第四十三話 邪悪を追い込む者たち
広場の中心で生徒たちは剣や槍などを使いベーゼゴブリンたちを攻撃する。ベーゼゴブリンも負けずと持っている短剣や棍棒を振って生徒たちを応戦した。
数では生徒たちの方が勝っているため、ベーゼたちの方が不利だと思われそうだが、ベーゼオーガがいるので数で劣っていても不利とは言えない状態だった。更に屋根の上にいるペスートが球体を生徒たちに向けて投げ、生徒たちの周りに瘴気を発生させる。
瘴壊丸のおかげで生徒たちが瘴気の毒素に侵されることは無いが、煙のような瘴気のせいで視界が悪くなってしまい一部の生徒は戦い難くなっている。その隙をついてベーゼたちは生徒たちを攻撃しており、戦況はどちらかが圧倒的に有利とは言えない状況だった。
前衛で戦う生徒たちの中に剣を持つ二人の男子生徒と槍を持つ女子生徒の三人がおり、同じ数のベーゼゴブリンと戦っている。相手は蝕ベーゼの中で特に弱いと言われているベーゼゴブリンなので、生徒たちは苦戦することなく戦っていた。すると、ベーゼゴブリンたちの後ろからベーゼオーガが生徒たちに近づいて来る。生徒たちはベーゼオーガの姿を見ると僅かに面倒そうな表情を浮かべた。
「ベーゼオーガが来やがった。どうする?」
「アイツはベーゼゴブリンとは比べ物にならないくらい強い。ベーゼゴブリンと一緒に相手をするのはちょっと厄介だな」
「じゃあ、どうするの?」
男子生徒は目の前にいるベーゼゴブリンと近づいて来るベーゼオーガを見ながらどうするか悩む。もう一人の男子生徒と女子生徒もベーゼゴブリンたちを警戒しながら考えた。
周りでも他の生徒がベーゼと戦っているので一緒に戦ってくれるよう要請するという手もある。だが、仲間たちは必死にベーゼと戦っており、援護を要請しても引き受けてくれる可能性は低い。それを悟った三人は表情を歪ませた。
生徒たちが悩んでいる間もベーゼオーガは少しずつ距離を縮めていき、目の前にいるベーゼゴブリンたちも武器を握りながら迫っていた。ベーゼたちを見た三人は奥歯を噛みしめながら武器を強く握る。
「……仕方ない。ちょっと危ないけど、俺たち三人でコイツらを倒すしかない」
他に良い方法が無い以上、自分たちで目の前にいるベーゼを倒すしかないと判断した男子生徒は目を鋭くしてベーゼたちを睨み、他の二人もそれしかないと判断して同じように近づいて来るベーゼたちを睨んだ。
構え直した生徒たちはベーゼゴブリンとベーゼオーガを警戒しながら攻撃するタイミングを窺う。すると、生徒たちから見て左側からグラトンが四足状態で飛び出すように走って来てベーゼオーガに体当たりする。体当たりを受けたベーゼオーガは大きく右側に飛ばされた。
突然視界に入ってきたグラトンに生徒たちは目を見開く。ベーゼゴブリンたちもベーゼオーガが突き飛ばされた音に反応して一斉に振り返り、ベーゼオーガを突き飛ばしたグラトンを見た。
「お、おい、あれって……」
「ああ、ユーキ・ルナパレスが連れてきたヒポラングだよな」
「もしかして、俺たちを助けてくれたのか?」
男子生徒たちはグラトンが自分たちを援護してくれたことが信じられないのか、まばたきをしながらグラトンを見ている。グラトンは体当たりをしたベーゼオーガを見ながら鳴き声を上げており、ベーゼオーガも体勢を直してグラトンを睨みながら威嚇した。
「ちょっと、ボーっとしてないで今の内にベーゼゴブリンたちを倒しちゃいましょうよ」
呆然としながらグラトンを見ている男子生徒たちに女子生徒が声を掛けると男子生徒たちは我に返って状況を確認した。目の前にはグラトンに注目している三体のベーゼゴブリンたちの姿があり、生徒たちを視界から外している。隙だらけのベーゼゴブリンたちを見て、生徒たちはこのチャンスを逃してはならないと感じた。
生徒たちは剣と槍を強く握り、隙だらけのベーゼゴブリンたちを攻撃する。ベーゼゴブリンたちは背後からまともに攻撃を受け、苦痛の声を上げながら崩れるように倒れた。致命傷を受けたベーゼゴブリンたちは立ち上がることなく黒い靄と化して消滅する。
「よし、ベーゼゴブリンどもは倒した。……次はあのヒポラングに加勢してやるか」
男子生徒はそう言ってベーゼオーガと向かい合っているグラトンの方を見る。頼んではいないが、自分たちに加勢してくれたのだから今度は自分たちが手を貸すべきだと感じているようだ。他の二人も異議は無いらしく、男子生徒を見ながら剣と槍を構える。
三人はベーゼオーガと戦うために移動しようとする。だが、そこに新たに二体のベーゼゴブリンがやって来て生徒たちの前に立ちはだかった。
「クソォ、またかよ!」
新たな敵を見て生徒たちは目を鋭くしながら鬱陶しそうな表情を浮かべる。ベーゼオーガと戦うには目の前のベーゼゴブリンを倒すしかないと悟った生徒たちは武器を構えてベーゼゴブリンと睨み合う。
生徒たちが新たなベーゼゴブリンと向かい合っている時、グラトンはベーゼオーガを見ながら大きな鳴き声を上げてベーゼオーガを威嚇していた。ベーゼオーガも右手に持っている棍棒で地面を叩きながら同じように威嚇している。どちらも目の前にいる敵は手強いと本能で感じ取っていた。
睨み合う中、先に動いたのはグラトンだった。グラトンはベーゼオーガに向かって走り出し、真正面から体当たりをする。ベーゼオーガは下半身に力を入れてぶつかってきたグラトンを胴体と左腕で受け止め、そのままグラトンを押さえつけると棍棒でグラトンの背中を殴打した。
殴られたグラトンは鳴き声を漏らしながら僅かに体勢を崩す。今まで戦ってきたベーゼと違い、ベーゼオーガの力は強く、流石のグラトンも痛みを感じているようだ。しかし、それでも怯まずに体勢を直し、ベーゼオーガの腹部に頭突きを放つ。
腹部に重い頭突きを受けたことで今度はベーゼオーガが体勢を崩し、押さえつけていたグラトンを放して後ろに下がる。グラトンはその隙を逃さず、右腕を大きく横に振ってベーゼオーガの側頭部を殴った。
殴られたベーゼオーガはバランスを崩して俯せに倒れる。ベーゼオーガが倒れるとグラトンはジャンプし、倒れているベーゼオーガの上半身に向かってヒッポドロップをするかのように尻から落下した。
体重が重いグラトンの攻撃はベーゼオーガに強い衝撃を与え、ベーゼオーガの首や上半身の骨を圧し潰す。
首の骨を折られたベーゼオーガは鳴き声を上げる間もなく絶命し、グラトンの下敷きになったまま消滅する。グラトンに助けられた男子生徒たちがベーゼゴブリンを倒した時には既にグラトンがベーゼオーガを倒しており、その光景を見た男子生徒たちは呆然としていた。
ベーゼオーガを倒したグラトンは立ち上がり、周囲を見回して他に敵がいないか探し始める。そこへアイカが生徒やベーゼの間を通ってグラトンに駆け寄ってきた。
「グラトン、大丈夫?」
「ブォ~」
アイカの問いにグラトンは返事をするように軽く鳴き声を上げる。グラトンの反応から重傷は負っていないと悟ったアイカは軽く息を吐いた。
「ベーゼオーガと戦っているのを見た時はビックリしたわ。ベーゼオーガは中位ベーゼに匹敵する強さなんだから、無茶はしないでよ?」
グラトンが中級モンスターに匹敵する強さを持っていることはアイカも知っている。だが、それでも単身で強力なベーゼに挑むことは無謀だと感じており、グラトンに忠告せずにはいられなかったのだ。
アイカの忠告を聞いたグラトンは再び軽く鳴き声を上げる。自分の言った言葉を理解しているのか分からないが、とりあえずアイカはグラトンの反応を見て納得した。
「そう言えば、ユーキは何処にいるの? 貴方が此処にいるからユーキも近くにいると思ったのだけど……」
アイカは周囲を見回してユーキを探す。グラトンは常にユーキの後をついて行くため、グラトンの近くにユーキもいると感じて合流したのだ。だが、ユーキの姿は無かったのでアイカは意外に思いながら驚いていた。
周りを見ながらユーキを探しているとアイカとグラトンの足元にこげ茶色の球体が落ち、割れた球体の中から瘴気が出てくる。突然の瘴気にアイカは目を見開き、球体が飛んで来た方を見ると十数m離れた所に建っている小屋の上ではしゃいでいるペスートの姿が目に入った。
瘴気をまき散らすペスートを見てアイカは表情を鋭くする。アイカは瘴壊丸を服用しているため、瘴気に侵されることは無いが瘴気で視界を奪われてしまうため、瘴気を出すペスートを鬱陶しく思っていた。
アイカは屋根の上にペスートを倒そうとプラジュを持ったまま右手をペスートに向けて魔法を発動させようとする。だがその時、アイカの隣にいたグラトンが低い鳴き声を上げながら座り込む。グラトンは何処か調子の悪そうな様子で上半身をゆっくり左右に振っていた。
「……ッ! まさか瘴気の毒に!?」
グラトンの様子を見たアイカは瘴気の毒素に侵されていると察し、驚愕の表情を浮かべる。自分や他の生徒と違って瘴壊丸を服用していないグラトンは瘴気の影響を受けてしまったのだ。
普通のヒポラングよりも体が大きく、知能が高いグラトンも体質は普通のヒポラングと殆ど変わらない。だからベーゼの瘴気を吸えば当然毒素に侵されて体調を悪くしてしまう。
アイカはペスートへの攻撃を止めてスピキュを鞘に納めると左手をグラトンの体に当てる。そして、自身の混沌術である浄化を発動させてグラトンの体を侵している瘴気の毒素を浄化した。
毒素が消えるとグラトンの様子が瘴気に侵される前の状態に戻り、グラトンは不思議そうに周囲を見回す。グラトンの体調が回復したのを見てアイカは一安心する。だが、まだ周囲には瘴気が漂っているため、浄化を解除した後にグラトンが瘴気を吸えばまた毒素に侵されてしまう。そのため、アイカは浄化を解除することができなかった。
(このままじゃ、まともに戦うこともできないわ。どうすれば……)
何か良い方法は無いか、アイカは周囲を警戒しながら考える。そんなアイカの視界に屋根の上ではしゃぎ続けているペスートが入り、アイカは不愉快そうな顔でペスートを睨んだ。だが次の瞬間、はしゃいでいるペスートの背後に月下と月影を構えながら高くジャンプしてユーキが現れた。
アイカはジャンプするユーキの姿を見て、グラトンの左手を当てたまま驚く。グラトンもユーキに気付いて大きく口を開けながら鳴き声を出した。
強化の能力で脚力を強化したユーキは屋根よりも高く跳び上がり、屋根の上にいるペスートを見下ろしながらペスートのすぐ後ろに着地する。ペスートははしゃいでいるせいか、屋根の上に下り立ったユーキに気付いていない。
「馬鹿みたいに瘴気をまき散らすな」
そう言うとユーキは月下を横に振ってペスートの首を刎ねた。ペスートの頭部は足元に落ちると屋根から地面に転がり落ちて靄と化す。頭部を失った胴体も倒れるとそのまま消滅した。
ペスートを倒したユーキは月下を軽く払ってから周囲を見回して別の小屋の上にいるペスートを見つけると屋根から屋根に飛び移り、残っているペスートの下へ向かう。
最後のペスートは広場にいる生徒たちに向けて球体を投げ続けている。生徒たちが瘴気の毒素に侵されることは無いが瘴気は生徒たちの視界を奪うため、ペスートの行動は無意味ではなかった。
ペスートは瘴気で視界を奪われながらベーゼゴブリンたちと戦う生徒たちを見て愉快そうな声を出す。そんなペスートにユーキは少しずつ近づいて行き、ユーキの存在に気付いたペスートはユーキを見て驚いたような反応をした。
自分が狙われていると察したペスートは屋根から飛び降りようとするが、それを見たユーキが月下を握ったまま右手をペスートに向け、右手の前に紫色の靄を作り出す。
「闇の射撃!」
逃げるペスートに向けてユーキは闇の弾を放つ。闇の弾はペスートの背中に直撃して背負っている籠を吹き飛ばす。それと同時にペスートは体を闇に包まれてダメージを受け、ペスートは声を上げながら屋根から落下した。
闇の弾が籠を吹き飛ばしたことで籠の中の球体が全て壊れてしまうのではとユーキは不安を感じていたが、不思議なことにペスートの籠の中は空っぽで球体は一つも入っていなかった。
既に籠の中の球体を全て使って空になっていたのか、最初からは籠は空でベーゼの力を使って籠の中から球体を作り出したのかは分からないが、瘴気が広がる心配が無いと知ったユーキは落下したペスートを見ながら安心する。その直後、ペスートは靄となって消えた。
全てのペスートを倒したユーキは屋根から飛び下りて広場に着地すると遠くにいるアイカとグラトンを見つけ、二人の方に向かって走る。移動している時にベーゼゴブリンの襲撃を受けるも、ユーキは難なくベーゼゴブリンを倒してアイカとグラトンの下に辿り着いた。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか。さっきまでグラトンが瘴気に侵されてたけど、私の浄化で毒を浄化したから大丈夫よ」
「グラトンが瘴気を?」
アイカの話を聞いたユーキは少し驚いた様子でグラトンを見る。グラトンは座りながら何事も無かったかのようにユーキを見ており、ユーキもグラトンが大丈夫なのを確認すると軽く息を吐く。
既にペスートがまき散らした瘴気は消えているため、アイカの混沌術を使わなくてもグラトンが瘴気に侵される心配はなかった。
「ありがとな、アイカ」
「気にしないで。というか、グラトンに瘴壊丸を飲ませなかったの? 飲ませればグラトンも瘴気を気にせずに戦えたのに……」
「確かにな。でも、瘴壊丸は人間の体に合わせて作られた薬だ。モンスターであるグラトンに飲ませて効果があるかどうかは分からないし、下手に飲ませて副作用が起きたらマズいだろう?」
「ん~、言われてみれば……」
ユーキの言っていることに一理あると感じたアイカは小さく俯きながら考え込む。
確かに他の生徒と同じように瘴壊丸を飲ませればグラトンも瘴気の毒素を無視することができるかもしれない。だが、それはあくまでも瘴壊丸の効き目を得られた場合の話だ。
人間とモンスターとでは体質が違うため、問題無く瘴壊丸の効き目を得られるかは保証できない。逆に服用したことで体調を悪くしてしまう可能性もあるため、ユーキはグラトンに瘴壊丸を飲ませなかったのだ。
「瘴壊丸が効くかどうか分からなかったから、まずは瘴気をまき散らすペスートを倒そうと思ってグラトンと別行動を取ってたんだ」
「成る程、だからグラトンが一人でベーゼと戦ってたのね」
「ああ。でも、ペスートは全て倒したからもう瘴気を気にせずに戦える」
ユーキが笑いながらそう言うと、アイカはユーキの行動力に感心して笑みを浮かべる。グラトンは笑う二人を見ながら不思議そうにまばたきをしていた。
二人が笑っていると、広場にいたベーゼは全て倒されてメルディエズ学園の生徒だけが残っていた。ベーゼが倒されたことを知ったユーキとアイカはこれで砦の奥に進軍できると目を鋭くする。
広場を完全に制圧すると生徒たちは負傷した生徒の傷や武器の状態などを確認して素早く次の戦いに備える。そんな生徒たちの中にフウガを鞘に納めるカムネスがいた。カムネスは傷どころか制服に汚れ一つ付いておらず、カムネスの近くで彼の姿を見た生徒たちは感服している。
「負傷者の手当てや武器の確認が終わったら奥を目指して進軍する。奥にはまだ敵の主力が残っている可能性が高い。全員、油断せずに進軍しろ!」
カムネスが周りを見ながら生徒たちに気を抜かないよう忠告をし、それを聞いた生徒たちは表情を鋭くしてカムネスを見つめる。
既にエブゲニ砦の中心までやって来たため、もう自分たちの勝ちだと考える生徒も少なくない。だが、それでもベーゼの転移門を封印するまでは油断できないため、生徒が多くが油断せずに次の戦いの準備をしていた。
しばらくして傷の手当てや道具の確認が終わると生徒たちは自分の部隊の仲間と合流し、広場の一番奥にある出入口へ向かって移動する。今度は三つの部隊が分かれて移動する必要が無いため、生徒たちの中には全戦力で移動できることを頼もしく思う者もいた。
しかし、全ての戦力が集まったからと言って必ず勝つと決まったわけではないため、一部の生徒は油断せず、ユーキやアイカ、カムネスたち生徒会の生徒も警戒しながら奥へ進んでいく。
エブゲニ砦の奥へと進むと、ユーキたちは先程の広場よりも若干狭い広場に辿り着く。そこにはカムネスたちが予想したとおり、砦の司令官が使っていた主館と思われる建物があり、他にも礼拝堂や見張り台などが広場の隅に建てられている。そして、広場の中心には大量のベーゼが待ち構えていた。
待ち伏せしていたベーゼは殆どがインファやモイルダー、ベーゼゴブリンと言った弱いベーゼだが、その中には中位ベーゼのフェグッターが数体おり、大剣を構えている。ベーゼたちはユーキたちの姿を見ると一斉に構え、鳴き声を上げて威嚇した。そんなベーゼたちを見てユーキたちも一斉に身構える。
「流石に一番奥だけあって敵の数も多いな」
「ええ、今まで以上に激しい戦いになりそう」
ユーキとアイカは武器を構えながら敵の数や種類を確認し、どのように戦うか考える。二人の周りにいるグラトンや生徒たちも身構えており、離れた所ではフィランとミスチアもベーゼたちを見ていた。生徒たちはこれがエブゲニ砦での最後の激戦になると考え、今まで以上に闘志を燃やす。
部隊の一番前にいるカムネス、ロギュン、トムズは生徒たちの様子を見て戦いに影響が出るような状態ではないと悟り、ベーゼたちの動きを警戒しながら広場を見回す。そんな中、ロギュンは広場の一番奥にある建物を見つけ、ゆっくりとカムネスに近づく。
「会長、ベーゼたちの奥にある建物、あれが主館だと思われます。もしかすると、転移門はあそこにあるのでは?」
「確かに可能性はある。だが、まだ断言はできない。転移門は自然発生するため、必ず主館のような重要な場所で開いているわけではない。別の場所に開かれている可能性もある。ただ、さっきの広場や此処に進軍するまでの道中で転移門は見つからなかったから、この広場にあるのは間違い無いだろう」
カムネスは主館を見た後に広場にある他の建造物を見ながら転移門が開かれている場所を考え、ロギュンも視線を動かして広場を見回した。
三つの部隊が合流するまでの間に転移門が発見されたら、発見した部隊が伝言の腕輪で他の部隊に報告することになっていた。だが、合流するまでの間、カムネスはそのような報告は受けておらず、各部隊が通って来た場所には転移門は無く、今自分たちがいる広場に転移門があると考えたのだ。
カムネスとロギュンが転移門が開かれていそうな建物を探しているとベーゼたちが鳴き声を上げながら一斉に走ってきた。
「お二人さん、転移門を探すのは後にして、先に目の前にいるベーゼどもを何とかした方がいいんじゃねぇか?」
走ってくるベーゼを見たトムズはカムネスとロギュンに声を掛け、二人は前を向いて構え直す。カムネスたちの後ろで待機していた生徒たちも武器を握りながら一斉に目を鋭くした。
「確かに、まずは広場にいる敵を倒すことに集中した方がよさそうです」
ロギュンは両手に一本ずつ持っているナイフを構えていつでも投げられる態勢に入り、カムネスはフウガを抜刀できるよう、鯉口を切って軽く両膝を曲げる。トムズも杖を構えて魔法を撃てるようにした。
ユーキたちも自分の武器を構えてベーゼたちを睨む。すると、カムネスが前を向いたまま力の入った声で背後にいるユーキたちに声を掛けた。
「これより先は各自、敵と戦いながら広場や建物を探索して転移門を探せ。転移門を発見したら報告などはせずに持っている封鎖石を使って転移門を塞ぐんだ」
効率よく短時間でベーゼの転移門を封印できるよう、カムネスは生徒たちに隊長の指示を待たずに自由に行動し、転移門を見つけ次第封印するよう指示する。
指示を聞いた生徒たち必ず封印してやる、誰よりも先に転移門を見つけてやるなど様々な思いを抱く。勿論、自由行動が許されたからと言って軽率な行動はとらず、仲間と協力し合いながら転移門を封印しようと思っている。
ベーゼたちが一定の距離まで近づいて来ると、先頭にいるカムネスとロギュンがベーゼに向かって走り出し、その後に生徒会の生徒やユーキたちが続く。トムズや魔導士の生徒たちは後方から仲間を援護するためにゆっくりと後退する。
生徒たちは散開し、各自ベーゼとの戦闘を開始する。下位ベーゼや蝕ベーゼには一人で戦い、中位ベーゼが相手の時は二人以上で挑んで仲間と援護し合いながら戦う。ユーキやアイカたちのような実力者は中位ベーゼと遭遇しても一人で戦えるだけの実力があるため、仲間の援護が無くても戦うことができた。
広場の左側ではユーキが二体のインファと三体のベーゼゴブリンに囲まれていた。前にベーゼゴブリンが二体、左右にインファが一体ずつ、後ろにベーゼゴブリンが立っており、武器を持ってユーキを見つめている。
囲まれているがユーキは慌てることなく、双月の構えを取りながら落ち着いて相手の出方を窺っていた。すると、背後にいたベーゼゴブリンがユーキに向かって跳びかかり、持っている短剣でユーキを斬り捨てようとする。
ベーゼゴブリンの気配を感じ取ったユーキは素早く振り返り、右から月下と月影で横切りを放つ。月下と月影は跳びかかってきたベーゼゴブリンの胴体を切り裂き、斬られたベーゼゴブリンは鳴き声を上げながら倒れて消滅する。
ユーキはベーゼゴブリンを倒すとすぐに体勢を直そうとするが、そこへ左右にいた二体のインファが同時に襲い掛かり、ユーキに向かって同時に剣を振り下ろして攻撃する。ユーキは軽く後ろに下がってインファたちの振り下ろしをかわすと双月の構えを解いてインファたちに鋭い視線を向けた。
「ルナパレス新陰流、眉月!」
月下と月影を外側に振ってインファたちを同時に斬り、続けて二本を内側に振って二度目の攻撃を当てる。二回ずつ斬られたインファたちは持っている剣を落としながら崩れるように倒れて黒い靄と化した。
インファたちを倒したユーキは残りを倒すためにまだ動いていないベーゼゴブリンたちがいる方を向く。二体のベーゼゴブリンはユーキと目が合うと短剣を逆手に持ってユーキに向かって走ってくる。
やけくそになったような状態で走ってくるベーゼゴブリンたちを見てユーキは心の中で呆れながら月下と月影を構えた。
ベーゼゴブリンたちを見つめながらユーキは間合いに入るのを待つ。すると、頭上からグラトンが落ちてきて走ってくるベーゼゴブリンたちにボディプレスを喰らわせる。二体のベーゼゴブリンはグラトンの巨体に押しつぶされ、グラトンが立ち上がるのと同時に靄と化して消滅する。
「……助かったぜ、ありがと」
ユーキは月下を肩に担ぎながらグラトンに礼を言うと、グラトンはユーキの方を向くと返事をするかのように鳴く。一人でも対処できたが、グラトンが自分を助けるためにやってくれたのでユーキは素直に感謝していた。
近くにいたベーゼを全て倒したユーキは次の敵を探すために周囲を見回す。すると、離れた所で戦っていたミスチアがユーキに気付いて笑いながら走ってくる。ユーキは笑いながら走ってくるミスチアを見て複雑そうな表情を浮かべた。
「ユーキ君、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、今のところはね」
「そうですか。流石は幼くして学園に入学した子ですわぁ」
ミスチアはニッコリと笑いながらユーキに顔を近づけ、ユーキは数cm前まで顔を近づけるミスチアに驚き、さり気なく顔を後ろに引いた。グラトンは二人のやっていることが分からず、黙って小首を傾げている。
「貴方みたいな子が私と共に戦ってくれていると思うと、すっごく気分がいいですわ。幼いのに強くて、賢く、そして可愛い……ああぁ、思いっきり可愛がってあげたいくらいですわ」
「か、可愛がる……?」
顔をユーキから離したミスチアは持っているウォーアックスを両手で握りながらウットリしたような顔をし、そんなミスチアにユーキは訊き返す。戦闘中だというのに笑みを浮かべ、何かの虜になるような態度を取るミスチアに対し、ユーキは少しおかしな女子だと感じていた。
ユーキがミスチアを見つめていると、ミスチアは表情を変えずに視線を動かしたユーキを見つめる。
「実は私、年下の男の子が好みなんですの。特にユーキ君のように可愛くて強く、自分の言いたいことをハッキリと言えるような子が。だから今回の依頼で貴方を初めて見た時はとても嬉しかったんですのよ?」
笑いながら自分の気持ちを素直に伝えるミスチアを見てユーキは僅かに顔色を悪くする。これまでミスチアが積極的に近づいてきていたのは自分が好みのタイプだからだった知り、ユーキは思わず後ろに下がった。
(おいおいおい、これってあれか? 子供が大好きな変態お姉さんってやつか? ……顔は可愛いのに中身はとんでもないショタコンだったのかよ、この子は……)
ミスチアの本性を知ったユーキは衝撃を受け、ミスチアにあまり関わらない方がいいかもしれないと感じ始める。そんなユーキの本心に気付いていないミスチアは自分の秘密を教えたことが恥ずかしいのか顔を赤くしながらピョンピョンと跳びはねていた。
ユーキが跳びはねるミスチアをジト目で見ていると、ミスチアは頬を赤く染めながら再びユーキに顔を近づけ、それに驚いたユーキは目を見開かせる。
「ユーキ君、この依頼が終わってバウダリーの町へ戻りましたら、一緒にお出かけに行きませんか? 実は町にとても美味しいお茶屋さんが――」
「戦闘中に何の話をしてるのですか?」
何処からか低めの女性の声が聞こえ、ユーキはビクッと小さく反応し、ミスチアは軽く目を見開く。二人が声のした方を向くと、目の前にはプラジュとスピキュを持ったまま不機嫌そうな顔をするアイカが立っていた。
アイカの顔を見たユーキは小さな恐怖を感じ、思わずアイカから離れる。ミスチアは意外そうな顔のまま体勢を直してアイカの方を向いた。
「あら、アイカさん。どうかなさいまして?」
「『なさいまして?』じゃありませんよ! 今は依頼中、それもベーゼと戦っている時ですよ? 何男の子を口説いてるんですか」
「あら、私は別に口説いてなんていませんわ。ただ、お仕事が終わったら遊びに行きませんか、とユーキ君を誘っていただけですわ」
「戦闘中に遊びに誘うことが間違いだって言っているのです!」
表情を険しくしながら怒るアイカを見て、ミスチアは「何を怒っているんだ」と言いたそうな顔で小首を傾げる。そんなミスチアの反応を見たアイカは軽く奥歯を噛みしめながら更に機嫌を悪くした。
ユーキは向かい合うアイカとミスチアを見てながら汗を掻いていた。片方は険しい顔で相手を注意し、もう片方は理解できないような顔で質問をする。ユーキは二人を交互に見ながらどうすればいいのか悩んでおり、グラトンは自分の尻を掻きながら退屈そうにしていた。
アイカとミスチアは口論をしていると、二人のすぐ隣に一体のフェグッターが現れた。フェグッターに気付いたユーキは月下と月影を構え、アイカも咄嗟にフェグッターから距離を取ってプラジュとスピキュを構える。二人からは先程まで浮かべていた戸惑いと怒りの表情が消え、目を鋭くしながら気持ちを戦闘に切り替えた。
ユーキとアイカは戦闘態勢に入る中、ミスチアは目を細くしており、しばらくすると少し険しい顔をしながら目の前にいるフェグッターを睨んだ。
「折角楽しくお話していたのに邪魔をするなんて……空気の読めねぇ奴ですわね」
フェグッターの方を向いたミスチアはウォーアックスを構え直して戦闘態勢に入る。ユーキとアイカは先程まで笑顔を浮かべていたミスチアがいきなり口調を悪くし、表情も険しくしたことに驚いて軽く目を見開いた。
ミスチアがフェグッターを睨んでいると、フェグッターは大剣をミスチアに向けて振り下ろす。ミスチアは頭上から迫ってくる大剣を右へ移動してかわし、ウォーアックスで袈裟切りを放ち反撃する。
フェグッターは素早く大剣でミスチアの袈裟切りを防ぐ。すると、ウォーアックスの刃と剣身がぶつかった瞬間に強い衝撃がフェグッターを襲い、フェグッターは僅かに体勢を崩した。
ユーキとアイカはフェグッターが体勢を崩したのを見てミスチアの攻撃がとても重いことを知って驚く。あの繊細な腕のどこに中位ベーゼを怯ませるほどの力があるのか、二人は驚くと同時に疑問に思った。
二人が見守る中、ミスチアはウォーアックスを引き、今度は連続でウォーアックスを振り回してフェグッターに連撃を放つ。フェグッターは大剣でミスチアの連撃を防ぐが、全ての攻撃が重いため、フェグッターは少しずつ押され始める。そんな中、ウォーアックスの刃の部分が大剣とぶつかった瞬間に粉々に砕け散った。
「……チッ! たかが数回ぶつかっただけで砕けるなんて、所詮は安モンですわね」
ウォーアックスの耐久度の無さにミスチアは舌打ちをしながら不満を口にする。ミスチアの連撃が止まるとフェグッターはふらつきながら後ろに下がった。
壊れたウォーアックスを見て、ユーキとアイカはミスチアはもう戦えないと感じて加勢しようとする。ところが、ユーキとアイカが動こうとした瞬間、ミスチアは刃を失ったウォーアックスを両手で握りながらジャンプし、柄の部分で体勢を崩しているフェグッターの脳天を殴打した。
脳天を殴打されたフェグッターは殴られた箇所から出血しながら呻き声を上げ、ゆっくりと膝から倒れる。その直後、フェグッターは黒い靄と化して消えた。
フェグッターを倒したミスチアはウォーアックスの柄を外側に振りながら鼻を鳴らす。そんなミスチアをユーキとアイカは目を丸くしながら見ている。すると、ミスチアはユーキとアイカの方を向き、戦う前に見せた満面の笑顔を浮かべた。
「片付きましたわ。すみません、お話の途中で戦闘に入っちゃいまして」
「え? あ、いえ……お気になさらず」
コロッと表情を変えるミスチアを見てアイカは小さく首を横に振る。先程まであれだけミスチアのふざけた言動に苛ついていたのにミスチアが戦った姿を見た途端に怒る気が失せてしまっていた。
ユーキはアイカの隣まで移動すると楽しそうに笑うミスチアを見つめる。性格は異常だがメルディエズ学園の生徒としての強さは本物だと感じ、多少性格に問題があって簡単に避けたりしない方がいいかもしれないとユーキは思っていた。
「ミスチア、君はエルフなのにとんでもない力を持っているようだけど、どうしてそんな力を?」
ミスチアの力の秘密が気になるユーキはミスチアにどうして人間離れした怪力を持っているのか尋ねる。ミスチアはユーキの方を見るとまた頬を少し赤くして口を動かす。
「ウフフフ、気になりますか? 実は私、生まれつき身体能力が高く、幼い時には大人の男性と同じくらいの腕力や脚力を持っていましたの。そんな状態で成長し、今では大人の男性を軽々と持ち上げられるほどの身体能力を得てしまいました」
「そ、そうなのか。凄いんだな……」
「いえいえ、私なんてまだまだですわ。私よりもヤバい方がこの大陸にはい……」
ミスチアが笑いながら話していると主館ある方角から一つの紫の光球が飛んできてユーキたちの近くを通過する。光球はユーキたちから少し離れた場所で戦う生徒たちの足元に命中すると爆発し、近くにいた生徒たちを吹き飛ばした。
数人の生徒が爆発に巻き込まれて倒れており、それを見たユーキとアイカは驚愕し、ミスチアも少し驚いた表情を浮かべる。勿論、別の場所で戦っていたカムネスやロギュン、フィランとトムズ、そして他の生徒たちも何人かが爆発が起きた場所に注目していた。
ユーキたちが光球の飛んできた方角を見ると、主館の屋根の上に一体の人型の生物がいた。その生物は身長160cm弱で濃い茶色の短髪をしており、赤い目をしている。顔は痩せ気味で死人のような青白い肌をしており、両肩には外側に向かって伸びる棘が生えていた。右腕はレイピアのような細長い両刃の剣と一体化しており、ボロボロで薄い灰色の長ズボンを穿いて錆びだらけの鉄のハーフアーマーを装備し、左手の中には紫の光球がある。
「何だ、アイツは?」
「分からないわ。でも、左手に光球があるから、さっきの攻撃は間違い無くアイツの仕業よ。そして、私たちを攻撃したということは……」
「アイツもベーゼか」
僅かに力の入った声を出してユーキは主館の屋根にいるベーゼを睨む。アイカもプラジュとスピキュを握る手に力を入れ、屋根の上にいるベーゼに鋭い視線を向けた。他の生徒たちの中にも屋根の上にいる見たことのないベーゼに気付いて注目している。
ユーキたちが注目する中、屋根の上にいるベーゼは掠れたような声を出しながら息を吐き、広場にいる生徒たちを見下ろす。
「……我ガ名ハバッドバス。敵ヲ排除スル」
ベーゼは自らバッドバスと名乗り、目を赤く光らせながら生徒たちへの敵意を露わにする。




