第四十四話 未知に挑む少女
主観の屋根の上から広場にいる生徒とベーゼの戦いを眺めるバッドバスは低い声を出しながら息を吐き、左手の紫の光球を広場に向けて再び放つ。
バッドバスは生徒たちが固まっている場所を狙って光球を放ち、光球は生徒たちの足元に命中すると爆発して近くにいる生徒たちを吹き飛ばす。
爆発の衝撃に生徒たちは声を上げながら飛ばされ、地面に強く体を叩きつけられる。その隙をついて生徒たちの近くにいたベーゼたちが一斉に襲い掛かった。
体勢を崩した生徒たちは痛みに耐えながらベーゼの攻撃を防いで何とか態勢を整える。しかし、中にはベーゼの攻撃を防げずに負傷する者もおり、そのような生徒は態勢を整えた生徒や爆発に巻き込まれていない生徒が駆け寄って負傷した生徒を援護した。
「アイツ、かなり厄介なベーゼだな」
ユーキは主館の屋根にいるバッドバスを鬱陶しそうに見ており、アイカも鋭い目でバッドバスを睨んでいた。
バッドバスが出現したことで生徒たちは少しずつ押され始め、負傷する生徒も出てきた。しかも敵の攻撃による爆発と負傷者が出たことで生徒たちの士気も徐々に低下してきている。このままでは生徒たちは戦意を失い、ベーゼたちに押し戻されてしまうかもしれないとユーキとアイカは感じていた。
「こりゃ、転移門を探す前にあのベーゼを何とかした方がよさそうだな」
「そうね、今あのベーゼがいる建物の周りには他にベーゼはいないし、今の内に近づいて何とかしましょう」
アイカはそう言ってプラジュとスピキュを強く握り、共感したユーキもアイカを見ながら頷く。アイカの言うとおり、バッドバスがいる主館の近くにはベーゼたちがおらず、今ならバッドバスと楽に戦える状態だった。
戦況が悪くなる前にバッドバスを倒してしまおうと考え、アイカは主館へ向かおうとする。すると、アイカの隣にいたユーキがアイカを見上げながら「一緒に戦う」と目で伝え、その意思を感じ取ったアイカはユーキを見ながら小さく頷く。
相手は情報が無く、どれ程の力を持っている敵なのか分からないため、一人で挑むのは危険すぎた。アイカも未知の敵に一人で挑もうとは思っておらず、迷うことなくユーキと共闘しようと思ったのだ。
「お待ちください、ここは私が行きますわ」
ユーキとアイカがバッドバスの所へ向かおうとした時、二人の近くにいたミスチアが笑いながら前に出る。二人は自分がバッドバスと戦うと言い出すミスチアを見て少し驚いた反応を見せ壊れた
「行くって、君一人でアイツと戦う気か?」
「ええ、どんなベーゼかは知りませんが、私一人で楽勝ですわ」
ミスチアはユーキの問いに平然とした顔で答え、ミスチアの返事を聞いたユーキとアイカは更に驚いた表情を浮かべる。
「無茶だ。相手は今まで見たことのないベーゼなんだぞ? そんな相手に一人で挑むのは危険すぎる」
「そうです。それに貴女の武器はフェグッターとの戦いで壊れてしまっているじゃないですか」
アイカはそう言ってミスチアのウォーアックスを見つめる。ウォーアックスは刃の部分が半分以上破損しており、とても斧として使える状態ではない。柄の部分は無事なので棍棒として扱うこともできるが、それでは敵を倒すのは難しいとアイカは感じていた。
ユーキとアイカが止める中、ミスチアはチラッと壊れたウィーアックスを見る。だがすぐにニッコリと笑ってユーキとアイカに視線を向けた。
「心配無用ですわ。私の力と技術があればあんな雑魚、簡単に捻り潰せますもの。それに、こっちの方も問題ありませんわ」
そう言ってミスチアは持っているウォーアックスをユーキとアイカに見せる。すると、ミスチアの混沌紋が光り出し、それと同時にミスチアが持っているウォーアックスも薄っすらと光り出す。混沌紋が光ったことでミスチアが混沌術を発動したと知ったユーキとアイカは遂にミスチアの混沌術が見られると目を見開いた。
いったいミスチアの混沌術はどんな能力なのか考えていると、破損していたウォーアックスの刃の部分の光が強くなり、見る見る刃の形となっていく。そして、完全に刃の形になると光が消え、ウォーアックスの刃は破損する前の状態に戻った。
「なっ! ウォーアックスが戻った!?」
アイカは目の前で起きた光景が信じられずに思わず声を上げる。ユーキも目を見開いたまま驚いており、二人の後ろに座っていたグラトンも興味があるのかどうか分からないが、ミスチアのウォーアックスを見つめていた。
ユーキとアイカが驚くのを見たミスチアは誇らしげに笑いながら混沌術を解除し、それと同時にウォーアックスの光も消える。ミスチアは元に戻ったウォーアックスを目の前で回し、異常が無いことを証明すると肩に担いだ。
「いかかですか? これなら未知のベーゼともまともに戦えますわよ」
「……ミスチア、ウォーアックスの刃が戻ったのは君の混沌術のおかげなんだよな?」
「勿論ですわ」
「いったい、君の混沌術はどんな能力なんだ?」
同じ混沌士としてミスチアの混沌術に興味があるユーキはミスチアに説明を求める。詳しいことはまだ分からないが破損していたウォーアックスを一瞬で元に戻した点からそれなりに強力な能力ではとユーキは予想していた。
ミスチアは自分を見つめるユーキと隣にいるアイカを見つめ、しばらくすると目を閉じてゆっくりと笑みを浮かべた。
「申し訳ありませんが、教えることはできませんわ」
「なぜ?」
「ウフフフ、いい女の子には誰にも教えられない秘密があるんですのよ」
「いやいや、納得できないんだけど……」
ユーキはジト目になりながらミスチアを見つめ、隣のアイカは混沌術を教えてくれないミスチアは少し不満そうに見ている。ミスチアはそんな二人を見るとクスクスと笑い出す。
「そうですわねぇ……私一人であのベーゼと戦わせてくれるのでしたら、全てが終わった後に教えて差し上げますわ」
ミスチアはそう言いながらウォーアックスで主館の上にいるバッドバスを指す。ユーキはバッドバスを見た後、複雑そうな顔をしながらミスチアを見た。
「それはできない。さっきも言ったけど未知のベーゼに一人で戦いを挑むなんて危険だ」
「そうです。せめて私とユーキのどちらかと一緒に戦うべきですよ」
ユーキとアイカはミスチアの提案に反対し、自分たちと力を合わせて戦うべきだと語る。ミスチアがどれ程の実力を持っているかは知らないが、共に戦う仲間がいるのだから力を合わせて戦うべきだと二人は考えていた。
ミスチアは自信はあるのに一人で戦わせてくれないユーキとアイカを見てミスチアはつまらなそうな表情を浮かべる。なんとか自分だけで戦うことができないか考えていると、突然ユーキたちの左右から二体のフェグッターが大剣を振り下ろして襲い掛かってきた。
フェグッターたちの急襲に気付いたユーキとアイカは後ろに跳び、ミスチアも二人とは反対の方角に跳んでフェグッターたちの振り下ろしをかわした。
大剣をかわされたフェグッターたちはユーキとアイカの方を向き、二人も得物を構えてフェグッターたちを睨む。グラトンはユーキの隣に移動し、大きく口を開けてフェグッターたちを威嚇した。
ユーキとアイカがフェグッターたちと睨み合っているのを見たミスチアはチャンスと感じ、二人に背を向けて主館の方へ走り出した。
「お二人とも、その子たちの相手は任せますわー!」
フェグッターたちをユーキとアイカに押し付けてミスチアはバッドバスの討伐に向かう。ユーキとアイカは一人で行ってしまったミスチアを見て驚き、急いで呼び止めようとするがフェグッターたちが大剣を大きく振って攻撃し、二人の邪魔をする。
ユーキとアイカはそれぞれ刀と剣でフェグッターの攻撃を防ぎ、鬱陶しそうな顔でフェグッターたちを睨みながら体勢を直した。
「……ミスチアさんを追うには、まず彼らを倒すしかないわね」
「だな、急いで倒して彼女を追おう」
得物を強く握ってユーキとアイカはフェグッターとの戦闘を開始する。急いでミスチアを追いかけたいが、相手は中位ベーゼであるため油断はできない。急ぎたい気持ちを押さえながら二人はフェグッターとの戦いに集中する。
――――――
ベーゼと戦っていた生徒たちの一部はバッドバスの攻撃に驚いて戦闘を中断し、主館の屋根の上にいるバッドバスに注目している。驚く生徒たちは隙だらけの状態となっており、生徒たちの近くにいたベーゼたちはその隙をついて生徒たちに攻撃を仕掛け、生徒たちはベーゼたちの攻撃を受けて負傷してしまう。
攻撃を受けて我に返った生徒たちは慌てて攻撃してきたベーゼたちの方を向いて構え直す。幸いベーゼの攻撃を受けた生徒たちの中に致命傷を負った生徒はおらず、全員が生きていた。
「ボーっとせず、目の前にいる敵と戦うことに集中しなさい! 戦場では一瞬の隙が生死を分けるのですよ」
隙を作っている生徒たちにロギュンは大きな声で注意し、目の前のベーゼを倒すことだけ考えるよう指示を出す。ロギュンの言葉を聞いた生徒たちは気を引き締めなおしてベーゼと戦い、負傷した生徒たちも傷の痛みに耐えながら応戦した。
生徒たちが戦闘を再開したのを見たロギュンは周囲を警戒しながら主館の上にいるバッドバスを見つめる。広場にいるベーゼと明らかに雰囲気の違うバッドバスを見て、ロギュンは間違い無く手強い敵だ考えていた。そんな中、ロギュンの視界にベーゼを圧倒するカムネスの姿が入り、ロギュンは近くにいるベーゼに気を付けながらカムネスに下へ移動した。
カムネスは抜刀術で襲って来るベーゼを次々返り討ちにしていく。戦闘が始まってからカムネスは傷を負うどころかベーゼに触れられてもおらず、完璧な動きでベーゼの数を確実に減らしていた。
近くにいたベーゼを全て倒したカムネスはフウガを軽く振ってから鞘に納め、突如現れた謎のベーゼ、バッドバスを鋭い目で見つめる。そこへロギュンが合流し、カムネスの左隣で同じようにバッドバスを見上げた。
「会長、あのベーゼは……」
「分からない。人間に似た姿をしたベーゼは何度も見たことがあるが、あのベーゼは初めて見た」
「新しい種類のベーゼでしょうか?」
「恐らくな。しかも奴は広場に現れてから近くにいるベーゼたちに指示を出している。下位ベーゼよりも高い知能を持っているようだ」
「では、今まで誰も遭遇したことのない中位ベーゼということですね」
「いや、そうとは限らない。蝕ベーゼの中にも中位ベーゼに匹敵する力や知能を持つ存在もいる。見た目が人間に似ている点から考えると、奴は瘴気に侵されたか、知能の高いベーゼに改造された人間である可能性もある」
バッドバスが蝕ベーゼである可能性が高いとカムネスはバッドバスを見つめながら予想する。ロギュンもバッドバスが光球を投げたことや喋れることから弱いベーゼではないのは確かだと考え、若干面倒そうな顔をしていた。
「まぁ、奴が中位ベーゼと蝕ベーゼのどちらであったとしても、奴が敵で僕らを殺そうとしているのは確かだ。もしかすると、この砦にいるベーゼたちの指揮官かもしれない」
「では、奴を倒せればベーゼたちは混乱し、戦況も私たちに有利に傾くと言うことですね?」
自分たちが優勢になると感じたロギュンは小さく笑みを浮かべながら確認するように尋ねる。するとカムネスはチラッとロギュンの方を見ながら小さく首を横に振った。
「それは分からない。中位ベーゼのように知能の高いベーゼたちは僅かに動揺を見せるかもしれないが、知能の低い下位ベーゼたちは自分たちが不利であることに気付かずに戦い続ける可能性がある。奴を倒してもベーゼたちの勢いが弱まるとは断言できない。何より、奴がベーゼたちの指揮官かどうかは分からない」
「た、確かに……」
バッドバスが指揮官かどうか分からないのに倒しても戦況が変わるとは限らないというカムネスの言葉に納得し、ロギュンは複雑そうな表情を浮かべる。しかし、バッドバスが厄介な敵であることには変わりないため、倒すに越したことは無いと考えていた。
ロギュンは持っているナイフを構えながら屋根の上にいるバッドバスを睨み、バッドバスに攻撃を仕掛ける体勢を取る。バッドバスがどんなベーゼか分からない状況で並の実力を持つ生徒を戦わせるのは危険と感じ、上級生の自分が戦うべきだと思っていた。
「会長、奴は私が相手をします。会長は周りにいる生徒たちに指揮を執り、転移門を探してください」
「……いや、お前が行く必要は無さそうだ」
「え?」
カムネスの言葉にロギュンは思わず声を漏らしてカムネスの方を向く。カムネスは黙って主館の方を見ており、ロギュンもつられるように主館の方を見ると、主館に方に向かって歩いて行くミスチアの姿が視界に入った。
「あれはミスチアさん……まさか、あのベーゼと戦うつもりじゃ……」
「恐らくそうだろうな」
落ち着いた口調で呟くカムネスをロギュンは軽く目を見開きながら見つめる。ミスチアは中級生の中でも優れた実力を持っているが、そんなミスチアでも一人で戦いを挑むのは無謀だとロギュンは感じていた。
「会長、いくらミスチアさんが優秀な生徒でも一人で挑むのは危険だと思います。せめて、もう一人誰かを共闘させた方が……」
「そうだな。……だが、心配は無いみたいだ」
ロギュンはまばたきをしながら「どういうことだ?」と言いたそうな顔でカムネスを見る。カムネスはロギュンの方を見ずに一点を黙って指差し、ロギュンがカムネスの指差す方を見ると、そこはミスチアと同じように主観の方へ走って行くフィランの姿があった。
「フィランさん? まさか彼女も……」
「ああ、彼女もあのベーゼと戦うつもりのようだ。あの二人が共に戦えば情報の無い敵でも問題無く倒せるはずだ」
「確かに……ただ、共に戦ってくれるといいのですが」
視線をフィランに向けながらロギュンは不安そうな表情を浮かべた。ロギュンもメルディエズ学園の実力者のことは一通り把握しているため、フィランとミスチアがどんな性格なのか理解している。勿論、フィランが他人と触れ合わないことも知っているため、フィランがミスチアと共闘してくれるかどうか心配だったのだ。
しかし、フィランとミスチアの実力は折り紙つきなので、多少相性が悪くても強敵を倒してくれるかもしれないという小さな期待もあり、絶対に上手くいかないとは考えられなかった。
「未知のベーゼの相手は彼女たちに任せ、僕らは敵を倒しながら転移門を捜索する。お前も今は転移門を封印することを考えるんだ」
「……分かりました」
カムネスがフィランとミスチアを信じて任せるのなら自分も二人を信じよう。ロギュンはそう考え、ベーゼの転移門の封印することに集中する。
ロギュンは周囲を見回し、ベーゼが大勢いる場所を見つけるとベーゼの討伐に向かう。カムネスも転移門を探すため、ベーゼを警戒しながら広場の奥にある兵舎や監視塔などに目指して移動する。
――――――
ユーキとアイカの二人と別れたミスチアはウォーアックスを肩に担ぎながら生徒とベーゼが戦う中を走り、バッドバスがいる主館へ向かう。移動している最中にベーゼに押されている生徒を何人か見かけたが、ミスチアは助太刀しようとしなかった。
ベーゼの転移門の封印依頼に参加するほどの生徒であればベーゼに押されていても押し返すだけの力と技術はあるとミスチアは考え、助太刀する必要は無いと感じていた。何より今のミスチアはバッドバスと戦うことだけを考えており、仲間を助けようとは考えていない。
周囲の戦いを見ながらミスチアを走り続け、主館の数m前までやって来た。主館の前には生徒やベーゼの姿は無く、ミスチアだけが立っている。周囲に誰もいないのを確認したミスチアは主館の方を向き、屋根の上に乗っているバッドバスを見上げた。
「フフフ、建物の近くには誰もいませんわね。これなら私一人でアイツと戦えますわ。やっぱり実力を確かめるのなら、一対一が一番で……」
バッドバスを見上げながらミスチアが楽しそうに笑っていると、彼女の左隣に誰かがやって来た。気配に気付いたミスチアは左を向くと、そこにはコクヨを握りながら無表情でバッドバスを見上げるフィランの姿があった。
「フィランさん? どうして貴女が此処にいらっしゃるんですの?」
ミスチアが驚きながら尋ねるとフィランは視線だけを動かしてミスチアを顔を見つめ、視線を主館の上にいるバッドバスに戻して口を開いた。
「……あのベーゼと戦うため」
「はあぁ? ちょっと待ってください。アイツは私の獲物ですわよ。貴女は別のベーゼと戦えばいいではありませんか」
「……今広場にいるベーゼは他の生徒たちでも倒せる。私が戦わなくても問題無く勝てから、見たことのないあのベーゼと戦うことにした」
「ですから、アイツは私が先に目を付けたんですのよ。後から来て『ベーゼと戦う』、なんてちょっと図々しくねぇですの!?」
「……なら、協力し合って戦う? 私はそれでも構わないけど」
フィランはミスチアの方を向いて無表情のまま尋ねる。普段、人との触れ合いを避けているフィランだが、戦闘中に他人と共に戦う必要がある場合はフィランも避けたりなどせずに共に戦うことを選ぶのだ。
ミスチアはフィランの顔を見ると不満そうな顔をする。日頃から人形のように感情を表に出さず、仲間に頼らずに一人で行動するフィランと共に戦うことにミスチアは抵抗を感じていた。
「申し訳ありませんが、お断りしますわ。貴女みたいな不気味な娘と共闘するなんて絶対に嫌ですわ」
「……なら私一人であのベーゼと戦う」
「だ~か~ら~! アイツは私の獲物だって言ってるじゃねぇですか! 何べん言わせれば分かるんですの!? いい加減に空気読んで引っ込みやが……」
引き下がろうとしないフィランにミスチアが怒鳴っていると、主館の屋根にいるバッドバスが二人に向けて紫の光球を放つ。それに気付いたミスチアは咄嗟に右へ跳び、フィランも左に跳んで光球を難なくかわした。
回避したフィランとミスチアは改めて主館に上を見た。屋根の上ではバッドバスが左手を二人に向けながら立っており、フィランとミスチアを見ながら屋根から飛び下りる。着地するとバッドバスは鋭い目で二人を睨み付けた。
「空気が読めねぇのは、コイツも同じですわね」
屋根から下りてきたバッドバスを見ながらミスチアはウォーアックスを構え、フィランもコクヨを中段構えに持つ。下がらずにバッドバスと戦おうとするフィランを見てミスチアは鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「何で戦おうとしてるんですの? コイツは私が倒しますから、引っ込んでろと言ったじゃねぇですか」
「……別に協力しようとは思わない。私は一人で勝手にベーゼと戦うから、貴女も私を無視して戦えばいい」
フィランはバッドバスを見つめ、お互いに協力し合わずにバッドバスと戦えばいいと呟く。協力しなくても構わないが、片方を邪魔したり手助けしたりせずに自分の好きなように戦うと言う提案にミスチアは目を僅かに細くした。
ミスチアとしては自分一人でバッドバスと戦ってみたいと思っているため、フィランが自分と同じ敵を攻撃することや共闘することに不満を抱いている。今でもフィランに別のベーゼの相手をしてもらいたいと思っているが、ここまでの流れからフィランは絶対に引き下がらないとミスチアは薄々感じていた。
前を向いたまま構えるフィランを見つめているミスチアは深く溜め息をつき、バッドバスの方を向いて目を鋭くした。
「……いいですわ。特別にコイツと戦うことを許して差し上げますわ」
フィランには何を言っても無駄だと観念したのか、ミスチアはフィランがバッドバスと戦うことを認めた。勿論、共闘するわけではないので、お互いに干渉し合わないように戦おうと思っている。
「先に言っておきますけど、貴女が危険な状態になっても私は一切手助けしませんからね?」
「……構わない」
「あと、私の邪魔になるようなことはしないでください? もし邪魔をしたらコイツと一緒に貴女もぶっ飛ばしますわよ」
「……分かった」
返事をしたフィランはコクヨの柄を強く握り、両足を軽く曲げて戦闘態勢に入る。フィランの構える姿を見たミスチアも後れを取らないようにするためにバッドバスの動きを警戒した。
フィランとミスチアが構える姿を見たバッドバスは掠れるような声を出しながら息を吐き、右腕と一体化している細剣を構えて目を赤く光らせた。
「我ハベーゼノ誇リ高キ戦士、バッドバス。人間ドモヨ、我ガ剣ノ錆ビトナレ……」
自己紹介をするバッドバスを見てミスチアは意外そうな反応を見せる。バッドバスが他のベーゼと比べて力があるのは分かっていたが、喋れるとは思っていなかったようだ。
「あら、貴方喋れるんですのね? どうやら他のベーゼと比べて多少は頭がいいみたいですわね」
「……油断してはダメ」
「うっさいですわねぇ。大丈夫ですわよ!」
忠告をするフィランの方を見ながらミスチアは力の入った声で言い返す。一人で戦えないだけでも気分が悪いのにその原因から忠告されたことで更に機嫌を悪くしたようだ。
ミスチアが苛ついているとバッドバスはミスチアに向かって走り出し、細剣でミスチアに突きを放つ。バッドバスの攻撃に気付いたミスチアは右へ跳んでバッドバスの突きをかわし、ウォーアックスで袈裟切りを放ち反撃した。しかしバッドバスは姿勢を低くして袈裟切りをかわすとミスチアの腹部を狙って再び突きを放った。
迫ってくる細剣を見たミスチアはウォーアックスを器用に操り、柄の石突に近い部分で細剣を払って軌道を逸らす。ミスチアは攻撃を防ぐとそのままウォーアックスをを振り下ろしてバッドバスに反撃する。だが、バッドバスは後ろに跳んでミスチアの振り下ろしをかわした。
「チッ! 意外とすばしっこいですわね」
自分の攻撃を二度も凌いだバッドバスが気に入らず、ミスチアは不機嫌そうな声を出す。予想していたとおり、バッドバスは今まで戦ってきたベーゼよりも手強いと悟った。
ミスチアから距離を取ったバッドバスは次の攻撃に移るために体勢を直そうとする。だが次の瞬間、バッドバスの背後にフィランが回り込み、コクヨを左から横に振って攻撃してきた。
フィランの攻撃に気付いたバッドバスは咄嗟に振り返り、細剣でフィランの横切りを防ぐ。コクヨと細剣がぶつかったことで高い金属音が響き、僅かに火花が飛び散った。
背後からの攻撃を防がれたにもかかわらず、フィランは眉一つ動かさずにバッドバスを見つめている。一方でバッドバスは自分に背後から攻撃を仕掛けてきたフィランを目を鋭くして睨んだ。
「人間如キガ、誇リ高キベーゼノ戦士デアル我ニ姑息ナ手ヲ使ウトハ……」
「……二人の敵を相手にしているのなら、背後から襲われてもおかしくない」
当たり前のことを理解していないような態度を取るバッドバスを見ながらフィランは静かに語り、素早くコクヨで細剣を払って逆袈裟切りを放つ。バッドバスは後ろに下がって逆袈裟切りをかわすと細剣を連続で振ってフィランを攻撃する。
フィランはバッドバスの連撃を全てコクヨで防ぎ、そんなフィランにバッドバスは遠慮なく攻撃を続けた。連続で攻撃を防いでいるにもかかわらず、フィランは汗一つ掻かずに全ての攻撃を防御する。勿論、表情も変わらずにジッとバッドバスを見つめていた。
しばらく攻撃を防いでいるとフィランは後ろに跳んでバッドバスから離れる。距離を取るとフィランはコクヨを右手に持ち、空いた左手をバッドバスに向けた。
「石の弾丸」
フィランが呟くと彼女の左手の中に拳ほどの大きさの石が出現し、勢いよくバッドバスに向かって放たれる。近接戦闘を続けても何も変わらないと感じたフィランは流れを変えるためにいったん距離を取って魔法で攻撃することにしたようだ。
バッドバスは飛んでくる来る石の弾に向けて左手を伸ばし、紫の光球を石の弾に向けて放つ。石の弾と光球はフィランとバッドバスの丁度中間でぶつかり、光球の爆発によって石の弾は粉々になった。それと同時に薄い灰色の煙が広がる。
「フン、煩ワシイ。ソンナモノガ我ニ通ジルト思ッタカ」
フィランの攻撃を小馬鹿にしながらバッドバスは左腕を下ろす。その直後、煙の中からフィランが飛び出してバッドバスに袈裟切りを放つ。煙から現れたフィランにバッドバスは一瞬驚きの反応を見せるが、素早く細剣で袈裟切りを防いだ。
コクヨと細剣で鍔競り合いをする中、フィランは足に力を入れてバッドバスを押そうとする。しかしバッドバスも押されない良い、右腕と足に力を入れて踏ん張っていた。すると、バッドバスの背後にウォーアックスを構えるミスチアが回り込んだ。
「私を忘れるなですわ!」
大きな声を出しながらミスチアはウォーアックスを横に振って攻撃する。バッドバスはフィランと鍔迫り合いをしている最中であったため動くことができず、ミスチアの攻撃をまともに受けた。
ウォーアックスの刃はバッドバスの右脇腹に食い込むように刺さり、攻撃を受けたバッドバスは苦痛の声を漏らす。真横からの攻撃だったため、踏ん張っていても体勢を保つことができず、バッドバスは大きく左へ飛ばされた。
バッドバスは地面に体を地面に擦り付けながら押し飛ばされ、しばらくすると仰向けのまま停止した。
停止するとバッドバスはすぐに立ち上がり、鋭い目でミスチアを睨む。右脇腹には深い傷ができており、そこから赤い血が流れていた。
「あらあら、あの攻撃を受けて生きてるなんて、とんでもない生命力ですわね」
「ヌウウゥ、オノレェ!」
ミスチアを睨みながらバッドバスは左手をミスチアに向け、ミスチアの隣でそれを見ていたフィランは再び光球を撃ってくると悟って攻撃を回避する体勢に入る。その直後、バッドバスは光球をミスチアに向けて放った。
飛んでくる光球を見たフィランは咄嗟に右へ跳んで距離を取る。だが、ミスチアは回避行動は取らず、ウォーアックスを構えながら光球に向かって走り出す。そして、ギリギリまで光球に近づいてから左へ移動して光球をかわした。
光球を避けたミスチアはバッドバスに向かって行き、それを見てバッドバスは驚きの反応を見せるが、すぐに険しい表情を浮かべて再び光球を放つ。
だが、ミスチアは新たな光球も走りながら右へ逸れて回避し、少しずつバッドバスに近づいて行く。光球が当たらないことにバッドバスは僅かに焦りを感じながらもう一度光球を放った。
ミスチアは同じことを繰り返すバッドバスを見て笑い、また左へ逸れて光球をかわそうとする。ところが今度は動くのが遅かったのか、光球はミスチアのウォーアックスの斧頭の部分に命中して爆発した。
「あら?」
ウォーアックスの斧頭が吹き飛んだのを見てミスチアは意外そうな声を出しながら止まる。かわし切ったと思っていたのにウォーアックスに命中してしまったため、ミスチアも少し驚いていた。
離れた所でミスチアの行動を見ていたフィランは表情を変えずにコクヨを構え直す。武器が破壊されてミスチアは戦えなくなったので今度は自分がバッドバスに攻撃を仕掛けようと思っていた。
「フフフ、武器ヲ失ッテシマッタナ? コレデオ前ハモウ何モデキナイ」
バッドバスは武器を失ったミスチアを脅威ではないと判断して愉快そうに笑う。同時に自分を傷つけたミスチアを時間を掛けて殺してやろうという殺意を懐いていた。
ミスチアを見ながらバッドバスは細剣を構え、フィランもバッドバスの方を向いて攻撃を仕掛けようとする。だが、ミスチアは焦りなどを一切見せず、余裕の表情を浮かべてバッドバスを見ていた。
「私が武器を失った? 残念ですが、私が武器を失うなんてことは絶対にあり得ませんわ」
そう言うとミスチアは自身の混沌紋を光らせて混沌術を発動させる。混沌術が発動したことでミスチアのウォーアックスも薄っすらと光り出し、爆発で吹き飛んだ箇所も光りながら形を変えて斧頭の形になっていく。光が消えるとウォーアックスの斧頭は元どおりになった。
ウォーアックスが元に戻ったのを見てバッドバスは驚愕し、流石のフィランも驚いたような反応を見せる。二人が驚く中、ミスチアはウォーアックスに異常が無いか確認し、バッドバスに視線を向けた。
「例えどんなに滅茶苦茶に壊されたとしても一瞬で元に戻す。これが私の混沌術、“修復”の力ですわ」
自分の混沌術の能力を語りながらミスチアは誇らしげな笑みを浮かべながらウォーアックスを構え直した。




