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□子豚ラブリン物語

 クラスの男子がデブ、と連発する。

 私は笑って、その場の雰囲気に呑まれていた。

 

 友達は怒ってくれる。

 どうして言い返さないのかと。

 

 私にはよく分かる。

 だって私は、本当にデブなんだもの――


「響子はそれで良いの」

「うん」

「じゃぁ、東吾を取られても良いんだ?」

「取るも取られるもないよ。私の東吾君じゃない」


 東吾君とは、私のお隣に住む男の子でクラスメイトだ。

 彼は毎朝、私を迎えに来て学校に登校する。

 

 その度に女子からは煙たがられて、お似合いじゃないと悪意をぶつけられるのだ。東吾君が居ない時を見計らって悪口を言われるのだから、知ってるのは私と友達の優衣ちゃんだけだ。


 彼には言わないでと、口止めしてもらっている。 


「東吾君は、私とは友達だよ?」


 優衣ちゃんが箱をひったくって、クッキーを貪っている。

 食べっぷりがおかしくて、私も一緒に食べてみた。少しパサついてるが美味しい部類には入るんじゃないだろうか。


「そう思ってるのは響子だけだよ。少なくとも私はそう見えるんだけど……ほら」 

 東吾君が走ってやってきた。

 背の低かった東吾君は、私をあっさり抜き去った。今では見下ろされてしまう。


「響子、これやる」

「あ、クッキーだ。でもこれ、東吾君のじゃ……」

「俺はいらない。響子が作ったのしか、おやつは食べないから」


 ラッピングされた箱のクッキーを手渡される。

 メッセージカードをびりびりに破いてごみ箱に突っ込んでいた。


「東吾、あんたが響子におやつばっかりやるから、響子が太ったんでしょうが! ちょっとは自重しなさいよ」


 そういえば、学校でも家でも、東吾君からはお菓子を沢山もらっていた。

 思い出していれば、彼は苦笑いしていた。


「あ、もうチャイムが鳴った! じゃぁな、響子。今日の夕方も待ってるんだぞ!」

「その、今日は優衣ちゃんと帰ろうかな」

「迎えに行くからな!」


 東吾君は颯爽と出て行った。

 次の体育のために、グラウンドまで集合しなくてはならない。

 

 私も着替えようと、体操服に手を掛けた。


「響子は胸も膨らんできたよね~」


 制服を脱いだら、優衣ちゃんに言われた。

 ブラしないといけないくらいだ。早熟かもしれない。


 少しだけ胸を持ちあげられて、優衣ちゃんが揉んできた。


「優衣ちゃん~~! ちょ、止めてよぅ……」


 くすぐったい。

 友達では優衣ちゃんだけだ、こんなことするの。 


「あいつ、絶対よからぬ事を考えてるわよ。幼馴染の私には分かるんだから。響子、気をつけなさいよ」


 東吾君には、服越しで胸を触られることがたまにある。

 優衣ちゃんにはそれを言わない方がいいと思ったので黙っておいた。



***


「そっち行ったぞー! 東吾、行け―!」


 中学のグラウンドで、サッカーボールを追いかけるのは同じクラスの男子だ。東吾君にパス回しをして、敵チームを翻弄している。

 頭が切れる上に、遠くまで見通せる観察眼を持っている。

 下級生に同級生、はては上級性までが彼のファンになった。


「ねぇ、東吾を早く捕まえないと誰かに取られるよ? 告白しないの?」


 マラソンしながら東吾君を遠くから見る。

 視線に気付いたのか、彼は私に手を振ってきた。

 振り返していると、違うクラスの女子から凄い目で睨みつけられる。


「私だけの東吾君じゃないよ。みんなの東吾君だから」

 

 彼女彼氏の関係を夢見てた時もある。

 東吾君は友達そっちのけで、私を優先してくれたし。

 だけど、私を優先した結果、彼を束縛している事に気付いたのだ。

 

 高校だって、私のレベルに合わせるほどだ。

 そんなことを聞かされたのは、担任の先生からだった――


『彼はもっと上のレベルの高校に行くべきなのよ。河合さんも応援してあげて?』


 東吾君が私に合わせるとレベルが下がるのだと、遠まわしに言われた。志望校だった県立高校を取りやめて、隣の私立高校に行く。これは、東吾くんにはまだ内緒だ。

 

 私立は私のレベルでは丁度良いらしい。

 学費が高いけど、両親に聞いてみたら了承してくれた。

 ほっと安心したのは言うまでもない。


 彼を縛り付けるのは今年で最後。

 春からは、別々の道を辿る。


 朝も昼も夜も、会う事はないだろう。

 それで良いんだと思うようになった。


***


「響子、帰ろう」

「うん」


 優衣ちゃんは部活の吹奏楽部があるから、必然的に私と東吾君が二人で帰る。


「昨日、告白されたんだ」

「そ、そっか……東吾君は付き合うの?」

「……」 

 

 東吾君が何故か無言になった。


「響子は、どこの誰とも知らない奴と俺が、付き合って欲しいと思ってるのか?」

「そ、れは……」


 彼との未来に、私は居ない。

 その先を知っているから、私は頷いた。


「そっか……分かった」


 いつもより無言で、家に着く。

 そして、次の日から彼は迎えに来なくなった。


 ギクシャクした関係が続き、優衣ちゃんに問い詰められても分からないとだけ返す。それでいいのだと、私は頑として聞き入れなかった。後に聞けば、東吾君は隣のクラスの女の子と付き合ってると噂で聞いた。

 

 やっと解放してあげたのに、胸がチクリとしてしばらく憂鬱な日々が続く。


 そして、卒業の日――


 東吾君が答辞を読み上げる。

 流暢な言葉を喋ると、感極まった女生徒達が泣いていた。

 私は、彼を蜃気楼のようにゆらゆら揺れる姿を視野に入れ、優衣ちゃんと別れを惜しむ。


「私と響子は同じ高校だけど、あいつはまだ知らないのね」  

「そうだよ。絶対に言わないでね……聞かれる事は、もうないけど」


 東吾君は女子に囲まれている。

 私と優衣ちゃんはカメラに撮って画像に収めた。

 中学最期の日だけは、少しでも心穏やかに過ごしたい。


 二人で中学を背にして、門を出た。

 春からは、優衣ちゃんと私立の高校へ行くのだ。

 受験から解放されたし、たっぷり遊び倒すぞと意気込んだ。



***



 四月。待ちに待った入学式だ。

 東吾君と喋らなくなり、お菓子を食べる量も減った。

 おかげで私の体はスマートになった。これは喜ばしい事である。


「スカートがブカブカだぁ。痩せる前に寸法測ったからしょうがないか」 


 ベルトでイイ感じに調節する。

 膝上丈まで良しとされているので、少し上めにスカートを上げてみる。

 昔のデブだった面影などない。誰これ状態が出来上がってしまった。


 ご飯を食べて外に出る。

 そして、東吾君のお家を見上げた。


 早朝だからかやはり誰も通らない。

 本当のサヨナラを告げて東吾君の家に背を向ければ、ガチャンと門が開いた音がする。


 新聞を取りに来た東吾君がそこにいた――


「きょう、こ?」

「あ、うん。おはよう、東吾君」


 信じられないという瞳で見られる。

 彼は同じ市内にある県立高に入学するので、朝はゆっくりと家を出ても間に合うのだ。

 

「なんで、その制服……」

「志望校変えたの。優衣ちゃんも同じ高校なんだ」

 

 似合わないかもしれない。

 一歩引いて距離を取ると、その分距離を詰められる。


「痩せた?」

「あ、あぁそういえば。10キロは痩せたよ~」


 太った私は過去のヒト。

 東吾君と喋らなくなったあの日から、私の食欲が減退した。

 見事に標準体型に戻れて万歳だ。優衣ちゃんも喜んでくれている。


「前から可愛かったのに、さらに可愛くなって……俺があれだけ」

「ん?」

「いや、何でもない。そうか、私立校に行ったのか」


 ブツブツと何かを呟いて、意を決した東吾君。

 瞳に力が宿り、頬を撫でられた。


「押してもダメなら引いてみろ作戦は、響子には無理だったな」

「な、なにそれ?」

「響子には押して押して押しまくれが有効だったと、今さらに気付いたんだ。俺、バカだったよ」


 抱きしめられていると気付いたのは、東吾君の胸の鼓動を聞いている時だった。


「迎えに行くから。そしたら、今度は俺の話を聞いて」


 今まで触れていなかった分を取り戻そうと、東吾君がたっぷり触れてくる。

 もう行かなきゃと言うと、名残惜しく離された。

 それからは、学校が終わると東吾君が毎日のように家に入り浸るようになった。


「じゃぁ、東吾君。そっちの学校でも頑張ってね」

「ふ、俺も響子と同じ学校にしたから同じだよ」

「え?」


 一年後、クラスに転入生がやって来た。 

 お隣さなんの脇沼東吾君だった。

 彼は、二年生のテストを余裕で通過し、私と同じクラスに入り込んだ。


「脇沼東吾と言います。河合響子のお隣同士で、付き合ってます。以後、よろしくお願いします」


 入った早々、核心を付く挨拶で皆を驚かせた。

 私に彼氏が居たのかと男子に問い詰められ、私が返答に困っていると――


「響子を追っかけてきました。というわけで、誰にも渡す気はない」


 手を握られて、引っ張られた。

 半ば強引に廊下に連れられて、私は東吾君に待ってと文句を言う。


「東吾君の正直な気持ちを聞かせて欲しいの」


 誰も来ない廊下の踊り場まで連れて来られて、

 東吾君は喋り尽くした。


「あー、好きだよ、ガキの頃からずっと響子が好きだった! それなのに響子ときたら、俺には無関心装って。腹が立って好きでもない女子と付き合ったけど、一日で振ってやったよ」 

「東吾君……」

「俺が毎日、何のためにお菓子をあげてたか、知らないだろう! 響子を太らせて誰にも見られないようにするためだったのに!」


 こんなに可愛くなってしまって、大誤算だと言い切られた。東吾君がそんな意味を込めて私にお菓子をくれてたとは、全然分からなかった。


「その、東吾君は、私が好きだったの?」

「そうだよ! で、返事は?」

「私も、東吾君が好き」


 色々遠回りしたけど、気持ちが通じ合った瞬間だった。

 もう離さないとまで言われて恥ずかしい。

 優衣ちゃんには仰天されて、からかわれるし。


「こんなこったろうと思ったわよ。ほんと、東吾はヘタレなんだから」

「うるさい! こんなの響子だけだ」

「はいはい、ノロケは私が居ない時にしてね~。というか、誰のおかげで今まで、響子に悪い虫が付かなかったのか分かってる?」


 うぐ、と言葉に詰まる東吾君。

 優衣ちゃんの方が優勢だ。

 昔から東吾くんを言いくるめるのは優衣ちゃんしかいなかった。

 この久々の図も、毎日見られるんだなと思うと喜んだ。


「入学早々、響子凄かったんだよ。同じクラスの男子と上級生に告られて、下駄箱なんかラブレターでいっぱいなんだから!」

「なにっ! 優衣っ、ちゃんと防止してたんだろうな」

「今を見ると分かるでしょ。響子の貞操はちゃんと守ってあるんだから」


 恥ずかしいやり取りをしているから、そそくさと二人から離れた。二人はまだやんやと騒いでいる。のちに聞けば、東吾君と居ない私を収めた写真を買い取っていたと聞かされた。

 

 仲がイイねと言うと、二人して違うとハモられた。

 否定しなくても良いのにと笑うと、二人して揉みくちゃにされる。

 





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