第三十五話:ミーエル散策
模擬戦の余韻が残る中、その日はそのまま解散となった。
「今日はもう十分な収穫があったな……」
俺は思わずそう呟いた。
ギルドでの交渉、そして予想外の模擬戦。
街を歩き回るには、正直どっと疲れが出ていた。
「街の散策は、明日にしようか」
俺の提案に、サットウ、ミア、アリサも異論なく頷いた。
「賛成です。……今日はもう、色々ありすぎましたから」
ミアが苦笑いしながら答えた。
その後、俺たちはゴードンに教えてもらった店で夕食を取ることにした。
「ここが……」
案内された店は、こぢんまりとしているものの、食欲をそそる香ばしい匂いが漂う、居心地の良さそうな食堂だった。
焼きたてのパンや、香辛料の効いた煮込み料理を前に、アリサは目を輝かせながら夢中で頬張っていた。
「美味しいです……! こんな味、初めてです……!」
その様子を見ながら、俺たちも自然と笑顔になった。
食事を終えた後、俺たちは宿へと戻る道すがら、ふとあることに気づいた。
「……そういえば、この街には、ちゃんとした風呂屋がないみたいだな」
道中、通りすがりの店を眺めていても、それらしき看板は一つも見当たらなかった。
「ええ、確かに……。この街では、湯浴みは各家庭で済ませるのが一般的なようですね」
サットウがそう補足してくれた。
「そうか……」
俺はふと、始まりの村のことを思い出した。
石造りの露天風呂。湯気の立つ湯船に肩まで浸かった時の、あの何とも言えない解放感。
(……あの風呂、恋しいな)
宿の部屋に戻り、簡易的な湯浴みだけで済ませた俺は、寝台に横になりながら、ぼんやりと天井を見上げた。
(早く、みんなが待つ村に帰りたいな……)
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと、深い眠りへと落ちていくのだった。
翌日、ミアは正式な協定の話し合いを進めるべく、城へと向かった。
「行ってきます。……交渉、頑張りますね」
「ああ、頼んだ。何かあったら俺を使ってくれて構わないから」
ミアを見送った後、俺、サットウ、アリサの三人は、そのまま街を散策することにした。
「よし、それじゃあ行こうか」
「はいっ」
歩き始めてすぐ、道行く人々の中から、何度か声をかけられることがあった。
「あ、あんた昨日のあの……! ライケンに勝った奴だろ!」
「見たぜ、あの試合! すごかったなぁ!」
昨日の決闘を実際に見ていた冒険者たちが、目を輝かせながら次々と話しかけてくる。
「……あ、ああ、どうも」
俺は思わずぎこちなく返事をした。
「……なんか、照れ臭いな、これ」
小声でそう呟くと、隣を歩くサットウがくすりと笑った。
「街の人々にとっては、それだけ印象深い出来事だったということでしょう」
「そういうものか……」
そうこうしながら、俺たちは街の中をあちこち巡っていった。
まず立ち寄ったのは武器屋。
ずらりと並んだ剣や槍、盾の数々は、どれも丁寧な作りで、素材の質も高いことが一目で分かった。
続いて訪れた服屋では、色とりどりの生地や、繊細な刺繍が施された衣装が並んでいる。
「わあ……綺麗な服がいっぱいです……!」
アリサが目を輝かせながら、あちこちの棚を覗き込んでいた。
家具屋では、木目の美しい椅子や机、丁寧に彫刻の施された棚が数多く並んでいた。
「これなら、村の増築にもぴったりだな」
俺はそう呟きながら、いくつかの品を眺めて回った。
最後に立ち寄った馬車屋でも、
頑丈そうな車輪に細部まで作り込まれた荷台を持つ馬車が、何台も展示されていた。
——どの店を回っても、共通していたのは、品数の多さと、確かな作りの良さだった。
「……なるほどな」
俺は改めて実感した。
「これが、商業都市って呼ばれる理由か」
一つ一つの店に、それぞれの分野に特化した職人の技術と、豊富な品揃えが息づいている。
この街の規模と発展ぶりを、肌で感じる散策になっていた。
そうして街を巡っていく中、俺たちはふと、不思議な空気を纏った一軒の店の前で足を止めた。
古びた木の看板には、ただ一言——『何でも屋』とだけ書かれていた。
これといった特徴のない、他の店に埋もれるようにひっそりと佇む建物。
だが、なぜか目が離せなかった。
「……なんだか、気になりますね」
サットウもまた、その店をじっと見つめていた。
「入ってみるか」
俺がそう言うと、三人は静かに頷いた。
そして、俺たちはその扉を開け、店の中へと足を踏み入れた。
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