大豆の三色そぼろ丼と正義のジェラート
「本日の昼食、『大豆の三色そぼろ丼』でございます」
テーブルの上に置かれたのは、深みのある漆黒の陶器鉢。
その中に盛られた麦飯を、緑・白・茶色の鮮やかな3色のそぼろが覆っていた。
鮮やかな若草色に輝く、塩茹でされたばかりの枝豆。
白くぷるんとしているものは、卵白だろうか。
そして、照り艶の美しい茶褐色に煮詰められた、香ばしいそぼろ肉。生姜と醤油、そしてみりんの甘辛い香りが湯気と共に立ち上り、俺の鼻腔を蹂躙する。しかし……。
「デューク、うまそうだがこれが大豆の三色丼か? 枝豆はまあ大豆といえば大豆だが他の2つは違うだろ?」
「いえ、よく見てください。そちらはすべて、畑の肉――『大豆』でございます」
デュークが悪戯っぽく微笑んだ。
半信半疑でそぼろ肉を口に運ぶ。
――ジュワッ!
噛み締めた瞬間、甘辛い生姜醤油のタレが、ふくよかな出汁の旨味と共に口内へと溢れ出した。弾力がある。噛みごたえは完全に挽肉のそれでありながら、動物性の脂特有の嫌なしつこさが一切ない。《食物繊維》が抱え込んだタレが、噛むごとに麦飯の甘みと混ざり合ってハーモニーを奏でる。
「これは……大豆ミート……! 完成させていたのか!」
「はい。アッシュ坊……。失礼、フォックスウッド公にご教示いただいた通り、大豆から油脂を極限まで圧搾・抽出したのち、残った植物性タンパク質に風と熱の魔導で加圧・加熱を施しました。急激に減圧させることでタンパク質が膨張し、まるで本物の挽肉のような弾力と肉繊維の構造を形成するのです。それを生姜と出汁でじっくりと煎り煮にいたしました」
「さすがだ。油分を抜いて加圧・膨張させたことで、スポンジ状になった植物性タンパク質が、煮汁を限界まで吸っている。肉よりも自身のうまみは劣るが、その分だけ出汁の浸透率が高い!」
「へえぇ……! お肉じゃないのに、完全に見た目はお肉だね」
レオが目を丸くしてスプーンを手に取った。
ジョンもおずおずとスプーンを口に運ぶ。
「んんっ……!? これ、本当に豆なんですか!? 噛むとジュワッと甘辛いタレが染み出してきて、適度な噛みごたえがあって……本物の豚挽肉より脂っこくなくて、いくらでもご飯が進みます!」
三色のうちの「茶色」が大豆なのはわかった。ならばこの「白」はどうだ。口に入れると、確かに優しい甘みと卵の香りがほんのりする。だがこれは――。
「これは……白大豆のピューレか! 豆の香りが鼻に抜ける。それになんだ? バターに卵白か?」
「はい。今朝ヨーコ殿からいただいた白大豆を茹で潰して卵白とバターで練り上げ、みりんで甘みをつけてそぼろにしました」
なるほど。これなら確かに「大豆の三色そぼろ丼」の名に間違いはない。
「うん、美味しい! 白大豆の優しい甘みと、枝豆のコリコリした歯ごたえのアクセントが最高だねえ」
2人が舌鼓を打つ中、俺はそぼろ丼をガツガツと胃袋に流し込みながら、天を仰いだ。
「ふふ、お気に召していただけて何よりです。そして、お口直しにはこちらをどうぞ」
デュークが続いて差し出したのは、ガラスの器に盛られた、淡い黄緑と乳白色の、2色の美しいジェラートだった。
上には香ばしい薄茶色の粉末と、艶やかな黒蜜がとろりとかけられている。
「こちらは魔導フロージェットを用いた『2色の大豆ジェラート』でございます。黄緑色のものは実をつけたての若莢の時期の大豆、つまりは『枝豆』をそのまま凍結粉砕したもの。白いものは完熟した大豆から引いた濃厚な豆乳のジェラートでございます。そして上にかかっている粉末は、炒った大豆を微粉末にした『きなこ』にございます」
鮮やかな緑と、優しいクリーム色の2色の層が織りなす氷菓の小山。その上に散りばめられたきなこ、そして山頂から流れ落ちる蠱惑的な黒蜜。見ただけでもう、美味しい。
俺はスプーンを伸ばし、枝豆のジェラートを口に運んだ。
ひんやりとした冷気の奥から、青々とした若豆の爽やかな甘みが広がる。ざらりとした氷の粒子を感じるジェラートの舌触りとはまた違う、フロージェットできめ細かく砕いたからこそ生じるねっとりとした舌触り。
続いて豆乳のジェラートを口に含むと、まったりとしたコクと大豆の芳醇な旨味が、黒蜜の濃厚な甘みと絡み合った。きなこの香ばしさが鼻腔を突き抜ける。
「……素晴らしいな」
俺は深く息を吐いた。
「ありがとうございます。本日は趣向として、すべて同じひとつの植物から生まれながら、収穫時期や加工法によって全く異なる表情を見せる大豆を使って仕上げてみました。ジョン君、ヨーコ殿の大豆は実に素晴らしく、奥深い食材ですね」
ジョンは母のことを褒められ、そして、現状を思い出したのだろう。目に涙を浮かべて頷いている。
「……同じ、ひとつの植物か」
俺はスプーンを口にくわえたまま、ポツリと呟いた。
もやし。枝豆。大豆。きなこ。豆乳。大豆ミート。豆腐。お揚げ。おから。
姿形を変え、名前を変え、世界中に溶け込んでいる同じ存在。
そして――俺が前世で恋い焦がれていた、あの発酵食品。
「おい、ジョン」
「は、はい!?」
「ヨーコシェフが晩餐会で出したメニューに、大豆を使ったものはなかったか?」
「えっ? あ、はい! 母さんが今回のスペシャリテとして用意したメニューこそがそのメニューです」
「メニューの名前は」
「はい、『大豆の四重奏スープ』です」
大豆の四重奏。デュークの三色丼よりも1つ多い。おそらくは同じ趣向のメニューだろう。と、いうことは――。
「どんなレシピかわかるか?」
ジョンは記憶を辿るように話し始めた。
「ええと……確か……。ヴァレンティア王領と構成国の仲良さを表現するために、大豆を王領に見立てて、4種類の調理方法の大豆を使ったスープだったはずです」
「4種類の調理方法は?」
そこでレオが話を引き取った。
「アッシュ、僕があの場で聞いた解説はこうだったよ。
火を司る炎峰伯国ハートレイ由来の強火で炊き上げて醸造した『熟成味噌』をベースにしたミソスープ、
光と風を司る聖光公国カー=ルーメンをイメージした、薄く透き通って揺れる『生湯葉』、
水を司る水環領邦アクアリスの豊かな水で作った『絹ごし豆腐』、
ミソスープをベースに、湯葉と豆腐が入っていたんだ」
「なるほど。あと1色は」
「あと1色は、山林王国ヴァルドレンの地の恵みである酵母から作った『納豆』だったかな」
「間違いないか」
ジョンが勢い込んで頷く。
「はい! ひき肉の代わりに、とろみとコクを出すために……『ひきわり納豆』を細かく叩いて仕込んだ、特製の葛あんかけを上から注いだんです! 皆様方も、『豆の滋味が見事に調和している』って大絶賛してくれて……!」
カチャリ。
俺の脳内で、バラバラだったピースが、凄まじい轟音を立ててひとつに結合した。
大豆。
納豆。
発症までの半日ほどのタイムラグ。
そして――重篤な被害者が『海洋国家エラリアハイランドの人間に集中している』という事実。
「……繋がった」
俺は椅子からガタッと立ち上がった。
「レオ、今回の事件は毒殺テロなんかじゃない。これは……純粋な事故だ」




