第十一話 初の討伐依頼
静かな真昼、メルディエズ学園では大勢の生徒が授業を受け、実戦の訓練をしている。中には学生寮でのんびり過ごしたり、中央館でお茶を飲んでいる生徒もおり、学園内は戦士を育てる場所とは思えないくらいのどかだった。
メルディエズ学園の校舎の中にある図書室では生徒たちが自習や授業で学んだことを調べるために本を開いている。その中に一冊の分厚い本を座って読んでいるユーキの姿があった。
「……結構細かく書かれてるんだな」
本に書かれてある内容が分かりやすいことを意外に思いながら、ユーキは次のページをめくって黙読を続ける。
入学式の日から一ヶ月以上が経ち、ユーキもメルディエズ学園の生活にすっかり慣れていた。既に混沌士である新入生が受ける一ヶ月間の教育と訓練も全て済ませており、数日前から任務を受け、メルディエズ学園の生徒として活動している。
しかし、依頼を受けられるようになってからまだ数日しか経っていないため、一日で終わらせられるような簡単な依頼しか受けていない。ロギュンから言われていたモンスター討伐などの依頼はまだ入って来ておらず、指名もないため、ユーキは今のところ普通の生徒と似たような立場だった。
現在は受ける依頼も無く、授業や訓練も無いため、図書室でモンスターや薬草、異世界の常識などを調べている。異世界に来て一ヶ月以上経過しているが、ユーキはまだ異世界の全てを把握しているわけではない。生活や今後受ける依頼で支障が出ないようにするため、細目に情報や常識的知識を調べていた。
「……俺たち下級生が相手にするモンスターはゴブリンやコボルトと言った下級のモンスターで、そういったモンスターと戦いながら経験を積んでいき、やがてオークとか体が大きく、力のあるモンスターと戦えるようになるわけだ」
ユーキは本に書いてあることを確認するように呟く。時には重要そうな文章を指でなぞりながら黙読し、頭の中に入れていった。
現在、ユーキが読んでいるのは下級モンスターの情報が記された物の一つで、モンスターの情報やメルディエズ学園の生徒がモンスターと戦う際にどのような手段を取った方がいいのかなどが書かれてあった。
これまでユーキは何度も図書室を訪れ、色々な本を読んでそこに記されていることの殆どを覚えた。普通は何冊も本を読み、大量の情報を覚えるのは難しいことだ。しかし、ユーキは混沌術の強化を使って自身の記憶力を強化し、これまでに読んで本の内容は覚えてしまった。
今開いている本も強化を発動し、記憶力を強化した状態で読んでいるため、内容はしっかりと覚えている。だが、いくら混沌術が優れた能力でも、長時間使い続ければ当然混沌士もかなりの体力を消費してしまう。
体力を使いすぎれば、何時かは疲労で動けなくなってしまうので、乱用することはできない。ユーキも使いすぎないよう気を付けてながら使うことにしていた。
本を一通り読んだユーキは椅子にもたれて軽く息を吐き、発動していた混沌術を解除する。長いこと同じ体勢で座り、混沌術を発動しながら本を読んでいたからか、少し疲れたような顔をしていた。
「さてと、今日はこれぐらいにするかな。あんまり本ばっかり読んでいると頭がパンクしちまう」
ユーキは苦笑いを浮かべながら目の前の本を閉じ、立ち上がって本を元あった場所に戻しに行く。
本が置いてあった本棚にやって来るとそれを下から二段目の棚に入れる。背の低いユーキでは高い棚の本を取るのは難しく、自分の手が届く場所の本しか読めなかった。
だが、ユーキが読みたい本は全てが手の届く棚に置いてあるため、これまで何の問題も無く本を取ることができたのだ。
本を仕舞い終わるとユーキは真っすぐ図書室の出入口に向かって外に出た。廊下に出ると、ユーキは肩の筋肉をほぐすために両方の肩を軽く回す。
「確か今日はもう授業や訓練は無かったな。……じゃあ、何か依頼が入ってないか受付に行ってみるかな」
現在、メルディエズ学園にどんな依頼が入っているのか気になるユーキは受付に向かう。図書室は校舎の二階にあるため、ユーキは一階に下りるために近くの階段へ移動した。
一階の入口前の依頼の受付ロビーでは生徒たちが掲示板に貼られている羊皮紙を見たり、どの依頼を受けるか友人同士で話し合っている姿があった。中には愛用の武器を持ち、いつでも依頼人の下へ行けるよう準備を整えている者もいる。
「今日も大勢の生徒がいるな。やっぱり、討伐依頼が増えているのが原因か……」
受付ロビーに集まる生徒たちを見たユーキは人数が多い理由を予想しながら腕を組んだ。
入学式の時にユーキはカムネスとロギュンから大陸のあちこちでモンスターが凶暴化し、ベーゼが出現する穴が開いていると聞かされ、各国が自国の冒険者ギルドやメルディエズ学園にモンスターの討伐とベーゼの穴の封印する依頼していると知らされた。
そのため、メルディエズ学園に多くの討伐依頼が入り、大勢の生徒が学園の外に出て行くことが多くなったのだ。現にカムネスから話を聞かされた日から今日まで、学園に多くの討伐依頼が入り、下級生を始め、大勢の生徒が討伐依頼を受けていた。
討伐依頼の数は今までと比べて倍近くに増えており、学園側も討伐依頼の内容確認や誰を向かわせるかなどを決めるために忙しい日々を送っている。
「今日は昨日と比べてモンスター討伐の依頼は少ないみたいだな。他にどんな依頼が入っているんだ?」
掲示板に出ている依頼の内容が気になるユーキはもっと詳しく見るために掲示板の方へ歩き出す。もし、自分が受けられる依頼があるのだったら受けてみようとユーキは思っていた。
ユーキは掲示板の前までやって来ると貼り出されている羊皮紙を確認しようとする。しかし、他の生徒の数が多く、皆ユーキより背が高いため、羊皮紙がよく見えない。ユーキは前にいる背の高い生徒たちの隙間から覗き込んだり、背伸びをしたりして羊皮紙を見ようとするがまったく見えなかった。
「……クソォ、ちっとも前が見えない。やっぱり、背が低いと苦労することが多いな」
図書室で高い棚の本が取れないように、背が低いと前にいる人の奥を見ることもできない。ユーキは改めて児童の体は不便が多いと感じた。
「あのぉ! そこの小さい君!」
ユーキが背伸びをして掲示板を見ようとしていると、背後から若い女性の声が聞こえてきた。女性の言葉から、間違い無く自分に声を掛けていると知ったユーキは僅かに不満そうな表情を浮かべながら振り返る。そして、受付で茶色い長髪と赤い目をした十代後半ぐらいの受付嬢が自分に向かって手を振っているのを確認した。
受付嬢はユーキが自分の方を見ていることを確認すると笑顔を浮かべ、受付嬢の反応を見たユーキは彼女の方へ歩いて行く。受付の前まで来るとユーキは不満そうな顔のまま受付嬢を見た。
「俺に何か用ですか?」
「貴方、ユーキ・ルナパレス君よね? 優れた剣術を持ち、十歳でこの学園に特別入学した」
「ええ、そうですけど」
「やっぱり! 実は貴方に受けてほしい依頼があって来るのを待っていたの」
「俺に受けてほしい依頼?」
指名があることを聞かされたユーキは不満そうな表情を消して意外そうな顔をする。受付嬢は小さく頷くと一枚の羊皮紙を取り出してユーキに見せ、羊皮紙を受け取ったユーキは書かれてある依頼を確認した。
内容はゴブリンの討伐で、メルディエズ学園の南西にあるカメジンと言う小さな村からの依頼だった。三日ほど前から村の近くにゴブリンの群れが出没し、村の食料を何度も奪われるようになったと羊皮紙には書いてある。それを何とかしてもらいたく、メルディエズ学園に討伐依頼を出したようだ。
羊皮紙に書かれたあることを黙読したユーキは顔を上げ、受付嬢の方を向く。
「ゴブリン討伐が俺に受けてほしい依頼ですか?」
「ええ、正確に言うと別の下級生が引き受けた依頼なの。その依頼には引き受けた生徒以外にあと三人、合計四人の生徒を派遣することになっているの」
「俺以外にあと三人?」
「一人は下級生たちに指示を出す中級生で、残りの三人が引き受けた下級生とあと二人よ」
生徒たちの構成を聞かされたユーキはもう一度羊皮紙を確認する。確かに羊皮紙に端に派遣する生徒の人数と報酬の金額が書いてあった。
「……中級生が下級生に付き添うのは分かりますけど、下級生が三人も行かなくちゃいけないくらい難しいんですか?」
「まあね、羊皮紙にも書いてあるのだけど、最初はカメジン村の人たちも自分たちの力でゴブリンたちを追い払おうとしたそうよ。でも、村人の殆どがまともな戦い方も知らないため、ゴブリンと戦っても返り討ちになってしまい、食料を護ることができなかったそうなの。中にはゴブリンに怯えて戦うことすらできない村人もいるため、被害が大きくなる一方みたい」
「成る程……」
「しかも、ゴブリンの中に他のゴブリンよりも体の大きく力が強いゴブリンがいて、村人たちではその大きなゴブリンを倒せないみたいよ」
「体の大きなゴブリン……もしかして、ホブゴブリンってやつですか?」
「多分ね。そこに書いてあること以外に情報が無いから詳しくは分からないの」
受付嬢が複雑そうな顔で答え、ユーキは受付嬢の話を聞いて難しそうな顔をする。
ゴブリンは力が弱く、頭もそれほど良くないため、下級モンスターの中では脅威にはならない存在だ。だが、ホブゴブリンは通常のゴブリンよりも力が強く体も大きいため、ゴブリンでも面倒な存在の一体と言われている。
ユーキはホブゴブリンおり、ゴブリンの数が多いことから四人の生徒を派遣するということに納得する。そして、その派遣される生徒の中に自分が指名されたと知り、羊皮紙を見ながらしばらく黙り込む。
「……ゴブリン討伐の依頼を他の生徒が受け、参加する生徒の人数が足りないから俺に受けてほしい、という訳ですね」
「そのとおりよ」
「つまり、俺は足りない数を埋めるために指名されたと……?」
低い声を出しながらユーキは目を細くし、不満そうな顔で受付嬢を見る。受付嬢はユーキが機嫌を悪くしたのを感じ取り、引きつったような笑顔を浮かべた。
「た、確かに人数合わせというのもあるけど、貴方が現在の下級生の中でも優れた実力を持っているから引き受けてもらいたいっていう希望があったから貴方を呼んだのよ」
「希望? 誰かが俺を推薦したんですか?」
「ええ、依頼で指揮を執る中級生よ。名前は確か……アイカ・サンロードさんだったかしら?」
「えっ、アイカ?」
自分を指名したのがアイカだと知ったユーキは目を軽く見開く。アイカが自分を討伐依頼のメンバーに推薦するとは思っていなかったのでユーキは普通に驚いていた。
「本当にアイカが俺を指名したんですか?」
「え、ええ、貴方は既に入学直後に受ける教育や訓練を終えて依頼を受けられるし、貴方が参加すれば依頼を完遂する確率が高くなるからってサンロードさんが言ってたわ。もし君を見かけたらこの依頼を受けてくれるよう頼んでほしいって言われたの……」
アイカはユーキに実戦経験があること、他の下級生と比べて優れた剣の腕を持っていることを知っている。だから一ヶ月の教育を終えたばかりなのに討伐依頼に参加することを要請してきたのだ。ユーキ自身もアイカが自分の実力を理解した上で要請してきたのだとすぐに分かった。
受付嬢の話を聞いたユーキは小さく俯きながら腕を組む。依頼を受けられるようになってまだそれほど経っていないので、討伐依頼に参加しても大丈夫なのかとユーキは若干不安を感じていた。
だが、アイカには入学式の時や校舎を案内してもらい、入学してから今日まで色々なことを教えてもらった。その恩を返すため、そして討伐依頼の経験を積むためにも依頼を受けた方がいいのではと考えた。
「ユーキ君、ゴブリン討伐の依頼、受ける? 勿論、貴方には拒否権があるから、受けたくなければ断ってもいいわよ?」
「……いいえ、受けます。俺としても早いうちに討伐依頼を経験しておきたいですから」
顔を上げたユーキは依頼を受けることを伝え、受付嬢は迷わずに受けることを選んだユーキを見て意外そうな顔をするが、ユーキは依頼を引き受けると思っていたのかすぐに笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、こっちの紙に名前を書いて。今回のように数人の生徒が一つの依頼を受ける場合、参加する生徒は名前を記入しなくちゃいけないの」
受付嬢は一枚の羊皮紙を取り出してユーキに差し出す。ユーキは羊皮紙を受け取るとそこに書かれている内容を確認した。
羊皮紙には依頼を受ける際の注意事項の他、命に関わる依頼を受けた際、生死は自己責任であるということなどが書かれてあった。そして、そこにはアイカ以外に二人の生徒の名前がフルネームが書かれてあり、ユーキは受付に置いてある羽ペンを手に取って羊皮紙に自分のフルネームを書いた。
名前を記入すると羊皮紙を受付嬢に返し、受付嬢は羊皮紙を受け取るとユーキの名前を確認する。
「……ハイ、これでユーキ君もゴブリン討伐依頼に正式に参加することが決まったわ」
「そうですか。それで、俺はこの後どうすればいいんですか?」
「武器など依頼で使う道具を用意し、今から一時間後に正門前に移動してください。そこで依頼に参加する生徒が集合することになっています」
「分かりました」
「それじゃあ、私は君が依頼を引き受けたことをサンロードさんに伝えてくるから、時間までに準備を済ませておいてね?」
「りょーかいです」
ユーキは返事をすると依頼の準備をするために学生寮へ向かい、受付嬢は去って行くユーキの後ろ姿を見送りながら小さく笑った。
――――――
準備を終えたユーキはメルディエズ学園の正門へと向かう。腰の左側には愛刀の月下と月影を差してあり、左後ろには学園が制服と一緒に生徒に提供した小さな革製ポーチが付いている。
ポーチには学園側が用意した回復用魔法薬であるポーションや少量の携帯食料が入っており、討伐依頼を受ける生徒は必ず受け取ることができる。支給品以外にもポーチには地図や生徒たちが個人で用意した道具など、依頼で役に立ちそうな物を入れることができるため、用意した道具次第で依頼の成功率が大きく左右されるのだ。
ユーキは中庭を通って正門の方へ歩いて行くと、正門の前に三つの人影があるのが見えた。集合時間までまだ時間があるのに既に集まっている生徒たちにユーキは驚き、三つの人影を確認する。
三つの人影の内、一つはアイカで両腰に剣を一本ずつ佩しており腰の左後ろにユーキが付けている革製ポーチと同じ物を付けていた。残りの二つはユーキ以外の下級生らしく、アイカと向かい合うように立っている。
一人は男子生徒で身長160cm弱くらいで濃い茶色の短髪に黄色い目をした十五歳ぐらいの顔をしており、腰の左側にレイピアのような細剣を佩している。もう一人は十四歳ぐらいの女子生徒で身長は155cmほど、髪は紫色の三つ編みで同じ色の目をしており、右手には身長と同じくらいの長さの木製の杖が握られている。どうやら女子生徒は魔導士のようだ。
男子生徒と女子生徒も腰の左後ろに支給品などが入ったポーチを付けている。自分と共に依頼を受ける仲間の姿を見たユーキは合流するために少しだけ歩く速度を上げた。
「アイカ!」
ユーキは待っているアイカに声を掛け、声を聞いたアイカはユーキの方を向いて小さく笑う。他の二人もユーキの声を聞いて同時にユーキの方を見た。
「悪い、待たせちまって」
「大丈夫よ。私たちは早く準備を終わらせただけだから」
「そっか」
待っていたことを不快に思っていないアイカを見てユーキは少しホッとする。チラッと下級生たちの方を見ると、女子生徒は小さく笑いながら頭を下げて挨拶をした。一方で男子生徒は前を向き、不満そうな目で視線だけを動かしてユーキを見ている。
ユーキはアイカたちと合流すると女子生徒の隣に移動する。ユーキと下級生たちは横一列に並んでアイカの方を向き、ユーキたちが整列するとアイカは真剣な表情を浮かべてユーキたちを見つめた。
「これで全員揃いましたね。これから私たちはカメジン村へ向かい、村を襲撃するゴブリンたちの討伐に向かいます」
いよいよゴブリンの討伐に向かうため、ユーキは目を鋭くし、女子生徒は緊張したような顔をする。男子生徒は緊張していないのか、ただ黙ってアイカを見ていた。
「集まった人たちは全員初対面ですので、全員自己紹介をしておきましょう。私はアイカ・サンロード、今回の依頼で皆さんの指揮を執らせていただく中級生です。皆さんの中は討伐依頼を初めて受ける人もいるみたいですので、私の指示に従い、無茶な行動はしないようにしてください」
アイカは自己紹介を終えるとユーキの方を向いて自己紹介をするよう目で指示を出す。アイカの目を見たユーキは自己紹介をしろという意思を感じ取って小さく頷く。
「俺はユーキ・ルナパレス、入学したばかりでまだ分かんないことが多いけど、よろしく」
ユーキが簡単な自己紹介をすると隣にいた女子生徒はユーキを見て微笑みを浮かべる。まるでちゃんと自己紹介ができた子供を褒めるような顔だった。ユーキは女子生徒の顔を見ると、子供扱いされたような気がして目を細くする。
「では、次の人、お願いします」
「ハ、ハイ! 私はアーロリア、アーロリア・ぺステンデルと言います。接近戦はダメですけど、魔法には自信があるので、何かあったら魔法で援護します」
アーロリアと名乗る女子生徒は少し照れくさそうな顔で挨拶をし、そんな彼女を見たアイカは微笑みを浮かべ、ユーキもニッと笑う。二人ともアーロリアの様子を見ていい子だと感じていた。
「それでは、貴方も自己紹介をお願いします」
アイカは男子生徒の方を向いて自己紹介を頼む。男子生徒はアイカやユーキ、アーロリアの顔を見てから少し面倒くさそうな顔をしながら自分の後頭部を掻く。
「俺はバドバン・ドッジデスだ。……なぁ、サンロードさん、聞きたいことがあるんスけど、いいスか?」
「……何でしょうか?」
バドバンと名乗る男子生徒を見ながらアイカは尋ねる。アイカはバドバンの態度と口調からあまり良い性格はしていないと感じていた。ユーキは興味の無さそうな顔で、アーロリアは少し驚いたような顔でバドバンを見ている。
「俺らはこれから討伐依頼を受けに行くんスよね? なのに何でちっこいガキが一緒に依頼を受けてるんスか? 俺が受けた依頼でガキが同行とか、あり得ないんスけど」
ユーキに視線を向けながらバドバンは納得できないような口調でアイカに尋ねた。どうやらバドバンは児童であるユーキが討伐依頼に加わっていることが気に入らないらしい。そして、今回のゴブリンの討伐依頼を受けたのはバドバンのようだ。
バドバンの言葉を聞いたユーキはさっき自分を見ていた時のバドバンの目つきが悪かった理由を知る。ユーキは児童である自分が討伐依頼に参加することに納得できない生徒がいるかもしれないと予想していた。そして、予想どおりの展開となったため、ユーキは溜め息を付きながら肩をすくめる。
「……彼は幼いですが優れた剣の腕と私たちと同等の知識を持っています。ですから私が彼を討伐依頼を受ける生徒の一人として推薦したのです」
「はあぁ? 本気スか? こんな明らかに大人の世界の厳しさを知らないガキが俺らと同じくらい賢いって、コイツのこと買い被り過ぎてると思いますよ?」
真剣な表情でユーキの実力を語るアイカをバドバンは小馬鹿にするように笑う。アイカはユーキの実力を分かっていないバドバンを睨み付ける。アーロリアは空気の変化を感じ取り、少しずつ焦りを見せ始めた。
「どうやって入学試験に合格したかは知らないスけど、ガキが戦場に出たところで犬死するだけっスよ。俺は何度も討伐依頼に参加したことがあるから分かります。ガキは寮の中でお人形遊びでもしてる方がお似合いっスよ」
「……ッ! 貴方、いい加減に――」
「いいよ、アイカ」
アイカがバドバンを注意しようとするとユーキが止めに入り、アイカは視線を動かしてユーキの方を向いた。
「俺がガキであることは事実だし、俺が戦う姿を見てないんじゃ信じられないのも当然さ」
「ユーキ、だけど……」
「俺が本当に優れた剣の腕を持っていて、アイカたちと同じくらい頭がいいかは依頼中に証明すればいいだけことだ。その時に俺の実力を見せれば、そっちも納得するだろうしね」
ユーキは視線だけを動かしてバドバンを見つめ、ユーキと目が合ったバドバンは目を少しだけ鋭くしてユーキを睨む。自分の毒舌を気にもせず、余裕の態度を取るユーキの反応が気に入らないようだ。
アイカは冷静な態度を取るユーキを見て、ユーキが自分からバドバンに喧嘩を売ったりしないと考え、これ以上バドバンを注意しなくても大丈夫だと感じる。同時に依頼中、指揮を執る立場である自分が小さなことで感情的になっていたことを見っともなく思った。
「……オホン。では、改めて依頼内容とこの後の予定を確認します」
気持ちを切り替え、アイカは話を討伐依頼の話を始める。ユーキとアーロリアはアイカの方を向いて依頼の話を聞くことに集中し、バドバンも面倒くさそうな顔をしながら耳を傾けた。
「今回の依頼はカメジン村に現れるゴブリンの討伐です。依頼書にも書いてあったとおり、既に村はゴブリンたちの襲撃を受けて食料などが奪われ、村人たちも大勢負傷しています。ゴブリンの数も十体以上おり、その中には体の大きなゴブリンが一体いるとのことです」
「そ、その体の大きなゴブリンって、ホブゴブリンなんですか?」
アーロリアが不安そうな表情で尋ねると、アイカはアーロリアの方を向いて頷いた。
「その可能性は高いと思います。私たちの仕事は村を襲撃してきたゴブリンを倒すことですから、もしその体の大きなゴブリンが村を襲撃して来たら必ず討伐しなくてはいけません」
強力なゴブリンと戦闘になる可能性があると聞かされ、アーロリアは目を見開いて驚く。下級生にとってホブゴブリンは通常のゴブリンよりも手強い存在であるため、どうしても不安を感じてしまうのだろう。
アーロリアの反応を見たユーキがゴブリンが相手でも、油断していればとんでもない目に遭うだろうと感じ、気を付けて戦おうと考えた。
「ここまでで何か質問はありますか?」
依頼の内容で理解できない点がないか、アイカはユーキたちを見て尋ねる。すると、面倒くさそうに話を聞いていたバドバンが軽く手を上げた。
「ゴブリンの中にホブゴブリンみたいな奴がいるって言ってたスけど、そのホブゴブリンを倒したら活躍したって評価されるんスか?」
「……多少は評価されると思います。ホブゴブリンは通常のゴブリンと比べて強いですから」
「そうスか」
アイカの答えを聞いたバドバンはニッと不敵な笑みを浮かべ、それを見たアイカは目を細くする。
バドバンはホブゴブリンを倒したら学園側から高く評価され、中級生に一歩近づけるかもしれないと考え、ホブゴブリンを倒すことが重要なのか尋ねてきたのだ。アイカはそんなバドバンの下心に気付き、呆れ果てていた。
ユーキもバドバンが出世を狙って自分がホブゴブリンを倒そうとしていることに気付き、アイカと同じように呆れたような顔でバドバンを見ている。バドバンはユーキとアイカの視線に気付いておらず、自分が活躍する姿を想像して笑っていた。
「……なあ、バドバンだったっけ?」
笑っているバドバンにユーキは目を細くしながら声を掛け、話しかけられたバドバンはユーキの方を向いて鬱陶しそうな顔をする。自分の活躍を想像していたのにそれを邪魔されて機嫌を悪くしたのだろう。
「ゴブリンを倒そうって思うのはいいことだけど、何も考えずに敵に突っ込んだりするなよ?」
「はあ? 何だと? ガキのくせに俺に説教する気か?」
「説教じゃない、仲間として忠告してるだけだ」
ユーキの言葉にバドバンは表情を険しくしてユーキを睨む。ユーキは睨んで来るバドバンを目を細くしたまま見つめた。
「敵を倒したり、活躍しようって考えるのは別に悪いことじゃない。だけど、ゴブリンだからって油断したり、俺たちよりも活躍したいからって焦っていると足をすくわれるぞ?」
「余計なお世話なんだよ! お前、中級生に気に入られてるからって調子に乗んじゃねぇぞ? お前なんてまだ入学してから少ししか経ってねぇ新入りじゃねぇか。俺は半年前からこの学園にいるんだよ」
「別に調子に乗ってなんかいないさ」
面倒そうな顔をするユーキを見てバドバンの表情はますます険しくなる。彼にはユーキの反応が自分を小馬鹿にしているように見えたのだろう。
「やめなさい!」
ユーキに喧嘩を売るバドバンをアイカが力の入った声を出して止める。ユーキとバドバンはアイカの方を向き、アーロリアは緊迫しかかっている空気に少し動揺したような顔をしていた。
全員がアイカに注目すると、アイカは鋭い目でバドバンを見つめる。睨まれたバドバンは若干怯えるような反応を見せた。
「バドバンさん、ユーキは貴方のことを心配して忠告をしたのです。それを説教だの余計なお世話だのと言うのは失礼だと思いますよ? 相手がこれから共に依頼を受ける仲間なら尚更です」
「グッ……」
「いいですか? 私たちはこれから危険な依頼を受けに行くんです。仲間同士で助け合わないと命を落としてしまいます。死ぬのが嫌でしたら、チームワークを乱すような言動は控えてください」
「クッ……分かったスよ」
自分だけ注意されたのが気に入らないバドバンはそっぽ向いて不貞腐れる。そんなバドバンの反応を見たアイカは軽く溜め息を付いた。
ユーキはバドバンが大人しくなるのを見ながら呆れ顔になり、アーロリアは怯えたような表情を浮かべながらバドバンを見ている。こんな調子で本当に討伐依頼を成功させることができるのだろうか、ユーキたちは心の中で小さな不安を感じた。
「それでは、まずバウダリーの町へ向かいましょう。町の西門に荷馬車が停めてありますので、それに乗ってカメジン村へ向かいます」
アイカは正門を潜るとバウダリーの町へ向かって歩き出し、ユーキたちもそれに続く。
依頼を受けたメルディエズ学園の生徒たちが遠出する場合、学園側が用意した荷馬車を使って移動する。生徒が数人の場合は荷馬車が用意されるが、一人の場合は馬だけが用意され、バウダリーの町の中や近辺の依頼を受ける場合は徒歩で移動することになっているのだ。
「アイカ、今から出発したら村にはいつ頃到着するんだ?」
ユーキはカメジン村に到着する時間が気になり、アイカに到着予定時間を訊いた。アイカは歩きながら時間や荷馬車の速度を計算し、到着する時間を考える。
「荷馬車を引く馬にもよるけど、この時間なら夕方には村に着くはずよ」
「夕方か……となると、村に到着して色々準備をしていたらすぐに夜になっちまうな。もしかすると、その日の夜にゴブリンと戦うことになるかもしれない」
真剣な表情を浮かべながらユーキが呟き、それを見たアイカも同じような表情を浮かべた。
「……確かに、村を襲撃するのなら村人が寝静まっている夜を狙った方が上手くいくからね。その日の晩にゴブリンが襲撃して来る可能性は高いわ」
「ああ、ゴブリンは知能は低いけど、それぐらいのことは考えられるはずだ。しかも向こうにはホブゴブリンらしき敵もいる。これはちょっと面倒な仕事になるかもな」
予想しているよりも難しい仕事になるかもしれない、ユーキとアイカはそう思いながら一本道を歩いてバウダリーの町へと向かった。