第二十六話 完遂報告
モルキンの町に入ったユーキたちは盗賊の討伐完了を報告するためにロイガントの屋敷へ向かう。ユーキたちが乗る荷馬車は広い街道の真ん中を移動しており、パーシュは御者席に、ユーキ、アイカ、フレードは荷台に乗っている。その後ろをヒポラングがゆっくりとついて来ていた。
街道には町の住民が大勢おり、ユーキたちの後に続くヒポラングを見て驚きの表情を浮かべている。無理もない、大きなモンスターが町の中を堂々と歩いているのだから。
住民の中にはヒポラングを怖がって離れる者や興味のありそうな顔で見ている者もいる。そして、住民たちの中にはモルキンの町で活動する冒険者たちの姿もあり、警戒しながらヒポラングを見ていた。
大勢の住民や冒険者に見られているせいか、ユーキたちは居心地の悪そうな顔をしている。モンスターを引き連れて町の中を移動しているため、住民たちからモンスターを町に入れたおかしな連中だと思われているような目で見られているとユーキたちは感じていた。
「……町の人たちの視線が痛いですね」
「ああ、まったくだ。本来なら盗賊の討伐に成功した連中だって感謝や感心の視線を向けられてもいいのによ」
フレードが若干不満そうな顔で文句を口にし、アイカはそれを聞いた苦笑いを浮かべる。御者席のパーシュは「やれやれ」と言いたそうな顔で前を向いており、ユーキも困ったような顔で視線を動かして周囲を見ていた。
住民たちの視線を気にしながらユーキたちが街道の真ん中を移動する。殆どの住民たちが街道の端に移動し、ユーキたちから距離を取っていた。モンスターを珍しく思って近づこうとする子供たちもいるが、すぐ傍にいる親がそれを止め、子供たちはつまらなそうな表情を浮かべる。
「ヒポラングの存在は警備兵たちが町中に知らせてくれることになったけど、さっき町に入ったばかりだからね。まだ殆どの住民たちが何も知らない状態なんだろう」
パーシュが住民たちが驚いている理由を語り、ユーキたちはまだ情報が行き渡っていない理由を知って納得の反応を見せる。確かについさっき町に入ったばかりなので、情報が広がっていなくても不思議じゃなかった。
警備兵たちも町中が大騒ぎになることを望んではいないはずなので、急いでロイガントや町の住民たちにヒポラングが町の中にいることを伝えるだろう。だが、町は広いため、町全体に行き渡るにはかなり時間が掛かるだろうとユーキたちは考えていた。
「もしかすると、明日の朝になってもヒポラングのことは住民全員に伝わってないかもしれませんね」
「あり得るな。既に夕方になってるし、住民が眠りにつくまでに全員に知らせるのは無理だろうな。警備兵たちも住民が寝静まった頃に一軒一軒民家を訪ねて知らせるはずがねぇし」
「となると、明日の朝、出発する時も町は騒がしくなるでしょうね」
住民たちが騒いだり、驚いたりする姿を想像したユーキは頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべ、同じように想像したアイカも再び苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、ロイガント男爵に依頼完遂の報告をした時にヒポラングを休ませる場所も用意してもらおう。町の中で野放しにして、誤って住民たちを傷つけたりしたら事だからね」
「そうですね。私たちが寝泊まりする場所についても話しておかないといけま……あら?」
ロイガント男爵の屋敷に着いた時のことを話していたアイカは後ろを見て軽く目を見開く。アイカの反応を見たユーキとフレード不思議そうな顔をし、パーシュも途中で話を止めたアイカが気になってアイカの方を向いた。
「どうしたんだい、アイカ?」
「……ヒポラングがいません」
「はあぁ!?」
驚いたユーキが慌てて後ろを見ると、今まで荷馬車について来ていたはずのヒポラングの姿が消えており、ユーキは立ち上がって周囲を見回す。すると、後方20m程の場所でヒポラングが街道の隅に移動して何かをしている姿を見つけた。
ヒポラングを見つけたユーキは荷馬車から飛び降りてヒポラングの方へ走り出す。アイカとフレードは走るユーキを見つめており、パーシュはユーキが降りたことに気付いて荷馬車を停め、走るユーキを方を向いた。
「おい、何やってるんだよ!」
ユーキはヒポラングに近づくと何をやっているのか確認する。ヒポラングは街道の隅で籠を持つ中年女性に顔を近づけており、中年女性は怯えた様子で籠を抱きかかえていた。
中年女性が持つ籠の中には赤いリンゴのような果実が沢山入っており、それを見たユーキはヒポラングが果実の匂いを嗅ぎ取って中年女性に近づいたのだと知った。
ヒポラングはユーキが近づいてきたことに気付いていないのか、中年女性や籠の中の果実に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。中年女性はヒポラングに怯えており、周りにいる他の住民たちもヒポラングから距離を取った。
「やめろって、皆怯えているだろう」
ユーキは力の入った声を出しながらヒポラングの尻尾を掴んで引っ張る。尻尾を掴まれたようやくユーキの存在に気付いたヒポラングはユーキの方を向いた。
「これからロイガント男爵のところに行くんだ、道草食ってないで行くぞ!」
「ブオォ~」
ヒポラングはユーキの様子を見て彼が言いたいことが分かったのか、中年女性から離れて荷馬車の方に歩き出す。ヒポラングが歩き出すのを見たユーキは尻尾から手を放し、怯えている中年女性の方を向いた。
「すみません」
小さく苦笑いをしながら謝罪したユーキはヒポラングの後を追うように荷馬車に走っていく。残された中年女性はヒポラングが離れたことで緊張が解けたのかその場に座り込んだ。
ヒポラングが戻ると心配そうな顔をしていたアイカは軽く息を吐き、フレードは「手間を掛けさせるな」と言いたそうな顔でヒポラングを睨む。荷馬車に乗ったユーキは荷馬車の後ろに戻ってきたヒポラングを見て、やれやれと首を横に振った。
ユーキが荷馬車に乗り、ヒポラングが戻ったのを確認したパーシュは手綱を引いて馬を歩かせる。荷馬車が動くとヒポラングはその後をついて行き、ユーキたちはロイガントの屋敷を目指して再出発した。
荷馬車とヒポラングが離れていくと、中年女性や彼女の近くにいた住民たちは驚きの表情を浮かべたままヒポラングの後ろ姿を見ている。いつかはヒポラングが住民の誰かに襲い掛かるのでは、住民たちはそんな不安を感じていた。
それからユーキたちは人の多い街道を移動しながら目的地であるロイガントの屋敷へ向かう。その途中でまた何度かヒポラングが興味の湧いた物や住民に近づいて足を止め、ユーキたちもヒポラングを戻すために馬車を停める。そんなことを繰り返しながら移動し、暗く成りかかった頃にロイガントの屋敷に到着した。
「……こ、これは……」
屋敷の外に出てきたロイガントは玄関前で目を見開き、執事も呆然としながら固まる。二人の前にはユーキたちと通常よりも体の大きなヒポラングの姿があった。
ユーキたちが戻ってきたことから、ロイガントはユーキたちが盗賊たちを討伐してきたのだと考える。全員が混沌士とは言え、僅か四人で本当に盗賊たちを討伐してきたことにロイガントは内心驚いていた。しかし、混沌士であるのなら、もしかして勝つかもしれないと心の隅では期待しており、戻ってきた四人を見て感心していた。
だが、モンスターであるヒポラングを連れてきたことには流石に驚きを隠せず、ロイガントと執事は驚愕する。二人の周りには数人の使用人やメイドが数人おり、全員がヒポラングを見て固まっていた。
「そ、それはモンスターのヒポラングだな。どうしてこんな所にいるのかね?」
「盗賊と戦ってる時にたまたまコイツと現れちまってね。んで、うちのユーキに懐いて此処までついて来ちまったんだよ」
「懐いた? モンスターが?」
モンスターが人間に懐くには長い時間が掛かることをロイガントは知っているため、一日でヒポラングが人間に懐いたと言われても信じられない。しかし、目の前には座り込んで大人しくしているヒポラングがいるため、本当に短時間で懐いたのだと悟った。
驚くロイガントや執事たちを見てフレードは愉快に思ったのかニヤニヤと笑う。ユーキとアイカは驚くのも無理は無いと思いながらロイガントたちを見ていた。
「ご依頼どおり、ライトリ大森林にいた盗賊は片付けてきたよ。ついでに連中が旅人や町の住民から盗んだ金や物資なんかもね」
「そ、そうか……それで、盗賊は全員倒したのかね?」
「いいや、数人とっ捕まえた来たよ。あたしらに勝てないと思ったのか、移動中も暴れることなかった。それと、捕まえた連中の中にはリーダーのディベリもいる」
「何? 盗賊どものリーダーも捕らえたのか?」
「ああ、正門で警備兵に引き渡したから、気になるんなら確認してもらってもいい」
パーシュは笑いながら正門がある方角を親指で指し、ロイガントは意外そうな顔でパーシュが指差す方を見る。本当に盗賊のリーダーを捕らえたのか気になるロイガントは執事の方を向き、「誰かに確認に行かせろ」と目で合図を送った。
執事はロイガントの意思を感じ取ると近くにいた使用人に声を掛けて確認に向かわせる。ユーキたちは念のために確認するロイガントの姿を無言で見ていた。指示を済ませたロイガントはユーキたちの方を向くと軽く咳をしてから代表であるパーシュの方を見る。
「……改めて、盗賊を討伐してくれたことを感謝する。正直に言うと、最初はたった四人の学生だけでは盗賊を倒すことができないのではと思っていたのだ」
「まぁ、無理もないだろうね。あたしらは冒険者ギルドと比べると信頼度は低いから。でも、これでメルディエズ学園の生徒もベーゼ討伐以外でも信頼できるって分かっただろう?」
「フフ、確かに……」
誇らしく笑うパーシュを見てロイガントも小さく笑う。今までは冒険者ギルドと比べてメルディエズ学園は信頼できないと感じていたロイガントだったが、今後はメルディエズ学園にも依頼することも考えてみようと思っていた。
ロイガントがパーシュと話をしていると、屋敷の中から一人の使用人が現れた。その手には何かが入った革製の袋が握られており、ロイガントの隣にやって来た使用人は革袋をロイガントに手渡す。
革袋を受け取ったロイガントは中身を確認してから革袋をパーシュの前に差し出した。
「今回の依頼の報酬である金貨二十枚だ。枚数は合ってると思うが、念のために確認してくれ」
パーシュはロイガントが差し出す革袋を受け取ると口を開いて中身を確認する。中には大量の金貨が入っており、パーシュは一枚ずつ金貨の枚数を数えていく。
通常、盗賊討伐の報酬で金貨が二十枚も出ることは無い。盗賊の人数や強さなどで報酬の額は決まるが、多くても金貨十枚程度だ。だが、今回は冒険者ギルドが何度も失敗するほどの相手で、上級生を二人も派遣して討伐することになったため、報酬も通常より多めに出されることになっていた。
ロイガントも冒険者が何度も失敗した依頼をメルディエズ学園に任せたため、依頼が多くなることは覚悟していた。そのため、通常よりも多い報酬を出すことになっても文句は無かった。
「……確かに二十枚あるね」
金貨を数え終えたパーシュは革袋の口を閉じて制服のポケットにしまう。ロイガントも報酬が間違ってないことを知って「ならいい」と言いたそうに小さく頷く。
「ところで、君たちはこの後、どうするつもりかね?」
「もう暗くなっちまったからね。今夜はこの町で休んで明日の早朝にバウダリーに戻るつもりだよ」
「そうか、では私の屋敷で休んでくれ。部屋は多いので一人一部屋ずつ用意させよう。食事もこちらで用意する」
ロイガントの話を聞いてパーシュやユーキたちは笑みを浮かべる。依頼人であるロイガントが寝床と食事を用意してくれるのは知っていたが、男爵の屋敷で休めるとは思っていなかったようだ。
貴族の屋敷であれば、そこらの高級宿よりも寝心地の良いベッドや美味い食事が出るため、ユーキたちは得をした気分になっていた。
「……ただ、流石にモンスターであるヒポラングを屋敷に入れることはできないので、敷地内にある厩に入ってもら――」
「キャーーッ!」
突然若い女性の悲鳴が響き、ユーキたちや一斉に悲鳴の聞こえた方を向く。すると、少し離れた所でヒポラングが座り込んで野菜を食べている姿が視界に入り、ユーキたちは目を見開いて驚いた。
ヒポラングの近くではメイドが尻餅をついてヒポラングを見ており、その近くには野菜が入っている籠が転がっている。
現状からヒポラングはユーキたちがロイガントと話をしている間に野菜を運んでいるメイドを見つけ、野菜を食べようとメイドに近づいたのだろう。
メイドは近づいてきたヒポラングに驚いて悲鳴を上げ、尻餅をつくのと同時に持っていた籠をひっくり返し、ヒポラングは散らばった野菜を拾って食べたようだ。
「……アイツゥ、また勝手なことを!」
何か起きたのか理解したユーキはヒポラングに駆け寄り、座っているヒポラングの尻尾を柄んだ。
「コラ、何やってんだ! これは屋敷の人たちの食料だろう!」
尻尾を引っ張ってヒポラングを止めようとする。ヒポラングはユーキに気付いて彼の方を見るが野菜を拾い食いするのは止めなかった。
ユーキは野菜を食べ続けるヒポラングを何とか止めようと声を上げたり、尻尾を引っ張ったりする。そんな光景をアイカはキョトンとしながら、パーシュとフレードは呆れたような顔をしながら見ており、ロイガントと執事は目を見開いたまま固まっていた。
「あ~、悪いね?」
パーシュは視線をロイガントに向けると苦笑いをしながら謝罪する。ロイガントは驚きながらヒポラングをを見ていたが、しばらくすると目を閉じて溜め息を付いた。
「……これは誰かにヒポラングを見張らせる必要があるな。放っておいたら厩の中に入れても抜け出してまた同じようなことを仕出かす可能性がある」
「……だよね」
ロイガントの言葉を否定せず、パーシュはヒポラングと尻尾を引っ張るユーキを見ながら呟く。アイカも気の毒そうな顔をしながらパーシュとロイガントの会話を聞いており、フレードは腕を組みながらユーキとヒポラングを見ていた。
「……んで、誰にアイツの見張りをさせるんだよ?」
フレードがパーシュとロイガントの方を見て尋ねると、パーシュはフレードの方を見た後に視線をヒポラングに向ける。ヒポラングは食材を食べるのを止めており、ユーキもヒポラングの尻尾を放して注意していた。
ユーキとヒポラングのやり取りを見ていたパーシュは一つの答えに行きつき、アイカも誰が見張りに適任なのか理解したらしく、若干気の毒そうな表情を浮かべた。そこへユーキがヒポラングを連れて戻ってくる。ユーキはパーシュたちの前にやって来ると申し訳なさそうにロイガントを見上げた。
「すみません、貴重な食材を台無しにしてしまって……」
「いや、あれぐらいならどうってことはない。ただ、また同じような被害が出るのだけは避けたいと思っている」
「そこでだ、ユーキ。アンタにはソイツと一緒に厩で一夜を過ごしてもらうよ」
「え?」
パーシュの口から出た言葉にユーキは思わず耳を疑う。
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、俺は今晩、厩で寝ろってことですか?」
「そう言うことになるね」
「そんなぁ! 盗賊討伐で疲れてるからベッドで眠りたかったのに……」
「仕方ないだろう? 見張りも付けずに放っておいて厩を抜け出してまた食べ物を荒らしちまうかもしれないんだから」
「見張りなら、俺じゃなくても別の人にやってもらえば……」
「ソイツはアンタにだけ懐いてるんだ。この屋敷の使用人とかが見張りをしても言うことを聞くとは思えない。それにもし、ヒポラングが何らかの理由で暴れた場合、使用人ではどうすることもできないだろう? 暴れた時に止められるよう、戦いに慣れた奴が見張りをするべきなんだよ」
ユーキの後ろで大人しくしているヒポラングを見ながらパーシュはユーキが適任だと語る。ユーキは複雑そうな顔をしながら振り返り、座り込んで自分を見ているヒポラングを見つめた。
アイカとフレードもこれまでに情報からヒポラングの見張りはユーキしかできないと考えており、パーシュを説得したりせずに黙ってユーキとパーシュの会話を聞いている。勿論、ロイガントと執事もヒポラングが懐いているユーキにやらせるべきだと思っていた。
「……夕食はどうすればいいんです?」
「夕食は屋敷の中で食べてくれて構わない。君はヒポラングが深夜に問題を起こさないように見張ってくれればいいのだ」
ロイガントから普通に食事をすることができると聞かされたユーキは少しだけ安心する。だが、食事が普通でも睡眠はベッドではなく厩の中なので、気分良く食事をすることができないだろうと感じていた。
「……分かりました。俺がヒポラングを見張ります」
逃れることはできないと感じたユーキは首を下に落としながら見張りを引き受ける。ユーキの答えを聞いたパーシュは問題は解決したと小さく笑みを浮かべ、ロイガントも安心した様子で小さく息を吐いた。
アイカは大変な仕事を任されたユーキを苦笑いを浮かべながら見ており、フレードはニッと笑いながら「頑張れよ」とユーキを見つめる。
それからユーキたちはロイガントから夕食の時間などを聞かされ、話が全て終わると夕食まで自由に過ごすために解散する。ユーキはヒポラングを連れて街を探検するが、厩で一夜を過ごさなければならないということからユーキは探検を楽しむことができなかった。
――――――
日が沈み、空に月と星が浮かぶと住民たちは寝静まり、モルキンの町は静寂に包まれる。賑やかだった街道には誰もおらず、町を巡回する警備兵の姿だけがあった。
ロイガントの屋敷でもロイガントや使用人たちは眠りにつき、アイカたちも部屋を借りて眠りについている。そして、ロイガントの屋敷から少し離れた所にある横長の厩ではユーキとヒポラングが休んでいた。
厩の中は壁で幾つもの馬房に分けられており、ユーキとヒポラングは一番右端の大きな馬房に入っている。ユーキとヒポラング以外に厩にはロイガントが所有している馬が数頭いるが、馬たちはヒポラングに怯えており、ヒポラングがいる右端には寄らないように馬房の左側に寄っていた。
「……馬たちも怯えて距離を取るとはな」
仰向けになっているヒポラングの脇腹にもたれるユーキは馬たちがヒポラングから離れていることに気付いて呟く。ヒポラングはもたれかかるユーキの重さを感じていないのか、口を大きく開けながら眠っていた。
夕食の時、ユーキたちはロイガントと共に出された料理を食した。アイカたちが料理を堪能する中、ユーキだけは複雑そうな顔をしながら料理を食べる。自分だけベッドで眠ることができないことを考えると、どうしても料理を楽しむことができなかったのだ。
食事を済ませ、就寝時間になるとアイカたちは用意された部屋に移動し、ユーキは毛布と愛刀を持って厩へ移動し現在に至る。
「まったくもう、何が悲しくてモンスターと一緒に一夜を過ごさなきゃいけないんだよ。転生して今日まで順調に過ごせてたのに、初めてついてないって思えた気がするぜ」
「仕方ないわよ。生きていればついてないことだって起きるわ」
何処から聞こえてくる若い女の声にユーキは反応して周囲を見回す。しかし、何処にも声の主と思える存在はおらず、ユーキは目を見開きながら声の主を捜す。すると、鐘が鳴るような高い音が響くのと同時に周囲が白黒状態となり、同時にヒポラングや馬など、周囲の動きが止まる。
周囲の変化にユーキは驚いて思わず立ち上がる。不思議なことに周囲は白黒になっているのにユーキだけは色が消えずに普通の状態だった。
「な、何だこれは? どうなってるんだ?」
「私が時を止めたのよ」
再び女の声が聞こえ、ユーキは咄嗟に左を向く。そこには自分を転生させて異世界に導いた張本人、天命の女神フェスティの姿があった。
フェスティは出会った時と同じ格好で馬房の外に立っており、微笑みを浮かべながらユーキを見ている。ユーキはフェスティと再び会えると思っていなかったのか目を大きく見開いてフェスティを見つめた。
「フェスティさん!?」
「お久しぶりね、勇樹君。あっ、今はユーキ君って名乗ってるんだったわね」
笑いながら挨拶をするフェスティをユーキは目を丸くする。女神が異世界にいるのでユーキは驚きを隠せずにいた。
「どうして此処にいるんですか?」
「貴方がどうなったのか気になって様子を見に来たのよ。通常、神様は管理する世界の住人に力を与えたり、命を奪ったりするといった直接的な干渉をすることは禁じられているけど、会話をするくらいの干渉は許されているの」
「それで俺の前に現れたってことですか」
「そう言うこと♪」
フェスティは左目でウインクをし、ユーキはフェスティの態度を見て出会った時と変わってないなと思いながら笑みを浮かべた。
ユーキにとって異世界には自分の出生や過去を知る者は一人もおらず、誰かと会話をしても心の底から安らぎを感じることは無かった。だが、目の前にいる女神は唯一自分のことをよく知る存在であるため、ユーキはフェスティと再会したことで久しぶりに安らぎというものを感じていたのだ。
「どう? 異世界での生活には慣れた?」
フェスティは微笑みユーキを見た後、厩を軽く見回しながら改めて調子はどうなのか尋ねる。ユーキは軽く息を吐きながらその場に腰を下ろした。
「ええ。仲間と呼べる存在もできましたし、今のところは何の問題も無く暮らせていますよ」
「仲間……あのアイカちゃんって女の子?」
からかうような笑みを浮かべながらフェスティが尋ねると、ユーキはフッと顔を上げてフェスティを見上げる。そんなユーキを見てフェスティはクスクスと笑い出す。
「『どうして知ってるの』って言いたそうな顔ね? 当然よ、私は女神なんだもの。貴方の身近で起きたことは全て把握してるわ。勿論、貴方がアイカちゃんに転生者であることを話したのも知ってるわ」
「……マズかったですか?」
「いいえ、貴方の人生だもの。貴方が打ち明けても大丈夫と思った存在なら隠さずに話してもいいわ。それに、例え話して問題が起きたとしても私に関係無いことだし、どうすることもできないから」
「ハハハ、確かに……」
笑顔で厳しい言い方をするフェスティを見えユーキは思わず苦笑いを浮かべる。フェスティは少しいい加減なところがあるが、女神としての立場はちゃんとわきまえているのだとユーキは理解した。
フェスティは苦笑いを浮かべるユーキを見ながら笑顔を返す。そんな中、フェスティの目に仰向けで寝ているヒポラングが入り、フェスティは興味のありそうな顔でヒポラングを見る。
「近くで見ると意外と大きいのね? これだけ大きいと力もかなり強いんじゃないのかしら?」
「……らしいですよ。体が大きい分、食欲も普通のヒポラングよりも旺盛で、動くたびに何かしらの問題が起きるんです。おかげで俺はコイツの見張りをする羽目になりましたよ」
ユーキは困り顔で腕を組み、時が止まったヒポラングを見つめる。フェスティはユーキを見ながら楽しそうに微笑んだ。
「いいじゃない? こんな可愛いモンスターに懐かれたんだから」
「可愛い? コイツが?」
「ええ、ちょっと不細工だけど可愛らしさが感じられる存在、ブサかわいいって言うのかしら?」
「ブサかわいい……」
ピンと来ないユーキは目を細くしながらヒポラングの顔を見る。ヒポラングの何処に可愛らしさがあるのか、ユーキには理解できなかった。
「……そう言えば、コイツ、どういう訳か出会ったばかりの俺に懐いてるんですけど、どうしてなんですか?」
ユーキはずっと疑問に思っていたことをフェスティに尋ねる。いくらエサを与えたとはいえ、一日でモンスターが人間に懐くなどこの世界ではあり得ないことなのでユーキは不思議で仕方がなかった。
尋ねてくるユーキを見たフェスティは不思議そうな顔でヒポラングを見つめる。しばらく見つめると、フェスティはもう一度笑みを浮かべてユーキの方を向いた。
「それはきっとユーキ君が優しいからよ」
「真面目に答えてください」
「あら、私は真面目よ? きっとその子は貴方の優しさを理解したからついて行こうと考えたのよ。動物やモンスターって言うのはそういうことには結構鋭いのよ?」
「そんなモンですかねぇ……」
ヒポラングを見つめながらユーキは小首を傾げ、フェスティはユーキを見ながら彼に前に移動し、顔をユーキに近づけた。
「ユーキ君、この子はきっと貴方の心強い味方になってくれるはずよ」
「コイツが?」
「ええ、私の勘がそう言ってる」
「勘、ですか……」
女神とは思えない発言にユーキは目を細くする。出会った時も思ったが、フェスティはたまに女神らしくない一面を見せるな、とユーキは感じていた。
「……さて、ユーキ君とお話もできたし、私はそろそろ戻るわね」
「もう行くんですか?」
「ええ、あまり長いことこっちの世界にいるわけにもいかないから」
フェスティは一歩後ろに下がってユーキから距離を取り、ユーキは帰ろうとするフェスティを見ながらゆっくりと立ち上がる。久しぶりにあった女神がもう帰ってしまうため、ユーキは少しだけ寂しさを感じていた。
「それじゃあ、これからもこっちで頑張って生きてね」
「ハ、ハイ」
「じゃ~ねぇ♪」
笑顔で手を振りながら別れの挨拶をするフェスティを見てユーキは軽く頭を下げる。その直後、一瞬にしてフェスティは消え、先程まで白黒状態だった周囲も元に戻った。同時に時が止まっていたヒポラングと馬も動き出す。
残されたユーキは周囲を見回し、元に戻ったのを確認すると座り込んで軽く息を吐いた。
「……フゥ、初めて会った時と同じでチャランポランと言うか、女神らしくない人だなぁ」
「ユーキ?」
厩の中にフェスティとは違う女の声が聞こえ、驚いたユーキは顔を上げて馬房の外を見る。そこには愛剣を佩し、毛布を持ったアイカが立っていた。髪型はリボンを解いているため、ツインテールではなく普通の長髪になっている。
「ア、アイカ」
「どうしたの? 一人でブツブツ何か言ってたけど……」
「い、いや、何でもない。……それより、君こそどうしてこんな所にいるんだ?」
ロイガントの屋敷で寝ているはずのアイカがどうして厩に来ているのか分からず、ユーキは座ったままアイカに尋ねる。するとアイカはユーキとヒポラングの厩に入り、ユーキの前に座り込んだ。
「……私も、貴方と一緒に此処で寝ようかなって……」
「……はあ? な、何で?」
アイカの口から出た思わぬ言葉にユーキは驚く。若い美少女が一緒に寝ると言ってきたため、ユーキは僅かに頬を赤くしながらアイカを見ていた。
ユーキの反応を見たアイカは何か誤解していると感じ、照れるかのように薄っすらと頬を赤く染めてそっぽ向く。
「勘違いしないでよ? ヒポラングが貴方にだけ懐いてるとは言え、貴方一人だけがベッドで眠れないって言うのは流石に気の毒だと思って……だからせめて私も一緒に貴方と此処で一晩過ごそうかなって……」
「あ、ああぁ、成る程な」
自分を気遣って一緒に寝てくれるというアイカの言葉にユーキは納得する。だが同時に別の何かを期待していたのか、少しだけ残念な気分になっていた。
ユーキが俯きながら頬を指で掻いていると、アイカは佩してあるプラジュとスピキュを壁に立てかけてある月下と月影の隣に立てかけ、毛布で自分の体を覆い、少し離れた所で横になった。
「分かってると思うけど、一緒に寝るだけよ? 変なことをしたら許さないから」
「わ、分かってるよ」
横になるアイカを見ながらユーキはヒポラングにもたれかり目を閉じる。一人でヒポラングの見張りをしながら厩で寝ることになっていたユーキにとって、気遣いとは言え一緒に寝てくれるアイカの優しさは嬉しかった。
アイカに優しさに感謝しながらユーキは目を閉じて眠りにつこうとする。すると、突然厩の外から金属を叩くような高い音が響いた。
「な、何だ?」
金属音を聞いたユーキは目を開け、横になっていたアイカも目を見開きながら飛び起きた。




