59.お師匠さんとの出会い
ロイと行動を共にするようになって、数日。
私とロイは、城表の中でも奥に近いスペースにある談話室へと赴いた。
今日は、ロイとお師匠様が引き継ぎをする日。
私も連れて行かれてるんだけど……「嫁候補として紹介」はしないよね……?
「久しぶりだな。よくやってると聞いてるぞ」
ロイのお師匠様で義父のダリスさん。
話によるともう還暦近いはずなのに、とっても強いのが雰囲気で分かる。
見た目はがっしりどっしり。ロイと同じくらい背も高いし、ロイと同じくらい筋肉がついてる。つまり三十代と同等の体格。
白黒半々の髪の毛と顔や手首の皺が、年齢を表している。
放つオーラも物凄くて、ニコニコ笑っているのにピリッとした空気。隙がない、っていうのはこういうことなんだろう。
ところがこのピリッと感、私がロイの後ろから歩み出てお辞儀した途端に霧散した。
「おう、アンタが噂の嬢ちゃんか」
「噂、ですか? ええと、はじめまして。ミワ・ワタナベです」
「いやいや、こちらこそ自己紹介遅くなってすまんな。
そこの弟子の育て親で、色々叩き込んだ、ダリス・ファングだ」
ファング。
つまりロイは、彼のファミリーネームを貰っていたんだ。
「で、ロイ。聞いてるな?」
「俺が戻る代わりに師匠が出るって話だろ」
珍しくどこか拗ねた口調。やっぱり納得はしてないんだ。
「何だ、戻った奴が護衛になるって言うから引き受けたのに」
「は?」
「嬢ちゃん、こいつはヘタレだが、頼りにはなるぞ? 腕はオレが保証する」
「おい、師匠」
「何だ、他の奴に嬢ちゃん任せた方が良かったか?」
「何でそういう話になるんだよ!」
「そう聞いたからだよ。だからオレがお前にチャンスをやったってわけだ。
さっき聞いた追加情報だと、どうやら五分五分になったらしいな。負けんなよ?」
ロイが頭を抱えている。
えーと? 私の存在は、既にお師匠様に知られていた、と?
「ま、この話も面白ぇけど、本題に入るか。嬢ちゃんも聞いて行きな」
パン、と手を叩き合わせて大きな音を出し、ロイとお師匠様が席についた。私もロイの横に腰掛ける。
分かるかなぁ、傭兵隊の引き継ぎなんて。
******
うん、傭兵隊の引き継ぎについては、予想通り、よく分からない。練度がどうとか陣の展開がどうとか、この辺りは何やらが弱い、この辺りは何やらが強い。横で聞いてても、ふーん、という感想すら出てこない。
ただ、第一部隊長がアシュカさんといってお師匠様の知り合いで。
第二部隊長はマリクさんで彼のことも知っていて。
第三部隊長のテオさんは、彼の話を聞いたお師匠様が口の端を上げて。
つまり、お師匠様が全員を知っているらしいってことは分かった。
「ところでお師匠様」
「嬢ちゃんはオレの弟子じゃないんだ、そんな呼び方しなくていい。ダリスとでも呼べばいいさ」
そんな訳にもいかない。折衷案でお師匠さんにしよう。
まったく折衷案になっていないぞ、というツッコミを受けつつ、気になっていたことを告げる。
「随分、軍の事情を知っていらっしゃるように見えて。例えば私のこととか、どの程度まで知ってらっしゃるんですか?」
この場でどこまでの話題を出していいのか。
傭兵隊から戻った人間が私の護衛になる。じゃあ、私の役回りはどこまで知っている?
傭兵隊の主要人物を知っている。じゃあ、マリクさんのことはどこまで知っている?
私の疑問にニヤッと大きく笑ったお師匠さんは、
「誰かさんとコイツが嬢ちゃんを取り合ってる、ってこととかな」
と、からかってきた。
えーと、普通に恋愛事情が筒抜けですね? いや違う違う、今聞きたいのはそういうことじゃなくて。
横から大きな溜息が聞こえる。
「悪い悪い、なかなか面白ぇなと思ってな」
一呼吸して真面目な顔になったお師匠さんは、この部屋に入った時のピリッと感を再び醸し出してきた。
「本来なら、契約には守秘義務がある。ただ、最低限のことは伝えてもいいと許可は貰った。
まずはオレの知っていること。
レオナルドは、フェイファーとの和平交渉を行おうとしている。オレはそれに備えてフェイファー軍をその場で押し留める役目」
和平交渉までは知っていたのか。そして、進軍せず動かないことも知っている。そりゃそうか、戦ってちゃ和平が遠のく。この二つの事項は連動している。
「次に、オレの予想していること。いや、確信していること、だな。
ロイを呼び戻すほどに内部の警備を強くしたい、しかしその実、役目はほぼ嬢ちゃんの護衛だという。
……お前さん、レオナルドが恐れるほどの何かを知ってるな? フェイファーとはそこまで拗れていなかったし、和平だけならアンタに護衛を与える必要もない」
お師匠さんの目が私を射貫く。思わず呼吸を忘れた。
ただ、と、私を見ながらお師匠さんが続ける。
「その内容まではさっぱりだ。つまり、レオナルドはオレに欠片も事情を漏らしたくないってことだな。
和平交渉はまだトップシークレットだ。それ以上の何かがある、だがそれは、情報に明るいはずのオレの耳にも入ってきていない。
勘繰ってた内容はこれで答になったか?」
黙って頷く。
情報に明るいとのことだ、聖女が出てきていることくらいは知っているかもしれない。だけど、私の役目や……たぶん邪神のことも、彼は知らない。
それが分かっただけでもOKとしよう。
「大丈夫だ。オレはレオナルドと契約をしている。嬢ちゃんがレオナルドの元にいるなら、敵にはならんよ」
「そいつは良かった」
私の代わりにロイが返事をした。
「ミワ、安心しろ。師匠はふざけてるが、この人が出て来るならまず間違いなく契約内容は達成される。
フェイファー軍は動かない。それ以外をどうするかは、レオ様とマーク次第ってことだ」
パシン、と両手を合わせて、ロイが笑った。
ニッとした笑い方は、どこかお師匠さんに似ていて。ああ、血は繋がってなくても親子なんだなぁ、って思った。
******
そこからしばらく話をしてから、私は先に部屋を出た。
医務室で先生と薬師さん――トニーさんと待ち合わせをしているのだ。
ロイには既にオイルの仕事を詳しく話してある。お師匠さんとの話が一段落したら彼も合流する予定。
さて、こちらの話は傍観者になっていられない。大きく息を吸ってから、医務室へ向かった。




