序章「バーチャルライバー、配信中!」
薄暗く湿った土壁の洞穴。
むせ返るような土埃が漂う中、ひときわ甲高い少女の悲鳴が轟いた。
「むりむりむりむり~~~~!!!!」
ドンッ! ともドカン! とも聞こえる地鳴りのような足音と共に迫るのは、丸太のように太い腕を持った猪頭の大男。
血走った目をひん剥いた魔物が分厚い岩壁に向かって猛突進すると、爆発でも起きたかのように土塊が弾け飛んだ。
「ひぇぇぇ……!!」
「はっ……はぁっ、ちょっちょっと、落ち着きましょう。これは、正直、あたしたちの手に負えない気がするわ」
パラパラと崩れ落ちる土砂を頭から被りながら、3人の少女たちは窪みになった岩の裏側へ転がり込み、息を殺して身を寄せ合った。
「ひ~ん……助けてしゃちょぉ……」
特殊なARフィルターによって、カメラ越しの彼女たちの姿はアバターとして配信画面に映る。
私はそんなバーチャルライバーである3人のダンジョン配信を撮影するドローンを操作している、カメラマン兼彼女たちのCEOである。
オフィスから3人の阿鼻叫喚を眺めている時の気分はさながらピンチのヒーローを見守るオペレーターだ。正直気が気じゃない。
<──みなさん、まだ浅瀬も浅瀬ですよ>
彼女たちの視界の端に浮かぶ半透明のARウィンドウ。そこに、インカムを握る私の声がテキスト化されたカンペとして無慈悲に表示された。
「あ、あれはちょっと怖すぎて無理! どっかい事するにはまず基本から、ね! もうちょっとちっちゃい弱そうなの狙お!」
身の丈ほどある巨大な斧を抱え込み、桃色のウルフカットを乱しながら一人の少女──バーチャルライバー百々瀬さくは涙目で首を振る。
「っていうか、か、かかかてる気しらい……」
深紫色の髪をしたモノクルを付けた少女、八岐ノメメは震える口で呂律が回っていない。
「賛成よ。無理して怪我しちゃったら大変だものね。ね」
いつもは落ち着いた雰囲気の配信を心がけているはずの風見風花も、今はその髪色と同じような真っ青な顔色で滝のような汗を流していた。
「も、ももちゃん。先行ってよぉ。ウチたちついてくから……」
「ぼ、ぼぼぼく先!? ぼくが先に出てってさっき何が起こったか覚えてない!? なんか分かんないけどぼくめっちゃ魔物に見つかるんだよ!」
「でもあたし達の中で前衛できるの、ももちゃんだけだから……ね?」
「ね? じゃないよぉ! 一番年上なんだし風花行ってよ!」
「あっあたしはえーっと、銃だから前衛には向かないんじゃないかしら」
名前を挙げられた風花はこれでもかというほど目を泳がせて、無骨な猟銃を抱えながらジリジリと壁際へ後ずさる。
「じゃあメメ!」
「ウ、ウチは杖だし……」
言いながら、メメは背中に背負った奇妙な形をした沢山の杖へ視線を逸らした。
「も~! なんで近接がぼくだけなの~!!」
さくが半泣きで声を荒らげた、その瞬間だった。
ビチャリ。
岩陰に生温かく、ひどく生臭い鼻息が吹き込んだ。
3人が恐る恐る頭上を振り仰ぐと、岩の隙間から覗く巨大な猪の顔と完全に目が合ってしまう。
「グルルル……」
「「「げっ!!」」」
「グゥオオオオオ!!!!」
岩石を砕くような咆哮と共に、再び阿鼻叫喚の逃走劇が幕を開ける。
「い~~や~~!!!!」
カメラのスイッチングを切り替えながら、私は深く重い溜息をついた。
配信アプリに流れてくるコメントに目を向ける。
『全員無能で草』『でもかわいいからヨシ』『噛み合ってなさすぎる』『魔物駆除する気あるんか? このパーティ』『仕事は選んだ方が良い』『うーん、弱い』『よわい(確信)』『REC』etc...
なんというか、予想通りとはいえあんまりなコメント欄だった。ちょっと彼女たちに見せられない。ダンジョン初挑戦でコレでは心が折れる事請け合いである。
しかし知識も経験もなく、初期装備すら全く噛み合っていないポンコツパーティ。全くもって先が思いやられるのは確かだ。
「うーん、どうしたものか……」
ダンジョンとは打って変わって静かなオフィスで、私は煙草をふかしながら独り言ちる。
少女たちがなぜ無謀で危険なダンジョン配信へ足を踏み入れるに至ったのか?
事の経緯は、およそ3か月前にさかのぼる──。
読んでくれてありがとうございました。
毎日投稿で頑張っていきますので応援してくれると嬉しいです。




