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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 結局のところ、夏休みの最終日は、一睡もすることなく、二学期の初日を迎えた。

 夏休みの宿題が終わったかと聞かれると、終ってないから僕は不名誉なことに、貴重な放課後の時間を使って補習をやっているわけなんだけれども。

 周りには、部活が忙しく、宿題をする時間が無かったのだろうか、数人の坊主頭の生徒が一刻も早く、宿題をやり終えて、部活に向かうという気迫を背中で感じさせながら、真剣に取り組んでいる。

 かと思えば、この広い多目的教室の後ろの方で、楽しそうに友達とおしゃべりをしながら、課題が広げられただけになっている男女数人のグループもいる。

 きっと彼らは、一度しかない高2の夏を余すことなく堪能し、それの付けを清算するためにこの補習に参加しているのだろう。

 僕はと言うと、別に夏休みを謳歌したわけでも、真剣に部活に取り組んだわけでもなく、ただ、宿題の範囲の確認を怠ったという何ともしょうもない理由でこの場にいる。

 怒涛の勢いで終わっていった夏休みの宿題テスト後にその範囲を学習するのは最高の勉強法だと自分に言い聞かせながら、だましだまし問題を解いていく。

 この補習は課題がすべて終わるまで、続く、どれだけ時間がかかったとしても、必ず、この教室で終わらせなければならないという鉄の掟がある。

 したがって、僕のペースでは数日はこの部屋に通うことになることが確定している。

 我ながら、順調とは言い難い滑り出しであるが、そんなことは気にしない、やってしまったことは仕方がない、誰にも迷惑を掛けていないのであれば、過ちを引きずらない自分自身の性格を僕は気に入っている。

 集中力が切れてきて、換気のために開いている窓から入ってくる、校門前にたむろしている生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくるようになってきたころ、完全下校五分前を告げるチャイムが鳴る。

 まだ辺りは、明るいけれど、それでも八月に比べると暗くなってくるのがずいぶんと早くなった気がする。

 日中は、体にまとわりつくような蒸し暑さときつい日差しが照り付けるが、夕方になると、その暑さも和らぎ、少し肌寒く季節が夏から秋へと移っていくのを感じることが出来る。

 先ほどまで席を外していた担当教員が今日の補習時間終了を告げると皆それぞれに帰り支度をし始めて、後れを取らないように僕も帰り支度をする。

 机の上に出しっぱなしになってたスマホをカバンに入れようとすると、日野からlineが来ていた。

 「補習が終わったら、正門まで来てください!」という文と目が死んでいる動物のスタンプが送られてくる。

 この前のスタンプといい今回のスタンプといい、日野の感性はよくわからないところがある。

 同好会の活動は、少なくとも完全下校の30分前には終わるので、この時点でもう20分は待たせていることになる。

 足早に階段を駆け下りて、教科書がぎっしり詰まっているカバンを肩に食い込ませながら、正門まで走った。

 多目的室から正門までは、下駄箱を経由していくより、渡り廊下からそのまま外に出て外来駐車場を横切った方が早い。

 この際、靴を履き替えなかったことなんて僕は気にしない。


「遅いですよ、能登先輩」


 日野は、笑顔でそう言った。

 正門付近には、日野と少し不機嫌そうな城崎の姿があった。

 城崎と日野と会うのは、バイトを一緒にして以来だから、かなり久しぶりな気がする。

 

「久しぶりだね、日野、城崎も久しぶり」


「久しぶりじゃなくて、もっと他に言うことがあるんじゃないですか?」


 城崎は真顔でそう言う。

 城崎は基本表情を崩さないから、今の感情が喜怒哀楽のどれなのかわからないけれど、少なくとも喜でも楽でもなさそうだ。


「いやー、待たせてごめんね、まさか、連絡が来てると思ってなかったからさ、ほら僕友達少ないし」


「大丈夫ですよ、あたしは先輩に友達が少なくても気にしたりしないですから」


 僕が気にするんだけど……、と思ったことが口から出そうになるところを何とか押し込めてぎこちない笑顔で何とか受け流す。


「それで、今日はどうしたの?なんかあった?」


 日野や城崎から呼び出されることなんてほとんどないから、身構えてしまう。

 まさか、「二人そろって文学部を辞めます」なんてことになりはしないだろうか、不安でポケットがいっぱいになりそう。


「これどうぞ、先輩にお見上げです」


 そう言って日野は可愛らしく包装された小さな袋を取り出した。


「……」


「どうしたんですか?金魚みたいに口をパクパクさせて、バカみたいですよ」


 日野は笑い、城崎は呆れたように視線を地面に投げた。


「いや、なんかびっくりして、お土産なんてもらったことないから……」


「先輩本当に友達いないんですね」


「そんな、扱いにくいみたいな顔しないでよ、まあ、友達がいないのは事実なんだけど」


 日野でさえも、眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。


「でも、ありがとう、開けてもいいかな?」


 そう聞くと日野は静かに首を縦に振った。

 包装をびりびりに破かないように、恐る恐る開けると中から出てきたのは、おそらく世界で一番くらいの知名度を誇るキャラクターの刺繍が主張をしすぎない程度に控えめなワンポイントで施されているハンドタオルだった。


「……どうですかね?」


「陽菜大丈夫よ、見なさいあの顔、口角が上がってるでしょ?能登陽一という人間は嬉しいときにああいう顔をするのよ、何も言わないのは残念な頭がこの状況に追いついていないだけよ」


「そっか、じゃあ、大丈夫だね」


 何やら城崎に失礼なことを言われた気がするけれど、そんなことは気にしない、気にならないくらい、嬉しかった。

  物というより、日野と城崎の気持ちが、思いやりが嬉しかった。

  目頭が熱くなったのは、徹夜明けで、テストが出来なくて、補習終わりで心が疲弊していたからであって、普段の僕だったら、こんなことで泣いたりしないことを言い訳しておこう。

 さすがに、日野達の前で泣いたら完全にやばいやつ認定されるだろうから、もちろん、泣きそうになっていたことは僕だけの秘密だ。



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