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剥がれ落ちる日常と、白銀の残響

古戦場を離れ、王都へと続く街道の途中。

ガストンの背中で眠るヴァルカの体が、

突如として激しく痙攣した。

雲の切れ間から差し込んだ満月の光が、

彼女の銀色の髪を透過し、ありえないほど純白の輝きを放ち始める。


「……ッ、降ろせ」


ラックが低く命じると、ガストンは反射的に足を止めた。

ヴァルカの意識が浮上する。

だが、その瞳はもはや銀色ではなかった。

冷徹なまでの純白。

伝説の神獣フェンリル――白の魔王フェルの顕現だった。


彼女はガストンの背中から軽やかに飛び降りると、

周囲を見回し、不敵に笑った。


「ラック、お前は何者だ?」


ラックは無言で周囲に魔力を展開した。

紫の粒子が壁となって空間を覆い尽くし、

外界から遮断された『心象結界』が完成する。

この内部では、魔王の力も王都の住人には露見しない。


「ヴァルカさんがフェルだなんて驚いたよ。

フェル、お前を探していたが。

(向こうから会いに来るんだな。

手間が省けたのはいいが)

あのさ……フェル。

お前、冒険者ごっこなんかして、なにやってんの?」


ラックは肩をすくめ、

いかにも場慣れした冒険者らしい態度で問いかけた。

だが、その瞳の奥には隠しきれない怜悧な光が宿っている。


ラックの言葉に対し、フェルは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「我をフェルと見抜くか小僧。

ごっこだと? 我が真意も知らぬ分際で。

ラック、貴様は我の冒険者活動を

お遊びだと思っているようだが、とんだ勘違いだ」


フェルは白く光る指先で、自身の胸元を指した。


「我は、自らをこの器に封印した。

……我が主が提唱し、

天界がシステム化した『人間を勇者へと成長させる』という思想。

その完成度をこの身で測るためだ。

私は己の記憶を書き換え、

神獣としての戦闘性能を人間の器に収まる限界まで封印し、

あえて『冒険者ヴァルカ』として活動をしてきた。

不具合があれば匿名で報告し、

天界のシステムを修正させる……いわば『隠れ監査役』の役割をな」


ラックは心の中で苦笑した。

(遠い昔、森で気まぐれに助けた一匹の雌の狼。

それがここまで成長し、神獣の座を射止め、

魔王にまで成り上がった。

それなのに現在はデバッカーが主な活動だというのか)


「……その設計思想を貴様が人体実験として実践していたのか。

その主が大好きだったんだな」


「……ッ! 貴様ごときが主のことを口にするな!」


フェルが顔を赤らめて怒鳴る。

その反応は、かつて魔神アッシュベルクの足元で

じゃれついていた狼の面影そのものだった。


「天界の連中が作ったシステムはあまりに硬直的だ。

黒の魔王の迷宮に対しても、その構造的脆弱性を匿名で突き、

迷宮管理の是正を提言し続けてやった。

おかげでこの世界の冒険者と魔物の均衡は、

長きにわたり保たれていたのだ。

……我なりに、この世界を愛していたのだよ。

主が愛したこの世界をな」


フェルは誇らしげに語る。

だが、その口調にはどこか滑稽な哀愁が混じっていた。


ラックはあくまで「しがない新人冒険者」の仮面を被り、

その滑稽さに口元を緩めそうになるのを堪えた。

フェルの使用している匿名通信の『念話番号』は、

天界の記録体系通称『図書館』では

とっくの昔に彼女の署名入りで登録されている。

匿名などというものは幻想であり、

実態は「かつてのペットによるセルフ監査」に過ぎなかった。


(……本人は、自分が完全に隠密裏に動いていると

信じ込んでいるのか。記憶を改ざんしすぎて、

天界の権限すら忘れているのか。この『魔王』、とてつもないポンコツだな)


「匿名……か。そうか、それはご苦労だったな」


ラックはあえて真実を告げず、ただの新人らしく適当に相槌を打つ。

フェルは「ふん」と鼻を鳴らし、満足げに夜空を見上げる。


「我は、主のやり方を否定したかったのではない。

天界が作ったこの『冒険者』というシステムの中で、

神獣の力を封じた『最強の駒』がどう機能するかを

……主の計画を実現できるシステムなのかを確かめたかった」


その言葉は、まるでかつての親友と交わす議論のようにも響く。

だが、その背後で、結界の外側へと

漏れ出すはずのない禍々しい残滓が

さらに巨大な牙を剥こうとしていた。


「だが、遊びは終わりだ。我という器が

この満月の輝きで耐えきれなくなっている。

ラック、貴様が何者かは知らんが貴様は知り過ぎた」

「え!? 勝手に自分語りしてたじゃん!

聞いて欲しかったんだよね? 絶対にそうだよね!」


ラックの的確な指摘に、フェルが真っ赤になって激昂する。

彼女が爪を振るうと、結界が悲鳴を上げた。

ラック紫の光と、フェルの純白の輝きが

夜の狭間で激しく火花を散らしたそうとしていた。

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