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告白騒動の翌日、紫乃が教室に入った瞬間、数人の視線が一斉に向いた。
「……なに?」
嫌な予感は、だいたい当たる。
「紫乃ってさ。」
友達の一人が、わざとらしく声をひそめる。
「昨日、吉野と一緒に帰ってたよね?」
「……うん。いつものことだけど?」
普通に答えただけだった。それだけのはずだった。
なのに、
「でさ、それってさ…」
まわりでニヤニヤした顔が増える。
「付き合ってるってこと?」
「は?」
紫乃の声が、昨日より少しだけ鋭くなる。
教室の空気は、もう完全に出来上がっていた。
誰かが言い出したわけじゃない。でもそういう話は広がるときは一瞬だ。
「いやいや、昨日さ、告白されてたじゃん、吉野。しかも一つ上の先輩に。」
「それで一緒に帰ってた女の子を彼女って言ってたって噂あるし。」
「え、本当に?というかあの人先輩だったんだ…」
紫乃は固まる。
やはり噂になるか。覚悟はしていたが、紫乃のことまで知られているなんて。
頭の中で昨日の出来事が再生される。
いつもの帰り道。
「彼女」
仁のあの一言。
「……絶対にあれのせいじゃん。」
小さく呟いたつもりだったが、周りにはしっかり聞こえていた。
「え、何?認めた?」
「違うって!」
紫乃は即否定する。
だが、否定すればするほど、逆に燃えるタイプの話題だった。
一方その頃。
廊下の角に、仁はいた。いつも通りやる気のなさそうな目。いつも通り短い返事。
ただ一つ違うのは…
「吉野、お前マジ?」
「付き合ってんの?藤崎さんと。」
たくさんの人に囲まれていることだった。
「別に。」
「いや別にじゃなくてさ!」
「本当か?あの噂は。」
「さあね。」
「いや、教えろよ!」
仁は少しだけ面倒そうに目を細める。
「どうでもいい。」
その一言で、さらに騒がしくなる。
その時、紫乃が廊下に出てきた。
視線が一斉にそちらへ向く。
「あ、藤崎だ。」
「本人来た。」
「ねえねえ、ほんとに付き合ってんの?」
そして廊下に出るなり、いきなり囲まれた紫乃は一瞬固まる。
最悪……やはりこちらにも。
そして、ゆっくり仁を見る。
仁は、何も言わない。ただ、いつも通りの顔。
「……ちょっと。」
紫乃は仁の袖を軽く引いた。
「説明してよ。」
「面倒。」
「その一言で済ませないで。」
周りは完全に興味津々だ。紫乃は小さく息を吐く。
もういいや……
半ば諦めたように、仁を見る。
「昨日のアレ、撤回する気ある?」
「ない。」
即答。
「はあ…」
紫乃は頭を押さえる。そして、小さく言った。
「……もういい。好きに言えば。」
その一言で、空気が変わった。
「え、認めた?」
「やっぱ付き合ってるじゃん!」
「ガチじゃん!」
教室と廊下が一気にざわつく。紫乃は遠くを見る。
終わった……ばいばい、平穏な学校生活。
その横で、仁は変わらず一言。
「面倒くさい。」
「いや、あなたが元凶だから。」
紫乃の言ったことは普通に正しかった。だがもう、その声は誰にもちゃんと届いていなかった。
そしてそのまま時間は過ぎ…昼休みのチャイムが鳴った。その瞬間、紫乃はものすごく嫌な予感がした。
「ねえ紫乃!」
案の定、友達がすぐに寄ってくる。
「今日さ、一緒に食べよ?」
「いつも別じゃん。」
「今日は特別。」
にこっと笑われる。その笑顔が一番怖い。
「いや、別にいつも通りで……」
言いかけたところで、もう一人が言った。
「吉野くんも呼んでるから。」
「は?」
気づいた時には、もう流れが決まっていた。
廊下の向こうから、男子数人に囲まれた仁が歩いてくる。
「おい吉野、こっち。」
「昼飯な、一緒に。」
「断るなよ。」
「行きたくない…」
「いいから来いって」
半ば強制的に連れてこられる。
ちょっと待って。
紫乃はその光景を見て固まる。
なんか、私、巻き込まれてるんですけど。
教室の隅。誰かが勝手に机を二つくっつける。
「ここな。」
「いい感じじゃん。」
「はい、カップル席。」
「勝手に決めるな!」
紫乃のツッコミは軽く流された。
気づけば、紫乃と仁が隣り合って座っていた。
その周りに数人。完全に観察席になっている。
「……」
「……」
二人はほぼ同時に弁当を開ける。
会話は全くない。
ただそれだけなのに、周囲はざわつく。
「え、空気落ち着きすぎじゃない?」
「逆に自然すぎる。」
「ガチ感ある。」
紫乃はもう諦めていた。こいつらはだいたいなにをやっても騒ぐ。こうなったら逆にいつも通り食べてがっかりさせてやる。
普通に食べ始めたのだが…
紫乃はふと、隣の弁当を見る。
卵焼き。少しだけ気になっていた。
仁のお母さんが作る卵焼き、めっちゃ美味しかった気がする。
「ねえ。」
「ん?」
「それちょうだい。」
「……」
「やだ。」
「え…ケチ。」
「自分の弁当だから、あげるわけにはいかない。」
「そうかあ…」
紫乃は落ち込んでしゅんとなった。
「おーい、吉野。彼女が欲しいって言っているんだからあげろよ。」
「フラれるかもよ。」
突然、周りからそんな声が聞こえ始めた。何やら私のことを応援してくれているらしい。
こうなったらこれを利用してやる!
「私、卵焼きくれないと仁のこと嫌いになるよ!」
私は言い切った。
「……」
すると、仁は恨めしいというような目でこちらを見てから…卵焼きをひとつ箸で取る。そして紫乃の弁当箱にぽとっと置いた。
「え、いいの?」
正直、もらえるかは分からなかったので意外だった。
「お前がうるさいからだ。」
「…ありがとう。今度何か持ってくる。」
「別にいらん。」
「そう…」
「というか今の優しくない?」
「別に。今までもあげたことある。」
「そうだったかな…?」
「そう。」
一方、それを見た周囲は…
「え、普通に分けてる。」
「距離近すぎ。」
「はい確定。」
大盛りあがりになっていた。
「いや違うから!ただ欲しかっただけ!」
紫乃は一生懸命否定するが…しかし誰も信じていない。
「本当に!だって仁の家の卵焼き…」
再び騒ぐが、周りは生ぬるい目で見るだけだった。
すると仁が隣でため息をつく。
そして…
「あ、えっ?」
無理やり唐揚げを口につっこまれた。
紫乃は話せなくなる。
「うるさい。」
「それでも食って静かにしておけ。」
「……」
唐揚げを口に入れたまま固まっていた。
そしてそっと仁のほうを見る。目が合った。
「その顔でこっち見んな。」
こくり、と頷いて私は唐揚げを噛みはじめた。なんだかうちのよりも味が濃くておいしかった。
「……おいしいね。」
「いいから静かに食え。」
「うん。」
その後は、二人の間は完全に静かになった。
ただ、周囲はあまりに自然に弁当を分け合う二人を見て唖然としていた。




