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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第三章~魔の門の封印者~
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第四十五話  不仲で強い二人


 元どおりになったウォーアックスを見て最初は驚いていたバッドバスだが、すぐに目を鋭くしてミスチアを見つめながら構える。


「成ル程、ソレガ混沌術カオスペルト言ウ能力カ」

「あら、ご存じなのですか? 知能の低いベーゼにしてはお利口ですわね」


 バッドバスが混沌術カオスペルを知っていることを意外に思いながらミスチアが挑発すると、バッドバスはミスチアを睨みながら右腕の細剣を光らせた。


「貴様、アマリ調子ニ乗ルナ? 例エ武器ガ戻ッタトシテモ何モ変ワラン。振リ出シニ戻ッタダケダ」

「ウフフフ、貴方はわたくし修復リペアの本当の力を知らないからそんなことが言えるんですわ」

「何? ドウイウコトダ?」

「戦っていれば分かりますわ」


 再び挑発的な言葉を口にしながらミスチアは笑みを浮かべ、その態度が更にバッドバスを不機嫌にする。バッドバスはミスチアに対する殺意をより強くしながら左手の中に紫の光球を作り出し、構えているミスチアに向けて光球を放った。

 光球はミスチアに正面から迫っていき、ミスチアは飛んでくる光球を見ながら鼻で笑う。正面から攻撃して自分を倒せると思っているバッドバスをミスチアは心の中で馬鹿にしており、それと同時にそんな単純な攻撃を仕掛けてきたバッドバスに対して小さな苛立ちを感じていた。

 ミスチアは表情を変えずに左へ移動して光球をかわし、そのままバッドバスの右側へ回り込もうと走り出す。バッドバスは走るミスチアを鬱陶しそうに見ながら再び左手をミスチアに向けて光球を放つ。だが光球はミスチアには当たらず、走る彼女の後ろを通過した。


「どうしました? ちゃんと狙わないと当たりませんわよ!」


 走りながら余裕を見せるミスチアはバッドバスの右側に移動すると接近戦に持ち込むためにバッドバスに向かって行く。走る速度が速かったため、ミスチアはバッドバスが迎撃の光球を放つ前に距離を縮めることができた。

 バッドバスに近づいたミスチアはウォーアックスを振り下ろしてバッドバスを攻撃する。バッドバスは振り下ろされるウォーアックスを見ながら後ろに跳んで攻撃をかわす。

 攻撃をかわしたバッドバスにミスチアは不愉快そうな顔をしながら舌打ちをする。ミスチアから距離を取ったバッドバスは再び左手をミスチアに向けて光球を放つ。

 迫ってくる光球との距離から回避は難しいとミスチアは判断し、ウォーアックスを横に振って光球を攻撃する。ウォーアックスと光球がぶつかると爆発が起き、またウォーアックスの斧頭を吹き飛ばした。

 ウォーアックスが壊れたのを見たバッドバスはニヤリと笑みを浮かべる。だが、ミスチアは追い詰められたような様子は見せておらず、寧ろ愉快そうな顔でバッドバスを見ていた。


「何度やっても無駄ですわ」


 ミスチアは呟きながら自分の混沌紋を光らせて修復リペアを発動させる。再び破壊されたウォーアックスは光り出し、失われた斧頭の部分が修復されていく。

 修復リペアが解除されるとウォーアックスは元どおりになり、ミスチアはバッドバスは見下すように笑い、バッドバスはミスチアを修復されたウォーアックスを見て表情を険しくした。


「オノレェ、小癪ナ真似ヲシオッテ……」


 何度でも修復できることにバッドバスは苛立ちを感じながら細剣を構えてミスチアは迎え撃つ体勢を取った。すると、バッドバスの背後にフィランが回り込み、コクヨを構えながら無表情でバッドバスを見つめる。

 背後からの殺気に気付いたバッドバスは咄嗟に振り返り、コクヨを構えるフィランを目にする。フィランはバッドバスが振り返った瞬間にコクヨで逆袈裟切りを放って攻撃した。

 バッドバスは咄嗟に細剣でフィランの攻撃を防いだため無傷で済んだ。フィランは攻撃を防がれても表情をまったく変えず、黙ってバッドんバスを見つめている。バッドバズは表情を変えないフィランを見て余裕を持っていると感じたのか気に入らなそうな顔でフィランを睨み、彼女の顔の前に左手を持ってきた。

 フィランはバッドバスが自分の顔面に光球を撃ち込もうとしていると知ると素早く後ろに下がって距離を取り、離れたフィランを見ながらバッドバスは構え直す。すると、バッドバスの後ろにいたミスチアが不満そうな顔でフィランの方を向いた。


「ちょっと、フィランちゃん! コイツはわたくしが相手をしてるんですから、横槍を入れるのは止めていただけませんか!?」


 自分の戦いに水を差されたと感じたミスチアはフィランに抗議し、その言葉を聞いたフィランはチラッとミスチアの方を向いた。


「……この戦いはお互いに相手を無視する、つまり干渉し合わないことを条件に戦うことになっている。私は貴女に干渉していないし、行動の妨げになるような戦い方はしていない。だから、横槍を入れていることにはならない」

「なぁ~に屁理屈を言ってやがるんですの!? わたくしはこれから本気でコイツと殺し合うんですのよ? こういう場合、空気を読んで見守るのが礼儀と言うものじゃなくって!?」

「……なら、なぜさっきは私に注意しなかったの? 言ってることが矛盾している」

「あの時はまだわたくしは本気を出していませんでしたの! だから特別に貴女が攻撃することを許可してあげたんですわよ」

「……無茶苦茶。屁理屈を言っているのは貴女のように思える」

「ムッカァ~~ッ! いいから大人しく戦いを傍観してやがれって言ってるんで……」


 ミスチアが納得しないフィランに苛立ちを感じていると、前からバッドバスが細剣で攻撃してきた。攻撃に気付いたミスチアはハッとしながらウォーアックスの柄で細剣を防ぎ、目の前にいるバッドバスに鋭い視線を向ける。

 バッドバスは険しい表情を浮かべながら右腕に力を入れてミスチアを押そうとする。自分を無視して口論をするフィランとミスチアに腹を立て、背後で喚いているミスチアに不意打ちを仕掛けたのだ。


「貴様ラ、我ヲ無視シテ仲間割レトハ、フザケタ真似ヲシテクレルデハナイカ」

「あら、御免あそばせ? あの子がなかなか言うことを聞いてくれないからついカッとなってしまいましたわ。……それにしても、無視されただけで怒るなんて、知能の低いベーゼにも感情ってあったんですわね?」

「ナメルナァ!」


 苛ついているところを更に挑発してきたミスチアにバッドバスは声を上げ、左手の中に光球を作り出すとミスチアの腹部に押しつける。光球はミスチアの腹部に触れた瞬間に爆発し、ミスチアを大きく後ろに吹き飛ばした。


「ぐはあぁっ!」


 腹部の痛みにミスチアは声を上げ、背中から地面に叩きつけられる。同時に持っているウォーアックスを離し、ミスチアは仰向けのまま動かなくなった。

 バッドバスは動かないミスチアを見て決定的なダメージを与えられたと感じて笑みを浮かべる。フィランは仲間が攻撃を受けたことに対して何も感じていないらしく、表情をまったく動かさずに倒れているミスチアを見ていた。

 倒れているミスチアは光球を受けた箇所から薄い煙を上げながら目を閉じている。倒れるミスチアの近くでは別のベーゼと戦っていた生徒たちがおり、ミスチアがベーゼにやられたことを知って衝撃を受けていた。


「フフフ、愚カナエルフメ。我ヲ侮辱シタ結果ガコレダ。本当ハモット甚振ッテカラ殺シテヤリタカッタガ、コレ以上貴様ノ顔ヲ見ルト気分ガ悪クナルノデ始末サセテモラッタ」


 バッドバスは笑いながら語り、動かないミスチアを見て死んだと判断すると残っているフィランを始末するためにゆっくりと彼女の方を向く。フィランはバッドバスと目が合うとコクヨを中段構えに持った。


「オ前ハ我ヲ楽シマセテクレルノダロウナ? ソコノエルフノヨウニ我ヲ失望サセルナヨ?」

「……それは約束できない。ただ、私は強いから貴方には負けない」

「フッ、貴様モアノエルフト同ジデ傲慢ナノダナ。自分ノ力ヲ過信スルト早死ニスルゾ?」


 フィランを見つめながらバッドバスは細剣を構え、フィランは無言でバッドバスを見つめる。どちらもいつ相手が動いてもすぐに対応できる体勢を取っていた。


「過信しているのは貴方ではなくって?」


 突然ミスチアの声が聞こえ、声を聞いたバッドバスは驚きながら倒れているミスチアの方を向く。フィランも構えを変えずに倒れるミスチアを見つめた。

 フィランとバッドバスがミスチアに注目していると、ミスチアはゆっくりと起き上がり、周りにいる生徒たちは起き上がったミスチアを見て驚いていた。

 だが、生徒たち以上に驚いていたのは決定的ダメージを与えたと思っていたバッドバスだ。普通の人間なら死んでもおかしくない攻撃を受けたのに生きているのだから驚くのも無理は無かった。

 周囲が驚く中、ミスチアは落ちているウォーアックスを拾ってから立ち上がる。立つ時に光球を受けた腹部から痛みが伝わり表情を歪ませ、ミスチアは腹部を確認した。腹部は光球の爆発で抉れており、傷口の周りは僅かに焦げている。誰がどう見ても重傷と言える傷だった。


「あらあら、まさか小物ベーゼ相手にこれほどの傷を負ってしまうとは……あの人に知られたら大目玉ですわね」


 傷口を見ながらミスチアは面倒そうな顔で自分の後頭部を掻く。不思議なことにミスチアは重傷を負ったにもかかわらず焦りや恐怖と言った感情を露わにしなかった。

 ミスチアは驚いているバッドバスの方を見るとゆっくりと歩き出してバッドバスに近づいて行く。バッドバスは何事も無かったかのように近づいて来るミスチアを見て更に驚きの反応を見せた。


「キ、貴様、我ノ光球ヲ受ケタノニナゼ立ッテイラレル!?」


 バッドバスは細剣の切っ先を向けながらミスチアに問いかけ、ミスチアはバッドバスの3mほど前まで近づくと立ち止まって小さく笑う。


わたくしはこう見えて結構打たれ強いんですのよ。この程度の傷で動けなくなるほどヤワではありませんわ」


 自慢げに語るミスチアを見てバッドバスは言葉を失う。周りにいる生徒たちもミスチアの状態から「打たれ強さは関係無い」と思いながら固まってミスチアを見ていた。

 バッドバスや生徒たちが驚いている中、ミスチアはニッコリと笑い出す。だが、笑うと腹部の傷が痛み、ミスチアは僅かに表情を歪ませる。


「……打たれ強くても、やはり傷をそのままにしておくわけにはいきませんわね」


 そう言うとミスチアは修復リペアを発動させて自身の体を薄っすらと光らせる。すると、腹部の傷が光り出して見る見る傷口が塞がっていく。光が消えると先程まであった大きな傷は最初から無かったかのように消えていた。

 傷に続いて光球の爆発で破れていた制服も光り出して戻っていき、修復リペアを解除した時にはミスチアの体は光球を受ける前の状態になっていた。


「何ダト! 傷ガ治ッタ!?」


 ミスチアの傷が完治したことにバッドバスは声を上げる。フィランや他の生徒たちはミスチアの傷が治ったのは混沌術カオスペルの影響だと気付いており、バッドバスのように驚いたりはしなかった。

 自分の傷が治ったのを確認したミスチアはバッドバスの方を向いて余裕の笑みを浮かべながらウォーアックスを構える。


「言い忘れていましたが、わたくし修復リペアは武器だけではなく、触れた人の傷や衣服も修復することができますの。勿論、自分自身の傷もね」

「傷ヲ治スコトモ可能ダト……?」

「ウフフフ、重傷を負わせたと思っていましたのに敵が簡単に傷を治して再び戦える状態になる。……今、どんな気持ですの?」


 ミスチアはニヤつきながら尋ねるとバッドバスはミスチアを睨みながら悔しそうな声を出して左手をミスチアに向け、左手の中に光球を作り出した。


「ナラバ、今度ハ混沌術カオスペルデモ治セナイヨウ、粉々ニスルダケダ!」


 大きな声を出しながらバッドバスはミスチアに光球を放つ。ミスチアは飛んできた光球を左に逸れてかわし、回避に成功するとバッドバスに向かって走り出す。

 バッドバスは走ってくるミスチアに向けて再び光球を放って迎撃するがミスチアは光球を難なくかわしてバッドバスの目の前までやって来た。

 目の前まで近づいたミスチアにバッドバスは驚きの反応を見せるがすぐにミスチアを睨んで細剣で攻撃する。ミスチアはウォーアックスの柄で細剣を防ぐとそのまま細剣を押し返してバッドバスの体勢を僅かに崩し、石突の部分でバッドバスの腹部に突きを入れた。

 腹部を突かれたバッドバスは後ろに下がり、ミスチアを睨みながら左手を向ける。左手を向けたのを見たミスチアはバッドバスが光球を撃とうとしていることに気付き、素早くバッドバスの左側へ移動した。

 バッドバスは逃がすまいとミスチアの後を追うように左手を動かす。だが次の瞬間、ミスチアはウォーアックスを振り下ろしてバッドバスの左腕を両断した


「グオオオオォッ!」


 左腕を斬り落とされたバッドバスは声を上げながら後ろに下がる。切り口からは血が流れており、バッドバスは苦痛で表情を歪ませながらミスチアを睨む。


「オ、オノレェ、タカガエルフノ分際デ我ノ腕ヲ斬リ落トストハ……」

「そのエルフに押されている貴方は何なのでしょうね?」


 ミスチアの言葉にバッドバスは奥歯を噛みしめて細剣を構える。左腕を失った以上、バッドバスに残された攻撃方法は細剣による接近攻撃しかなかった。

 バッドバスは左腕を斬り落とされたことでミスチアへの警戒心を強くして細剣を構える。一方でミスチアはバッドバスの戦闘能力を削いだことで少し有利になったと感じたのか、余裕を見せながらウォーアックスを構えていた。

 既にバッドバスは重傷を負っており、まともに戦えない状態だと感じたミスチアは強烈な一撃を撃ち込んで止めを刺そうと考え、ウォーアックスを強く握って渾身の一撃を撃ち込もうとする。だが、ミスチアが動こうとした時、バッドバスの背後にフィランが再び回り込み、コクヨで袈裟切りを放ちバッドバスを攻撃した。

 フィランの気配に気付いたバッドバスは右から振り返り、それと同時に細剣を横に振って細剣とコクヨをぶつける。フィランの袈裟切りは細剣によって防がれ、その隙にバッドバスはフィランから距離を取った。

 距離を取ったことでバッドバスはフィランだけでなくミスチアからも離れることができ、二人を視界に入れた状態で態勢を整えることができた。フィランは距離を取ったバッドバスを黙って見つめる。一方、ミスチアは目を細くして不愉快そうな顔でフィランを見ていた。


「フィランさん、邪魔をしないでくださいと言ったはずですわよ? なのに何で貴女はまたわたくしの邪魔をするんですの!?」

「……さっきも言ったように私は貴女の邪魔になるような行動は取っていない」

わたくしがバッドバスに止めを刺そうとしたら貴女が攻撃してバッドバスに逃げる隙を与えてしまったのではないですか! 今回は明らかなに貴女がわたくしの邪魔をしましたわ!」


 フィランのせいでバッドバスに渾身の一撃を当てるチャンスを逃したとミスチアは声を上げながら訴え、フィランは視線だけを動かしてミスチアを見る。

 バッドバスに攻撃を仕掛けるのなら正面よりも背後から攻撃した方が命中率が高いため、ミスチアよりも自分が攻撃した方が成功率が高いとフィランは思っていた。しかし、ミスチアの性格ではいくら説明しても納得しないと思っているのかフィランは何も言わない。

 しばらく無言でミスチアを見ていたフィランは視線をバッドバスに向け、下ろしているコクヨを自分の前に持ってきた。


「……じゃあ、私がバッドバスを仕留める」

「は?」


 ミスチアはフィランの言葉に耳を疑い、「何を言ってるんだ」と言いたそうな顔する。フィランはミスチアの方を見ずにコクヨを縦にして両手でしっかり握った。

 すると、フィランの足元にある砂や小石がひとりでに動き出し、宙に浮いてコクヨの刀身の周りに集まり始める。その光景を見たミスチアとバッドバスは驚いて目を見開く。


「ちょ、ちょっとフィランさん、何をするつもりですの?」

「……貴女がバッドバスに止めを刺せなかったのは私のせい。だからお詫びに私がバッドバスを倒す」

「い、いやいや、訳が分かりませんわ」


 ミスチアはフィランの言っていることの意味が分からずに首を左右に振る。そんなミスチアに構うことなくフィランはコクヨを中段構えに持つ。コクヨの刀身には砂と小石が刀身の周りを回るように纏われていた。

 フィランがバッドバスを倒すと言い出した理由はミスチアの自分の邪魔をするなという条件を破ったことを償うためでもあるが、それ以外にもこれ以上バッドバスとの戦いに時間を掛けるわけにはいかないという個人的な理由もあった。だから戦いを終わらせるために自分がバッドバスを倒すと言い出したのだ。

 ミスチアのことを無視してフィランはゆっくりと砂と小石を纏ったコクヨを振り上げて上段構えを取る。その様子を見ていたバッドバスは何かとんでもない攻撃が来ると悟って思わず後ずさりした。


(奴ハ何カトンデモナイ攻撃ヲ仕掛ケテクル。我ノ感ガソウ言ッテイル。ココハ一度距離ヲ取ッテ迎撃態勢ニ入ッタ方ガ良サソウダ)


 バッドバスはフィランの動きに警戒しながら両足をゆっくりと曲げて後ろに跳ぶ体勢を取る。だが、フィランはバッドバスが距離を取ろうとしていることに気付いており、バッドバスを視界から外さずにジッと見つめていた。


「……逃がさない」


 フィランがそう呟いた直後、コクヨの刀身の周りを回っていた小石は宙に浮いたまま止まり、砂も空中で集まって小石と同じくらいの大きさになると固まる。小石はそのままだが、固められた砂は先端が鋭く尖った形になっていた。

 刀身の周りに浮いている無数の石と固められた砂、攻撃の準備が整うとフィランはコクヨの柄を強く握った。


「……砂石嵐襲させきらんしゅう


 フィランはコクヨを勢いよく振り下ろした。その直後、宙に浮いていた小石と固められた砂が一斉にバッドバスに向かって放たれる。小石と砂の数は多く、全てバッドバスに向かって飛んで行く。

 飛んでくる小石と固められた砂を見たバッドバスは慌てて回避しようとするが予想以上の速さに回避が間に合わず、回避も防御もできずに全身に小石と砂を受けた。

 小石と固められた砂はバッドバスの体中に当たり、砂は先端が尖っているため当たった箇所に刺さった。全身に攻撃を受けたバッドバスは苦痛の声を上げながらゆっくりと後ろに倒れる。体中傷だらけとなり、バッドバスは致命的なダメージを受けていた。


「バ、馬鹿ナ……人間トエルフ、相手ニ……コンナ……」


 人間とハーフエルフに致命傷を負わされたことが信じられないバッドバスは掠れた声を出しながら仰向けに倒れる。フィランの攻撃を受けたバッドバスは立ち上がることは勿論、手足を動かすこともできなくなっていた。

 バッドバスの意識は徐々に薄れていき、そんな中でバッドバスは視線を動かしフィランとミスチアを見つめた。


「オノレ、小娘ドモ……コノ屈辱、冥府ニ行ッテモ、忘レヌゾォ……」


 最後にフィランとミスチアに恨みの言葉を向け、バッドバスは黒い靄と化して消滅した。

 バッドバスが消滅したのを確認したフィランはコクヨを軽く外側に振る。広場にいるベーゼの中で一番厄介な存在を倒すことができたので、これで戦況は自分たちに有利に傾くだろうとフィランは考えていた。

 一方、ミスチアはウォーアックスを肩に担ぎながらフィランの方を向いている。その表情からは不満のようなものが感じられ、ジト目でフィランを睨んでいた。


「……結局、一番いいところを貴女に持ってかれてしまいましたわ」

「……一番いいところ?」

「敵の部隊長とも言える存在に華麗に止めを刺して勝利を手にする。一番の見せ場をわたくしよりも動いていない貴女に持ってかれてしまったのです。納得できませんわ」


 ミスチアはムスッとした顔で前を向き、自分のやりたかったことができなかったと子供みたいなことを口にする。

 一人でバッドバスと戦うことができなくなったため、せめて止めを刺してカッコよく戦いを終わらせたいとミスチアは思っていた。だが、止めを刺す役目もフィランに取られてしまい、ミスチアは機嫌を悪くしてしまったのだ。

 不機嫌な顔をするミスチアをフィランは黙って見つめる。そしてしばらくすると前を向いて静かに口を開いた。


「……じゃあ次の戦いで頑張ればいい。チャンスはまたはずだから」


 そう言うとフィランは歩き出し、広場に残っているベーゼの討伐に向かう。残されたミスチアは離れているフィランの背中を目を丸くしながら見つめ、やがて目を鋭くしてフィランを睨んだ。


「ちょっとフィランさん! 他に言うことがあるんじゃありませんの!? ちょっと待ちなさい、待ちやがれですわぁ!」


 声を上げながらミスチアはフィランの後を追って歩き出す。フィランはミスチアを無視しているのか、振り返ることなく前を向いて歩き続けた。


――――――


「凄い、二人だけでベーゼを倒してしまうなんて……」


 フィランとミスチアがバッドバスを倒した光景を見てアイカは驚きの表情を浮かべる。その隣に立つユーキも無言で歩く二人の姿を見ていた。

 ミスチアと別れた直後、ユーキとアイカは襲ってきたフェグッターたちとの戦闘を開始した。フェグッターたちは問題無く倒すことができ、二人はミスチアと合流しようと思っていたのだが、その直後に新たにベーゼたちが襲い掛かり、その相手をすることになってしまったのだ。

 襲ってきたのは下位ベーゼだけだったのでユーキとアイカは苦戦することなくベーゼたちを倒すことができたが、数が多かったために時間が掛かってしまい、全てのベーゼを倒した時にはフィランとミスチアがバッドバスを倒し終えていた。


「あの二人が未知のベーゼを倒しちまった以上、俺たちが合流する必要もなくなったな」

「この後、どうするの?」

「勿論、当初の目的どおり転移門を探し出して封印する。この広場の何処かにあるのは間違い無いからな」

「それじゃあ、あのベーゼがいた建物の中を調べてみる?」


 アイカはバッドバスが立っていた屋根の建物、エブゲニ砦の主館に転移門があると考えて主館の方を見る。ユーキは主館を見ながら考え込み、しばらくすると小さく首を横に振った。


「いや、俺の予想だと転移門はあそこには無いな」

「どうしてそう思うの?」

「もしあそこに転移門が開かれているのならもっと護りを厳重にしていたはずだ。でも、あの建物の近くには殆どベーゼはいなく、護っていたのはフィランとミスチアが倒したベーゼだけだった」

「言われてみれば……」


 転移門はベーゼたちにとって仲間をこの世界に呼び出す重要なもの、であれば封印されないよう護りを固めるのは当然のこと。しかし、主館の護りは薄くバッドバスだけが護っていたため、ユーキは主館の中には転移門は開かれていないと予想していた。

 ベーゼたちは知能が低いため、転移門がある場所を護らなければならないと考えられなかった、という答えもある。だが、下位ベーゼにはともかく、中位ベーゼは転移門を重要なものであることを理解できるだけの知能を持っているため、転移門がある場所を護るよう下位ベーゼたちに指示を出すことができた。

 しかし、中位ベーゼたちは下位ベーゼたちに主館の護るよう指示を出さず、主館の護りが薄いまま戦っていたため、主館に転移門が開かれている可能性は低いと考えられる。


「それじゃあ、転移門は何処にあるのかしら?」


 アイカは広場を見回して転移門がありそうな場所を探し、ユーキも同じように周囲を見回して探す。すると、ユーキの視界にボロボロの礼拝堂が入った。

 礼拝殿の入口前でも生徒たちがベーゼと戦っており、その中には中位ベーゼのフェグッターの姿もある。何よりも礼拝殿前にいるベーゼの数は多かった。


「……アイカ、転移門はあそこにあるかもしれないぞ?」


 ユーキは礼拝堂を月下で指しながらアイカに声を掛け、アイカも礼拝堂に視線を向ける。礼拝堂の前にいるベーゼは生徒たちを礼拝堂に近づかせないようにしており、それを見たアイカはベーゼたちが礼拝堂を護っていると感じていた。


「確かに他と比べてあそこだけベーゼの数が多いわね。可能性は高いかもしれないわ」

「なら、俺たちも行こう。今礼拝堂の近くにいる生徒たちだけじゃ、ベーゼを倒して礼拝堂に入ることは無理そうだし、加勢しよう」

「そうね」


 礼拝堂の中を調べるため、自分たちも行こうというユーキの提案にアイカは賛成し、二人は礼拝堂に向かって走り出す。二人の近くで大人しくしていたグラトンも二人に続いて走り出した。

 ぶつかり合う生徒とベーゼの中を走ってユーキとアイカは礼拝堂へ向かう。移動中に数体のベーゼが二人に跳びかかってきたが、ユーキとアイカはベーゼを走りながら斬り捨てて先へ進む。グラトンも目の前に飛び出してきたベーゼを跳ね飛ばしながら二人の後をついて行く。そして、礼拝堂の前までやって来ると礼拝堂を護るベーゼたちに攻撃を仕掛けた。

 ユーキとアイカは次々とインファやモイルダーと言った下位ベーゼを斬り捨てて行き、グラトンも太い腕で振ってベーゼたちを倒していく。ユーキたちが加勢したことでベーゼたちは徐々に押され始め、最初にベーゼたちと戦っていた生徒たちはベーゼを押す二人を見て士気が高め、負けずとベーゼたちを倒していった。

 礼拝堂を護っていたベーゼの殆どが倒され、残るは四体のフェグッターだけだった。残っている中位ベーゼを前に生徒たちは警戒を強くし、ユーキとアイカも得物を構えて相手の出方を窺う。そんな時、何処からか四本のナイフが飛んで来て一本ずつフェグッターの胸部に命中した。

 ナイフを受けたフェグッターたちは怯んだり、片膝を付いたりしながら痛みに耐え、フェグッターたちを警戒していたユーキたちは目を見開く。すると、ユーキから見て右側から両手にナイフを一本ずつ持つロギュンと鞘に納められフウガを持つカムネスが現れて怯んでいるフェグッターたちに近づいた。

 ロギュンは両手のナイフを二体のフェグッターに向けて投げ、腹部や首に命中させる。カムネスも別の二体に近づき、もの凄い速さでフウガを抜刀してフェグッターたちを斬り、攻撃が終わると鞘に戻した。

 カムネスが納刀した直後、彼の目の前にいた二体のフェグッターの体に大きな切傷が生まれ、フェグッターたちはそのまま仰向けに倒れて消滅する。ロギュンのナイフを受けた二体も膝から崩れるように倒れ、黒い靄と化した。

 一瞬で四体のフェグッターを倒したカムネスとロギュンの勇姿を見てユーキとアイカ以外の生徒は感服の声を漏らす。ユーキとアイカは流石と思いながらカムネスとロギュンを見ていた。


「これで礼拝堂の前にいたベーゼは全て倒したか」

「ハイ、主館の屋根にいたベーゼはフィランさんとミスチアさんが倒し、広場にいるベーゼも殆どが生徒たちに倒されました。広場の制圧はまもなく完了します」


 周囲を確認するカムネスにロギュンは落ちているナイフを拾いながら答える。ロギュンの言うとおり、広場にいたベーゼは大半が倒されており、このまま普通に戦っても広場を制圧できる状態となっていた。

 カムネスが広場の様子を見て問題無いと考えているとユーキとアイカがやって来る。二人に気付いたカムネスとロギュンは二人に視線を向けた。


「会長、副会長」

「ルナパレス、サンロード、君たちをいたのか」

「ええ、礼拝堂の前にベーゼが大勢いたんで此処に転移門があると思って来たんです」

「君たちもか。僕とロギュンも礼拝堂が怪しいと踏んで確かめに来たんだ」


 礼拝堂を見上げながらカムネスは自分も礼拝堂に転移門があると思っていることを伝える。ユーキは生徒会長であるカムネスが自分と同じ予想をしていたと知り、転移門が礼拝堂にある可能性がますます高くなったと感じた。


「あれだけのベーゼが配備されていたんだ。転移門が無かったとしても、この礼拝堂に何か秘密があるかもしれない」

「でしょうね。……早速調べてみましょう」

「そうだな……と言いたいところだが、敵もそれを黙って見逃がすつもりは無さそうだ」


 そう言ってカムネスは礼拝堂がある方角とは逆の方角を見る。ユーキたちもつられて同じ方角を見ると、広場に散らばっていたベーゼたちが礼拝堂に向かって走ってくる光景が目に入った。

 広場にいるベーゼたちの中には下位ベーゼたちに礼拝堂に向かうよう指示を出しているフェグッターの姿があり、指示を受けた下位ベーゼたちは次々と礼拝堂に向かって走り出す。ベーゼたちはユーキたちが礼拝堂に入ろうとしているのを見て、それを止めようと動き出したようだ。

 ベーゼたちが集まって来ているのを見たユーキは面倒そうな顔をし、アイカとロギュンも僅かに目を鋭くする。カムネスはベーゼたちの姿を見ると礼拝堂には間違い無くベーゼたちに取って重要なものがあると確信した。


「やはり、この礼拝堂には何かあるようだ」

「やっぱり、転移門があるんでしょうか?」

「可能性は大だ。……ロギュン、お前は他の生徒たちと共に集まってくるベーゼたちの足止めをしろ。一体も礼拝堂の中に入れるな」

「ハイ!」


 返事をしたロギュンはナイフを構えて近づいて来るベーゼたちを睨み、礼拝堂の近くにいる生徒たちもベーゼたちを見て一斉に構えた。


「ルナパレス、サンロード、君たちは僕と一緒に来てくれ。僕一人で対処できない事態に陥った時に力を貸してほしい」

「分かりました」

「ハイ」


 ユーキとアイカはカムネスを見ながら軽く頷く。生徒会長であるカムネスならどんな事態でも切り抜けることができるのではと二人は思っていたが、自分の力を過信せず、あらゆる事態を予想して仲間を連れて行くカムネスの冷静さと油断しない姿を見てユーキとアイカは感服する。

 カムネスはロギュンや生徒たちの様子をもう一度確認してから礼拝堂に駆け込み、アイカもそれに続いて礼拝堂に入っていく。最後にユーキが礼拝堂に入ろうとするが、入口前で立ち止まり、隣にいるグラトンの方を向いた。


「お前は此処に残って副会長たちと一緒にベーゼを足止めしろ。もし副会長たちが危なくなったら助けるんだ」

「ブォ~」


 グラトンは大きく口を開けて返事をするかのように鳴き声を出し、グラトンに指示を出したユーキは走って礼拝堂に入っていく。

 ユーキが礼拝堂に入ったのを見たグラトンは礼拝堂に背を向け、ロギュンたちと一緒に近づいて来るベーゼたちを迎え撃つ態勢に入った。


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