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Day.5-25 蛍の光

 と、いう訳で引き続き混沌である。

 そこかしこで、奇声を上げて暴れている者、酔い潰れている者、口説く者、自慢話をしている者、などなど……。


 あれだけの大事件、そして長時間を及ぶ戦闘の後だというのに、ここに集った者達はフルスロットルだ。まぁ戦闘には参加してない人もいるけど。


 手を休めずずっと飲んでいるのにイリヤさんは平然としている。さすがだ。


 ジュークはシトリに膝枕してもらって気持ち良さそうに寝ている。完全に酔い潰れている。


 食事は既に終了していて、今はテーブルには飲み物と(アテ)が乗っているだけだ。


 注目したいのが、ケイ・ザ・ウェストのスキルだ。酒を生み出す能力、とだけ聞くと何の役に立つんだよと思ってしまうが、実際にはもっといろんなことが出来るようだ。


 “一度でも自分が飲んだことのある酒を自由に生み出す”ことに加え、グラスはもとより酒にまつわる小物、例えばシェイカーやマドラーなども生成できるみたいだし、ちょっとした肴まで生み出せるようだ。

 しかも、それらは一定時間経つと勝手に消滅する。幻のように掻き消されてしまうのだ。後片付けの手間要らずだ。

 じっと観察していると、ケイが生み出したものは10分ちょっとくらいなら存在していられるようだ。これを覚えておくと後々役に立つかもしれない。


 マスキュラさんとガリアーノさんの筋肉コンビは相も変わらず大ジョッキのビールだ。彼らの飲みっぷりは実に痛快で、ビールが水みたいにすいすいと消えていく。


 他の者はもう食事をとっくに終えているし肴にもあまり手をつけていないが、ここだけは別だ。


 ケイが次々と生み出す肴を指先を休めることなく摘まんで口に放り込んでいる。


 ナッツをぽりぽりやってたかと思えば生ハムやサラミに舌鼓を打ち、クラッカーやグリッシーニを噛み砕きながら筋肉についての話をしている。


 ケイは豪快な二人を気に入ったらしく、近くに座ってオススメの肴をどんどん繰り出している。

 おいしそうに飲み食いするよなぁ、この二人。そりゃ作ってる方も有り難いよね。


「次はこんなもので、如何(いかが)です?

 オイルサーディンです」


 そう言って白い小皿を生み出すケイ。いわしのオイル漬けだ。いいね、合わせるなら白ワインかな?

 

「いいですね、それ」


 俺は分けてもらおうとケイの近くへ寄っていった。

 この席では一滴も酒を飲んでいない。飲めばスキルが自動的に発動してしまうからだ。こんな楽しい場で余計な音なんか聴こえなくたっていい。


「食べるかい?僕の能力に制限は無いからね」


「頂きます」


 そして何もない空間から現れたオイルサーディンは実にいい感じに脂がのってそうで旨そうだ。


「君は確か、お酒を飲むと能力が発動するんだったね?」


「はい、ですのでこっちの世界じゃ逆に楽しみたいときに酒は飲めませんね」


 言いながら、サーディンをつまむ。気の効いたことに小さなフォークもついていた。

 ううーむ、美味だ。思わずワインをオーダーしたくなる。


「旨いな!」

「あぁ!」


 酒を飲むと誰しも多少は声が大きくなるものだがこの筋肉二人は本当にうるさい。普段でさえボリュームあるのに、気が大きくなったら部屋中に声が響く。


「こいつは、なんていう魚だい?」


「イワシです。こちらにはいませんか?」


 マスキュラさんの質問にケイが答える。


「イワシ、ね。

 白身魚ならたくさんいるが、イワシっていう種類はいないね。

 まぁでも、呼び名が違うだけかも知れないが。

 俺は魚にはちょっとうるさくてね」


 マスキュラさんは確か、素潜り漁をやるんだったっけ。海の幸は食べ慣れているのだろう。


「お口に合いましたか?」


「あぁ、旨いよ。

 今日は材料が無いから無理だが、いずれあんたにも恩返しに俺の獲ってきた新鮮な魚で料理を振る舞いたいところだね」


「いいですね、是非、お願いしたいところです。

 その時は料理に応じて最適なお酒をお出ししますよ」


「けど最近は少し、海の事情が厄介でね。

 俺もあまり自由に潜れなくなってるんだ」


「ほぅ、というと?」


「ロメール帝国と隣国のスカイピア連邦の間に流れるホログサーノ海ってのが俺の漁場なんだが、向こうの漁業組合とこっちとで揉めてるんだ。

 漁場の範囲であったり、漁の方法だったりね。

 特に最近、違法な漁師が増えているみたいで、魚を稚魚のうちに大量に獲っちまっていくもんで問題になってみらしい」


「どこにでもそういう問題はあるんですね。

 こちらでもよく聞く話ですよ」


「ま、人間同士の関係なんかどこの世界も同じってことかね。

 俺は子供の頃、ホログサーノ海の近くで育ったからあの海に特別な思い入れがあるんだ。

 顔馴染みの漁師も多いしね」


 おぉ、生まれながらにして海の男ってわけか。やはり海は良質な筋肉を育むんだなぁ。それと、経済水域を巡る争いってのはよくある話だ。日本も、しょっちゅうお隣さんと揉めている。


 さて、この場で酒を飲んでいないのは俺と、シトリと、チコと、二人の王子だけだ。

 ホーリィさんはお酌をしながら男子達に付き合って少し飲んでいるし、ケイは自分で勝手に好きなものを作って飲んでいる。


 英雄には酒豪エピソードが付き物だが、ここに集いし英傑達もご多分に漏れず酒に滅法強いようだ。


「楽しく()ってますぅ~?」


で、絡み酒と言えばジュークも酷かったがこのディジーさんもなかなかである。

 完全に上気した顔でショートグラスでカクテルを飲みつつ、俺達の会話に割って入ってきた。


「あなた、飲んでないでしょう?

 ほら、私のをあげます」


 無理矢理グラスを俺の口元へ持ってくるディジーさん。


「いえいえ、お気遣い無く!

 俺は飲めないんで」


「あら!私の酒が飲めないなんて!

 ねぇ、しーちゃん!」


「どうしたのー?ディジー様!」


「この人、私のお酒に付き合ってくれないの」


「うそっ!ひっどーい!」


 うむ、酔っぱらった女性二人に囲まれるのは普段なら歓迎すべき場面なのだろう。どちらもとびきりの美人ではある。しかし俺自身が全くの素面だと居心地の悪さばかり感じてしまう。


 と、ここでヨハネ大将が立ち上がった。


「皆、お楽しみのところを申し訳ない。

 私はこの後雑務が残っているので、この辺でお(いとま)させてもらう。

 他の者は今日は心行くまで酒を酌み交わし、英気を養うがいい」


 どうやら大将は仕事が残っているようだ。わざわざ忙しい時間を割いて出向いてくれたのか。


「お帰りですか?外までお見送りしましょう」


 素早くイリヤさんが立ちあがる。酒は大量に飲んでいたはずだが、その動きに一切ブレはない。いつもと何ら変わらない。


「シトリ」


 イリヤさんが声をかける。シトリは近くにいたホーリィさんにジュークへの膝枕の役を交替してもらい、二人でヨハネ大将に追従していった。


 これは、何かあるな。

 直感でピンと来た。


 俺はトイレへ行くふりをして食堂を抜け、こっそりとつけてみることにした。


 玄関は開け放たれており、外でヨハネ大将とイリヤさんが別れの挨拶を交わしている。

 やがて馬車が去る音が聞こえ、イリヤさんは隣にいるシトリと話し始めた。


「そろそろ、始めるか?」


「そうですね」


「今日は少し数が多いな」


「私一人でも構いませんよ?

 イリヤさんは休んでいてもらっても」


「そういうわけにはいかない。

 手伝うと事前に言っておいただろう」


「じゃあ、お言葉に甘えますね」


「あぁ」


 やはり、何か二人でするみたいだ。

 周りの人間に知られずにすることとは一体……。


 気になったら確かめずにいられない。

 二人の足音が去ったタイミングで外へ出た。

 警備の兵士は未だ外を巡回している。


 イリヤさんとシトリは、宿の裏へ歩いていったようだ。

 兵士が駆け寄ってきて敬礼しようとしたのを制し、忍び足で後をつける。


 様々な野菜が実った畑の畦道を抜けた先に、少し拓けた場所があって、そこに二人が立っているのが見えた。背の高い野菜に遮られて、その場所は遠くからは視認困難になっている。


 俺はこそこそと近づいて、野菜に紛れて様子を窺う。


 二人は大きめのスコップで穴を掘っているようだった。

 よくよく目を凝らしてみると、そこかしこに土を盛った形跡が確認できた。そして敷地内の端に手押し車に載せられたいくつかの麻袋を発見するに至り、俺はイリヤさんとシトリが何をしようとしているのか、ようやくわかった。そこへ、


「おい、とっくにバレてるぞ」


 という声がかかる。イリヤさんだ。この人を秘密裏に尾行、というのは無理があったか。


「やはり、気づかれてましたか」


 素直に畑から出る。そこまで本格的に隠れてやるつもりでは元々なかった。


「大したことをするわけじゃないぞ」


「ええ、わかってますよ。

 多分、埋葬ですよね?」


「はい、今朝の戦いで使用不能になった私の屍体です」


 シトリが言う。そう、既に死んでいる者に対して“死亡した”というのは不適切であるから、“使用不能”というやや冷淡な表現になる。


「俺を受け止めて、バラバラになった人達だよな?」


「そうですね。

 でも、この人達は自分で志願して私の術をかかってくれたんですよ。

 元は帝国軍の兵士で、もし自分が死んだら私に体を提供すると、事前に契約書にサインまでしてくれた人達なんです」


 そうか。そうやって、シトリは屍体を確保しているのか。

 脳死者の臓器提供意思表示カードみたいに、生前に契約を結んでいるわけだ。


 国のために死力を尽くし、死してなお仕えるとは。さぞや崇高な精神の者達だったのだろう。


「邪魔じゃなかったら、俺も手伝っていい?」


「いいですけど、スコップは2本しかありませんよ」


「じゃあ、シトリは休んでいてくれよ。

 俺とイリヤさんでやるから」


「そんな!そういうわけには行きません。

 私が契約したんですから、最後まで私の責任で看取ります」


「そこで見てたらいいぞ、救国の騎士」


 イリヤさんが茶化しながらスコップを振るった。先端を鋭く地面に突き刺して大量の土を掘り返している。手慣れたものだ。


「その呼び名はちょっと……」


「皆はそう思っているようだ。

 期待には応えてやれ」


「うーん、困りましたねぇ」


 イリヤさんとシトリが土を掘っている間、俺は周囲を見回していた。いくつもの盛り土は、そこに屍体達が眠っている証拠だ。彼らはシトリと契約し、死後も国のためを戦い、そして朽ちていったのだろう。


 シトリは彼らに敬意を抱いている。イリヤさんも。それは彼らにとっても光栄な事だろう。


 大きな穴が出来たので、3人で手押し車を引っ張っていき、屍体達をそこへ落とした。土を被せたら、即席のお墓の出来上がりだ。安らかに眠るには手狭かもしれないが。


「何も手伝えなくて、すみません」


「お前が謝ることなんかないさ。

 元々私とシトリだけでやるつもりだった作業だ」


「イリヤさんはいつも手伝ってくれるんですよ」


「そっか」


「名も無き多くの者達の命によって、私達は守られている。

 それを、私自身忘れたくない。

 今この瞬間にも、帝国のどこかで人知れず命を懸けている者がいる。

 私は、そういう顔も知らぬ仲間のことを誇りに思いたい。

 この、シトリの使いの者達も同様だ」


「それは……すごくいいことだと思います。

 月並みな表現ですけど」


「ねぇ、お兄さん!」


「ん?」


「あれ、歌ってくださいよ」


「えっ!?あれって?」


「あれですよ、マンドラジンを引っこ抜いた時の!」


「あぁ!あれね!」


「私、気に入っちゃいました!

 ここに新たに埋葬された方々へ、鎮魂歌として是非!」


 よし、いっちょやったるか!

 1日の締め括りにはこれほどふさわしい歌もあるまい。


「では……歌わせて頂きます。

 聴いてください。


 ほーたー」

 

 たいしてうまくもない俺の歌が朗々と流れてゆく。

 それを風が運んで、空が吸い上げる。


 大変だった1日が終わろうとしている。

 散った命と、残された命。

 蛍のような弱々しく刹那の輝きで構わない。

 どちらにも、どうか、




 光あれ。


 



 5日目、終了。


長かった5日目がようやく終了しました。

ちょいとやり過ぎた気もしますが、楽しんでいただけましたでしょうか?


明日から少しお休みを頂いて、6日目の更新はGW明けにする予定です。ご了承下さい。


そしてそして、感想やポイント評価なども是非!

皆様の応援が日々の執筆の糧でございます!


どうぞよろしくお願い致します。


また後日、次回更新の詳しい日程やちょっとした予告などを更新するつもりにしています。


ひとまずはここまでのお付き合い、誠にありがとうございました!

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