第三十三話 封印依頼
日が昇り、異世界の新しい一日が始まる。バウダリーの町の住民たちはいつもどおりの生活を送り、冒険者たちも冒険者ギルドに集まったり、モンスターを狩るために町の外に出ていく。勿論、メルディエズ学園でも生徒たちがいつもどおりに過ごしていた。
中央館で朝食を取り、それが済んだ生徒は授業を受けるために校舎へ向かい、依頼を受ける生徒は受付に向かって自分に合った依頼を探す。授業も依頼も無い生徒は自室に戻ってのんびり過ごしたり、訓練場で戦闘の訓練をしていた。
予定の無い生徒の中には買い物をするためにバウダリーの町に出かけたり、友人と共に遊びに行く者もいる。武器を持たずに町へ行く生徒もごく普通の少年少女にしか見えなかった。
「さてと、今日も一日頑張りますかねぇ」
中央館で朝食を済ませたユーキは外に出ると背筋を伸ばしながら日に当たり、一日の始まりを感じる。
昨日はグラトンのことやアイカとの訓練で疲れを感じていたが、今ではその疲れもスッカリ抜け、ユーキは爽やかな気分で一日を迎えることができた。
「確か今日は受けなくちゃいけない授業は無かったな。実技の授業も無かったはずだし……今日は休みみたいな日だな」
やることが何も無く、休日のような一日であることを知ったユーキはこの後どう過ごすか考える。
授業や訓練が無ければ生徒たちは何をしても構わない。だが、暇な生徒の殆どは依頼を受けたり、バウダリーの町を出て周辺にいるモンスターの討伐などをしている。これはメルディエズ学園の生徒として人々の役に立つため、もしくは戦士である自分自身の腕を鈍らせないようにするためだ。
ユーキは中央館の前で何をするか考え込み、しばらくすると顔を上げて遠くにある校舎を見つめた。
「……よし、久しぶりに依頼でも受けるか。最近は授業やグラトンのことで忙しくて依頼を受けることができなかったからな」
依頼を受けることにしたユーキは受付に行くために校舎に向かって歩き出す。ただ、モルキンの町での依頼を終えてからは依頼を受けていないので、難しすぎる依頼は受けずに楽な依頼で感覚を取り戻そうと思っていた。
「そう言えば、グラトンも学園に来てからずっと外に出てなかったし、依頼を受けられたら一緒に連れて行ってやるかな。……何よりも依頼を手伝わせるために連れて帰ったんだ。依頼に連れて行かなきゃ意味が無い」
グラトンをメルディエズ学園に連れ帰った理由を思い出しながらユーキは歩いて行く。もしこのまま何もさせずにいたら、グラトンはただ食べて寝るだけのお荷物になってしまう。それを避けるためにもユーキはグラトンにもしっかり働いてもらおうと思っていた。
校舎にやっていたユーキは早速依頼ロビーへ向かう。ロビーには既に大勢の生徒の姿があり、掲示板の前に集まって貼り出されている依頼を確認している。依頼を選んだ生徒は貼り出さられている羊皮紙を取り、受付嬢の下へ行って依頼を受けた。
ユーキは掲示板の前にやって来ると貼り出されている依頼を確認する。ユーキは上級生と共に依頼を受けたことがあるがまだ下級生であるため、下級生が受けられる依頼を探した。
「……やっぱり下級生は報酬の少ない依頼しか受けられないか」
羊皮紙に書かれてある依頼内容を見たユーキは目を細くし、つまらなそうな顔をしながら呟く。
現在、掲示板に貼り出されている依頼の中で下級生が受けられるのはドブ掃除、薬草採取と言った戦士が受けるような依頼ではないものばかりだ。討伐依頼も幾つかあるが狼や猪と言った害獣が相手の依頼だけだった。
しかし、下級生の強さを考えれば危険度が低く、報酬が少ない依頼しか任せることができない。下級生たちもそれを理解しているため不満などは見せなかった。ユーキもそのことは理解しているが、メルディエズ学園の入学金などを支払わなくてはならないため、少しでも報酬の多い依頼を受けたいと思っている。
「今、掲示板に出ている依頼はどれも報酬が少ないものばかりだな。でも、少ないからと言って受けないわけにもいかない……仕方がない、家畜を襲う狼の駆除を引き受けるか」
選り好みすることはできない状況であるため、ユーキは下級生が受けられる依頼の中で一番報酬が多い依頼を引き受けることにした。
掲示板に近づき、羊皮紙を取ろうするが背が低いせいで手が届かない。背伸びをしても届かず、羊皮紙が取れないことに苛つくユーキはジャンプをした。すると、羊皮紙に手が届き、羊皮紙を手にしたユーキは依頼を受けために受付に向かう。
「君、ユーキ・ルナパレスだな?」
受付嬢の下に向かおうとした時、突然誰かに声を掛けられたユーキは立ち止まって声がした方を向く。そこには一人の男子生徒が立っており、ジッとユーキを見つめていた。
ユーキは声を掛けてきた男子生徒を見ながら警戒する。だが、男子生徒の態度と様子から児童の自分に絡んで来たわけではないと悟り、警戒を解いて男子生徒の方を向く。
「そうですけど、貴方は?」
「私は生徒会の者だ」
「生徒会?」
生徒会のメンバーが声を掛けてきたことにユーキは意外そうな顔をする。前にも生徒会に呼び出されたことはあるが、メルディエズ学園でも特別な地位にある生徒会のメンバーに声を掛けられるとやはり驚いてしまう。
「会長が君に話があるらしく、ずっと君を探していたのだ。至急生徒会室に向かってくれ」
「……会長が俺を呼び出したってことは、また何か依頼を受けてほしいって話ですか?」
「……それは私の口からは言えない。直接会長に聞いてくれ」
質問に答えない生徒を見てユーキは僅かに目を細くする。カムネスに何も言うなと口止めされているのか、詳しく聞かされていないのかとユーキは考えるが、カムネスが直接話すのであればわざわざ目の前の生徒に訊く必要は無いと考えた。
「分かりました、すぐに行きます。わざわざありがとうございました」
「では、私は失礼する」
伝言と伝えた男子生徒はユーキに背を向けるとその場を後にする。残されたユーキは持っている羊皮紙をもう一度見てから掲示板の所に行き、羊皮紙を戻してから生徒会室に向かった。
校内を移動し、生徒会室にやって来たユーキは目の前の二枚扉を見つめる。制服を整え、軽く深呼吸をしてから扉を軽くノックした。
「誰だ?」
「ユーキ・ルナパレスです」
「入ってくれ」
扉越しにカムネスの許可を得るとユーキは静かに扉を開けて入室した。部屋には自分の机に座っているカムネスとその脇に控えているロギュンの姿があり、カムネスの机の前にはアイカが立っている。アイカの左隣には濃紫色の長髪に大きな紫のリボンを付け、人形のような雰囲気を出している女子生徒、フィラン・ドールストが立っていた。
ユーキはアイカとフィランが来ているのを見て軽く目を見開いて驚き、アイカも少し意外そうな顔でユーキを見ている。フィランは無表情のまま、無言でユーキを見つめていた。
「アイカ、君も呼び出されたのか?」
「ええ、図書室で本を探しているところを副会長に声を掛けられたの。とても大事な話があるからって」
「そうか……フィランもそうなのか?」
「……ん」
表情を変えることなくフィランは頷き、そんなフィランの反応を見たユーキは改めてフィランのことを変わった子だと感じた。
「ユーキ君、いつまでも入口の前に立ってないでこちらに来てください」
ロギュンに声を掛けられ、ユーキはとりあえずアイカたちのところまで移動する。ユーキはアイカの右隣に来るとカムネスの方を向き、アイカとフィランも前を向いてカムネスを見つめた。
「……会長、全員揃いました」
三人が話を聞く体勢に入ったのを確認したロギュンは静かにカムネスの方を向く。カムネスは座ったまま真剣な表情で目の前に並んでいるユーキたちを見つめる。
「朝早くに呼び出してすまない。今回、君たちに集まってもらったのはある依頼に参加してもらうためだ」
呼び出された理由を聞いたユーキは「やっぱり」と思いながらカムネスを見つめる。以前も生徒会室に突然呼び出されて依頼を受けてほしいと頼まれたため、今回も同じではないかと予想していた。
アイカもユーキと同じように何かの依頼を任されるのではと予想していたらしく、真剣な表情を浮かべながらカムネスの話を聞いている。フィランは相変わらず無表情のままだった。
「実は昨日、学園長から呼び出しを受け、我が学園にガルゼム帝国の国境近くに現れたベーゼの討伐と転移門の封印してほしいという依頼が入ったそうだ」
カムネスはユーキたちを見ながら依頼の内容を説明し始め、ユーキとアイカはベーゼの世界とを繋ぐ転移門の封印依頼だと聞いて僅かに目を鋭くする。
ユーキはメルディエズ学園に入学してからモンスターやベーゼの討伐依頼にしか参加していなかったので転移門の封印依頼には少し興味があった。アイカも封印依頼には一度も参加したことが無く、一部の生徒だけが参加できると言う封印依頼に参加してほしいと言われて小さな驚きを感じている。
「依頼主はベーゼの転移門が発生した場所の近くを統治している帝国貴族だ。できるだけ大勢の戦力を用意し、その転移門を封印してほしいとのことだ」
「転移門の封印ですか、しかもガルゼム帝国の貴族から依頼が入るなんて……」
「入学したばかりの君はまだ知らないだろうが、我が学園は王国だけでなく、帝国や東国などの周辺国家からも多くの依頼を受けている。ただ、他国からの依頼は難易度が高く、上級生や一部の中級生しか受けることができないんだ」
カムネスの話を聞いたユーキは納得したような反応をする。難易度が高ければ下級生には依頼が回されないため、他国から依頼が入ってくることも分からない。現に下級生であるユーキはこれまで難易度の低いラステクト王国内の依頼しか受けていなかった。
他国からの依頼はラステクト王国内での依頼よりも報酬が高く、依頼を受けられる生徒たちは優先的に他国の依頼を引き受ける。理由には報酬が多いからと言うのもあるが、他国で活躍すれば名前と実力が知られ、次に他国から依頼が入った時に指名される可能性が高くなるからだ。
指名されて受けられる依頼の数が増えればその生徒は更に活躍し、多額の報酬も手に入る。そうなればメルディエズ学園の評判も良くなり、学園にとっても、生徒たちにとっても都合のいい結果になるのだ。
「依頼主である貴族は上級生など実力のある生徒をできるだけ多く用意してほしいと仰っています。パーシュさんやフレードさんにも頼みたかったのですが、お二人は別の依頼を受けて学園の外に出ていた頼むことができないのです」
「それで学園内にいる私たちに声を掛けて参加を要請したという訳ですか?」
ロギュンの説明を聞いたアイカは若干不満そうな顔をしながら尋ねる。てっきり自分の実力が認められて封印依頼に参加させてもらえると思っていたのに、人手不足を埋めをするために呼ばれたような状態なので少し気分が悪くなっていた。
ユーキもロギュンの話を聞いて少し複雑な気分になっている。フィランは不満などは感じていないのか黙って話を聞いていた。
「……誤解させないために先にお伝えしておきますが、会長も私も皆さんが封印依頼に参加できる実力を持っていると判断して声を掛けたのです。決して人手不足を補うために声を掛けたのではありません」
実力で選んだというロギュンの言葉を聞いてアイカは軽く目を見開く。ちゃんと依頼を受けられるか判断して選んでくれたのだと知ってアイカは嬉しさを感じる。同時にカムネスやロギュンを疑ってしまった自分を恥ずかしく思った。
ユーキもアイカと同じように自分の実力を認めてくれていることを喜び、自分たちに期待してくれているカムネスとロギュンのため、そしてベーゼから人々を護るために今回の依頼を引き受けようと考えていた。
「既に転移門が開いてかなりの数のベーゼがこちらの世界に来ているそうです。このまま封印せずに放っておけばべーぜは増え続け、間違い無く周囲に大きな被害が出るでしょう。そうなれば取り返しのつかないことになります」
「今回の依頼に失敗が許されない。必ず成功させるために実力のある生徒たちを連れて行く。よって、君たち三人には今回の依頼に必ず参加してもらう」
依頼参加の拒否権が無いことを告げるカムネスをユーキとアイカは黙って見つめる。拒否権は無いと言われているが二人は断るつもりは無く、最初から依頼に参加するつもりでいた。
メルディエズ学園の生徒である以上、いつかはベーゼの転移門の封印依頼に参加する日が訪れる。依頼に参加して失敗しないためにも早い内に経験を積んでおきたいと二人は考えていた。
ユーキは小さく笑いながらカムネスとロギュンを見つめ、アイカも目を僅かに鋭くして二人を見る。ユーキとアイカの顔を見たカムネスとロギュンは二人が嫌がっておらず、参加する気があると感じ取った。
「ドールスト、分かっていると思うが、君にも今回の依頼に参加してもらうぞ」
「……分かった」
今まで黙っていたフィランがカムネスを見て返事をする。フィランは嫌がってはいないが、ユーキやアイカのように封印依頼に参加できることを誇らしく思っているような様子も見せていなかった。
「……それで、今回出現したベーゼの数はどのくらい? 転移門が開いた場所は何処?」
表情を変えることなくフィランは依頼の詳しい情報を聞こうとする。無表情で尋ねるフィランを見たユーキは軽く目を見開いた。
「情報によるとベーゼの数は約三十体、と言ってもこれは最後に確認された数だ。今はそれ以上の数になってるかもしれない。転移門はガルゼム国境の近くにあるエブゲニ砦と呼ばれる場所に開いているそうだ」
「……エブゲニ砦、ベーゼ大戦の時にベーゼに襲撃されて崩壊した帝国軍の砦?」
「そうだ。現在は廃墟と化しており、帝国軍は勿論、周辺にある村や町の住民たちも近づかない場所となっている。だが、数日前に突如、砦の中に転移門が開き、そこからベーゼが現れ、ベーゼたちの棲み処となったそうだ」
「……分かった、ベーゼを全て倒して、転移門を封印する」
感情の籠っていない声を出しながら語るフィランを見てカムネスは小さく頷き、ロギュンは二人の会話を黙って聞いている。
ユーキは喋っている間、一切表情を変えないフィランを見て若干不気味さを感じていた。
「なあ、アイカ。フィランっていつもこんな感じなのか?」
ユーキは小声でアイカに声を掛けると、アイカは視線だけを動かしてユーキを見た。
「ええ、依頼を受ける時は無駄なことは一切考えず、必要な情報だけを聞いて仕事をするの。他の生徒と一緒に依頼を受ける時もコミュニケーションとかは取らずに一人でいることが多いみたい。でも、仕事中はちゃんと連携を取って行動するそうよ」
「最低限のチームワークは取ってるってことか」
「そうみたい。私も直接見たわけじゃないから、ハッキリとは言えないけど……」
「成る程ねぇ……それで、依頼を受けていない時は何してるんだ?」
「分からないわ。普段何処で何をしているのかも分からないし、パーシュ先輩も一人で学園の中を歩いている姿はたまに見かけるだけで、それ以外は知らないって言ってたわ」
アイカからフィランの情報を聞いたユーキはカムネスと話しているフィランを見つめる。相変わらず感情を一切露わにせず、無表情でコクコクと頷いていた。
(他人と接せず、一人で生きている寡黙な少女、か……今回は失敗できない依頼だし、最低限のコミュニケーションを取っておかないと面倒なことになるかもしれないなぁ)
上手く打ち解け合わないと最悪の結果になるかもしれない、ユーキは小さな不安を感じながらフィランを見ており、アイカも上手くやれるのか心配しながらフィランを見ている。
フィランとカムネスが依頼の情報について話していると、生徒会室の扉をノックする音が聞こえ、部屋の中にいた全員が扉の方を向いた。
「カムネスかいちょ~、私だよ」
「どうぞ」
カムネスが入室を許可すると扉が開き、一人の女性が入ってきた。三十代前半ぐらいで身長は160cm強、目は茶色く、肩まで届く長さの薄い茶髪をしており、灰色のローブのような服を着ており、小さなフェンチ型の眼鏡と白い手袋を付けている。格好からしてメルディエズ学園の教師のようだ。ただ、他の教師と比べると服装が若干乱れており、髪もボサボサなだらしない姿だった。
女性教師は頭を掻きながらゆっくりとユーキたちの方へ歩いて来る。ユーキは女性教師の姿を見て目を丸くしており、アイカとロギュンは呆れたような顔をしていた。やがてカムネスと机の前までやって来た女性教師は面倒そうな顔でカムネスを見つめる。
「いったい何の用だい? こっちは徹夜で眠たいんだけど?」
「すみません。先生にどうしてもお話ししなくてはならないことがありましたので」
「んん~? 何だい?」
生徒会長であるカムネスがわざわざ呼び出したのだから何か事情があると女性教師も気付いていた。しかし、それでも寝不足であるため気分が優れず、面倒そうな顔のままカムネスの話に耳を傾ける。
「実は新たにベーゼの転移門の封印依頼が飛び込んできまして、先生に依頼に必要なマジックアイテムを用意してもらいたいのです」
「また封印依頼かい? マジックアイテムが必要ならいちいち私に声を掛けずに倉庫から勝手に持っていけばいいじゃないか?」
「我が学園ではマジックアイテムを使用する場合は管理者にしっかり報告することが義務付けられています。例えいつもどおりのことだとしても、管理者である先生に報告しなくてはならないんです」
「ハァ、相変わらず真面目な子だね」
軽く溜め息を付きながら女性教師は頭を掻く。
生徒たちの見本となるべき教師が規則を守ることを面倒くさがっている姿にロギュンは首を軽く落としながら横に振る。
会話を聞いていたユーキは教師らしくない女性教師の後ろ姿を見てまばたきをしている。今まで見てきた教師と比べて明らかにだらしない女性教師にユーキは驚いていた。
「な、なあ、アイカ、あの人誰なんだ?」
ユーキはアイカに女性教師のことを小声で尋ねると、アイカは軽く溜め息を付くと女性教師を見つめながら口を開く。
「彼女はスローネ・エンジーア先生、この学園の魔導具、つまりマジックアイテムの管理者であり、学園で使われるマジックアイテムの開発を任されている人よ」
「マジックアイテムの管理と開発を?」
ユーキは意外そうな顔をしながら訊き返すと、アイカは小さく頷く。
「ベーゼの転移門は特別なもので特殊なマジックアイテムが無いと封印することができないの。スローネ先生はその特殊なマジックアイテムを開発したり、ベーゼとの戦いに役に立つマジックアイテムも沢山作っているわ」
「へぇ~、そうなのか。でも、ちょっとだらしないよな」
外見と態度から優秀な人材とは思えないユーキはスローネを見ながら呟き、アイカはユーキの発言に同意しているのか苦笑いを浮かべた。すると、カムネスと話していたスローネはユーキの言葉を聞いてピクリと反応し、目を細くしながら振り返ってユーキの方に歩き出す。
「おいおいおい、初対面の相手に対して随分失礼なことを言うね、君?」
不愉快そうな口調で喋りながらスローネはユーキの前までやって来て自分の顔をユーキの顔に近づけた。
顔を近づけるスローネに驚いたユーキは思わず上半身を後ろに倒してスローネの顔から少し距離を取る。同時に小声で喋っていた自分の声を聞き取ったスローネの耳の良さにも驚いた。
「人を見かけで判断してはいけないって教わらなかったのかい?」
「え、え~っと……すみません」
スローネの顔に驚きながらユーキは苦笑いを浮かべて謝る。ユーキが謝罪するとスローネはゆっくりと顔を引いて体の小さなユーキを見下ろす。
「私は確かに他の教師の人たちと比べるとだらしないかもしれないよ? だけど、私には他の人たちには無い優れた頭脳とマジックアイテムを開発する技術を持っているんだ」
「は、はあ……」
突然自分のことを自慢するように語り出すスローネを見ながらユーキは返事をし、アイカは喋り出すスローネを苦笑いを浮かべたまま見ており、ロギュンは呆れ顔で軽く溜め息を付いた。
「私はこれまでに多くの優れたマジックアイテムを開発し、このメルディエズ学園に貢献してきたんだ。学園に入学する生徒の得意な魔法属性を調べる魔導判別石や混沌士であるかどうかを判別する天魔の水晶を作ったのも、私なんだよ?」
「え、そうなんですか?」
目の前にいる教師が入学試験を受けた時に使ったマジックアイテムの開発者だと知ったユーキは驚く。魔導判別石も天魔の水晶も優れたマジックアイテムであるため、それを作ったスローネは本当に優れた人材なのかもしれないとユーキは感じた。
驚くユーキの顔を見たスローネは自分の凄さを理解したと感じ、誇らしげに笑いながらユーキの頭に手を乗せた。
「まだまだ他にも素晴らしいマジックアイテムがある。縁があったら見せてやるから、楽しみにしててくれ? ユーキ・ルナパレス」
「……! 俺のことを知ってるんですか?」
「当り前さね、学園長を盗賊から護ってこの学園に特別入学した十歳児だろう? アンタは教師たちの間じゃかなりの有名人だ。私もこの部屋に入った時にアンタを見て、すぐに噂の子供だって気付いたよ」
「そ、そうですか」
二ッと笑いながら自分の頭を撫でるスローネを見ながらユーキは自分がメルディエズ学園の教師たちから予想以上に注目されていると改めて実感する。
スローネはユーキを見ながら楽しそうに笑い続ける。すると、黙ってユーキとスローネを見ていたロギュンが手を叩いてユーキたちの注目を集めた。
「皆さん、まだお話は終わっていません。まだ依頼に参加する生徒の人数や指揮を執る人、必要なマジックアイテムの確認などがありますから、しっかり聞いてください」
「す、すみません」
説明が途中だったことを思い出したユーキは謝り、アイカも申し訳なさそうな顔をしながら軽く頭を下げる。フィランはユーキとアイカを見てから視線をロギュンに向けた。
「スローネ先生も、持ち出すマジックアイテムの数や種類の確認をしますから、ちゃんと話を聞いてください」
「ハイハイ、分かったよ。相変わらずアンタは真面目だね、ロギュン副会長?」
笑うスローネを見たロギュンは「これが普通です」と思いながら小さく溜め息を付く。だがすぐに真剣な表情を浮かべて封印依頼の詳しい説明を始めた。
ロギュンの説明で封印依頼にはユーキ、アイカ、フィランの三人以外に生徒会のメンバーを含めた三十六人の生徒が参加することを聞かされ、更に今回の依頼にはカムネスとロギュンも加わり、カムネスが全生徒の指揮を執ることを知った。
生徒会長であるカムネスが自ら依頼に参加して指揮を執ると聞かされたユーキとアイカはそれだけ今回の依頼は難しいのではと予想する。だが、同時にメルディエズ学園でも最高位の実力を持つカムネスが参加してくれることで頼もしさを感じた。
それからロギュンは明日の早朝にベーゼの転移門があるエブゲニ砦に向かうことや集合場所、出発時間を細かく説明し、スローネには必要なマジックアイテムの種類や数を伝える。ユーキたちはロギュンの説明をしっかりと聞き、スローネも眠そうな顔をしながら頭を掻いていた。
やがて全ての説明が済み、依頼の詳細を聞いたユーキとアイカは目を鋭くしてカムネスとロギュンを見つめる。フィランは無表情のままで二人を見ており、スローネは小さく欠伸をしていた。
四人の反応をカムネスは座ったまま見ており、ロギュンも真面目な顔で四人を見ていた。欠伸をするスローネに対しては注意することが疲れたのか何も言わない。
「では、先程もお話ししたように、出発は明日の早朝です。それまでに皆さんは依頼の準備を済ませておいてください。もし依頼中に出席しなくてはならない授業がある場合は午後にもう一度生徒会室に来てください。欠席届を用意します」
「……あの、副会長。ちょっといいですか?」
ロギュンが説明しているとユーキが手を上げて声を掛け、ロギュンやアイカたちは一斉にユーキの方を向く。
「何ですか?」
「その封印依頼にグラトンも連れて行きたいんですけど、構いませんか?」
「グラトン……例の大きなヒポラングのことですか?」
「ハイ。アイツは他のヒポラングと比べると強く、賢いので依頼でも役に立つと思って学園に連れてきました。でも此処に連れて来てからまだ一度も依頼に連れて行っていないんで、今回の依頼に同行させたいと思ってるんです」
グラトンを役立てたいので封印依頼に連れて行きたいというユーキの頼みを聞いたロギュンは黙り込み、チラッとカムネスの方を向いて同行させてもよいか目で尋ねる。
カムネスはグラトンがどれほど役に立つか気になっており、一度グラトンの実力を確かめたいと考えている。そのため、グラトンを連れて行きたいというユーキの頼みはカムネスにとって都合のいいことだった。
ロギュンの目を見ながらカムネスは小さく頷き、ロギュンはカムネスがグラトンの同行を許可したのを見るとユーキの方を向いた。
「いいでしょう。ただし、他の生徒たちに迷惑にならないよう、貴方がしっかりと見張ってください?」
「分かりました、ありがとうございます」
グラトン同行の許可が出てるとユーキは小さく笑う。
隣で話を聞いていたアイカもユーキを見ながら微笑んでいる。彼女も一度グラトンが戦う姿を見ているため、グラトンが戦力として役に立つと考えていた。
「あと、もし依頼中にグラトンが他の生徒たちに支給された食料を勝手に食べてしまった場合、その分を貴方に分配される報酬から引かせてもらいますので」
「え……」
ロギュンの厳しい言葉にユーキは目を丸くしながら声を漏らす。そんなユーキの反応を見て、先程まで微笑んでいたアイカは気の毒に思いながら再び苦笑いを浮かべた。
その後、ユーキとアイカは説明で理解できなかった点について質問し、カムネスとロギュンは二人の質問に分かりやすく答える。
質問が済むと全ての話が終わり、ユーキ、アイカ、フィランの三人は生徒会室を後にした。残ったスローネはカムネス、ロギュンと共に依頼で使うマジックアイテムの最終確認を行う。




