第24話:なにわ一水④
シルバーのマークXは、潮風を切りながら軽快に海岸線を走る。
「あっ、稲佐の浜だよ。サトミ!」
「わあ、本当だ ……ねえ、あの岩の上に小さな社があるよ?」
サトミが指差したのは、波打ち際にそびえる『弁天島』だ。
「あそこは確か……砂をいただく儀式があるんだよね?」
僕がうろ覚えの知識を披露すると、サトミが熱心に『るるぶ』を読み上げた。
「そうそう、これよ!ここで砂を汲んで、出雲大社にある砂と交換するの。その砂を家に持ち帰ると、お清めや厄除けの効果があるんだって」
「ほーん、そうなのか……(正直、観光の作法には疎いから知らなかったな)」
僕は心の中で呟きながらも、彼女の楽しそうな様子にハンドルを握る手が緩む。
浜に降り、二人でさらさらとした砂を掬い上げる。
「途中のコンビニでレジ袋をもらっておいて正解だったね」
「本当ね!これで準備万端。じゃあ、次はいよいよ出雲大社に行こうか」
再びマークXを走らせ、数分で出雲大社の駐車場に滑り込んだ。
「平日だから、駐車場もすんなり停められて助かるね」
「そうだね。……あ、そういえばサトミ。さっき境港で海鮮丼を食べたばかりだけど、出雲といえば『出雲そば』も有名なんだよね。ちょっと食べたかったかな、なんて」
僕がぼやくと、サトミの目がキラーンと輝いた。
「えっ、出雲そば!? ……ちょっと食べたい!」
「えっ? さっき海鮮丼を食べたばかりだし、お腹いっぱいじゃないの?」
「それはそれ、これはこれ! ちょっとだけよ、ちょっと!」
彼女の勢いに押され、僕は苦笑いしながら頷いた。
「じゃあ、『荒木屋』に行ってみようか」
「そこ、有名なの?」
「確か、テレビなんかでもよく紹介されていた老舗だよ。ここから歩いてすぐのはずだ」
お清めの砂を大事に抱えたまま、僕たちは出雲の古い街並みを抜け、香ばしいそばの香りが漂う方へと歩みを進めた。
老舗『荒木屋』の暖簾をくぐると、店内は活気ある賑わいに包まれていたが、運良くすぐに席へ通された。
「出雲名物、三段重ねの『割子そば』でいいよね?」
「うん! それにしよう」
運ばれてきた朱塗りの丸い器を見て、サトミが「わあ!」と声を上げた。
「なんか見たことないスタイルのお蕎麦ね!」
「江戸時代に、四角い重箱に入れて持ち歩いていたのが由来らしいよ。それがいつしか、この丸い器になったんだって」
「へぇ~、お弁当箱がルーツなんだ。そう聞くと面白いね」
出雲の歴史を一口ずつ噛みしめるように、二人はツルリと蕎麦を平らげた。
「さあ、サクサク食べて、いよいよ大社へ行こうか」
出雲大社の入り口。鳥居をくぐる前、二人は示し合わせたように足を止め、深く一礼した。 祓社で心身の穢れを落とし、手水舎で清らかな水に触れる。参道を進むごとに、空気がどこか凛と澄んでいくのがわかった。
「わあ……大きなしめ縄!」
拝殿の前に立つと、その圧倒的な存在感にサトミが息を呑んだ。
「ねえ、あっちに見えるのも大きくない?」
「向こうは神楽殿だね。でもまずは、こっちでお参りしよう」
「ええと、るるぶによると、ここは『二礼・四拍手・一礼』なのね」
サトミの言葉に従い、二人は並んで手を合わせた。
静寂の中で響く、四つの柏手。二人が何を願ったのか――それは、この広い境内の神様と、二人の心の中だけが知っている秘密だ。
その後、国宝である御本殿を裏側から拝み、最後に向かったのは素鵞社。 稲佐の浜で大切に運んできた砂を納め、代わりに清められた砂を袋に詰める。
「よし、これで一通りのお参りは終わりかな?」
「そうね。砂も無事に交換できたし、なんだか背筋が伸びた気がするわ」
サトミの顔には、どこか清々しい笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、松江に戻って今日の宿にチェックインしよう。……お疲れ様、サトミ」
「うん、行こう!」
マークXの助手席で、サトミは大切そうに砂の袋を膝に置いた。 夕暮れに染まり始めた島根の道を、車は一路、宍道湖のほとりにある極上の宿へと走らせる。




