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第3章:眠り姫

【SIDE:日野美鶴】


 酔っぱらった日野先輩をつれて彼女の家を訪れる。

 マンションの一室、恋人と同棲しているというらしいが、ここで彼女を連れていくのは相手の気持ちとしてはどうなのだろう?

 少なくともいい気持ちはしない気がする。

 

「……あまり気は乗りませんが、仕方ありません」

 

 ここで彼女を放っておくわけにも行かない。

 心地よさそうに眠りにつく彼女。

 まるで眠り姫のように静かな寝息をたてている。

 先輩は本当に美しい女性だと思う。

 

「これで髪色が黒ならば僕にとっても理想的なんですが」

 

 個人的な好みでしかないけれど、黒髪の綺麗な女性に惹かれる。

 しかし、彼女のようにウェーブのかかった茶髪と言うのも悪くない。

 彼女の部屋の前まできてから僕は緊張をする。

 ここには彼女の彼氏がいるわけで、説明すれば何とかなるだろう。

 チャイムを鳴らすと中から男性が出てくる。

 

「はいはい、こんな時間に何か用……って、あれ?」

 

「あ、あの、僕は……」

 

 日野先輩を背負う僕を彼はジッと凝視して来る。

 

「何だ、やっぱり酔い潰れて帰ってきたか。悪いね、キミ。大学の後輩?」

 

「はい、そうです」

 

「そうか。ありがとう。ついでで悪いんだけど、中まで連れて入ってくれる?」

 

 大体の事情は察してくれたらしく、彼は特に気にすることなく彼女の部屋へと案内する。

 女性の私室に入るのは初めてだが、きっちりと整えられた綺麗な部屋だった。

 

「ベッドに寝かせておいて。あとは、まぁ、放っておいて大丈夫だろ」

 

「……分かりました」

 

 上着だけを脱がせてそのまま、ベッドに寝かせる。

 ぐっすりと眠る彼女の寝顔。

 

「バッグの方はこちらにおいておきます」

 

 机に方にバッグを置くと、電気を消して僕は彼女の部屋から出た。

 

「わざわざ、送ってくれてありがとう。コーヒーでも飲む?」

 

「い、いえ、僕は……?」

 

「こう見えてコーヒーだけは淹れるのは上手いってよく言われるから。暇なら飲んでいってくれよ」

 

 彼にそう言われて僕は断る理由もなかったので、コーヒーをごちそうになる事にする。

 

「あっ、自己紹介を忘れていたな。俺は大河(たいが)。大学2年生だ」

 

「大河……。貴方の名前だったんですね」

 

 先ほど、彼女が寝言で呟いていたのは虎ではなく、彼の名前だったらしい。

 

「僕は大河内蔵之介と言います。大学1年で、日野先輩と飲み会で一緒だったんです」

 

「ふーん。大河内って俺と同じ名前の漢字だな」

 

 言われてみれば大河と言う名前と大河内(おおこうち)という字は似ている。

 それに彼は親近感がわいたのか、笑みを見せながら、

 

「蔵之介か。いい名前だよなぁ。純和風ってよく言われない?」

 

「言われますね。古い家柄なので、地元ではさほどではありませんでしたが」

 

「そういうものか。コーヒーが出来たぞ。味には自信があるんで、どうぞ」

 

 彼が淹れてくれたコーヒーに口をつける。

 香りもよく、ほどよい苦みがいい……これは確かに美味しい。

 

「いい味です。趣味なんですか?」

 

「ここ最近、ハマってるんだ。コーヒーって本当に奥深くて、面白いよ」

 

 大河さんは最近は自分でもブレンドをしてコーヒーを楽しんでいるらしい。

 気さくで穏やかな性格、日野先輩もいい人が恋人のようだ。

 

「……蔵之介はこの辺に住んでいるのか?」

 

「はい。ここから少し行った場所にあるアパートに住んでます」

 

「へぇ、そうなんだ。まぁ、この辺って最近は治安が悪いから気をつけた方がいい。男はあんまり関係ないけど、女性の一人歩きは都合が悪いな。変質者がよく出るんだ。警察も巡回しているけど、中々捕まらなくてなぁ」

 

 彼が言うには数ヶ月前から女性目当ての変質者が出没しているらしい。

 そういう噂は聞いていたが、本当だったのか。

 

「だから、蔵之介が“姉ちゃん”を連れて帰ってくれて助かった。この人も一応、女だからな。いざって時はヤバいだろ」

 

「……はい?」

 

 僕は彼の口から思わぬ言葉を聞いて戸惑う。

 

「あの人は強そうだけど、ていうか強いけど女だから不安になる事もあるって言ったんだが、そんなに意外だったか?」

 

「違います。それではなく……彼女は大河さんのお姉さんなんですか?」

 

「あぁ。姉ちゃんだ。気が強くていつも俺を困らせてくれる姉だよ。俺には妹もいるが、素直な妹と違って姉が怖いんだ」

 

 肩をすくめて苦笑いをする大河さん。

 これまでずっと同居相手は恋人だと思い込んでいた。

 彼は彼女の恋人ではなかったのか。

 そう言われてこれまでの彼の態度にも納得がいく。

 ……篠宮先輩、わざとこの事を黙っていたようだ。

 

「僕はてっきり、大河さんが日野先輩の恋人だと思い込んでいました」

 

「一緒に暮らしているからそう勘違いされても仕方ないか。ははっ、でも、それはありえないって。ちゃんとした実姉だよ」

 

 僕は残ったコーヒーを飲み干しながら彼に尋ねる。

 

「恋人と同棲していると別の先輩から聞いていたので」

 

「それはないなぁ。だって、あの人、恋人なんて出来た事ないはずだ」

 

「え?でも、あの綺麗な容姿なのに?」

 

「気が強すぎる我が侭美女に恋人なんて出来にくいだろ?」

 

 彼の話ではこれまで浮いた噂も聞いた事がないようだ。

 あれだけの美人なのに恋人がいないのはすごく意外な気がした。

 

「蔵之介は姉ちゃんに惚れたのか?」

 

「い、いえ、そういうわけではありません」

 

「んー。いいと思うけどな。蔵之介みたいな真面目なタイプだと姉ちゃんの好みでもあるだろうし。仲良くなってあげて欲しいと俺は思う。美鶴姉ちゃんって性格は気が強くて怖いけど、人一倍寂しがり屋でもあるからな」

 

 彼は弟として姉を心配しているようだ。

 仲のいい姉弟である事は彼の口調からも察することができる。

 僕には兄がいるが、あまり互いに関わり合う事はない。

 確執があるほどではなくとも、こうして仲のいい姉弟にはどこか憧れる。

 

「というわけで、これからもうちの姉ちゃんとは仲良くしてやってくれよ。俺も最近、恋人ができてあんまり彼女の心配もしてやれないからさ。蔵之介なら安心できそうだ」

 

「姉思いの弟さんなんですね」

 

「普通だと思うけど?ていうか、恋人でも出来れば、俺も姉の恐怖から解放される気がするんだ。あの人、身内にはホントに厳しい人なんだぜ」

 

 口ではそう言っても、彼は本当に姉を心配している様子だ。

 

「コーヒー、ごちそうになりました」

 

「また来いよ、蔵之介」

 

「はい、それでは失礼します」

 

 大河さんにはこれからも何か相談があれば乗ってもらう事にしよう。

 頼りがいのあるいい人だと思う。

 僕が彼らのマンションから出た時に携帯電話が鳴り響く。

 相手は篠宮先輩だった。

 

『無事にミッションはクリアできたかな?おねーさん、心配したのよ』

 

「そちらは何とか……篠宮先輩?どういうことなんですか?」

 

『あははっ。大河クンのこと?』

 

「恋人ではなくて弟さんでした。おかげで余計な緊張をしたじゃないですか」

 

 彼女は責められても軽く笑うだけで反省の素ぶりはない。

 そう言う人だと僕も何度かあって分かっている。

 

『ごめんねー。でも、美鶴にとっての大河クンは大事な存在には違いないのよ?だって、あの子ってすごいブラコンなの』

 

「そうなんですか?」

 

『本人は否定するけどねぇ。大河クンと話したの?』

 

 篠宮先輩に先ほどの事を話して見ると「彼らしい」と言った。

 

『大河クンって私も美鶴の家に行くとよく会うけどさぁ。ホントに優しい子よねぇ』

 

「……篠宮先輩よりも頼りになります」

 

『グサッ。おねーさん、今の一言に傷付いたわ。ぐすんっ』

 

「泣き真似をするくらいなら、少しはその意地悪い性格を直してください」

 

 サークルに入った時からお世話になっているが、どうにも彼女は人で遊ぶくせがあるので、いつも困らせられる。

 

『あははっ、ごめんってば。美鶴には好感度UPできるようにこちらからもフォローしてあげてあげる。機嫌を直して』

 

「……なぜ、先輩も日野先輩と僕をくっつけようとするんですか」

 

『ん?先輩も、と言う事は大河クンからも言われたの?へぇ、大河内ってば、大河クンとも仲良くなったんだ。外堀から確実に埋める作戦は成功してるようね。これは本当に狙ってみる?』

 

 彼女にからかわれる前に僕は電話を切ろうとする。

 

「用がそれだけなら切りますよ?」

 

『はいはい。意地悪はやめるわよ。大河内って真面目キャラでいじると面白いのよね』

 

「……人で遊ぶのはやめてください」

 

 僕は呆れた声で彼女にそう呟いた。

 面倒見のいい先輩ではあるが、話しているとどうにも疲れる。

 

『でもさぁ、美鶴が気に入ったなら私も協力するから。あの子、今は心の支えだった大河クンに恋人ができて、寂しそうにしているのよ。親友としては放っておけないんだ。それを大河内が何とかしたいって言うなら大賛成だもの』

 

「……僕は恋愛にさほど興味はないので」

 

『大学生にもなって、そんなんでどーするのよ!?いい?最近の男って真面目なのはいいけど、いつまでも草食系とか女の子に言われっぱなしでいいの!?男の子って言うのはもっと積極的に……――』

 

 ……と、何だか別の意味で説教を受ける事に。

 僕は彼女が酔っているのだと今さらながら思いだし、しばらくの間、酔っ払いの話に付き合わされることになったのだった。

 日野先輩か……。

 彼女に恋人がいないと聞かされた時から、僕の中でどこか印象が変わっている気がする。

 それは僕自身も気づいていない心の奥底で何かが動き出していた――。

 

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