第10章:初デート《前編》
【SIDE:大河内蔵之介】
初めてのデート。
悩んだ末に、愛理さんからもらった絵画展のチケットを使う事にした。
美術館に行くのは久しぶりだ。
この街の美術館には当然ながらまだ行った事はない。
一応ながら場所は分かっているので、道に迷うことはないけども少し不安はある。
「さて、そろそろ時間ですね」
駅前で待ち合わせ、と言うのも考えたけども、日野先輩は美人で、すぐに男の人から声をかけられてしまうだろう。
なので、僕は彼女の住むマンションの前で待ち合わせることにした。
待ち合わせの雰囲気はないけども、その方が安全だと判断した。
先輩も先日も変質者に会ったばかりなのだから。
彼女もそれを気にしてか、すぐに了承してくれた。
「お待たせ、大河内クン」
「……え?」
こちらに気づいて手を振る彼女はとても綺麗な容姿だった。
服装も美しいが、特にメイクも際立ち、普段よりも美人に思えたのだ。
「日野先輩、綺麗ですね。思わず見惚れてしまいました」
「あ、ありがとう。ストレートに褒められると照れるわ」
顔を赤らめる彼女に僕は本題を切り出す。
「それでは行きましょうか」
「えぇ。それで、大河内クンは私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」
「それはついてのお楽しみにしてください」
楽しんでもらえるかどうかは別だ。
ここから先は僕の行動次第だと久瀬と愛奈さんが言っていた。
彼らから幾つかのアドバイスをもらい、このデートを楽しいものにしたい。
訪れた美術館は現代アートの絵画展が行われていた。
あまりこういうモノに馴染みはないが、興味がないわけではない。
それは日野先輩も同じようだ。
「へぇ、美術館か。大人っぽいチョイスねぇ」
「遊園地などの方がよかったでしょうか?」
「ううん。騒がしいのは苦手だから、私はこういうの好きよ」
どうやら、最初の賭けには勝てたようだ。
休日で、それなりに人の賑わいを見せるが美術館という場所柄か騒がしいほどではない。
受付でチケットを渡し、ふたりで美術館の中へと入る。
「日野先輩は美術館に来たりしますか?」
「私?ここではないけども、友達の付き添いで行ったくらいね」
「そうですか。楽しんでもらえればいいんですけど」
「大河内クンが楽しませてくれるんでしょう?」
くすっと微笑をする彼女にドキッとさせられる。
これは、参った。
頑張らなくてはいけないと思いながら、僕らは絵画を眺めていく。
この美術館は主に現代アートを飾っている若者向けの美術館らしい。
館内には僕らのように若い人が多くみられた。
「へー、色鮮やかな絵ね」
派手な色合いの絵を眺める彼女。
「先輩はこういう絵を好むんですか?」
「うん。私は好きかな。人物画よりも抽象画の方が好きかも。大河内クンは?」
「風景画が好きでしょうか。落ち着いたものが好きです」
「あっ、それは分かるなぁ。ねぇ、見て。アレは何だろう?」
ふたりで絵や芸術品を見て回る。
初めてのデート。
特に意識しなくても雰囲気が僕らを楽しませてくれる。
「これは……?」
僕らが眺めているのは虹を表現した絵だ。
七色の虹、斬新なイメージを絵にした面白い作品。
きらびやかなプリズムが印象的だ。
「現代アートって堅苦しさもなくて面白いわね」
「本当ですね。僕もあまり知らなかったんですが」
僕はこの現代アートの美術館に若い人が多い理由を実感していた。
美術館と言うのはある程度の年齢がある人が行く場所だと思っていたけど違う。
古くて価値のある画家の絵というのは難しいものだけども、新しい発想で描かれた現代アートと言うのは斬新さと驚きに見せられる感が僕らの世代にはあっているんだろう。
「それにしても綺麗。七色を上手く表現していると思うわ」
「まるでCGみたいなアートですね」
「ホントね。表現力がすごい。これだけの感性が私にも欲しいわ」
僕らが絵に魅入られていると、ふたりの距離が近いのに気付く。
真隣同士、手を伸ばせば触れ合える距離。
「……大河内クン?」
彼女に声をかけられるまで、その横顔を見つめていた。
いけない、今日の先輩は綺麗でつい見惚れてしまうから。
「いえ、何でもありません。そろそろ、休憩にしませんか?」
「そうね。この美術館にはカフェがあったのよね?」
「えぇ。そちらに行きましょう」
僕らはカフェの方へと移動する。
大きな美術館はカフェやレストランなどがあり、一日中楽しめるようになっている。
僕らはオープンカフェのテーブル席に座った。
「先輩は紅茶でいいんですか?」
「お願い。あとはケーキもね」
「分かりました。少し待っていてください」
僕は注文をすると、ふと携帯電話のメールに気づく。
相手は愛奈さんからだった。
『デートは順調?緊張してない?』
僕の事を心配してくれているのだろう。
「何も問題はありませんが、女性を意識するのは……大変ですね」
そう返事を打つと彼女から返信があった。
『デートは女の子を楽しませたら勝ちだからね。頑張って!』
と言う、応援のメールが返ってくる。
頑張れ、か。
「僕は頑張って、先輩に気に入られたいんでしょうか」
自分の気持ちはまだ分からない。
日野先輩は僕に興味を抱いており、僕もまた彼女を知りたいと思った。
だからこそのこのデート。
互いをよく知りあうために。
「もう少し、僕も積極的でもいいのかもしれませんね」
そう呟きながら、僕は携帯電話をしまう。
カフェラテとレモンティー、それにチーズケーキをトレイに乗せて僕は日野先輩の待つテーブル席へと戻る。
「このデートが楽しいと思えたら、僕の気持ちも変わるんでしょうか」
そんな事を考えながら、彼女のところへと僕は向かう。
「初めてのデート、まだまだ楽しめそうです」