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「巨頭オ」

話の初出は2006年2月22日。

「死ぬ程洒落にならない怖い話集めてみない?121」、レス番号822より。

ーーガタンゴトン、ガタンゴトン。


小刻みに感じる振動が心地良い。満員電車で座席を確保できた事は小さな幸運だった。

ついつい寝入ってしまいそうだが、残り三駅で電車を降りなければ。


(ここさえ乗り切れば、明日からは休日だ…… )


仕事帰りのサラリーマンである「私」はそう体に言い聞かせ、ここが最後の踏ん張りどころだと自らを奮い立たせる。

家に帰れば夢の五連休が待っている…… といっても明確な予定も無く、ただダラダラと過ごして気がつけば出勤なんて落ちであろう。


残り三駅、されど三駅。到着まで軽く十五分は掛かる。

生憎本は持ち合わせておらず、スマートフォンは速度制限が掛かってまともに動かない。


ーー暇だ。


車窓からの風景など見飽きていたし、天井の中吊り広告にも特に興味をそそる記事は無かった。

私は無精髭を弄りながら、この退屈な時間の活用法を考える。


私はまず網棚を見た。偶に誰かに捨てられた週刊誌などがほっぽらかしてあるのだが、雑誌はおろか紙切れ一つ無かった。


次に鞄。仕事用の鞄ではあるが、大雑把な性格である私の事だ。もしかしたら携帯ゲーム機の一つや二つ、間違えて入れているかもしれない。


はい、ハズレ。


案の定何も入っていなかった。いや、入っていたらいたで問題ではあるのだが。

結局見つかったのは飴玉一つで、仕方なしに私は飴玉を口へと転がす。


四十過ぎた中年が、苺味の飴玉を食す。

包み紙には子供向けキャラクターがペイントされており、他人から見たらとんでもなくシュールな光景である事は間違いない。

だが幸い乗客は私など眼中になく、それぞれがそれぞれの方法で時間を潰していた。


やがて飴玉も消えて無くなり、私はまた暇になる。

降りるべき駅まではあと二つ。大体十分程といったところか。


(そういえば、外側の収納は見てなかったな)


私はふとそんな事を思い出し、鞄の外側のチャックに手を伸ばす。

最近は存在すら忘れており、ここを開けるのも何年ぶりといったところだ。今度こそ何か入っているかもしれない。


チャックが引っかかって音を立てた物だから、周囲から私にはやや冷ややかな目線が集中する。

私はそんな事などいざ知らず、子供のようにワクワクしながら中に手を入れた。


(ん? 紙切れ?)


乾いた触感。外枠を触ってみた結果、長方形だと断定されたそれを、私は鞄から引っ張り出す。


茶色い封筒。それが紙切れの正体だった。

宛名などは一切書かれておらず、入社してからというものラブレターを受け取った記憶もない。


(給料か何かかな)


私は照明の光に封筒を透かした。

シルエットからして入っている物も長方形で間違いはないが、札金のそれではない。


ここまで来ると、最早自分にも何を入れたか想像がつかない。

私は思い切って封筒を開ける事にした。


(写真?)


ーーそう、写真だった。


一枚のカラー写真。入っているのはそれだけだった。

右下の日付は「2003.8.10」と刻印されており、明日でちょうど三年前という事になる。


「ああ…… そういえば……」


この瞬間、私の連休の予定は半ば決定した。




***




山道を進む蒼いセダン。といっても舗装もされていないガタガタの道では無く、れっきとした県道だ。

幸か不幸か独り身である私は、特に誰かに気を使う事なく遠出ができる。


思い起こす事三年前。あの日もこんな連休だったか。

確かあの日は釣りに出かけ、日も暮れて帰ろうとした時の事だ。

あの旅館を見つけたのは。


といっても旅館自体を見つけた訳ではなく、ふとその看板を目にしたのだ。


川の流れのように綺麗な文体は、魚との駆け引きで疲れ果てた私の心を見事に射止めた。

その後の私は導かれるように看板を辿り、あの小さな小さな旅館に辿り着いたという訳だ。


旅館は豊かな自然に囲まれており、周りはちょっとした集落になっていた。

心のこもったもてなしが印象的で、村民達も非常に愛想のいい人ばかり。短い滞在時間だったが共に川釣りに興じたり、美味しい山菜を取りに行ったりととても充実した休日を提供してくれた。


そして最終日、帰宅が名残惜しくなり記念写真を撮ったという事のあらましだ。


勿論今回も竿を積み、適当に手土産も用意した。

旅館側がこちらを覚えているか定かではないが、私からのせめてもの気持ちだった。


(700m先、右折です)


そろそろカーナビ上にも目的地が見えてきた。「割烹旅館 新川」。それが旅館の名前だ。

予め電話予約を取るつもりでいたのだが、何度掛けても《通話中》と結局連絡は取れずじまい。

自分だけの穴場と思っていた私にとってそれはショッキングな内容だったが、店に人気が出てきた事は素直に喜ばしい事だった。


最悪泊まれなくとも、あの気の良い人達と触れ合えればいい…… そんな想いを胸に、私は車を走らせる。


記憶力には自信がある方なので、大体の道は覚えている。確かここら辺に標識が……


ーーーーん?


「巨頭オ」


「この先〇〇m 新川村」、前はそんな看板だった筈だが……

疲れているのか私の目には、以前と全く違う文字が映っていた。




***




右折してからしばらく経った。

先ほどとは打って変わって本物の山道を進んでおり、車体は先程から揺れに揺れている。


「おっかしいな、ここまで遠かったっけ?」


辺りは鬱蒼とした森に囲まれており、穏やかな自然というよりも管理の行き届いていない雑木林である。

他の客が残した車両の跡も無く、荒れ果てた獣道のような道路が延々と続いていく。


(この先目的地…… 目的…… 目的地地地地地地地)


カーナビが明らかにおかしい。不可解なアナウンスもさる事ながら、そもそもの現在地点が。


「これって…… 海の中か!?」


遂にうちのにもガタがきたか。確かにこれを購入してから六年は経過する。

だが私にはこれが、《単なる機械の故障》には思えなかった。


背筋が凍る。嫌な汗が止まらない。


だが私は半分の恐怖、半分の好奇心で車を更に前進させた。




***




「なんだ…… これ……」


確かに、村はあった。

自然に囲まれた小さな小さな…… 廃村だった。


あまりにも変わり果てた姿。人の生きていた痕跡など微塵も感じさせない。

木造建築である件の旅館も腐敗しており、客などいる訳が……


人影。


崩れ掛けた旅館の中に見えた、黒い影。


私は反射的に車から飛び降り、その影の蠢く旅館へ走り出す。

旅館の電話は通話中だった。もしかすると誰かが助けを求めているのかもしれない。


半ば崩れた玄関を抜け、腐食した廊下を駆ける。所々人の足跡上に床が穴抜けしており、誰かが通ったという事は間違いなさそうだ。


ジリリリリン。ジリリリリン。


まだこちらに気づいていないのか、その影はしきりに電話を掛け続けている。

私はスマホのライトを起動させ、ゆっくりと人影を照らしあげた。


「大丈夫です……」


私は言い終える手前、真っ先に口を閉じた。

スマホなどその場に投げ捨て、すぐさま旅館から全速力で離れる。


巨顔を持った人間のような何か。

手にした受話器の何倍もの長さに達した巨大な顔。

それがスマホのライトの先に、いた。


旅館から命からがら脱出した私は、咄嗟に村全体を見回す。

幸い先程の巨頭人間の姿はない。


「……ふう、良かった……」


ーーガサッ。


一安心して気を緩めた途端、後ろの草むらから物音が。


ーーガサッ。ガサッ。


その音はみるみるうちに増えていく。


ーーガサッ。ガサッ。ガサササッ。


如何に鈍感な私でも、その違和感にはすぐに気がついた。


ーーガサササササッ!!


私と草むらを挟んで20m先に、()()()はいた。


ーー巨顔人間の大群が。


両手をピタリと足に付け、肥大化した頭を左右に振りながら。

その群は徐々に距離を詰めてくる。


「うわあああああああああ!!?」


絶叫している暇などない。そんな事はわかっていた。

私は一目散に車へ向かい、急いでエンジンを始動させる。


キュルルルルルル、キュルルルルルル……


ーーエンジンが付かない。


(何故だ、さっきまでは何とも無かったのに!)


迫り来る巨頭の群れ。掛からない車のエンジン。


こんな山間部の村で携帯など繋がるはずも無く、捕まったら確実に殺される。


「掛かれっ、掛かってくれよォ!?」


私は諦めず、何度も何度もキーを回す。だが悲しいかなエンジンが掛からず、キュルキュルと空回りするだけだった。


やがてエンジンの音と共に、何かが車を揺らし始めた。

私は分かっていながらもサイドミラーをちらと覗く。


ーーそこには不気味に笑う、巨頭人間の顔があった。


「あああああああああああああ!?」


恐怖。恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖。


私の心は正しく恐怖一色のみに染められた。


ドゥルルルル…!


ようやくエンジンに火が灯った。

私は半ば発狂しながらも、必死にアクセルを踏み倒す。


セダンは村から急発進し、ぐいぐいスピードを上昇させる。

私は後ろを振り返ったが、流石に彼らは追い付けないようだった。


「ふう……」


咄嗟に漏れ出た安堵の息。生き延びたという達成感。

だがそれは、油断の証左でもあった。


前方に、一人の巨顔人間。


不味い、と思った時にはもう遅かった。


セダンはそのまま巨顔に突進し…… 正面から轢き殺していった。




***




それから一回も振り返る事なく、アクセルを踏み続ける事二十分。

ようやく前には光が差し込んできた。


見えるは黒いアスファルト。間違いなく県道に戻ってきたのだ。


私は猛進するセダンを減速させる為、足元のブレーキに足を伸ばし……


ーーあれ? ブレーキがない。


気づいた頃にはもう遅かった。

車体はそのまま山道から飛び出し、県道はおろかガードレールを突き破り、真っ逆さまに転落した。




***




「赤崎警部〜、ホトケは完全にグッチャグチャ。ミンチよりひでぇや」

「そうか、ありがとう」


たまたま通りかかった一般人から通報を受け、私達警察は現場へ急行した。

どうやら被害者はガードレールを突き破り、そのまま転落死した模様だった。


身元の特定は終わっていないが、被害者は一人。

現場に血痕が無い事から単独の事故死として肩がつきそうである。


だが、おかしな点がいくつもあった。

鑑識担当の佐藤が口を開く。


「しっかし変ですねぇ…… タイヤ痕から見るにこの車、()()()()雑木林から猛スピードで飛び出た挙句、県道を横切り転落した訳ですよね」

「上空写真はあるか? この周囲に村は?」

「ありません。村があった形跡も無いし、少なくとも県の担当課は何も知らないとのことでした」


おかしな事故もあったものだ。きっと狐にでも化かされたのだろう。


柄にも無く私はそんな事を思案し、県道の周囲を何と無く歩き始めた。


ーーん?


県道の端。雑木林の一歩手前。

少し大きめに作られた、木製の看板が目に入った。


「割烹旅館 新川」


表にはとても綺麗な文体で、そう描かれていた。

私は倒れかけていたその看板を、そっと地面に立て直す。


その時、看板の裏側に何かが塗ってある事に気がついた。

過剰な絵の具が乾いた後特有のふっくらとした感覚…… 私は興味本位で看板を裏返す。

するとそこには、赤く掠れた不気味な文字でこう描かれていた。


「巨頭オ」




以下、うんちくになります。

巨頭オ…半年ぐらい前、鹿児島県にある熊ヶ谷近くの山道にて実際に看板が発見されましたね。

当時はTwitterでも話題になってました。

巨頭村の寸が無くなり、木が少し掠れると…「巨頭オ」に至るのではないか、というのが通説です。

ちなみに劇中の「割烹旅館 新川」は無関係で、私の近所にある廃墟の名前です(苦笑)

どちらにせよリア凸する時は、ご自身の安全を最優先に。

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