第二十八話 迫りくる邪悪たち
正門の内側にある広場にはベーゼを迎え撃つために大勢の警備兵の姿があり、それ以外にもモルキンの町を拠点に活動している冒険者たちの姿もあった。冒険者たちもベーゼが出現したことを知らされ、町を護るために召集されたのだが、集まった数はそれほど多くなく、全員がE級からC級の力の弱い冒険者だけだ。
冒険者たちの中にはベーゼに勝てるか分からず、不安そうな表情を浮かべている者もいる。だが、町や自分の身を護るために戦うしかないと考え、恐怖や不安を感じながらも集まったのだ。中にはベーゼと戦って得られる報酬や功績を目当てに参加した冒険者もおり、そう言った者たちは余裕の表情を浮かべていた。
「……おい、アイツら大丈夫か?」
広場の隅で一人の若い警備兵が集まっている冒険者を見ながら隣にいる仲間の警備兵に声を掛ける。仲間の警備兵は若干不安そうな顔で冒険者たちを見ていた。
集まっている冒険者の殆どが新人や若干実力がある者ばなりなので、警備兵たちは冒険者たちが役に立つのか不安を感じていたのだ。しかも相手はゴブリンのような弱いモンスターではなくベーゼであるため、戦っても返り討ちに遭うのでは予想していた。
「彼らは殆どが新人冒険者や戦いに慣れ始めている冒険者ばかりだ。正直、役に立つかは微妙だな」
「もっと役に立つ冒険者はいなかったのか?」
「この町でベーゼとまともに戦える冒険者は例の盗賊たちにやられて一人も残っていない。彼らしか動ける者はいないんだ」
「でもよぉ、アイツらの殆どは下級モンスターとすら戦ったことのない連中ばかりなんだろう? しかも殆どが渋々参加した連中だ。そんな奴らがいても、寧ろ邪魔になるんじゃ……」
実戦経験の浅い者は足手まといになる可能性がある、そう感じた若い警備兵は遠くに集まっている冒険者たちを見つめる。確かに命懸けの戦いをしている中、戦いに慣れていない者が近くにいても邪魔になると思われても不思議ではないだろう。しかし、今はそんなことを気にしていられる余裕は無かった。
モルキンの町の警備兵はベーゼとの戦闘経験が殆ど無いため、ベーゼより数が多くても勝てるかどうか分からない。しかもベーゼの強さと情報が無いことから恐怖などを感じてまともに戦うことができなくなる可能性もある。警備兵たちだけでベーゼからモルキンの町を護るのは難しかった。
警備兵たちだけで護るのが難しいのであれば、例え新人ばかりであろうと様々な戦い方ができる冒険者を参加させた方が成功率が高くなると判断し、冒険者ギルドは新人冒険者たちにもベーゼ討伐の依頼を出したのだ。
「我々だけではこの町をベーゼから護るのは難しい。新人とは言え彼らも冒険者だ。共に戦ってもらった方がこちらが有利に戦えるはずだ」
「でもよぉ……」
「それに彼らの中には魔導士もいる。攻撃魔法を使えばベーゼたちを押し返すことができるはずだ」
「……まあ、俺たちは魔法は使えないからな。その点は冒険者たちに頼るしかないか」
剣や槍しか使えない自分たちよりも様々な武器や魔法を扱える冒険者たちがいれば間違い無く戦いやすくなる。警備兵は現状から冒険者たちと共闘するのが一番だと冒険者たちを見つめながら納得した。
警備兵たちが話していると、警備兵の隊長と思われる中年の警備兵が集まっている冒険者たちに指示を出す。戦闘経験のあるD級とC級の冒険者は城壁の上に移動させて正門に近づいてきたベーゼの迎撃に就かせ、残ったE級の冒険者には広場で待機し、負傷した者の手当てと町の中に侵入したベーゼの対応を任せた。
冒険者たちが持ち場に就くと広場の警備兵たちも武器を手に城壁の上に上がっていく。何人かは負傷者が出た時に冒険者たちと共に手当てができるようその場に残った。
「そう言えば、今この町に近づいて来ているベーゼって何体いるんだ?」
若い警備兵が仲間に敵の数を尋ねると仲間の警備兵が表情を鋭くし、外にいるベーゼを気にするかのように城壁を見上げた。
「見張りをしていた奴の話だと、少なくても三十体はいるそうだ。だが、その三十体と言うのはあくまでも目で確認した数だ。まだ暗闇に身を隠しているベーゼもいるかもしれない」
「つまり、三十体以上いるかもしれないってことか?」
「そう言うことだ。もしかすると正門を破壊できるくらいの力を持ったベーゼもいるかもしれない」
ベーゼの数と戦力が未知数であると聞かされ、若い警備兵は厄介そうな顔をする。そんな敵を相手に自分たちだけで本当に勝てるのか、警備兵は小さな不安を感じていた。
仲間の警備兵は不安を露わにする若い警備兵を見ると少し余裕のあるような顔をしながら若い警備兵の肩に手を置いた。
「そう不安になるな。こっちには彼らがいるじゃないか」
「彼ら?」
「メルディエズ学園の生徒だよ」
仲間の言葉を聞いて若い警備兵はモルキンの町にはベーゼとの戦闘を得意とするメルディエズ学園の生徒がいることを思い出して目を軽く見開いた。
「彼らは冒険者たちが討伐できなかった盗賊を倒して戻って来た。彼らがいればベーゼたちとも十分戦える。しかも派遣された生徒の中には上級生もいるからこちらの方が優勢のはずだ」
「確かにメルディエズ学園の生徒がいれば十分勝機はあるかもな。……それで、その生徒たちは今何処にいるんだ?」
「確かロイガント男爵のお屋敷にいるはずだ。男爵のお屋敷にもベーゼのことを知らせるために誰かが向かったはずだから彼らの耳にもベーゼのことが入ってるはずだ」
「じゃあ、俺らと一緒に戦ってくれるのか?」
「ああ、メルディエズ学園はベーゼが現れたら戦うことが義務付けられているからな。知らせがいってるのなら、もうそろそろ来ると思うぞ」
仲間の警備兵は正門前の広場を見回してメルディエズ学園の生徒が来ていないか確認する。だが、確認できるのは冒険者や仲間の警備兵たちだけで、メルディエズ学園の生徒の姿は無かった。
メルディエズ学園の生徒が到着していないことを知ると、警備兵はベーゼが攻撃してくる前に来てほしいと焦り出す。若い警備兵も広場を見回してメルディエズ学園の生徒は来ていないか探し始める。そんな時、正門と正反対の方角にある街道から三頭の馬が広場に入って来た。
広場に入った馬たちの背中にはアイカ、パーシュ、フレードが乗っており、三人が乗る馬は広場の中を走って正門に向かう。その後ろをユーキを背に乗せたヒポラングが続く。
突然広場に入ってきた馬たちとヒポラングに警備兵や冒険者たちは驚き、広場の中を移動する馬とヒポラングを見つめる。若い警備兵と仲間の警備兵も馬とヒポラングを見て驚いていたが、その背中に乗っているのがメルディエズ学園の生徒だと知ると少しだけ安心したのか表情を和らげた。
ユーキたちは広場に集まる大勢の警備兵や冒険者たちを見ると予想以上の人数が集まっていることに驚く。同時にそれだけの人数を集めなければ勝てないくらいベーゼは手強いのかと疑問に思った。
(おいおい、これだけの人数を集めるなんて、攻め込んで来たベーゼは強力な敵ばっかりなのか?)
広場の様子を見たユーキは予想以上に敵は手強いのかもしれないと心の中で驚く。そんな中、前を走っていたアイカたちの馬が止まり、ヒポラングもそれにつられた止まった。
馬から降りたアイカたちは周囲を見回し、正門の近くで指示を出す中年の警備兵を見つける。現状からその中年の警備兵が指揮官だと悟り、パーシュは情報を得るために中年の警備兵の下へ向かい、アイカとフレードもその後に続く。ユーキもヒポラングから降りてアイカたちの後を追った。
中年の警備兵が仲間の警備兵たちに指示を出していると、駆け寄ってくるユーキたちに気付き、中年の警備兵は仲間への指示を中断してユーキたちの方を向く。
「君たちはもしや、メルディエズ学園の生徒か?」
「ああ、そうだよ。ロイガント男爵に頼まれてベーゼの討伐に来たんだ」
パーシュが共闘するために来たことを話すと中年の警備兵や周りにいる他の警備兵たちは「おおぉ」という反応を見せる。目の前にいるのは若い少年少女たちだが、ベーゼとの戦闘を得意としており、盗賊を討伐した実績があるため、警備兵たちは頼もしく思えた。
一方で広場に集まる冒険者たちはユーキたちがメルディエズ学園の生徒だと知ると若干不満そうな顔でユーキたちを見ていた。
メルディエズ学園と冒険者ギルドは活動方針が似ているため、冒険者たちは商売敵であるメルディエズ学園の生徒が警備兵たちから頼りにされていること、商売敵と共闘しなくてはならないことが気に入らないのだろう。
ユーキたちも冒険者たちの視線に気付いているが、今は非常事態であるためいちいち視線を気にしている場合ではない。ユーキたちは冒険者たちを無視して中年の警備兵と向かい合った。
「それで、状況はどうなんだい?」
「ウム、現在ベーゼは正門に少しずつ近づいて来ている。数は三十体ほどだが、遠くや篝火の光が届かない暗い場所にも隠れている可能性があるため、正確な数は分かっていない」
「そうかい。まぁ、この暗さじゃあしょうがないかもね」
パーシュは周囲を見ながら面倒そうな口調で呟く。月明りはあるが篝火などがなければ周りをハッキリと見ることはできないくらいの暗さであるため、遠くの敵を確認するのは無理だとユーキたちは感じていた。
「……とにかく、あたしらも一度自分の目で敵を確認しておきたい。城壁の上に上がってもいいかい?」
「ああ、構わないとも」
中年の警備兵はそう言うと少し離れた所にある階段の方を向いた。パーシュは階段に向かって走り、ユーキたちもその後に続く。ヒポラングは階段に走っていくユーキたちの後ろ姿をジッと見ていた。
パーシュが階段を駆け上がり、ユーキたちも続いて階段を上がる。城壁はそれほど高く無いため、短時間で一番上に辿り着くことができた。
階段を上がったユーキたちは正門の右側の城壁の上に出る。既に配置されていた警備兵や冒険者たちは上がってきたユーキたちに気付くと一斉に彼らの方を向く。警備兵たちは意外そうな顔でユーキたちを見ていたが、冒険者たちはユーキたちがメルディエズ学園の生徒だと分かると広場の冒険者たちと同じように若干不満そうな顔をした。
パーシュは周囲を見回してから城壁の外を確認し、ユーキたちもパーシュの隣で外を見る。正門から300mほど離れた位置には複数の影があり、その内の数体はユーキがカメジン村の依頼を受けている時に遭遇した黒緑のフード付きマントを纏ったミイラのようなベーゼだった。
ユーキは現れたベーゼの中に自分が初めて遭遇したベーゼがいることに気付いて目を鋭くする。アイカもベーゼたちを睨みながらプラジュとスピキュをいつでも抜けるように構えていた。
「……下位ベーゼの“インファ”が確認できるだけでも十体か。他にもいるようだけど、この距離だとまだよく見えないね」
パーシュは黒緑のフードを纏ったベーゼをインファと呼び、佩してあるヴォルカニックを少しだけ鞘から抜く。フレードは既にリヴァイクスを抜いており、ニッと笑いながらいつでも戦える態勢に入っていた。
ユーキたちはインファ以外にどんなベーゼがいるのか確認しようとするが、やはり暗いため遠くにいるベーゼの姿はハッキリと確認できない。すると、ユーキは混沌術を発動させて自身の視力を強化し、暗い中でも遠くにいるベーゼを見られるようにした。
遠くにどれだけのベーゼがいるかユーキは目を凝らして確認する。ユーキの右隣にいたアイカはユーキの混沌紋が光っているのを見て彼が混沌術を発動させたこと知った。
「ユーキ、混沌術を発動させてどうしたの?」
「視力を強化して夜目を利くようにしたんだ。これなら暗い所にいるベーゼも確認できるはずだからな」
ユーキが混沌術を発動させたわけを知ったアイカは意外そうな反応を見せ、パーシュとフレードもユーキの話を聞いて目を軽く見開きながらユーキを見る。
筋力などを強化するだけでなく、このような状況でも使い道がある強化を見て、アイカたちは改めてユーキの混沌術は応用力があると感じた。
アイカたちが驚く中、ユーキは強化した目を使ってベーゼたちを確認する。パーシュが確認できた位置にはインファが全部で十二体おり、その後ろには別のベーゼが八体いた。混沌術で強化する前はインファの後ろにいるベーゼの姿はハッキリと見えなかったが、夜目が利くようになった今のユーキにはその姿まで確認できる。
インファの後ろにいるのは薄茶色の肌をした人型のベーゼでインファと比べてしっかりした肉体をしていた。頭部はスキンヘッドで三つの短い角が縦に並んで生え、両手の四本の指からは人間の体など簡単に切り裂けそうな鋭い爪が生えている。ボロボロの革製の長ズボンを穿き、両肩に鉄製のショルダーアーマーを付け、口は布で隠していた。
ユーキはインファの後ろにいるベーゼを確認すると今度はその周囲を確かめた。薄茶色のベーゼの周りには石製の短剣を持った十体のゴブリンがいる。しかし、そのゴブリンは以前ユーキが遭遇したゴブリンと違い、肌が蝋色で目は真っ赤になっていた。更に口からはヨダレを垂らし、呻き声を上げながら歩いて来る。その姿はまるで理性を失った獣のようだった。
「どう、ユーキ?」
ベーゼの姿を確認できないアイカは敵の情報が気になりユーキに尋ねる。ユーキは近づいて来るベーゼを一通り確認したので、とりあえずアイカたちに近くにいるベーゼの情報を伝えることにした。
「……インファの後ろに八体の“モイルダー”、その周りに十体のゴブリンがいる。でも、普通のゴブリンとは雰囲気が違うな」
「普通のゴブリンとは違う……もしかして、肌が黒っぽい色をしてるかい?」
話を聞いていたパーシュが確認するとユーキはチラッとパーシュの方を向いて頷いた。
「ええ、黒い肌で普通のゴブリンよりも凶暴そうな雰囲気でした」
「成る程……ソイツは“ベーゼゴブリン”だね。ベーゼの瘴気に侵されてベーゼになっちまったゴブリンだ」
「瘴気に侵された……つまり、蝕ベーゼってやつですか?」
「ああ、間違い無いね。連中は元はモンスターだけど、ベーゼ化したことでより強く、凶暴になってるんだ」
ベーゼゴブリンが通常のゴブリンよりも強いということを聞かされたユーキは再びベーゼたちの方を向き、アイカとフレードも目を鋭くしながらベーゼたちを睨んだ。
ユーキはメルディエズ学園の図書室でベーゼの情報が記された本を読んでおり、ベーゼの名前や外見などの情報はある程度理解していた。そのため、インファの後ろにいる薄茶色のベーゼがモイルダーだとすぐに分かったのだ。しかし、まだ全ての情報を理解しているわけではないため、ベーゼゴブリンのような分からないベーゼも幾つかあった。
「とりあえず警備兵から聞いていた三十体は確認できたな。……ルナパレス、他のベーゼはいねぇのか?」
「ちょっと待ってください。確かめてみます」
フレードに言われ、ユーキは近づいて来るインファたちの他にベーゼがいないか確認する。強化によって視力を強化しているため、ユーキは夜目が利くだけでなく、遠くの景色もハッキリと見えるようになっているので探しやすい状態だった。
ユーキはまず、インファたちの周囲、特にアイカたちでは確認できない暗い場所を調べた。しかし、ベーゼらしい姿は確認されず、町の近くにはインファたち以外にベーゼはいないと分かり、ユーキはそのままインファたちの後方を確かめる。すると、インファたちがいる位置から更に300mほど後方に複数のベーゼがいるのを見つけた。
後方にいるのはニ十体のベーゼで、その内の四体は身長2mほどの人型のベーゼだ。上半身裸で苔色の肌をした強靭な肉体を持ち、濃い灰色の長ズボンを穿いていた。顔はフルフェイスの銀色の鉄仮面で隠しており、剣身が黒い両刃の大剣を両手で握りながら立っている。インファやモイルダーとは明らかに雰囲気が違った。
残りの十六体の内、八体はインファで苔色の肌をしたベーゼたちの前で横一列に並んで待機している。そして、その前には黄土色の肌をしたベーゼがインファと同じように横一列に並んで立っていた。黄土色の肌で両足は鋭い爪を生やした鳥の足のようになっており、両腕は蝙蝠のような翼になっている。そして頭部は生まれたばかりの鳥の雛のような顔だった。
「……いました。全部でニ十体、後方で待機しているのか動かずに立っています」
「チッ、やっぱりいたか。……どんな奴らがいる?」
「インファと“ルフリフ”が八体ずつ。あと、中位ベーゼの“フェグッター”が四体です」
ユーキは黄土色のベーゼをルフリフ、苔色のベーゼをフェグッターと呼んでアイカたちに細かくベーゼの数と種類を伝える。説明を聞いたアイカたちは後方に中位ベーゼが四体もいると知って意外そうな反応をした。
「飛行可能なルフリフに剣士系ベーゼのフェグッターまでいやがるとは、かなり面倒な編成だな」
「そうですね。でも、敵が五十体だけなのは幸いだと思います。中位ベーゼがいるとしても、五十体ほどなら私たちでも何とか対処できると思いますから」
「いいや、まだ安心はできないよ」
パーシュは腕を組みながら呟き、それを聞いたアイカとフレードはパーシュに視線を向ける。ユーキも視界にいるベーゼを全て確認したため、混沌術を解除してパーシュの方を見ていた。
「敵が正門に迫って来てる連中だけとは限らない。もしかすると他にも敵がいて別の場所からも町に攻撃を仕掛けてくる可能性もある」
「あそこにいるベーゼは囮だということですか?」
「あくまでもあたしの予想だけどね。だけど、他にベーゼがいる可能性は捨てきれない」
他にもベーゼがいて正門以外の場所から町に攻め込んてくるかもしれない、パーシュの話を聞いてアイカは一理あると感じ、ユーキも難しい顔をしながら迫ってきているベーゼに視線を向ける。
ベーゼの数は五十体でモルキンの町を攻めるには数が少なすぎる。もしベーゼたちがモルキンの町を制圧するために現れたのだとすれば他にも大量のベーゼを潜ませているかもしれない。ユーキはベーゼたちが何を企んでいるのか気になり、黙ってベーゼを睨んだ。
「……で? 結局俺らはこれからどうすんだ?」
フレードは目を細くしながらパーシュに今後のことを尋ねる。ベーゼが他にいるとしても、自分たちがどう動くかを決めなくては何もできない。ユーキたちは指揮を執るパーシュに注目した。
「……とりあえず、あたしらは目の前にいるベーゼどもを迎え撃つ。さっきも言ったように他にベーゼがいて正門以外の場所から町に攻め込んでくる可能性もあるから、念のために他の場所も調べた方がいいかもね」
「俺らはベーゼと戦うのにどうやって別の場所を調べんだよ? 町の連中に調べさせるのか? 俺たちはあくまでも男爵に雇われた身だ、警備兵や冒険者どもに他の場所を調べろなんて命令する権利はねぇぞ」
「それぐらい分かってるよ。だから広場にいた隊長の警備兵に念のために町の周辺を調べてみた方がいいって伝えておくんだ。隊長が指示すれば警備兵たちも素直に従うはずだからね」
「その隊長が俺らの話に耳を貸さなかったらどうすんだ?」
「その時はベーゼと戦いながら隊長の指示どおりに動くだけさ」
警備兵たちが話を聞かずに自分たちの考えだけで判断するのなら、それに従うしかないというパーシュの答えを聞いてフレードは小さく舌打ちをする。アイカも複雑そうな顔でパーシュの話を聞いていた。
いくらベーゼとの戦い方を知っているとはいえ、パーシュたちは警備兵たちと共闘するだけの存在であるため、警備兵たちに命令して動かす権利は与えられていない。指揮を任されている警備兵がモルキンの町の周辺を調べないと言うのならそれを受け入れるしかないのだ。
とは言っても、まだ警備兵たちがパーシュたちの意見を聞かないと決まった訳ではないので、警備兵たちに進言してみる価値はあった。
「とにかくだ。一応、隊長の警備兵に町の周辺を調べるよう伝えておいた方がいい。アイカ、悪いけど伝えてきておくれ」
「ハイ」
アイカは返事をすると階段を駆け下りて中年の警備兵の下へ向かう。残ったユーキたちはもう一度町の外を見てベーゼたちの位置を確認した。
既にベーゼたちは篝火の明かりだけでも姿を確認できる所まで近づいて来ており、正門の上の見張り台や城壁の上にいる警備兵や冒険者たちはベーゼたちを見て緊迫した表情を浮かべる。数では警備兵たちの方が上だが、ベーゼとの戦闘経験が少ないため、どうしても不安を感じてしまうのだ。
警備兵や冒険者たちは緊張しながら武器を握り、ユーキたちも佩してある得物を抜く。そこへ隊長である中年の警備兵の下に向かっていたアイカが戻ってきた。
「伝えてきました。隊長さんはベーゼとの戦いに慣れている私たちの予想を信じると言って、警備兵と冒険者を町の周辺確認に向かわせてくれました」
「ほぉ~、俺らの意見に耳を貸すたぁ、なかなか利口な奴なんだな、あのおっさんは?」
アイカの報告を聞いたフレードは警備兵の中にもまともな存在がいると感じて少しだけ警備兵を見直した。アイカも警備兵たちが自分たちの話に聞いてくれたことを嬉しく思っているのか小さく笑っている。
「アイカ、もうすぐベーゼが正門に辿り着く。奴らは城壁を登ったり正門を破ったりなんかして町に侵入しようとするはずだ。アンタも戦えるよう剣を抜いときな」
「ハイ!」
パーシュの指示を聞いたアイカはプラジュとスピキュを抜いてユーキの隣に移動した。城壁の外側を見下ろすと既にベーゼたちは正門の数m前まで迫ってきており、ユーキたちは目を鋭くする。その直後、正門に辿り着いたベーゼたちが一斉に攻撃を開始した。
先頭にいた一体のインファが持っている剣で正門を攻撃し、他のインファやベーゼゴブリンも自分の武器で攻撃を仕掛ける。だが、正門は頑丈に作られており、下位ベーゼの攻撃ではびくともしない。外にある見張り小屋の中に正門の開閉装置があるが、あれは警備兵が持つ特別な鍵が無ければ動かないため、開閉装置で開門される心配もなかった。
見張り台の上にいる警備兵たちは正門に意味のない攻撃をするベーゼたちを見て笑い、彼らでは正門は突破されないと安心し切っている。だがその時、八体のモイルダーが爪を城壁の亀裂や割れ目などに引っ掛け、もの凄い速さでよじ登って来た。
城壁を登って来るモイルダーたちを見て警備兵と冒険者たちは驚き、慌てて矢を放って迎え撃つ。だが、慌てているせいか矢は当たらず、モイルダーは徐々に距離を詰めてくる。そして遂にモイルダーたちは城壁を登り切り、城壁の通路に上がった。
正門の右側の城壁の上にはモイルダーが五体、左側の城壁の上に三体が上がり、周りにいる警備兵や冒険者たちを睨みながら鳴き声を上げて威嚇する。その姿を見て警備兵や冒険者たちは驚き、武器を構えたまま後退した。
「ひ、怯むな。相手は下位ベーゼだ、我々でも倒せるはずだ!」
左側の城壁の上にいる警備兵の一人が槍を構えながら声を上げ、他の警備兵や冒険者たちも武器を構えて目の前にいるモイルダーを睨んだ。
モイルダーは自分たちを囲むように立っている警備兵と冒険者たちに怯むことなく、ゆっくりと近くにいる者に近づいて行く。そんなモイルダーの一体に剣士風の冒険者が剣を両手で握りながら真正面から突撃する。剣士は剣を右から横に振ってモイルダーに攻撃するが、モイルダーはジャンプして剣士の攻撃をかわした。
攻撃をかわされた剣士は驚愕してその場で固まる。その間、攻撃をかわしたモイルダーは剣士の真上を移動して背後に着地し、振り向きながら爪で剣士の背中を切り裂いた。
斬られた剣士は苦痛の声を上げながら崩れるように倒れ、そのまま動かなくなった。呆気なく倒された剣士を持て他の冒険者たちは驚き、警備兵たちも緊迫した表情を浮かべる。そんな彼らに残りのモイルダーたちは近づき、警備兵と冒険者たちは慌てて武器を構えて警戒態勢に入った。しかし、仲間が倒されたのを目の前で見たため、士気は多く低下していた。
一方、右側の城壁の上でも五体のモイルダーが警備兵や冒険者たちに襲い掛かっていた。モイルダーは両手の爪で攻撃し、警備兵と冒険者たちは武器や盾を使って攻撃を防御していく。今のところは無傷だが、モイルダーの重い攻撃を何度も防いでいる内に少しずつ腕が痺れてきていた。
「クソォ、何て力なんだ、この化け物どもは!」
警備兵は剣でモイルダーの攻撃を防ぎながら後退しているが、既に彼の手や腕は攻撃を防いだ時の衝撃を受け続けて疲労が溜まっている。このままでは何時か武器を放してしまう、警備兵はそう感じて内心焦っていた。
焦りを感じながら防御していると、モイルダーは右腕を下から大きく振り上げて警備兵の剣を払い上げた。その勢いで警備兵は剣を手放してしまい、剣を失った警備兵は目を見開く。そんな警備兵にモイルダーは左手を振り下ろし、爪で切り裂こうとする。
武器を失い、隙を作ってしまった警備兵は殺されると感じて咄嗟に目を閉じる。すると、モイルダーの左腕は何者かに斬られて宙を舞い、警備兵の足元に落ちた。腕を斬られたモイルダーは鳴き声を上げ、警備兵は目を開けて現状を確認する。そこには月下を振り上げる構えを取っていたユーキの姿があった。
警備兵は現状からユーキがモイルダーの腕を斬って自分を助けてくれたのだと知り、驚きながらユーキを見つめる。近くにいる別の警備兵や冒険者たちも驚いており、呆然としながらユーキを見ていた。
腕を斬られたモイルダーはユーキの方を向き、自分の腕を斬ったのがユーキだと気付くと興奮したのか鳴き声を上げ、右腕を右から斜めに振ってユーキを攻撃した。するとユーキは素早く姿勢を低くしてモイルダーの爪をかわし、左手の月影でモイルダーの腹部を斬る。
モイルダーは腹部から伝わる痛みに再び鳴き声を上げて体勢を崩した。ユーキは隙ができたモイルダーに月下で追撃の袈裟切りを放つ。月下はモイルダーの体を切り裂き、致命傷を受けたモイルダーは断末魔を上げながら黒い靄となって消滅する。
「まず一体!」
城壁の上にいるモイルダーの内、一体を倒したユーキはすぐに体勢を整えて他のモイルダーの位置を確認する。残りの四体の内、二体はユーキの右側でアイカとパーシュが相手をしており、残りの二体は左側でフレードが相手をしていた。
三人の周りには警備兵と冒険者たちの姿があるが、アイカたちとモイルダーが戦っている姿に驚いているのか、加勢などせずに距離を取って戦いを見ていた。
「……おいおい、ボーっと見てないでアンタらも戦えよ。アンタらの町じゃないか」
戦わない警備兵と冒険者たちを見て、ユーキは呆れながら呟く。しかし、警備兵たちはベーゼとの戦闘経験が殆ど無く、冒険者たちは実戦の経験が浅いため、積極的にベーゼと戦えなくても仕方がないとユーキは感じていた。
アイカとパーシュはモイルダーを相手に苦戦している様子は無く、フレードは楽しそうに笑みを浮かべながら二体のモイルダーと戦っている。この場合、ユーキは二体のモイルダーの相手をしているフレードに加勢するべきだが、フレードは戦いを楽しむ性格なので、加勢すると逆に邪魔者扱いされる可能性があった。
「……加勢に行っても追い返される可能性があるし、やめといた方がいいかもな」
フレードの性格を知っているユーキは手助けする必要は無いだろうと感じる。そもそもユーキはフレードが二対一とは言え下位ベーゼに負けるとは思っていなかった。
アイカたちに加勢する必要も無いと判断したユーキは改めて周囲を確認する。すると、左側の城壁の上で三体のモイルダーに苦戦している警備兵や冒険者たちを見つけ、ユーキは目を僅かに鋭くした。
「向こうは苦戦してるみたいだし、あっちに加勢した方がいいな。確か正門の見張り台には左右の城壁の通路を繋ぐ道があったし、そこを通れば向こうに行けるはずだ」
ユーキは左側の城壁に向かうため、集まっている警備兵と冒険者たちの間を走って見張り台の方へ走り出す。残っている警備兵と冒険者たちは簡単にベーゼを倒して走っていくユーキの後ろ姿を呆然と見つめていた。
左側の城壁の上では警備兵と冒険者たちがモイルダー相手に苦戦している。既に大勢に警備兵と冒険者が倒されており、モイルダーの周りにいる者たちは表情を歪ませながら武器を構えていた。
「おい、どうするんだよ。たった三体のベーゼ相手に苦戦してるぞ?」
槍を持つ冒険者の男が焦りを見せながら隣にいる斧を持った中年の冒険者に尋ねる。斧を持った冒険者はモイルダーを睨みながら微量の汗を流していた。
「とにかく、全員で協力して戦うしかねぇだろう」
「戦うって、もう何人もやられてるんだぜ? たった三体のベーゼ相手に?」
「んなことは分かってる。それでもまだ数ではこっちが上だ、全員で囲むように戦えば……」
斧を持つ冒険者が槍を持つ冒険者の方を見ながら僅かに力の入った声を出す。すると、三体のモイルダーが一斉に自分たちの目の前にいる警備兵に飛び掛かり、鋭い爪で警備兵を切り裂く。
警備兵たちの傷は深く、致命傷を負った三人の警備兵はあっという間に倒されてしまい、周りにいた冒険者や他の警備兵たちは愕然とする。
「や、やっぱり俺たちじゃベーゼの相手は無理だったんだ。逃げようぜ?」
「馬鹿野郎! もうベーゼは町の中に入っちまってるんだぞ? 今更逃げても手遅れだ!」
町を護るためにも此処で逃げるわけにはいかないと斧を持つ冒険者は目を鋭くしながらゆっくりとモイルダーに近づく。逆に槍を持つ冒険者は完全に弱気になっており、ゆっくりと後退し始めた。
他の警備兵や冒険者たちも恐怖を押し殺して前に出たり、怖気づいて後ろに下がったりしているため、連携して戦うことはできない状態となっている。戦況は完全にベーゼ側に傾いていた。
モイルダーたちは近づいて来る者たちを見ると鳴き声を上げて威嚇する。警備兵や冒険者たちはそんなモイルダーに一瞬驚くも、逃げたりせずに武器を構えて攻撃しようとした。モイルダーたちは爪を光らせながら近づいて来る者たちに攻撃しようとする。だがその時、右側の城壁にいたユーキが見張り台を通って左側の城壁にやって来た。
ユーキは三体のモイルダーの内、一番見張り台の近くにいる一体を月下で斬る。斬られたモイルダーは鳴き声を上げながらその場に倒れて黒い靄となって消え、残りの二体は仲間を倒したユーキを見て一斉に飛び掛かった。
前から跳んでくるモイルダーたちを見たユーキは目を鋭くして月下と月影を構え直し、モイルダーたちが間合いに入った瞬間に力強く地面を蹴った。
「ルナパレス新陰流、繊月!」
ユーキは迫ってくるモイルダーたちの間を通り、モイルダーたちの横を通過する瞬間に素早く月下と月影を外側から横に振り、月下で右のモイルダー、月影で左のモイルダーを斬る。
攻撃したユーキはモイルダーたちの後ろで背を向けたまま停止する。その数秒後、飛び掛かってきたモイルダーたちは斬られた箇所から血を噴き出しながら前に倒れ込み、そのまま黒い靄と化して消滅した。警備兵と冒険者たちは三体のモイルダーを倒したユーキを見て大きく目を見開いている。
「子供だと思って何の警戒もせずに飛び込んで来たか……フン、ガキだからってナメんなよ?」
消滅したモイルダーたちに向けてユーキは低い声で呟き、月下と月影を軽く斜めに振る。そのまま周囲を見回して他にベーゼの姿が無いか確認し、左側の城壁の上にベーゼがいないのを確認すると軽く息を吐く。
「こっちの城壁にはもうべーぜはいないな。あとはアイカたちが相手している奴らだけか……」
ユーキはアイカたちが相手をしているモイルダーがどうなったか気になり、右側の城壁に戻ろうとする。すると真上を何かが通過し、それに気付いたユーキはフッと上を向く。
城壁の上空には後方で待機していた八体のルフリフが飛んでおり、両足でインファの肩を掴んで一体ずつ運んでいた。そして、城壁の内側に侵入すると、ルフリフが掴んでいたインファを離した正門前の広場に落とす。
落下した八体のインファは広場に着地し、剣を握りながら呻き声のような声を上げる。侵入してきたインファたちを見て広場にいた警備兵やE級の冒険者たちは驚愕し、城壁の上にいた警備兵と冒険者たち、そしてユーキも広場に侵入したインファたちを見て驚いた。
「しまった、侵入された! ルフリフを使って別のベーゼを空中から運んでくるとは……」
ユーキは敵の狙いに気付けなかったことを悔しく思いながら広場のベーゼたちを睨む。ユーキたちは正門に近づいて来たベーゼや城壁に上がってきたモイルダーたちの相手をしていたため、空中のルフリフたちに気付くのが遅れたのだ。
「……どうやら、最初に突撃してきたベーゼたちは俺たちにルフリフの存在を気付かせないようにするための存在だったみたいだな」
ベーゼたちの狙いに気付いたユーキは月下と月影を握る手に力を入れた。




