第七十一話 御召茶色の巨人
戦闘が終わり、ユーキたちは荷馬車が動きやすいよう倒れているモンスターたちの死体を道の隅へ移動させる。オーガの死体はアイカたち女子生徒では動かせないため、強化で筋力を強化したユーキとグラトンが移動させた。
死体を移動させる際、ユーキたちはモンスターたちを倒したことを証明するためにモンスターたちの耳や指などの体の一部を切り取って回収し、死体の移動が終わって道が綺麗になるとユーキは荷馬車の方を向いて軽く息を吐く。
「よし、これで先へ進めるな」
「ええ。……ねぇ、ユーキ。さっきのがベンロン村の近くに現れたモンスターの集団だと思う?」
アイカが現れたモンスターたちの正体について隣にいるユーキに尋ねると、ユーキは腕を組みながら目を僅かに鋭くした。
「これまでの状況と数を考えると可能性は高いな」
「それじゃあ、近くにはまだモンスターがいるってことよね?」
先程戦ったモンスターたちの数が情報で聞いていた数よりも少ないことからまだ林の中にモンスターが潜んでいるとアイカは予想し、ユーキも同じ気持ちなのかアイカの方を向いて頷く。
「ああ、またいつ襲ってくるか分からない。この先も慎重に進んで……」
警戒しながら進もうと話している時、突然道の左側にある林から木が倒れ、荷馬車の十数m先で道を防ぐように横になる。木が倒れる音を聞いたユーキたちは一斉に木の方を向いた。
「何だ?」
ユーキが倒れている木を見つめると左側の林から大きな影が姿を現れ、ユーキたちは一斉に警戒する。現れたのは身長3mはある御召茶色の肌をした人型のモンスターで、それを見たユーキは目を見開いた。
「あれは、トロール!」
現れたモンスターの名を口にしながらユーキは低い声を出し、アイカ、ミスチアも表情を鋭くする。
討伐するモンスターたちの中にトロールがいるという情報は得ていたが、本当にいたことを知って軽い衝撃を受けていた。フィランは相変わらず無表情のままで、ウェンフは新たに現れたモンスターを目にして目を見開いている。
ユーキたちがトロールを見つめていると、トロールもユーキたちに気付いてゆっくりと彼らに視線を向ける。その直後、トロールが出てきた左側の林から更に四体のゴブリンが現れてトロールと同じようにユーキたちの方を見た。
トロールは口を開けてユーキたちを脅かすかのように鳴き声を上げ、ユーキたちは一斉に武器を構える。すると後ろの左側の林から三体のオーガ、六体のコボルト、五体のオーク、計十四体のモンスターが現れ、気配を感じたユーキたちは一斉に後ろを向いた。
「チッ、後ろからも現れましたわ!」
「また挟み撃ちか」
前だけでなく後ろからもモンスターが現れたことでユーキたちはより警戒を強くする。モンスターの数は合計十九体で先程戦ったモンスターたちよりも数は少ないが、今回はトロールがいるため、数は少なくても戦力は高いとユーキたちは考えていた。
モンスターたちは鳴き声を上げたり、持っている武器を振り回したりなどしてユーキたちを威嚇するような行動を執る。だがユーキたちはモンスターたちに怯んだりすることなく武器を構え続けた。
「このモンスターたち、さっき戦ったモンスターたちの仲間かしら?」
「かもしれない。俺たちが最初のモンスターたちを倒した直後に現れたからな」
モンスターの種類と数から先程のモンスターたちの仲間だとユーキは予想し、アイカも目をより鋭くして前にいるトロールたちを睨んだ。
「でも、仲間ならどうして全員で私たちを襲わなかったんですの? 全員で襲った方が上手くいく可能性も高かったはずですのに……」
なぜわざわざ戦力を二つに分けて襲ってきたのか、モンスターたちの行動が理解できないミスチアは不思議に思う。
確かに敵の数が少なく、自分たちの方が多いのであれば全ての戦力をぶつけて戦った方が有利に立ち、戦闘の時間も短縮することができる。なのに、モンスターたちは戦力を分けて襲ってきたため、ミスチアだけでなくユーキとアイカも疑問に思っていた。すると、後ろのモンスターを警戒していたフィランが静かに口を開く。
「……多分私たちの実力を確かめるために二つに分けてぶつけのだと思う」
「最初のモンスターたちで私たちがどれだけ強いか調べたってことですの?」
ミスチアの問いにフィランは無言で頷く。モンスターが敵を警戒し、敵の力を計るために戦力を分断したという答えを聞いてミスチアは「ほほぉ」と意外そうな表情を浮かべる。
「モンスターにそこまで考えて行動するほどの知能があるとは驚きですわね」
「……トロールのような中級の人型モンスターならそれぐらいはできる。知らなかった?」
知っているのが常識と言いたそうな口調でフィランが尋ねるとミスチアはカチンと来たのか笑いながら小さく青筋を浮かべてフィランに視線を向ける。
「……ほんっとうに癇に障る言い方をしますわねぇ」
「?」
ミスチアが苛ついている理由が分からないフィランはミスチアを見ながら軽く小首を傾げる。それを見てミスチアは更に腹が立ってきたのかゆっくりと歯ぎしりをし始めた。
モンスターを前にしてフィランと喧嘩をしようとするミスチアを見てアイカは溜め息を付きながら呆れ果て、ユーキもトロールと向かい合いながらミスチアとフィランの会話を聞いて同じように軽く溜め息を付いた。
「ミスチア、今は目の前のモンスターを倒すことに集中してくれ」
「チッ、分かりましたわ」
ユーキの言葉で何を優先するべきが思い出したミスチアは若干不満そうにしながら後方にいるモンスターたちを睨む。フィランもミスチアが構えるのを見ると視線をモンスターたちに向ける。アイカはフィランとミスチアがモンスターと戦うことに集中するのを見てとりあえず安心した。
「トロールとゴブリンは俺とグラトンが何とかする。アイカたちは後ろにいるモンスターたちの相手を頼む」
「分かったわ」
指示を聞いたアイカは後ろにいるモンスターたちを睨みながらプラジュとスピキュを構え、フィランとミスチアもジワジワと距離をつけてくるモンスターたちを見ながら構え直したり足の位置を変える。
ユーキはトロールとその取り巻きであるゴブリンたちを見つめながら双月の構えを取り、グラトンはユーキの隣まで移動して荒い鼻息を出しながらトロールたちを睨んだ。その直後、トロールは大きく口を開けて鳴き声を上げ、それを合図にしたかのようにモンスターたちはユーキたちに突撃する。
走って来るモンスターたちを見てユーキたちも迎え撃つためにモンスターに向かって行き、荷台に乗っているウェンフは姿勢を低くして隠れた。
後ろのモンスターの内、コボルトとオークは前に出てアイカたちに攻撃を仕掛ける。しかしアイカたちは難なくコボルトとオークの攻撃をかわして反撃し、一体ずつ確実に倒していく。
「私、フィランさんのせいで少し機嫌が悪いですの。必要以上に激しく攻撃させてもらいますわ!」
ミスチアは目の前にいるオークたちを睨みながら距離をつめ、間合いに入ったオークたちをウォーアックスで攻撃していく。機嫌が悪いせいかミスチアの力は強く、攻撃したオークは全て一撃で倒された。
オークはあまりにも激しいミスチアの攻撃と彼女の迫力に恐れたのか突撃を止めて距離を取り始める。しかし、ミスチアはそんなオークたちを逃がす気はないのかオークたちを追撃して一気に数を減らしていった。
「凄い戦い方ね、無茶をしなけれないいのだけど……」
アイカはオークを倒していくミスチアを見ながら呟き、その隣ではフィランがコクヨを下段構えに持って目の前にいる四体のコボルトたちを見ていた。
コボルトたちはアイカとフィランの構えを見て隙が無いと感じたのか攻撃を仕掛けようとしない。最初に突撃した時に仲間のコボルトが二体倒されてしまったため、コボルトたちは二人は強いと警戒しながら睨んでいた。
「コボルトたち、全然近づいて来ないわね。反撃されることを警戒してこっちが仕掛けるのを待ってるみたい……」
「……なら、望みどおり攻撃する」
そう言うとフィランは混沌紋を光らせて暗闇を発動させ、ドーム状の闇を全てのコボルトを呑み込めるくらいの大きさまで広げる。これは他のモンスターと戦っているユーキたちの視覚を封じないためだ。しかし、アイカはフィランの隣に立っていたため暗闇の闇に吞まれてしまっていた。
突然視界が真っ暗になり、コボルトたちは困惑する。最初にユーキたちと遭遇した仲間たちの戦いを見てフィランが暗闇を使うことも分かっていたが、どんな能力なのかは理解できていなかったため、実際に暗闇の闇に呑まれて驚いていた。何よりもコボルトたちには混沌術を警戒するほどの知能は無い。
コボルトたちが驚く中、同じように闇に呑まれたアイカはまたフィランが宣言無しで暗闇を使ったことに呆れている。そんなアイカのことを気にすることなく、フィランはコボルトたちに向かって走り出し、近くまでやってくるとコクヨを素早く振り上げて目の前のコボルトを切り捨てた。
一体目のコボルトを倒すとフィランはすぐに移動し、別のコボルトに近づいて袈裟切りを放つ。その後に残りの二体も横切りと逆袈裟切りで斬り捨て、全てのコボルトを倒すと暗闇を解除して闇を収縮させる。闇が完全に消えるとコボルたちは一斉にその場に倒れた。
アイカは自分の見えないところで全てのコボルトを倒したフィランを見ながら感心するが、同時に合図も無しに暗闇を使うのはやめてほしいと思う。そんな時、オークの鳴き声が聞こえ、アイカは鳴き声が聞こえた方を向く。そこには全てのオークを倒してウォーアックスを肩に担いでいるミスチアの姿があった。
「あっちも片付いたみたいね。残るは……」
ミスチアを見た後にアイカは視線を動かして近づいて来る三体にオーガを確認した。オーガたちは全てのコボルトとオークが倒されても怯む様子は見せず、棍棒を持って近づいて来る。
オーガたちの方を向いたアイカはプラジュとスピキュを十字構えに持つ。コボルトやオークと戦う時と同じ感覚でオーガと戦ってはいけない、そう自分に言い聞かせながらアイカはオーガたちを睨む。
アイカが構えるのと同時にフィランとミスチアも同時に構え直し、三人は同時にオーガに向かって走り出す。
――――――
ユーキはグラトンと共にトロールとゴブリンたちの相手をしていた。ゴブリンたちは体の大きなグラトンには近づかず、体が小さく勝てそうな見た目をしたユーキだけを狙っている。
トロールもユーキに攻撃を仕掛けようとしているがグラトンがそれを妨害するため、ユーキに手を出すことができずにいた。
ゴブリンたちは前後左右からユーキを取り囲み、ユーキを小馬鹿にするかのようにゲラゲラと笑っている。そんなゴブリンたちをユーキは月下を上で右に、月影を下で左に倒した二の字構えを取って見ていた。
「まったく、子供の俺なら楽に殺せると思ってるのか? ナメられたもんだねぇ」
笑うゴブリンたちを見ながらユーキは哀れむような口調で呟く。最初にユーキたちを襲った仲間のモンスターが倒されたのを見ていたのなら、ゴブリンたちもユーキの強さを理解したのではと思われたが、ゴブリンたちの様子からユーキの実力を全く理解していないようだ。
ユーキは何も理解していないであろうゴブリンたちを見ながら小さく息を吐いて呆れる。そんな中、ユーキの左側にいたゴブリンが持っている短剣を振り上げながらユーキに襲い掛かって来た。
ゴブリンの攻撃に気付いたユーキは素早く左を向き、姿勢を低くしながら前に踏み込んで走って来たゴブリンの腹部を月影で斬る。斬られたゴブリンは苦痛の表情を浮かべながら膝から倒れて動かなくなった。
一体目のゴブリンを倒したユーキは体勢を直して振り返り、残っているゴブリンたちの方を向く。だが振り返った直後、ニ体のゴブリンが槍を構えて正面からユーキに向かって走り、ユーキに近づくと同時に持っている槍で突き放ち攻撃してきた。
ユーキは月下と月影を器用に操って迫ってくる槍を払い上げる。槍を払われたことでゴブリンたちは体勢を僅かに崩し、ユーキはその隙にゴブリンたちとの間合いを詰めた。
「ルナパレス新陰流、眉月!」
ゴブリンに近づいたユーキは月下と月影を同時に外側に振ってゴブリンを斬り、続けて内側に振ってもう一度斬った。二度斬られたゴブリンたちは掠れた声を出しながら倒れて息絶える。
ユーキはゴブリンを倒すと月下と月影を軽く振ってから残っているゴブリンの方を向く。だが、残りの一体がいた場所には姿は無く、ユーキは周囲を見回して残っている最後のゴブリンを探す。
「何処に行ったんだ? まさかグラトンが気付かないうちに倒したんじゃ……」
独り言を言いながらユーキが周囲を見回していると、ユーキの視界に荷馬車の荷台にしがみ付いて荷台の中を覗き込んでいるゴブリンの姿が視界に入る。ゴブリンの様子から荷台に隠れているウェンフに気付き、彼女を襲おうとしているのがすぐに分かった。
自分の隙をついて荷馬車に近づいたゴブリンを見てユーキは僅かに表情を険しくし、全速力でゴブリンに向かって走った。
ゴブリンは荷台の外からウェンフに向かって短剣を振り、ウェンフはゴブリンの攻撃を受けないよう反対側に移動して座りながら持参していたナイフを握っている。幸いゴブリンの攻撃はウェンフには届かず、短剣は空を切るだけだった。
「ち、近づかないでよ!」
目の前にいるゴブリンを睨みながらウェンフはナイフを強く握る。もしもゴブリンが荷台に乗り込んで来たらナイフで返り討ちにしてやろうと思いながらウェンフはナイフを構えていた。だが、実際はゴブリンに対して小さな恐怖を感じており、心の隅では「乗り込んでこないで」と願っている。
ウェンフがナイフを握りながらゴブリンを見つめていると、ゴブリンは左足を荷台の中に入れて乗り込もうとする。それを見たウェンフは本当にゴブリンが乗り込もうとしていることに驚いて目を見開く。
ゴブリンが乗り込もうとしているのを見た途端に小さかった恐怖が大きくなり始め、ウェンフは心臓を高く鳴らす。そんな時、ユーキがゴブリンの背後に回り込み、月下でゴブリンを斬った。
斬られたゴブリンは荷台の外にずり落ち、ウェンフはゴブリンが倒された光景を呆然と見つめる。ユーキはゴブリンを倒すとウェンフが無事か確認するために荷台の中を覗き込む。
「大丈夫か?」
「え? ハ、ハイ」
ユーキの声で我に返ったウェンフは頷き、ウェンフが無事なのを見てユーキは小さく頷いた。
「モンスターがいる間は姿勢を低くして隠れてるんだ。俺はトロールを倒してくる、ジッとしてるんだぞ?」
「ハ、ハイ!」
ウェンフが返事をするとユーキはトロールの方へ走っていく。ウェンフは走っていくユーキの後ろ姿を黙って見つめていた。
荷馬車から少し離れた所ではグラトンがトロールと向かい合っており、お互いに目の前に立つ敵と睨んでいた。グラトンは大きく口を開けて鳴き声を上げ、トロールは太い腕で地面を叩いて威嚇する。どちらも相手が怯まないのを見て敵は自分と同じくらい強いのではと本能で感じていた。
お互いに相手が同等の力を持っていると感じ、睨み合いながら相手の出方を窺う。そんな中、グラトンが先に攻撃を仕掛けた。
四足状態でトロールに向かって走り、そのままトロールに体当たりした。トロールは突っ込んできたグラトンを受け止めると両足に力を入れて倒れないよう踏ん張る。
グラトンも負けずと両腕両足に力を入れてトロールを押し倒そうとするが、トロールの力は強く殆ど動かすことはできなかった。
腕と足だけでは無理だと判断したグラトンは全身に力を入れて動こうとする。だがトロールは両腕でグラトンの体を掴み、グラトンの体が少し浮くくらい持ち上げると上半身だけを動かしてグラトンを右へ投げ飛ばした。
投げられたグラトンは地面に叩きつけられて仰向けになるがすぐに起き上がり、体勢を立て直してトロールの方を向く。グラトンは殆どダメージを受けておらず、トロールを睨みながら大きく鳴き声を上げる。
トロールは投げ飛ばされてもピンピンしているグラトンを見ると若干不満そうな表情を浮かべながらグラトンの方に歩き出す。今度は投げ飛ばすのではなく、直接攻撃してダメージを与えてやろうと思っているようだ。
グラトンを睨みつけながらトロールは少しずつ近づいていき、グラトンもトロールを迎撃しようと立ち上がって二足状態となる。するとそこへゴブリンと戦っていたユーキが駆け寄り、月下でトロールの右足を攻撃した。
足を斬られたトロールは痛みで声を上げるが倒れたりはせず、足元にいるユーキを睨み付ける。ユーキのことを鬱陶しく思うトロールは右腕を上げるとそのまま勢いよく振り下ろしてユーキを攻撃した。
ユーキは頭上から迫ってくるトロールの腕を右へ跳んで難なく回避し、そのままグラトンの隣まで走って合流した。
「大丈夫か、グラトン?」
「ブオオォ」
トロールを警戒しながら安否を確認するユーキにグラトンは少し低めの鳴き声で返事をする。グラトンが大丈夫だと知ったユーキは小さく笑った。
「よし、それじゃあここからは二人で戦うぞ。俺がアイツの注意を引くからお前は背後や側面から攻撃しろ」
「ブオオオオォッ!」
グラトンが鳴き声を上げるとユーキは走り出してトロールの右側に回り込み、トロールを走るユーキに向かって再び右腕を振り下ろして攻撃する。
振り下ろされる腕を見てユーキは咄嗟に方向転換し、トロールの足元に向かって走る。ユーキが走る方角を変えたことでトロールの振り下ろしは当たらず、地面を叩くだけとなった。
足元に移動したユーキはトロールの体勢を崩すため、再び足を攻撃しようと月下と月影を構える。だがトロールはユーキが攻撃する前に頭上から左手でパンチで放ってきた。パンチに気付いたユーキは咄嗟に右へ跳んでパンチを回避し、かわした直後に左腕を月下で斬る。
左腕から伝わる痛みにトロールは苦痛の声を漏らすがすぐに表情を険しくしてユーキを睨み、切傷のついた左腕を外側に振ってユーキに反撃する。ユーキは左腕を見ながら混沌紋を光らせて強化の能力を発動し、脚力を強化すると高くジャンプしてトロールの攻撃をかわした。
ユーキはトロールの身長より少し高いところまで跳び上がり、トロールはジャンプしたユーキを殴ろうと右腕を引く。だがパンチを撃ち込もうとした時、グラトンがトロールの左側から体当たりを仕掛けてトロールを突き飛ばし仰向けに倒した。
「いいぞ、グラトン!」
真下でグラトンがトロールを倒したのを見てユーキはニッと笑い、月下を握ったまま右腕をトロールに向ける。
「闇の射撃!」
魔法を発動させたユーキは月下を握る手から闇の弾丸を二発放つ。闇の弾丸の内、一発はトロールの腹部、もう一発はトロールの胸部に命中し、魔法を受けたトロールは倒れたまま声を上げる。
トロールがダメージを受けたのを見たユーキは一気に勝負をつけようと空中で体勢を変え、月下と月影を構えながら頭の方からトロールに向かって落下する。だがトロールは素早く起き上がって落下して来るユーキに向かって右ストレートを放つ。
ユーキはトロールの拳を見て一瞬驚くが慌てずに拳を見つめ、落下したまま体を前に一回転させる。
回転したことで落下の速度と体勢が変わり、トロールの拳はユーキには当たらず、回転するユーキの背中、数cm真下を通過した。拳が背中の真下を通過したことでユーキは僅かに風圧を感じ、回避が成功したことにホッとする。
パンチをギリギリで回避したユーキはそのまま回転して体勢を直し、トロールの顔面を両足で踏みつけ、その反動で後ろに跳ぶ。顔面を踏まれたトロールは左手で顔を押さえ、その隙にグラトンはトロールに真正面から頭突きを放つ。
頭突きをまともに受けたトロールは再び仰向け状態となり、その光景を見ながらユーキは地上に着地する。そして、そのままトロールに向かって走っていき、近くまで移動すると地面を強く蹴ってトロールの真上まで跳んだ。
「これで決めてやる!」
ユーキはトロールを見下ろしながら叫び、同時に双月の構えを取る。トロールはユーキを防ごうと上半身を起こす。だがその直後にユーキの攻撃が放たれた。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
月下と月影を強く握りながらユーキは二本の刀で同時に振ってトロールの上半身に袈裟切りを放ち、その直後に横切りを放つ。
斬られたトロールは鳴き声を上げ、その鳴き声は林の中に響く。しかもこの時、ユーキは強化で腕力を強化していたためトロールに与えたダメージは大きかった。
トロールはゆっくりと倒れ、そのまま事切れて動かなくなる。ユーキは倒れるトロールの腹部の上に立ってしばらく見下ろし、トロールが死んだのを確認すると軽く息を吐きながらトロールの上から下りた。そこへグラトンが近づいて来てユーキの安否を確認するかのように彼の体の匂いを嗅ぐ。
「俺は大丈夫だよ、怪我もしてない」
「ブォ~」
ユーキを見てグラトンは安心したのか小さく鳴き、ユーキもグラトンが大怪我をしていないのを確認すると小さく笑う。そこへアイカがプラジュとスピキュを持ったまま駆け寄って来た。
「ユーキ、大丈夫?」
「ああ、トロールは片付いたよ。そっちは?」
「こっちも大丈夫。モンスターは全て倒したわ」
アイカはそう言うと自分たちがモンスターと戦っていた場所を見つめ、ユーキもアイカと同じ方を見る。視線の先ではフィランとミスチアが倒したコボルトやオークの死体を片付けている姿があり、彼女たちの近くにはオーガの死体もあった。
オーガを含んだ十四体のモンスターたちを三人で倒したアイカたちの強さにユーキは小さく笑いながら感心する。グラトンはアイカたちの凄さがよく分からないのか黙ってユーキと同じようにモンスターたちの死体を見ていた。
「現れたモンスターは全て倒したけど、まだ隠れているかもしれないわ。もう少し周囲を調べてみる?」
「そうだな。さっきみたいに死体を片付けた直後に現れて戦闘、なんてことになっても困るし、一度周囲を調べてモンスターがいないのを確認してから死体を片付けよう」
ユーキの話を聞いたアイカは頷き、フィランとミスチアに周囲を調べること伝えに向かう。ユーキはトロールが出てきた道の左側にある林を調べ始め、グラトンはユーキの後をついていく。
それからユーキたちは周囲を調べて他にモンスターが隠れていないことを確認すると死体の片づけを始めた。そして、片付けが済むと林の奥にまだモンスターがいるかもしれないと考え、奥を調べるために移動する。
――――――
移動を再開してから一時間ほどが経過し、ユーキたちは今いる林の中を調べ終えた。
トロールたちを倒してからモンスターとは一度も遭遇しておらず、林の中にモンスターもいなかった。ユーキたちは先程倒したトロールたちがベンロン村から討伐を依頼されたモンスターの集団で間違い無いと判断する。
モンスターたちを倒したユーキたちはベンロン村に討伐を完了したことを伝えるため、来た道を戻って村へ向かう。勿論、モンスターを倒したからと言って気を抜いたりなどはせず、ベンロン村に戻るまでの間も周囲の警戒を怠らないようにした。
荷馬車に揺られながらユーキたちは平原の道を移動する。御者席にはミスチアが座り、その隣にはフィラン、荷台にはユーキとアイカ、そしてウェンフが静かに座っていた。グラトンはこれまでと同じように荷馬車の後ろをついて来ている。
「どうだった? モンスターとの戦闘を間近で見てみて」
ユーキは目の前で膝を抱えながら座っているウェンフに声をかけ、話しかけられたウェンフはユーキに視線を向ける。
「……凄いと思いました。話で聞いていたよりも迫力があって……あと、怖かったです」
「だろうな。それが当然の反応だ」
ウェンフの答えを聞いたユーキは小さく頷きながら答え、ウェンフは若干暗い顔をしながら黙り込む。
モンスターが恐ろしい存在だと分かっていた。例えモンスターと遭遇しても自分なら大丈夫だと思っていたのに実際目にして襲われそうになった時、自分の考えが甘かったのだとウェンフは理解した。
「剣士になることが、戦うことがどれだけ大変かこれで少しは分かっただろう? だから剣士になろうなんて考えるのはもうやめるんだ」
「え?」
ユーキの言葉にウェンフは反応し、ユーキはそんなウェンフを真剣な顔で見つめる。
「剣士になればモンスターだけじゃなく、盗賊のような犯罪者とも遭遇してさっきみたいな経験を何度もすることになるし、下手をすれば命を落とすかもしれないんだ」
「……」
「戦い以外に生きる選択肢が無いのならともかく、お前には他にも選択肢があるはずだ。わざわざ危険な世界に自分から入る必要は無い。剣士なることなんて諦めて家族のところに帰りなよ」
「……家族はいません」
ウェンフは俯きながら呟き、それを聞いたユーキとアイカは反応する。フィランとミスチアも前を向いてはいるがユーキたちの会話を静かに聞いていた。
「私には剣士になる以外の道も無いんです……。私は、どうしても剣士にならないといけないんです」
「どういうことだ?」
話の内容が分からずユーキはウェンフに尋ねる。ウェンフはユーキの顔を見た後、再び俯いて語り始めた。
「私、大切な人を助けるために剣士になりたいんです」
「大切な人?」
ユーキが確認するとウェンフは小さく頷いた。
「私にとって、家族と同じくらい大切な人です」
ウェンフは両手に力を入れ、抱えている自分の膝を掴む。同時に目元から僅かに涙が流れ落ちる。それに気付いたユーキは僅かに目を鋭くした。
ユーキたちが見つめる中、ウェンフは顔を上げて目元に涙を溜めながら真剣な表情を浮かべる。
「剣士になってあの人を……リーファンお姉ちゃんを助けたいんです」
ウェンフの口から出た名前にユーキとアイカは軽く目を見開き、ミスチアも振り返ったウェンフの方を向いた。
「リーファン……そう言えば、ベンロン村に来てたフォンジュとか言う男がそんな名前のフォクシルトを連れていましたわね」
ミスチアがベンロン村で見かけた狐耳の亜人の女性のことを思い出し、ユーキとアイカもミスチアの話を聞いて反応する。
フォクシルトとは銀色の体毛と狐の耳、尻尾を持つ亜人で大陸に存在する亜人の中でも数が少ないと言われている希少な種族だ。エルフほどではないが亜人の中でも魔力が高く、寿命も人間より長いのでフォクシルトを軍の魔導士や冒険者にしたがる者が多くいる。
「ねぇ、ウェンフちゃん。貴女の言うリーファンさんって二十歳ぐらいのフォクシルト?」
「ハイ」
「ユーキ……」
アイカはユーキに声をかけ、ユーキはアイカの方を見ると小さく頷く。
ウェンフの助けたがっているリーファンとフォンジュが連れていたリーファンは種族も年齢も一致している。ユーキは二人が同一人物で何か深い事情があると直感した。
「……ウェンフ、その話、詳しく聞かせてくれ」
少し低めの声を出すユーキを見たウェンフは軽く目を見開きながら頷く。だが今は外におり、モンスターや盗賊に遭遇する可能性があるため、落ち着いて話を聞くことはできない。
周囲を気にせず安心して話を聞けるよう、とりあえず今はベンロン村に戻ることだけを考えることにした。




