60.父と息子 【ロイ視点】
師匠は時折、保護者のようになる。
親を知らない俺は、小さい頃から子供ばかりの場所にいた俺は、師匠の振る舞いが世間で言われる「親」なのかどうかは分からない。ただ確かに普段の「師匠」とは違う時がある。
ギルドの階級が上がった時。
打ち合いで初めて引き分けに持ち込めた時。
晩に飲むのがアンズジュースからビールに変わった時。
そして今日もまた、師匠ではない顔を覗かせた。
ミワが一足先に退室した後。
そのドアを眺めながら、ポツリと呟かれた言葉。
「お前はオレみたいにならなくていいんだぞ」
その言葉に込められた意味は、俺では全部を掴むことができない。
ただまあ、話の流れとして何となく分かることもある。
師匠は独り身だ。少なくとも俺が師匠の元に来た時には、奥さんも子供もいなかった。ずっと独りだったのか、離別したのか、それは一度も聞いたことはないが。
つまり、『オレみたいにならなくていい』という、そこに含まれる意味のうち、一つは……そういうことなんだろう。
「まあ……家庭を持ってもいいのかな、という気にさせられた相手だよ」
傭兵は戦うことが仕事だ。誰だって死にたくはないが、常に死は意識している。
だからこそ俺は、俺や孤児院のチビどものような寂しさを抱える人間を増やしたくなかった。家族を持ちたくはなかった。
残された人間は、どんな思いを抱えて生きていくのか。それを想像すると、俺は一人で生きていく方が良いと思っていた。
だが、既にたった一人でこの世界に立たされて、それでも生き抜こうと決意しているミワを見て、考えが変わった。
――彼女を守り抜く。
それは、幼い頃に孤児院のチビを守りたいと思った気持ちと似ていて、だけど少し違っていた。
何よりも誰よりも、俺が彼女を守りたい。
この戦いを終わらせて、仕事なんかではなく、彼女だけのボディーガードになってやりたい。ミワを堂々と守れる立場になりたい。
どこか遠くを見ていたような目が、急にニマァという笑いに変わり、正直に打ち明けたのを少し後悔した。
「お前、本当にヘタレてるなぁ。
まさか、小さい花を一本渡して照れる小さいガキみてぇな行動してるんじゃないだろうな?」
ヘタレ、ね。自覚は少なからずあるさ。相手を思いやるという建前の元、俺はなかなか動けない。
で、プレゼントで何とかこちらを意識してもらおうと足掻いてる状態もだいたい合っている。
強く出るとミワは固まる。無理やり迫ったらあいつは逃げていきそうだ、という言い訳をしながら。
……師匠の言葉が事実だなんて、絶対言わないからな。
「まだ視野が狭いな。フェイファーとの戦さえ何とかなりゃ、別に傭兵を続ける必要もないだろう。今ほど死を恐れる必要もなくなる」
師匠は知らない。その後も戦いが続くことを。俺が掲げた「傷付く奴をできるだけ少なくする」、その集大成と言ってもいい戦いがその先にあることを。
それが終わるまでは俺は死を意識し続けるし、それが終わるまでは彼女以外も守る傭兵を辞められない。
つーか、そもそもだな。
「傭兵辞めるって言っても、あいつ、まだ俺のツレじゃないからな?」
「知ってるっての。だからヘタレてやがんなぁ、って話だろう」
「いや……俺がどうこうより、今はあいつの返事待ちだ」
「で、手を拱いているってか。はー、お前、戦闘だったらもうちょい突っ込むだろうが。何でこっちじゃそういう勢いがないんだよ」
女っ気のなかった師匠にダメ出しされるのは何か癪に障るんだが。
「手は打てるだけ打っとかねぇと、横から持ってかれるぞ」
「それは実体験か?」
「おー、そうだ」
カウンターでやり返したと思ったのに、苦もなく受け流しやがった。
「面白ぇと思ってるが、応援してはいるぞ? ……しっかり守ってやれよ」
ほら、やっぱりな。
ミワがいなくなってからずっと、師匠の顔は保護者のそれだ。
******
この後はオイルに関するミーティングだと聞いている。
あらかじめミワに聞いて纏めておいた書類を持って、医務室へと向かう。
ミワの護衛を命じられている間は、ミワと一緒にいられる。……人に許可されてようやく堂々と守れる。
だけど、だからこそ、一緒の仕事をやれて、俺の姿を見てもらえる。
ミワの知る物語では、俺も主要人物として活躍していたらしい。あいつはずっと、それを通して俺を見ていた。
同じ条件だったはずのマークは、いつの間にか自分を見せてたんだよな。物語とは違う自分を。くそっ。
でも、これで俺もイーブンだろ。夜の飲み会だけじゃない、昼間もずっと行動を共に出来る。現実の俺をもっともっと知ってもらえる。
ああ、いや。
ミワのことは守ってやるさ。
ミワの考えまで含めて、守ってやる。
マークを選ぼうが、それ以外を選ぼうが、そもそも全てを捨てて逃げようが、ミワが決意したのなら。俺は、その気持ちを、力の限り守ってやる。
迷っているなら、俺が貰う。決めていないなら、俺を選ばせる。
だけど、ミワが本当に心の底から望むのなら、我を張るなんてできない。何かから奪い取ることでミワの心が崩れるなら、俺はその場から動けない。
だから安心して守られていろ。俺に寄りかかれ。一人で立たなくてもいいんだ。
例え一緒にいられなくても、そう伝えられたら。それだけで、俺を知ってもらうことになるんじゃないか。
ヘタレだな、という、さっきの師匠の言葉が脳裏を過った。
うるせぇよ。しょうがないだろ、これも俺なんだよ。




