第36章:分かりあう心
【SIDE:桐原梨紅】
先生が希美さんの本性を知ってしまった。
ざまぁみろ。
希美さんの本当の姿を見ていなかったらそう思っていたかもしれない。
けれど、今は違う。
彼女と触れ合う事で私は希美さんに親近感を抱いていた。
「先生がフラレ続けていたのは希美さんだけが問題じゃないよ」
前の私なら彼女をフォローする発言なんてしなかった。
先生に責められて泣いてる彼女が可哀想に思えたの。
「……それってどういう意味?」
「あのね、先生。恋してる相手が、妹の嫌がらせ程度で本当に諦めると思う?自分のものにしたいって思ってる人が?」
「だから、希美の度が過ぎた嫌がらせが……」
「希美さんって確かに怖いよ。私も脅かされたもの。兄さんに近づくな~って」
彼女の性格が美鶴さんと同じような黒さがあるのは事実。
けれど、希美さと美鶴さんじゃ怖さのレベルが違う。
「美鶴さんなら、本当に容赦はしない。でも、希美さんの嫌がらせは試練みたいなものに思えたの。何ていえばいいのかな。この程度で諦めるなら、それまでの想いしかなかった。そんな風に私自身は感じたよ」
「……試練?」
「うん。先生を想っての純粋な行動だったんだと思う」
私がそう言うと彼は怒りを鎮め始める。
「先生がフラれたのはその女の子の気持ちがその程度だっただけ」
理不尽なのは分かるけど、悪いのは彼女たち自身だ。
遊び半分、本当の恋愛ではない。
「あとは先生がヘタレだったのも問題。一度フラれたくらいで諦めたりしてたでしょ?もう一度くらいアタックしないとね」
「グサッ!?お、俺だって頑張っていたのに」
先生自身にも問題はあって、全てが悪いと責めるのはおかしい。
「つまり、希美さんは悪い事をしたけど、責任を押しつけちゃダメっ。希美さんは先生にとっても大事な妹でしょ?違う?」
先生は希美さんの顔を見つめる。
大河先生も優しい人だからきっと分かってくれるはず。
「うーん。梨紅ちゃんの言う通りではあるんだけどさ」
「何、まだ自分のふがいなさ以外に文句でも?」
「うぐっ。この問題って、本当に俺が悪かったのかな?」
どうにも納得のいかない先生と、成り行きを見守る希美さん。
元々仲のいい兄妹なんだから仲直りして欲しかった。
私には兄妹いないから大切にしてほしいって思うんだ。
「許してあげて?希美さんだって悪気はあったけど、先生を思ってしたことなの」
「……それは、いや、だからと言って」
先生も可愛い妹の涙を見たくはないはず。
だからこそ、彼もどうしたらいいか分からないんだ。
「ごめんなさい、兄さん……」
シュンッとうなだれながら、頭を下げる彼女。
そんな姿を見て、まだ許さないと言う人じゃない。
彼は仕方なしに「これからはしないでくれ」と短く告げる。
「今までの事は許してもいい。どうせ、俺の女運が悪かった事も入っているんだろう。希美の行動を含めてな。だから、もういいよ。俺も強い言葉で責めて悪かったな」
何だか怒りも冷めて、バツが悪そうに彼はそう言う。
希美さんの頭を軽くポンポンと撫でる。
「兄さん……」
「やっぱり、希美は俺にとっては可愛い妹だからさ。これからも仲良くしていきたい」
「私も、今回の事は反省しています。兄さんの迷惑をかける事だけはもう絶対にしません。本当にごめんなさい」
何とか問題は解決かな?
私は雰囲気が軟らかくなったのを感じ取り、先生に言った。
「と言う事は、これで私と先生も恋人になれるよね?」
「……何の話?」
「愛の障害がなくなったということでしょ?」
私がそう言って彼に抱きつくと、先生は複雑そうな顔をして、
「そ、それは、また今度な。眠いから今日は寝るよ」
「逃げた!?……ここまで来て逃げるって、そう言う所がヘタレなんだよ?」
先生はその一言にひどく傷ついた表情を見せる。
「ぐはっ!痛い、今のは胸が痛かった……ヘタレって言わないで、お願いだからさ」
「それなら、私とのことも前向きに考えておいてね?」
「善処しておくから勘弁してくれ」
彼はそう呟いて、この部屋から去っていく。
ホント、先生って素直じゃないなぁ……。
部屋に残された私と希美さんは改めて向き合う。
「ありがとうございました」
彼女は先ほどと違い、優しい表情を私に向けた。
「どうして、私をフォローしてくれたんですか?私は梨紅さんにひどい事をしてきました。兄さんの恋の邪魔も……。それなのに、なぜ?」
「希美さんが可哀想だって思ったから。今回の問題は先生にも、周囲にも問題があったと思うの。希美さんって真っすぐなんだ。それを話していて感じていたし、怒った大河先生を見たくもなかったもの」
私の言葉に彼女は考え込む。
今回の事で希美さんも多少の反省をしたはず。
行き過ぎた兄妹愛をこれ以上、行使する事はないと思いたい。
「……貴方はこれまでの兄さんを好きになった女の人の中でも違う気がします」
「私は諦めたりしない、本気の恋をしているもの」
「本気の恋……。そうですか、梨紅さんは兄さんを愛しているんですね」
彼女は涙をぬぐって静かに目を瞑る。
「それと、希美さんをかばったのはもう一つ理由があるよ」
「もうひとつの理由?」
「今日1日、希美さんとずっと一緒にいてお姉ちゃんみたいだって思ったこと」
お姉ちゃんのような存在。
私は彼女に抱いていた気持ちが彼女を救おうとした。
「お姉ちゃん。お風呂でもそう言ってくれていましたね。梨紅さん、私みたいなものを姉のように想ってくれますか?」
「希美さんって、悪い人じゃないもの。色々とあったけど、私はこれからも仲良くしたい。希美さんのこと、お姉ちゃんみたいに慕ってもいい?」
誰かに姉のように甘える行為。
それは私にとっても望んでいたこと。
「……誰かに甘えられるなんて今まで考えた事もありませんでした。私は、甘えるばかりの立場でしたから。それでも、梨紅さんがそう言ってくれるのなら……」
彼女はそっと私の身体を抱きしめてくる。
「――貴方を“梨紅”と呼んでもいい?」
彼女は敬語口調をやめて、私に優しげな微笑みを見せたの。
こういう優しい顔をするんだ、希美さんって……。
本当にたくさんの事があって、時間はかかったけど彼女と分かりあえた。
私もその想いに応えるように彼女をこう呼んだ。
「――うん。いいよ、希美お姉ちゃんっ」
「ありがとう、梨紅」
仲良くなりたいと、同じ気持ちでいてくれる姉のような存在。
年上の姉と呼べる相手に憧れていて私にも呼べる相手ができた。
それはすごく嬉しいと思う。
「……仲良くしようね、お姉ちゃん」
想いをこめて、私は笑顔でその一言を彼女に告げた――。