第33章:想い、激突《前編》
【SIDE:桐原梨紅】
夜になりました、ついに希美さんとの一騎打ちです。
ふたりっきりになるのは正直、怖いよ~っ。
「それでは、大河兄さん。お休みなさい」
「あぁ、お休み。希美も梨紅ちゃんもゆっくり休んでくれ。何をするか知らないけど、あんまり夜更かしはダメだぞ。……さて、俺も自室へ行こうか。はぁ、あの姉さんと一緒なんて……何をされるか怖い」
大河先生は先生でがっくりと肩を落として部屋へと去っていく。
そんなに美鶴さんと一緒に寝たくないの?
美鶴さんって言うほど大河先生に厳しくないと思う。
何ていうのかな、怖い人ではあるけど愛があるっていうか。
私もからかわれて分かったけど、ただ面白ければそれでいいって人なんだと思う。
悪い人じゃないんだと言う事だけはある程度自信を持って言える。
本当の悪魔は美鶴さんじゃない、希美さんのような人だ。
「……さて、兄さんもいなくなりましたから、本題に入りましょうか」
お風呂ではそれなりに親しくなれたと思っていた。
それでもお互いに譲れないものがあるから、言い争うしかないの。
「まず、確認しておきますけど、梨紅さんは大河兄さんの事を愛しているんですか?それとも、ただの憧れ程度なのですか?」
「愛してるよ、大河先生が好きなの。そういう、希美さんは妹なのに大河先生を愛してるっておかしいでしょう?ブラコンも行き過ぎたらおかしいだけだよ」
「おかしい?この私がですか?いいえ、私はおかしくなどありません。大河兄さんを思う私の気持ちは紛れもなく本物。私は兄さんを愛している。生まれてからずっと兄さんだけを異性として認識してきました。他の誰にも彼は渡さない、あの人はこれまでも、これから先もずっと私一人だけの大切な人なんです。知り合ってからたった数ヶ月程度の人がどうこうと介入してきても無意味です」
……早口でまくしたてる彼女に圧倒されかける。
希美さんの想いは重い。
ある意味、ここまで愛されている大河先生ってすごいかも。
こーいう思い込みの激しい人って男女問わずストーカーになりやすいから注意です。
「想いは時間じゃなくて、その大きさだと私は思うの。確かに数ヶ月前に出会ってから今日まで3ヶ月程度しか経っていないよ。でもね、私はその3ヶ月で先生の事が大好きになったの。優しくて頼りがいも、甘えがいもある。ようやく見つけた私の理想的な男の人。先生が好きな想いは希美さんにも負けないわ」
過ごしてきた時間が問題なんじゃない。
本当に大事なのは想いの深さ、それが一番大事なんだって。
これまでの私の恋は憧れでしかなかった。
年上の包容力を好み、同世代に子供っぽさを感じてた。
今は違う、憧れとかそういうのじゃなくて、本当の意味で私は恋をしている。
四六時中、先生の事ばかり考えているの。
「……そういう、希美さんだって一方的な想いをぶつけてるだけじゃない。大河先生の恋愛の邪魔をして、彼を苦しめたりして。それが愛情だって言えるの?」
「邪魔ではありません。私は兄さんのためを思って、守っただけです」
「それのどこか彼のためなの?自分のためじゃない。自分の好きな気持ちを勝手に押しつけてる、それは本当の愛じゃない」
先生にとって恋愛をするって言うのは大事な事だったはず。
その想いのひとつひとつを潰された事はショックだと思うの。
内心は複雑だけど、彼女の行動が間違えているのは確かな事実だ。
「……私は本当に兄さんのためを思って行動してきたんです。梨紅さんは知らないんでしょう?兄さんって、女運が本当に悪い人なんです。好きになった人、興味を持つ人は大抵、“悪女”なんですからっ」
少しだけ声を荒げて彼女は叫ぶ。
……悪女、悪い女と書いて読む悪女?
「性格のいい人なんてほとんどいません。彼氏がいるのに誘惑したり、遊び相手が欲しいだけの人や、性格の悪い人の外面のよく騙されるんですっ。兄さんって人がいいせいか、そういう人に好まれやすくて……」
「……本当に?」
「大河兄さんが好きになる人ってほとんどそういうタイプの人ばかりなんですよ。もう最低です。付き合っても弄ばれて捨てられる未来が分かっているのに、全然気づく素振りもなくて。私が何を言っても聞く耳も持ってくれません」
大河先生の女運のなさ。
可憐さんとかは普通にいい人だけど、沢崎さんはどうなんだろう?
私が知る限り、それが真実かどうかは分からない。
彼女の思い込みだけ、の可能性もあるけれど、希美さんの言う事が本当ならばそういう人達から先生を守ってきた事になる。
「だったら、私が守るしかないじゃないですか。好きな人を守ろうとして何が悪いんですか?梨紅さんの言うとおり、私は妹です。私に愛情があっても、兄さんが私を女扱いしてくれる事はきっとありません。……そんなこと、分かってます」
「希美さん……」
彼女はこちらをキッと睨みつけてくる。
この人って、本当に大河先生の事が好きなんだ。
「私がどんなに甘えても、どんなに傍にいても、兄さんは私を女として愛してくれない。彼を本当の意味で幸せにはできない。恋人として、将来的な存在としても。それならば、妹としてできる事をする。だから、私は――」
希美さんは私に自分の想いをぶつけてくる。
「私はただ、兄さんには幸せになって欲しいだけなのに……」
彼のために相手を見定めてきた。
これまでの行動すべてがその一言に尽きる。
先生の幸せを望んでいる。
これが愛情……本当の意味での家族愛。
純粋すぎるほどの愛情だから、真っすぐすぎるんだ。
「……梨紅さんも同じです。大河兄さんの表面部分でしか見ていない。カッコいいから?優しそうだから?そんな理由で好きなんでしょう?」
「ち、違うものっ。私は先生の事を単純な理由で好きなんじゃない」
「どう違うと言うんですか?」
これまで先生に女の子を近づけさせないようにしてきた希美さん。
つまり、彼女に認めさせればいいんだ。
私が先生を幸せにできる事を証明できれば……。
「私は先生の事が好き。その気持ちは適当な気持ちじゃない」
「……年上なら誰でもよかったんでしょう?兄さんじゃなくてもいいはず」
「大河先生じゃなきゃダメなの」
私は希美さんの問いに想いをこめて答える。
「それなら私に教えてください。大河兄さんが好きだという明確な理由を――」
希美さんがこちらに厳しい視線を向けてくる。
先生への想いで負けちゃいけない。
何とか反撃しないと……でも、どうすればいいの?
希美さんに認めてもらえる、そのために必要な事って――?