98.タイムパラドックス講座
自分で書いていて自分でも分かっていない……。
「あたしたちの世界の十年ちょっと前に、この世界が滲み出た。それを元にゲームが作られた。とりあえずこれを13年前だと仮定するね。
ゲーム制作時を基準にして考えると、そこから3年後、つまり今から10年前が、美和ちゃんの知るゲームの発売時期」
ええと、制作には時間がかかるから、企画が上がって作られて世に出るまでに数年。つまり、10年前に発売されたゲームでも、話はその前からできていた、と。
「美和ちゃんはゲーム開始直後のここに来たっていうから、今はあたしたちの世界から見て10年前に当たります。……だね?」
うんうん、私は10年の時を飛び越えてきたから、劇中の兄貴チームが同世代になったんだよ。
「ところがここで、おかしなことが。13年前にゲーム三部作が制作されているから、その段階で今から1年? 2年? 先のことまでがゲームになりました」
うん、発売は一年ごとだったけど、企画はほぼ一緒に出ていたんじゃないかな。ストーリーが続くタイプだからね。
「その内容を美和ちゃんは知っています」
そうだね、ゲームはブルイチが特に好きだったけど、三部作全部を何度もやっているもの。
「で、えーと、それで変に考えさせちゃってゴメンね、だそうです。……よく分かんないけど」
うん、私もよく分からない。ちょっと待って。
「10年前がどうだ、ミワの年齢がどうだ、といった細かい数字は一旦置いておく。
とにかくミワは、この邪神戦の最後までをゲームで知っている。それは今から見て未来の話だ。
ミワは、その時点からここへ来ていると考えよう。つまり過去への時空跳躍だ」
マークが助け船を出してくれた。
「前回の戦いでは、単に過去を知るだけの人間がやってきた。これならあまり問題にならない。いや、諸々の問題はあるがこの場合は関係ないから省く。
しかしミワは未来を知ってここに来た。これがタイムパラドックスに絡んでくる」
タイムパラドックスっていうのは、時間旅行した時の矛盾の話だよね。
過去にワープした時に未来との矛盾ができるのがタイムパラドックス。
有名なのが、親と子供の話だね。子供が昔にタイムワープして、両親を出会わせないようにしたら?
もし出会いを邪魔しても、別の機会に出会った結果やっぱり自分が産まれるなら、特に大きな矛盾はない。……面倒だから、バタフライ効果(僅かな変化が後々大きな変化になる)とかそういう細かいことは今回は無視する。
一方で、出会いを邪魔したことで両親が別々の人と結婚したら? 自分は産まれないはずなのに、ここに存在している。大きな矛盾。
そこで、自分は「親が結婚して産まれる世界」の人間で、「親が別々の人と結婚した世界」とは違う時空を生きているとしたら、矛盾はなくなる。パラレルワールドの概念だ。
私が未来を知っている……その状態で、ここに来た。これを未来人と捉える訳だね。
私はゲームの中に入り込んだからストーリーが狂ったと思っていたけど、単純に、未来から来たから話が狂ったってこと?
「狂ったと考える必要はない。
神は『情報を持っている』からミワを選んだ。だからこそ選んだのだ、と考えられる。だから悩ませたことを誤算として嘆いている」
待って待って、また置いていかれてる。ペンを置いて両手でストップをかけた。
これだから頭の回転の早い人は困る!
「一つずついくか。
まず、タイムパラドックスを起こしたくないのであれば、同じ時間軸の人間を連れてこればいいだけの話だ」
それもそうだね。そうすれば面倒なんて起きないんだよ。
「それをしなかった。むしろ、この世界の未来を知る人間を敢えて選んで連れてきた」
「紫音と仲が良いのは私だけど、繋がりが強い人ってだけなら、例えば紫音のお兄さんとかでもいいはず……ってこと?」
ほうほう、と紫音が頷いている。
「その通り。だからこの場合は情報の有無が鍵なんだ。
聖女適性者と、適性者と繋がりの深い情報保有者。それが君たちだ」
情報保有者。
ゲームの情報が欲しい。だからゲームの情報を持つ私を、記憶の固定までして、ゲーム開始の時間に連れてきた。神はそう言った。
それは何故? どうしてこんな面倒なタイムパラドックスを準備したの?
腕を組んで背もたれに寄り掛かる。紫音が水魔術で私のコップにお代わりをくれた。
私が水を飲んだ所を見計らって、マークの話が再開される。
「次。ゲームを知る人間を、ゲーム発売直後ではなく、その何年も後から連れてきた」
……うん。むしろ発売直後の方が記憶は鮮明だよね。いや、私は何度もやり込んでいたけれど。それでも10年も待つ必要はないと思う。
「次。ミワはここが、自分の暮らしていた時間から10年前だと認識しているな?」
「そうだね。10年前に出会ったから」
「違う。ここは恐らく、ミワのいた時間から15年程前に当たる」
へ?
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「いいか? さっきシオンが言った『13年前にゲーム三部作が制作されている、その段階で今から2年先のことまでがゲームになった』という話。そう、これは『おかしなこと』なんだ。
神ですら、未来の事象は分からない。未来が分かっていれば最初から邪神対策ができていたはずだからな」
それはそうだね。
「ということは、ゲーム制作時よりも前に、この動乱の状況がそちらに滲んでいたと考えた方がスムーズだ。それを15年前としよう。ここから2年後にゲームの制作が開始される。
そしてその3年後にゲーム発売」
それが10年前か。
「君は、自分が動くとこの世界の行く末がゲームと変わってしまうと考えた。だが違う。
君が動くことでここがストーリーと変わるのではない。ゲームの内容自体が変わる」
同じじゃないの?
えーと。今まで考えていたのは、私が動くことでゲームのストーリーと外れる。それによって未来が分からなくなる。皆が無事に邪神を倒せるのかが分からなくなる。
マークの言っていることは。
私の知っていたブルフィアシリーズが、ブルフィアシリーズではなくなる。いや、もしかしたらブルフィア自体が制作されないかもしれない。発売されないかもしれない。
うん、どっちにしろめちゃくちゃ大きな矛盾だよね?
思いっきり眉間に皺を寄せてやる。もうちょい分かりやすく言ってくれないと困るんだよ!
「だから、君の知識という無形のものが誤っているとしても誰も分からない」
は? は? は??




