第一話:生乾き女神との出会い
連日の疲労がピークに達していた俺は、昨日の夜、吸い寄せられるように布団へ潜り込み、まだ19時だというのに泥のように眠りについていた。
ぐっすり眠って目が覚めると——そこは自分の部屋ではなかった。
「……う、なんだこの匂い……」
鼻を突くのは、重苦しい湿度と、部屋干しの洗濯物が乾ききっていないような生乾き臭。
壁紙は湿気で湿り、どんよりと薄暗い謎の六畳間。
そして、俺の布団のすぐ横に……激しくやつれた一人の女が座り込んでいた。
目元には濃いクマ。髪はボサボサで、今にも消えてしまいそうなほどガリガリに痩せ細っている。
「……起きた?」
「うわあああぁぁぁ誰ですかあなた!? ここどこ!?」
跳び起きた俺に、やつれた女は乾いた唇をかすかに動かして囁いた。
「驚かないで……私、女神。お願い……あらゆる生き物たちが争いすぎて、私の信仰心がゼロなの……。見ての通り、部屋の湿度すら調整できないくらい弱ってて……このままだと私、消えちゃう……」
「いや女神!? 生活感と湿気がすごすぎるだろ!」
「異世界に行って**『村をつくって、私の巨大女神像を立てて崇めさせなさい』**……いいわね!?」
「待って、せめて部屋を換気してからにして——」
「じゃあ頼んだわよ」
「えっ」
言葉が終わるより早く、生乾き臭い部屋の床が豪快に抜け落ちた。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!?」
雲を突き抜け、真っ逆さまに落下していく。
眼下に広がっていたのは、荒涼とした荒野。そこではまさに、二人の男が、互いの陣営を率いて最終決戦の死闘を繰り広げようとしている瞬間だった。
「死ねぇぇ、俺に逆らう奴は全員ぶっ潰すーーーっ!」
「滅びよ! 俺こそがこの世界の支配者だーーーっ!」
「どけえぇぇぇぇ物理的に邪魔だあぁぁぁぁっ!!」
ドガーーーーーーーン!!!!
超高所からの物理落下と、二人が練り上げていたエネルギーが正面衝突。凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜け、爆煙が天高く巻き上がった。
「ガハッ……!」
【 HPが0になり——】
完全に死を覚悟した、その刹那。
被せるように脳内に爆音が響き渡った。
【経験値を大量獲得しました】
【レベルが 1 から 150 に上がりました】
【レベルアップにより全ステータス・HPが完全回復しました】
「……ぶはっ!!」
全身を駆け巡る血液と衝撃で、俺は弾かれたように跳び起きた。
「はぁ、はぁ……いま! いま絶対一瞬死んだよね!? HP0って聞こえたもん! レベルアップの全回復が間に合わなかったら死んでたよね!?」
冷や汗をダラダラ流しながら心臓を押さえる俺。
「あいつマジで許さねぇ……! 『じゃあ頼んだわよ』じゃねぇんだよ! 生乾き臭いうえに転移のやり方まで雑かよ! 帰ったら絶対あのやつれた女に一文句言ってやる……!」
ぶつぶつと独り言で女神へのクレームを吐き出しながら荒野を見渡すと、煙が徐々に晴れていく俺の足元には……平らな紙のように平坦になった二人の残骸(?)が転がっていた。
周囲を見渡して、俺は息をのんだ。
そこには、ガタガタと膝を震わせ、目を丸くしている生き物たちの集団がいた。
片や、使い込まれた鎧を着た人間たちの集団。
片や……黒い翼や角が生えた者、岩のような皮膚の壁男、果てはゴブリンのような姿をした者たち。
「あの勇者様がプレスされた」
「魔王様がぺちゃんこに……!?」
場のピリついた空気に、恐る恐る声をかけた。
「あー……その、なんかごめん」
その瞬間——
地響きのような大歓声が巻き起こった。
「「「勇者が死んだぞーーーーっ!!!!」」」
「「「魔王が死んだーーーっ!!!!」」」
「「「これで平和になるぞーーーーっ!!」」」
大量の歓喜と感涙の声が一斉に上がり、祭り会場のような大騒ぎになった。
「えぇ……!? なんで……!?」
困惑する俺のすぐ目の前へ、二人の男が歩み出てきた。
一人は人間たちの集団から出てきた、髭面の渋いベテラン騎士。
もう一人は羽の生えた人間?たちの集団から出てきた、黒い羽を生やした眼鏡の男。
二人は俺の目前で一斉に深く頭を下げ、片膝をついた。
「謝罪など滅相もない! むしろ感謝いたします! 私は人間側の副隊長、ガストンと申します! あの勇者め、世界平和のためだと言って我々を無給でタダ働きさせ、おいしい手柄だけ横取りする最低な男でした!」
「ふん、まだマシですな!」とバルゼ。
「私は魔族側の副隊長、バルゼ! あの魔王のパワハラは次元が違いますぞ! 挨拶の声が小さかっただけで『ヤル気が感じられない』と降格処分! 壁男やゴブリンの仲間たちは使い捨ての肉壁扱いです!」
「甘い! 勇者は『君の成長のためだから』と笑顔で徹夜の見張りを押し付け、失敗したら全責任をこっちになすりつけてきたんだぞ! 精神的ダメージなら負けん!」
「ハッ! 魔王様は深夜の3時に思いつきで緊急招集をかけ、行ってみれば『プリンが食べたい』ですよ!? こちらの胃の痛みが理解できますか!?」
ヒートアップして互いの上司の凄絶なブラックぶりを張り合い始める二人。
「わ、わかった! わかったから……!」
俺が思わず手で制して苦笑いすると、二人はハッと我に返り、真顔で力強く頷き合った。
「とにかく! あのような暴君どもを物理的に平らにしてくださった貴方様こそ、我らが求める真の主……!」
「「この命、貴方様に捧げます!!」」
後ろにいた壁男たちやゴブリン、人間側の兵士たちも一斉にひれ伏した。
俺は盛大に困惑しつつも、ポンと手を叩いた。
「ま、命を捧げるとかはとりあえず置いといて……まずはみんなで平和に暮らせるよう、手伝ってもらえるかな?」
「「もちろんです!!」」
二人は力強く叫び、申し分ないほどの敬礼を返してきた。
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