずに断っていただろう。だが、ウェンフから過去の話やリーファンとの関係を聞かされたことでウェンフが大切な人のために剣士になろうとしていたと知り、ユーキは剣を教えることにしたのだ。
「ユ、ユーキ君、本気ですの?」
「ああ」
ウェンフを見ながらユーキは頷き、ミスチアは数時間前と考え方を変えたユーキを見てまばたきをする。
アイカも驚きながらユーキを見ている。だがそんな時、先程ユーキと話していた会話の内容が頭をよぎり、アイカはフッと反応した。
「ユーキ、もしかして貴方の言ったわがままって……」
「ああ、このまま学園には戻らず、今日から三日間ウェンフに剣を教える」
ウェンフに剣を教えるためにベンロン村に留まるというユーキの考えを知ったアイカは「やっぱり」と言いたそうな顔をし、話を聞いていたバンホウとメイチェンも意外そうな反応を見せた。
依頼を終われば殆どの生徒は真っすぐメルディエズ学園に戻る。中には途中にある村や町に寄り道する生徒も何人かいるが、ユーキのように学園に戻らずギリギリまで依頼を受けた村に留まる生徒は殆どいない。
「でも、どうしていきなり剣を教える気になったんですの? 討伐に出かける時は弟子にする気は無いと仰ってましたのに……」
「確かにあの時の俺はウェンフを弟子にする気は無かった。本心がどうであれ、縁もゆかりもない奴に剣を教える義理は無いからな。……だけど、リーファンさんを助けるために剣を教わりたいというのなら、教えられる範囲のことは教えてやろうって思ったんだ」
「なぜですの?」
ミスチアが尋ねるとユーキは目を閉じて小さく苦笑いを浮かべた。
「……どうも俺は家族を助けようとしたり、護ろうとする人を放っておけないみたいなんだ」
ユーキの答えを聞いたミスチアは理解できないような表情を浮かべる。だが、アイカはユーキの答えを聞いて彼がウェンフを助ける気になった訳を察した。
転生前のユーキは両親のことを殆ど知らずに育ち、育ててくれた祖父もユーキを残して他界してしまった。そのため、ユーキは家族と言うものを誰よりも大切に思っている。
ユーキにとって家族とは言葉だけでは表現できない特別のものであるため、リーファンを実の姉同然に思っているウェンフの力になりたいと思ったユーキは剣を教えることにし、それに気付いたアイカは納得して微笑みを浮かべた。
「私は構わないわ。ウェンフちゃんに剣を教えてあげて」
「アイカさん、貴女もですの?」
アイカもベンロン村に残ることに賛成し、ミスチアはアイカに視線を向ける。アイカは微笑みを浮かべたままミスチアに方を向いた。
「私も小さい頃に家族を亡くしたんです。ですから家族同然のリーファンさんを助けたいって言うウェンフちゃんの気持ちやその力になりたいっていうユーキの考えも少し分かるんです。ですから、私はユーキと一緒にこの村に留まります」
「んぬぅ……」
「ミスチアさんはどうですか?」
若干不満そうな顔をしているミスチアにアイカが尋ねると、ミスチアは後頭部を掻きながら難しそうな表情を浮かべて考え込む。
「まあ、私も親がいませんから、分からなくはありませんが……」
「なら、ユーキのわがままを聞いてあげるのも良いんじゃないでしょうか?」
ミスチアも家族の大切さを少しは理解していると感じたアイカは優しく語りかけ、アイカを見たミスチアは再び考え込む。そして、深く溜め息をついてから腕を組んだ。
「分かりましたわ、お付き合いいたします。どの道、ユーキ君がいなくちゃ学園に戻っても依頼完遂にはなりませんもの」
「ありがとう、ミスチア」
ユーキがミスチアに礼を言うと恥ずかしいのかミスチアは目を合わさないよう軽くそっぽを向いた。
「フィラン、君はどうだ? やっぱり反対か?」
ずっと黙っていたフィランの意見が気になり、ユーキはフィランに声をかける。フィランは視線だけ動かしたユーキの方を見ると再び視線を戻して口を動かした。
「……反対も何も、代表である貴方がそうしたいと言うなら私はそれに従う」
「そうか」
フィランも反対する気は無いと知ったユーキは心置きなくウェンフに剣を教えられると感じ、仲間たちの許可を得たユーキはバンホウの方を向く。
「と言うわけで村長、モンスターを討伐しましたが今日から三日間、お世話になります」
「は、はあ……」
ユーキの声をかけられたバンホウは若干戸惑いながら返事をする。この時、バンホウはなぜベンロン村に留まるのは疑問に思っていた。
剣を教えるのならわざわざベンロン村に留まらなくても、宿屋や酒場などがあるシェンタンの町に行けば色々都合がいいと思われるが、シェンタンの町は剣を教えられそうな広場や訓練場は殆ど無い。しかも人口が多いため、人が大勢集まる場所で剣を教えたりすれば周囲に迷惑が掛かる可能性があった。
ベンロン村は人口が少なく、剣を教えられる場所もあるため、ユーキは村に残った方が教えやすいと考えていた。何より、時間が限られているため、シェンタンの町へ移動して貴重な時間を無駄にしてはならないと思っている。
「食事は自分たちで用意したのがあるので結構です。あと、お世話になる間、村の仕事とかも手伝いますから言ってください」
「わ、分かりました。では、後ほど皆様がお休みになる場所へご案内します」
バンホウの許可が得るとユーキは笑顔で頭を下げる。だがすぐに真剣な表情を浮かべてウェンフの方を向き、ユーキと目が合ったウェンフは小さく反応した。
「聞いていたな? 俺のルナパレス新陰流をお前に教えてやる」
「本当に……本当に教えてくれるの?」
「ああ、ただし条件が二つある」
ユーキはそう言って右手の人差し指と中指を立て、ウェンフは黙ってユーキの話に耳を傾けた。
「一つはさっきも話したとおり、俺たちは三日しかこの村にいることはできない。だからお前に剣を教えてやれるのは今日から三日の間だけだ。その間にお前に教えられるだけのことを教える。その後はお前一人で何とかするんだ」
「……ハイ」
「二つ目は前に聞いたと思うけど、俺は弟子なんて取ったことが無いから上手な教え方や手加減の仕方も知らない。しかも教えられる期間は経った三日だけ。だから俺はお前はできるだけ強くするため、師範だった爺ちゃんが俺に教えてくれたやり方と同じようなやり方でお前に教える。間違い無くスパルタになるぞ?」
「スパ、ルタ?」
聞き慣れない言葉にウェンフは小首を傾げ、ユーキは若干面倒そうな顔をしながら自分の頭を掻く。
「つまり、めちゃくちゃ厳しく教えるってことだ。剣を教えている最中に怪我をするかもしれない。……それでもいいんだな?」
「ハ、ハイ!」
怪我をするかもと聞かされた一瞬驚くウェンフだったが、リーファンを助けるための力を得られるのならどんな苦しい特訓にでも耐えてみせると心の中で気合いを入れた。
ウェンフが力強い返事をするとユーキはニッと笑みを浮かべながら立ち上がった。
「よしっ! それじゃあ、早速始めるぞ」
「え? 今から?」
「当たり前だろう? 時間は限られてるんだから」
そう言ってユーキは外へ出ていき、ウェンフは戸惑いながらもユーキの後をついて行った。
アイカはバンホウの家から出て行ったユーキとウェンフを見て苦笑いを浮かべ、フィランは無表情、ミスチアはやれやれと肩を竦める。バンホウとメイチェンは話の流れについていけてないのか、呆然としていた。




