第三十二話 学園の珍獣
メルディエズ学園では今日も大勢の生徒が勉学や戦闘の訓練に励んでいた。今後受ける依頼を成功させるため、モンスターやベーゼとの戦いで生き残るために生徒たちは教師から学んだことを覚え、汗を流して武器を振っている。生徒たちは皆、自分や周囲の人々のために真剣に取り組んでいた。
校舎の二階にある一室ではメルディエズ学園の教師であるオーストが十数人の生徒に自分が担当する科目の知識を教えており、生徒たちは自分の席について教わったことを羊皮紙やノートに書き記している。その中にはユーキの姿もあり、ユーキは羽ペンを羊皮紙の上で走らせていた。
転生前のユーキは勉強が苦手ではなかったので高校に通っていた時はそれなりに成績が良く、転生後の世界でも問題無く授業について行くことできていた。
現在の下級生の中でユーキの成績は上位にあり、オーストたち教師や他の生徒たちからも注目されている。なぜ幼いユーキが普通に授業をついてこれるのか、教師や生徒たちは不思議に思っていた。同時に生徒たちはユーキに負けられないと必死に勉学に励んだ。
ユーキはオーストが教えることを細かく手元の羊皮紙に書いていく。そんな時、学園内に高い鐘の音が響き、それを聞いたユーキたちは一斉に反応する。
鐘の音はメルディエズ学園で授業の開始や終了などを知らせる、転生前の世界でいうところの学校のチャイムのようなものだ。今の鐘の音は授業の終了を知らせるものだった。
「……本日はここまでだ。全員、今日習ったことはしっかりと復習しておくように」
オーストは教科書と思われる書物を閉じながら生徒たちに復習を怠らないよう告げ、生徒たちは授業が終わると自分たちの荷物を片付ける。そして、全員が立ち上がり、教師であるオーストに挨拶をすると一斉に退室していく。
ユーキも自分の荷物をまとめると静かに廊下に出る。すると、オーストがユーキの後を追うように教室から出てきた。
「ルナパレス、ちょっといいか?」
「ハイ?」
背後から声を掛けられたユーキは不思議そうな顔をしながら振り返ると、オーストはユーキの目の前までやって来た。
「先程の授業で分からない点はあったか?」
「今の授業でですか? ……いえ、特にありません。先生がとても分かりやすく教えてくれていますから」
「……そうか」
突然、真剣な顔で授業についてこれているか尋ねてくるオーストを見てユーキは小首を傾げる。これまでもユーキは何度もオーストの授業を受けていたが、今回のように質問をされたのは初めてだったので不思議に思っていた。
「……お前がこの学園に入学してそろそろ三ヶ月になる。今日までお前は何の問題も無く授業や訓練についてきた。十歳の子供ではついていくのが難しい授業にだ」
「はあ……」
「お前が私の出す問題を解くたびに思ってしまう。……とても十歳の児童とは思えない、とな」
オーストは自分の授業を受けている時のユーキから感じたことを語り、それを聞いたユーキは僅かに目元を動かす。この時のユーキは一瞬だが自分の正体がバレたのではと感じていた。
現在、異世界の住人でユーキの正体を知っているのはアイカだけだ。ユーキは自分が転生者であることがバレると色々と面倒なことになり、落ち着いた生活を送ることができないと感じてアイカ以外の誰にも自分の正体を明かさないようにしている。
もし、教師であるオーストに自分の正体がバレて学園中にそのことが知れ渡ればとんでもないことになると感じてユーキは微量に汗を流す。オーストはユーキが汗を掻いていることに気付いておらず、しばらくユーキの顔を見つめた。
「……フッ、まぁ、世界は広いんだ。大人並の頭脳を持つ子供がいても不思議ではないな」
「え、ええ、そうですよね……」
小さく笑うオーストを見て、ユーキは自分の正体に勘付いていないと知り、苦笑いを浮かべながら安心する。
「それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「ああ、引き止めてすまなかったな」
苦笑いを浮かべたままユーキは一礼し、オーストに背を向けて歩き出す。オーストは離れているユーキの背中をジッと見つめた。
「……本当に十歳児ではないみたいだ。まるで、体は子供だが心は大人のようだ」
顔から笑みを消したオーストは周囲に聞こえないくらい小さな声で呟く。
オーストと別れたユーキは一階に下りて中庭に移動し、噴水前のベンチに座る。そして、上を向くと疲れを露わにするように深い溜め息を付く。
「ハアァ~~、さっきはヒヤッとしたなぁ。先生に俺の正体がバレたんじゃないかって思った」
ユーキは先程のオーストのやり取りを思い出しながら呟き、近くを歩いていた他の生徒たちはいきなり独り言を言うユーキを見ながら驚いたような顔をする。生徒たちはユーキを不思議に、もしくは変に思いながらその場から移動した。
周囲の生徒たちの反応に気付いたユーキは自分が大きめに声を出していたこと、周りに独り言を聞かれたいたことを知って軽く目を見開いた。
(あっぶねぇ~! 周りに他の人がいたことに気付かなかった。正体を知られないように注意していたのに自分で正体をバラすようなことを言ったら、それこそ馬鹿みてぇだ)
周りに人がいるかも確認せずに大きな独り言を言ったことに反省しながらユーキは深呼吸をする。気持ちが落ち着くと目の前の噴水を無言で見つめた。
(戦闘訓練は必死に訓練をして技術を得たって言えば誤魔化せるかもしれないけど、勉強の方は必死に勉強したって言っても納得してくれる可能性は低い。変に思われないようにこれからは目立たないように授業を受けた方がいいかもな……)
今までのように転生前の感覚で授業を受けていたらオーストのように正体に勘付く人が出て来るかもしれないと感じ、ユーキは学科の授業ではできるだけ控えめに行動することにした。
これまで以上に気を付けて授業を受けなくてはいけないことにユーキは疲れを感じたのか、俯きながら静かに溜め息を付く。
「どうしたの? 溜め息なんてついて」
突然声を掛けられたユーキは顔を上げて右を向く。そこにはノートと筆記用具を持つアイカが立っていた。
アイカは不思議そうな顔でユーキを見つめている。持ち物からしてアイカも学科の授業を受けていたようだ。
ユーキがアイカを無言で見上げていると、アイカはユーキが座るベンチに腰を下ろし、ユーキの右隣に座った。
「……何かあったの?」
「ああ……さっき、オースト先生の授業を受けたんだけど、俺が分からない問題とかが無いのを見て、オースト先生は俺がただの十歳児じゃないって感じてたみたいなんだ」
「それって、貴方が転生者だってバレたってこと?」
「いや、バレてはいない」
「そう……」
ユーキの正体がバレていないと知ったアイカは安心して小さく息を吐く。彼女もユーキの協力者として、彼が転生者であることを周囲に知られてはいけないと考えており、ユーキの秘密がバレれば大変なことになるのではと感じていた。
「正体はバレてないけど、俺が十歳児とは思えない学習力から、いつかは俺の正体に辿り着くんじゃないかって感じてたんだ。さっきは世界は広いから頭のいい子供がいても不思議じゃないって納得してくれたけどな……」
「オースト先生は勘が鋭いからね。気を付けないと本当に貴方の正体に気付くかもしれないわ。気を付けてね?」
「ああ、これからは学科の授業の時は目立たないようにするつもりだよ」
今後注意して授業を受けると語るユーキを見て、アイカは「本当に気を付けてよ」と言いたそうな表情を浮かべた。
「ところで、この後は何か授業があるの?」
話題を変えたアイカはユーキに予定があるか尋ねる。ユーキはアイカの方を見た後に上を向いて今後のことを思い出す。
「……確か午前中の授業はさっきのでお終いだったかな。あとは午後に魔法の実技授業があるだけのはず……」
「それじゃあ、午後の授業が終わったら、また剣の相手をして」
「ああ、分かったよ」
ユーキはアイカの方を見ながら手合わせすることを承諾する。
メルディエズ学園の入学してからユーキは何度もアイカと手合わせをしていた。手合わせをすると言っても、アイカの方から積極的に手合わせを申し込む形となっている。
アイカは自分が強くなるために同じ二刀流の使い手であるユーキの技術を手に入れようと考え、何度もユーキと手合わせをした。
だが、なかなかユーキの技術を手に入れることができず、勝負でもまだユーキに一度も勝てていない。最初は技術を手に入れることが目的だったアイカも今はユーキに一度でも勝ちたちという思いから手合わせを申し込んでいた。
ユーキもアイカが自分の剣の技術を手に入れるために手合わせを申し込んで来ているのは知っている。だが、今では技術を手に入れることよりも勝ちたいという思いが僅かに強いため若干複雑な気持ちになっていた。
しかし、強い相手に勝ちたいという思いは剣士であれば誰でも懐く感情であり、ユーキも同じ感情を抱いたことがあるため、これまでアイカの挑戦を断らずに全て受けていた。更にアイカと手合わせをすることがユーキ自身にとっても良い訓練にもなるので、ユーキはアイカと手合わせすることに不快感などは感じていない。
「んで、アイカはこの後はどうするんだ?」
「そうね。もうすぐ昼休みだし、中央館の食堂でお昼でも食べようかなって思ってるわ」
「そうか、それじゃあ俺も昼飯にするかな」
「じゃあ、一緒に行きましょうか?」
「そうだな」
昼食を取ることを決めたユーキは荷物を持って立ち上がり、アイカもそれにつられるように立って二人は学生寮に向かって歩き出す。
「……あ! そういえば、“グラトン”は今どうしてるの?」
歩いていたアイカが足を止めてユーキに声を掛けると、ユーキも立ち止まってアイカの方を向いた。
「グラトンなら、もうこの学園に慣れて中庭や一部の場所での自由行動が許可されてるよ。今もどこかで昼寝でもしてるんじゃないかな?」
「そう……昼食の話が出たから食いしん坊のあの子がどうしてるのか気になちゃって」
苦笑いを浮かべるアイカを見て、ユーキもつられるように苦笑いを浮かべた。
グラトンとはユーキがモルキンの町の依頼を受けた時に出会った体の大きなヒポラングのことだ。現在はメルディエズ学園の職員に飼育されながら学園内で暮らしている。因みにグラトンと言う名前はユーキがつけた。
メルディエズ学園に来てからもグラトンは相変わらずユーキに懐いており、アイカやパーシュ、フレードを始め、学園の人間には危害を食わずに大人しくしている。学園の者たちも最初はグラトンに驚いていたが、大人しいモンスターで危害を加えることが無いと知ると警戒しながらも少しずつ接するようなった。
「あの子が初めて此処に来た時は大変だったわね」
「ああ、色々面倒なことがあって苦労したよ」
ユーキとアイカは苦笑いを浮かべたままグラトンがバウダリーの町に初めてきた時のことを思い出す。
モルキンの町の依頼を終えてバウダリーの町に戻ったユーキたちはバウダリーの町に入るために正門を警備する兵士たちにグラトンのことを説明した。
警備兵たちはモンスターを町に入れることはできないと最初は道を通してくれなかった。だが、ユーキたちが危害を加えない、賢くて人間の言っていることも理解すると警備兵たちを説得したところ、警備兵たちはもし問題を起こしたら責任を取ってもらうと言って渋々通してくれたのだ。
町に入ったユーキたちはメルディエズ学園に戻るために町の中を移動する。その間、町の住民たちに見られ、事情を知らない警備兵や冒険者たちに絡まれたりもした。
ユーキたちは説明するのを面倒に思いながらもグラトンは危害を加えないことを説明する。説明を聞いた警備兵は不安を露わにし、冒険者たちはモンスターなのだから人に危害を加えるに決まっていると決めつけてグラトンを退治しようとしていた。
冒険者たちが犬猿の仲であるメルディエズ学園の生徒であるユーキたちの話に耳を貸すはずもなく、一触即発の状態となってしまう。そこへたまたまバウダリーの町に来ていたメルディエズ学園の学園長であるガロデスと騒ぎを聞きつけた冒険者ギルドの幹部が現れる。
現状が理解できないガロデスと幹部はユーキたちから話を聞き、説明を受けた結果、ガロデスはとりあえずグラトンをメルディエズ学園に連れて行くことを冒険者たちに話す。当然、冒険者たちや幹部がそれで納得するはずがない。
反対する冒険者たちに対し、ガロデスは何かあれば責任は全て自分が取ると冒険者たちは半ば強引に説得し、その結果、冒険者たちは不満そうにしながらその場を去り、警備兵や住民たちも一斉に解散した。
その後、ユーキたちはガロデスと共にメルディエズ学園に戻り、ガロデスや一部の教師、生徒会長であるカムネスにグラトンをメルディエズ学園の所有モンスターとして飼育させてほしいと説得する。冒険者たちの中にもモンスターを手懐けて戦いに利用する者もいるからメルディエズ学園もモンスターを扱ってもおかしくないとユーキは語り、ガロデスは難しい顔で考え込んだ。
一部の教師はモンスターを学園内で飼育することに反対し、野生に返すべきと考えるが、ユーキと共にいたパーシュとフレードがグラトンは戦闘で役に立てるだけの知性と力を持っていると説明して反対する教師たちを説得する。
上級生であり、神刀剣の使い手であるパーシュとフレードが言うのなら大丈夫かもしれないと反対していた教師たちも考え込む中、カムネスは役に立つのなら飼育してもよいのではと賛成した。
生徒会長であるカムネスの考えを聞いて教師たちは驚く。すると、カムネスに続いてガロデスもグラトンを飼育することを許可した。ガロデスの答えを聞いて教師たちは更に驚き、大丈夫なのかとガロデスに対して不安を口にする。
教師たちの反応を見たガロデスは真剣な表情を浮かべ、しばらく様子を見てから判断すると語り、教師たちはガロデスの答えを聞くと黙り込んだ。
ガロデスは教師たちが黙るとユーキに本当にグラトンが危害を加えることが無いと確信できたら正式に飼育することにし、もし危険だと判断した場合は即座に野生に返すという条件を出した。その条件を聞いたユーキは不満などは口にせず、笑ったガロデスに感謝し、その場にいたアイカたちも猶予が貰えてとりあえず安心する。
「学園長から条件を出された日からユーキはしばらくグラトンと一緒に生活することになったのよね?」
「ああ、グラトンは当時、俺にだけ懐いてたからな。俺が近くにいないと学園の中で暴れたり、生徒たちに怪我をさせる可能性があるって先生たちが言ってたから、危険でないと判断されるまでアイツの傍にいることになっちまったんだ」
「確か学園に来てから一週間はグラトンを見張るためにあの子と一緒に厩で寝泊まりすることになったんだっけ?」
アイカは当時のユーキの生活を思い出してクスクスと笑い、そんなアイカをユーキはジト目で見つる。
「まったく、学園に帰ってきたのに寮で休めず、モルキンの町にいた時と同じ目に遭うなんて思わなかったよ」
「でも、今ではグラトンも学園に慣れて生徒たちからも受け入れられたから安心して寮で休めるじゃない。学園からも正式に飼育することが許されたし」
「まあな。……でも、まだたまに勝手に学園の食材を食べたり、学園の片隅で糞をするなんて小さな問題を起こすから油断できないんだよ。アイツが何か問題を起こす度に俺が怒られるんだから……」
「ア、アハハハハ……」
グラトンはメルディエズ学園が飼育するモンスターとなったことで学園の馬などを管理する者たちにエサや寝床の世話をしてもらっている。だが、ユーキに懐いていることからユーキがグラトンの主人ということになり、グラトンが何か問題を起こせばユーキが責任を取ることになっているのだ。
これまでにもグラトンは生徒を怪我させるなど、大きな問題は起こしていないが、小さな問題を何度も起こしており、その度にユーキは教師たちから注意を受け、精神的にかなり疲労が溜まっていた。
「最近になってようやく先生たちから怒られる回数が減ってストレスを感じなくなってきたところなんだよ」
「た、大変ね……」
「そう思うなら、今度グラトンが問題を起こした時に一緒に先生たちに謝りに行ってくれよ?」
「え、え~っと、それは……」
アイカも自分がやったことでもないのに教師たちから注意されるのは嫌なのか、ユーキに頼まれてもすぐには返事ができずに目を逸らした。そんなアイカを見てユーキは深く溜め息を付く。
「キャーーーッ!」
突如中庭に悲鳴が響き、ユーキとアイカが悲鳴の聞こえた方を向くと少し離れた所にある芝生の中で座っている二人の女子生徒の姿が目に入る。そして、女子生徒たちの前にはグラトンが座っていた。
女子生徒たちは目の前にいる体の大きなグラトンを見ながら若干怯えたような顔をしている。座っている彼女たちの大腿部にはハンカチのような布が敷かれており、その上にサンドイッチのような食べ物が置かれてあった。どうやら中庭で昼食を取っている時にグラトンが突然現れたので驚いたらしい。
グラトンは女子生徒たちに顔を近づけてしばらく匂いを嗅ぐと一人の女子生徒の昼食を細長い尻尾で器用に掴んで勝手に食べてしまう。女子生徒たちは驚きのあまりグラトンを見つめながら固まっている。
「グラトンの奴、勝手にあの子たちのメシを!」
「そう言えばあの子、美味しそうな食べ物を見つけると人の物だろうと勝手に食べちゃうんだったわね……」
困ったような顔をしながらアイカは女子生徒の昼食を食べるグラトンを見つめる。
学園内ので生活に慣れたグラトンは暴れたり物を壊したりするようなことはしないが、メルディエズ学園に来たことで野生だった時には食べれなかった物を多く目にし、食べ物に対する好奇心は以前よりも強くなった。
そのため、生徒たちが持つ食べ物を見ると興味を抱いて勝手に食べてしまうことが何度もあり、現在も女子生徒の食べ物に興味が湧いて勝手に食べてしまったのだ。
「まったく、ちゃんとエサや貰ってるはずなのに何であれだけ食えるのかねぇ」
「ユーキ、とりあえずグラトンを止めた方がいいんじゃないかしら?」
「そうだな」
ユーキはグラトンの行動に呆れながらも止めるためにグラトンの下に走り、アイカもそれに続いて走り出す。
グラトンに近づいたユーキは揺れている尻尾に飛びつき、離れないようにしがみ付く。ユーキに気付いたグラトンは食事を止めたユーキの方を向いた。
「コラ、何やってるんだ! それはその子たちのメシだろう!」
「ブオ~~」
注意するユーキを見てグラトンは返事をするように鳴き、尻尾にしがみ付くユーキで遊んでいるのか尻尾を軽く振る。そんな様子を女子生徒たちは呆然としながら見ていた。
女子生徒たちが驚いている間にアイカが駆け寄って驚く女子生徒たちに声を掛ける。声を掛けられて我に返った女子生徒たちはアイカの方を見ながらおろおろとしており、そんな女子生徒たちはアイカは落ち着かせ、グラトンは食べ物に興味があっただけで危害を加えるつもりは無いと説明した。
アイカの話を聞いた女子生徒たちは少しだけ安心したのか表情を和らげてグラトンの方を見る。グラトンは未だに尻尾を振ってしがみ付いているユーキで遊んでおり、ユーキは必死に振り落とされないように尻尾にしがみ付いた。
女子生徒たちはユーキとグラトンのやり取りが面白く見えたのか、先程まで浮かべていた緊迫した表情を消して小さく笑う。アイカもユーキとグラトンを見ながら苦笑いを浮かべている。中庭にいた他の生徒たちが呆然としながらユーキたちを見ていた。
「……またやったみたいだな」
校舎の二階の窓から中庭を覗いている男子生徒がいる。濃緑色の短髪で黄色い目をした美少年、生徒会長のカムネスだった。
カムネスは二階の廊下を歩いている時に女子生徒の悲鳴を聞き、廊下の窓から外の確認して中庭で女子生徒の昼食を食べているグラトンとそれを止めるユーキを見たのだ。
何か問題が起きればすぐに対処するつもりでいたが、ユーキがすぐにグラトンを止めたことで問題が起こらずに済んだため、対処することなく見守っていた。
ただ、過去に何度もグラトンが生徒たちの食事やメルディエズの食材を勝手に食べたという報告を聞いていたため、中庭でのやりとりを見て内心呆れている。
「ルナパレスは普通のヒポラングよりも賢いとは言っていたが、食べ物を目にすると高い確率で問題を起こす。ルナパレスにもっと厳しく言い聞かせるよう言っておいた方がいいかもしれないな」
盗み食いや生徒の食事を勝手に食べることに対してしっかり対策を練らなくてはならないと思いながらカムネスは腕を組む。
カムネスが外を見ていると副会長であるロギュンが歩いてくる。ロギュンは外を見ているカムネスを見ると不思議そうな表情を浮かべた。
「会長、どうされました?」
「ロギュンか。なに、例のヒポラングとルナパレスのやり取りを見ていただけだ」
ロギュンを見ながら何をしていたのか話したカムネスは再び外を眺める。ロギュンはどういうことか分からずに小首を傾げ、カムネスと同じように窓から外を見た。そして、中庭で座り込んでいるグラトンと尻尾から離れてグラトンを注意するユーキの姿を見つめる。
「……もしかして、また他の生徒の食べ物を勝手に食べて生徒たちを脅かしていたのですか?」
「ああ、どうやらそうみたいだ」
「まったく、あのヒポラングが学園に来てもう二週間近くになります。それなのに未だに生徒たちの食べ物を勝手に食べるとは……会長、やはり私はあのヒポラングを学園で飼育するのはやめた方がいいと思います」
呆れながらロギュンはカムネスにグラトンを管理するのは無理だと語る。彼女の様子からすると、ロギュンはグラトンをメルディエズ学園で管理することに不満を感じていたらしい。しかし、学園長であるガロデスと生徒会長のカムネスが管理することに賛成したため、彼女も渋々受け入れたのだ。
カムネスはロギュンの顔をしばらく見るとまた中庭に視線を向けてユーキたちを眺める。
「確かにアイツは生徒たちの食事や学園に保管していある食材を勝手に食べることがある。だが、直接生徒たちに危害を加えたわけではない。ルナパレスに勝手なことをしないよう注意させるだけで大丈夫だろう」
「しかし、既に学園の食材はかなりダメにされています。下手をすれば学園の資金が……」
「そんなことは大した問題ではない。食料などはまた補充すればいいし、資金も依頼を受けて稼げばいい。僕は食料などよりも、あのヒポラングが戦いで使えるかどうかの方が重要だと思っている」
外を眺めながらカムネスは重要なのはグラトンの強さだと語り、ロギュンは無言でカムネスの話に耳を傾けた。
「あのヒポラングが学園の活動に役立つほどの存在であれば、いずれ高難度の依頼を受けることも可能となり、完遂することができればそれに見合った報酬も入ってくる。ヒポラングが強ければ学園は大量の資金を得ることができるんだ。それを考えればヒポラングによって出た食材の被害など大したことではないと僕は思っている」
「確かにヒポラングが強ければこちらも利益を得ることができます。ですが、もしあのヒポラングが学園の役に立たないモンスターだったら……」
「その時はただ無駄に食費を削るだけの存在として学園から追放、もしくは処分するだけだ。だが、まだそうだとは断言できない。アイツが役に立つかを見極めるまでは現状維持、ルナパレスに頑張ってもらうしかない」
グラトンがメルディエズ学園にとって必要ある存在なのかを判断するまでは今までどおりにすると語るカムネスを見てロギュンは軽く肩を落とす。正直、まだ納得はできていないが、カムネスが見守ると言うのなら、副会長としてそれに従おうとロギュンは思っていた。
ロギュンは黙り込んでしばらくカムネスを見つめていた。すると、何かを思い出してのか、ロギュンは軽く目を見開く。
「そう言えば、先程学園長から会長を見かけたら至急学園長室に来るよう伝えてほしいと言われていました」
「学園長から?」
「ハイ、何でも特殊な依頼が入ったらしく、詳しく話すから来てほしいと……」
ガロデスからの呼び出しにカムネスは右手を顎に当てながら考え込む。生徒会長である自分に依頼がある場合は副会長であるロギュン、もしくは生徒会のメンバーを通して依頼内容を聞かされる。
ところが今回は学園長であるガロデスが直接依頼の内容を説明することになっているため、カムネスはその依頼がかなり重要なものではないかと考えた。
「……とにかく、学園長室に行って学園長から話を聞いてみよう」
「私もご一緒します。学園長は会長だけでなく、私にも聞いてほしい話だと仰っておりましたから」
「そうか」
ロギュンにも聞かせるあたり、カムネスはガロデスが話そうとしている依頼は難易度が高いものかもしれないと感じた。どんな依頼内容なのか気にしながらカムネスはロギュンと共に学園長室へ向かう。
――――――
午後の授業が終わり、授業を受けていた生徒たちは学生寮へと戻っていく。空は既に薄っすらとオレンジ色になりかかっており、生徒たちの中には授業が終わったことで笑みを浮かべている者もいた。
生徒たちは自室に向かうために寮へと入っていき、一部の生徒は少し早めの夕食を取るために中央館へ入っていく。そして、寮へ入る生徒たちに中にユーキの姿があった。
「フゥ~、今日も疲れたなぁ。グラトンのおかげでゆっくり昼飯は食えなかったし、午後の授業が終わった後にアイカに何度も剣を挑まれたし……」
疲れを顔に出しながらユーキは男子寮に入る。中に入るとエントランスには大勢の男子生徒がおり、自室や寮の浴場に向かったり、エントランスの中にあるラウンジで友人同士で会話などをしていた。その光景は転生前の世界に存在していた学校の寮と同じだ。
エントランスの様子を簡単に見てユーキが自室へ向かおうとすると、ユーキの前に水色の短髪の男子生徒が現れる。ルームメイトのディックス・ダイナだった。
「やぁ、ユーキ」
「ああぁ、ディックス。お疲れ」
「お疲れ様……疲れてるみたいだね?」
「ああ、今日は色々あったからな」
肩を回すユーキを見てディックスは小さく笑う。ルームメイトであるため、ディックスはユーキと会話することが多く色々なことを聞かされているのでユーキが何が理由で疲れているのか察しがついていた。
「あのヒポラング、確かグラトンだっけ? また何か問題を起こしたのかい?」
「まあね。今回は大事にならなかったから先生たちに怒られることは無かったけど……」
「アハハハ。でも、此処に来たばかりと比べたらずっとマシになったそうじゃないか?」
「ああ、普通のモンスターと比べたら賢いから、しっかり言い聞かせれば何が悪いのか分かってくれるよ。……だけど、それでも他人の食べ物を勝手に食べるってところは変わらないんだよ」
肩を落としながら苦労を口にするユーキを見て、ディックスは思わず苦笑いを浮かべた。
「……そう言えば、お前もそろそろ依頼を受けられるようになるんだったっけ?」
「ああ。もうすぐ三ヶ月が経って新入生が依頼を受けるために学ぶ勉強と訓練が終わる。もうすぐ君と同じように依頼を受けられるようになるよ」
メルディエズ学園の生徒として活動することができるのが嬉しいのかディックスは笑顔を浮かべており、ユーキも楽しみにしているディックスを見て笑った。
ユーキたち混沌士は入学してから一ヶ月間、勉学と訓練を受ければ依頼を受けられるようなるが、通常の生徒は入学してから三ヶ月間、授業を受けてから依頼を受けられるようになる。ディックスは混沌士ではないため、ようやく依頼を受ける資格を得られるのだ。
「早く依頼を受けられるようになって僕も君やトムズのように人々の役に立ちたいよ」
「そうか……ん? トムズ?」
一瞬聞きなれない名前を聞いたユーキは小首を傾げながらディックスに訊き返す。ディックスはユーキの反応を見ると不思議そうな顔をする。
「あれ、言ってなかったっけ? 僕には従兄がいて、この学園の上級生で生徒会のメンバーなんだ」
「へぇ~、ディックスに従兄がいたのか。しかも生徒会のメンバー……」
「強くて仲間想いな性格でね、僕も小さい頃によく可愛がってもらったんだ。そんな従兄に憧れて僕もメルディエズ学園に入学したんだよ」
「そうだったのか」
ディックスのメルディエズ学園に入学した理由を知ったユーキは意外そうな顔をする。
今までディックスとは同じ学園に通うただのルームメイトとして接していたため、ユーキはディックスの過去や学園に来た理由などにはあまり興味が無かった。だからディックスが自分から入学した理由を話してくれたことに少し驚いていた。
ユーキには家族がいないため、親戚がいるディックスを少し羨ましく思っていたが、同時に身内を大切にし、一緒に頑張ってほしいと思っている。
「……お前なら大丈夫さ。きっと従兄と同じくらい強くなる。だから、頑張れよ?」
「え? あ、ああ、ありがとう」
突然自分を応援するユーキを不思議に思いながらもディックスは礼を言う。そんなディックスを見たユーキはニッと笑いながら自室へ移動する。
歩いて行くユーキの後ろ姿を見ながらディックスは無言でまばたきをしていた。
今回から第三章が始まります。
今回の章も一定の間隔で投稿していくつもりです。あと、もしかすると前回の章よりも短めになるかもしれません。




