第29章:小悪魔の囁き《後編》
【SIDE:桐原梨紅】
私にとっての最強のライバル、希美さん。
まさか好きな人の実妹が天敵になるなんて……。
重度すぎるブラコン。
自分の愛の前には兄妹である事も障害にならない、と豪語する程です。
……美鶴さんも怖い人だけど、それ以上かも。
そんな希美さんは私にある罠を仕掛けてきたの。
「大河兄さん、私が兄さんの事を慕うのってそんなに気持ち悪い事なんですか?」
「あっ、いや、そんなことはないぞ。俺は妹として希美のこと、可愛いと思ってるし、甘えてもらうのは悪くない。だから落ち込まないでくれ、希美」
「大河兄さん、そう言ってくれて嬉しいです。でも、“梨紅さん”が……」
や、やられたッ!?
大河先生は私をたしなめるように、厳しい口調で言うんだ。
「梨紅ちゃん、あんまり希美を苛めないでくれ。この子は見た目通り繊細な子なんだ」
私の窮地、このままじゃ先生に嫌われちゃう。
美鶴さんいわく、先生は希美さんの裏面に気づいていない。
だから、素直で従順な妹だと言う印象しかないんだ。
ホントは目的のために手段を選ばないめっちゃ怖い人だっていうのに。
「でも、兄妹にしては仲良過ぎじゃない?普通はもっと距離があるんじゃ……」
「よそはよそ、うちはうちです。他人と同じ事が基準だと思わないでください」
「私は先生に言ってるのに……」
希美さんは本気で先生が好きらしい。
そこまで愛される先生の魅力って言うのは分かるけど、心中複雑なのです。
打開できな状況、先生まで敵になる前に状況を何とかしたい。
「――こう言う時のための美鶴さんコールッ!」
私は携帯電話に登録している美鶴さんの電話番号にかける。
もしも、困った事や気まずい展開になったら美鶴さんが手助けしてくれるらしい。
このために美鶴さんに仲間になってもらったんだから。
「……」
ただいま電話中。
「……?」
ただいま電話中。
『おかけになった相手は現在、電話にでることができません』
無情にも留守番電話サービスのメッセージが流れる。
「……ナンデスト、電源切られてるっ!?」
私のヘルプコールは無視ですか?
何が「困った時にはお姉さんに任せて(はぁと)」なのよ。
うぅ、分かっていたけど、美鶴さんは困ってるときに役に立たない。
「何をしているんです……?」
希美さんはニヤッと嫌みな笑みを浮かべている(ように見える)。
「ううん、何でもない。先生、お昼が終わったら駅ビル内を歩かない?」
「いいよ。希美もそれでいい?」
「私は大河兄さんが行きたい所についていきます」
ふふふっ、こうなったら私一人でもどうにかしてみせる。
希美さんに見せつけてあげるわ……反撃怖いけど。
駅ビル内が混雑しているのを利用して私は先生の腕に抱きつく。
「行こうよ、先生っ」
私は手を引いて行くと希美さんは慌てて引き離そうとしてくる。
「私の兄さんに何をするんですか?」
「別にー。私はいつものようにしてるだけ。希美さんと一緒だよ?」
いつも、という言葉を強調してみると嫌そうな顔をする。
「いつも、一緒に……兄さん、あら?」
希美さんが慌てる間に私は彼女を置いて立ち去る。
「ちょっと、兄さん?大河兄さんっ!?」
辺りを見渡してる彼女に罪悪感が……。
ううん、ここで相手を気にしちゃ勝てない。
心を鬼にしてでも、まずは先生と希美さんを引き離す。
人ごみにまぎれてしまえば、こちらのもの。
彼女は迷子癖があるので振り切るのは簡単だった。
「ん?希美は?いつのまにかいないぞ?」
先生が気づいたのはブティックエリアに入ってからだった。
「ホントだね。迷子になってるのかな?」
「すぐに電話してみよう。あの子は放っておくと危ないから」
「ま、待って、先生っ」
電話を取り出す先生を止める。
希美さんが心配なのは分かるけど、そう簡単に連絡されても困る。
「大丈夫だよ、そのうち会えるって。高校生なんだから迷子くらいになってもすぐに見つかるって。ね?」
「そうか?うーん、だが、あの子も不安だろうからな」
逆に言えば、先生の携帯に向こうからかけてくる可能性はある。
「ここって電波悪くなかったっけ?私のはまだ大丈夫?先生のはどう?」
その場合を考えて、私はそっと先生の手から携帯を奪い、マナーモードにセット。
こっそりとバレないようにそのまま先生に返す。
「大丈夫そうだね。心配ないって。だから、しばらく私と一緒に行動しよ?」
私は先生に有無を言わさずに連れまわす。
私だって彼とのデートを楽しみたいの。
「あっ、この服可愛くない?」
「梨紅ちゃんに似合いそうだね」
「ホント?私もそう思う。ちょっと着てみようかな」
なんて楽しんでいると、私の携帯電話が鳴り響く。
「美鶴さん?」
電話相手は美鶴さん、何で今さら電話をかけてくるんだろ?
「はい、私ですけど。もう美鶴さんコールは必要ないですよ?」
『え?そうなの?ごめんね、何でか知らないけど携帯の“電源”が切れていたのよ』
「そうなんですか?ハッ、まさか……?」
そんなセコイ真似をするのはひとりしかない。
間違いない、それをしたのは……。
『希美でしょうね。ったく、私に邪魔されたからって警戒してたのね。ここまでするとは思ってなくて私も油断したわ』
ちなみに私も先生相手に同じことをしているので、やり返した事になっている。
戦いを制するのはいつだって情報戦、連絡手段を断つと言うのは有効手段だもん。
「今は先生とふたりっきりです。希美さんは迷子で行方不明中ですから」
『あっ、それでさっき希美から電話があったんだ?電源切れてたから出れなかったけど、何か用事でもあったのかしら。これってかけ直してあげるか迷ってたのよね』
「かけ直さないでいいですから。しばらくしたらちゃんと回収して帰ります」
希美さん、自爆してる……。
自分で電源切った美鶴さんの携帯に助けを求めても、出れるはずないじゃない。
やっぱり、希美さんはドジっ娘さんです。
「姉ちゃんと電話したのか?」
電話を終えて先生に尋ねられると私は「夕食のメニューの話をしてたの」と誤魔化す。
一時間くらいたったので、私は先生にそろそろ希美さんを探そうと提案する。
「……そうだな。さすがにあの子も心配してるだろうし……って、うぉ!?」
彼は自分の携帯電話の履歴を見て驚愕する。
ずらっと分刻みで希美さんからの電話があったらしい、普通に怖いよ。
マナーにしていたから気付かなかったんだろうけど、私の作戦勝ちかな?
「いつの間にマナーにしてたんだろ。希美に悪い事をしたなぁ」
彼はそう言って彼女に連絡をとると、なぜか彼女は駅ビルから離れた繁華街にいる事が判明する。
……迷子の希美さんは本当に方向音痴です。
家に帰るまでずっとふくれっ面の希美さんを先生はなだめていた。
むぅっと頬を膨らませて不満を彼にぶつける。
「ひどいですっ。私の事、放っておくなんて兄さんは私の事、どうでもいいんですね?」
「違うって。携帯をマナーにして気づかなかっただけで」
「だったら、電話をかけてきてくれればよかったじゃないですか。知らない土地でモノすごく不安だったんですよ?変なお兄さん達に声をかけられたり、お姉さんに『モデルになりませんか?』と声をかけられたりして……」
希美さんってブラコンだけど、見た目はすごく美人だもの。
ていうか、さり気に自分は美人だって自慢している?
「それなのに兄さんったら梨紅さんと買い物をしているなんてひどすぎませんか?」
「買い物じゃないもん、デートだもんっ。……うあぁっ!?」
いきなり、私は希美さんに腕を掴まれてびっくりする。
「どうした、梨紅ちゃん?希美?」
「いえ、何でもないです。兄さん、反省してくださいね」
笑顔で答える希美さんは私と歩調を合わせて歩き始める。
腕を掴まれているから私は逃げだせない。
「……兄さんの携帯をいじるなんてやること、ひどいですね?」
「そちらこそ、美鶴さんの携帯に細工してたでしょう?」
「さぁ?何のことでしょうか。私には分かりません」
しれっと無視してボロを出さない、この人、手強すぎ……。
「希美さんって性格悪いよね。大河先生、騙されているんだ」
「騙してなんかいませんよ。私は常に兄さんを慕っているだけ。その気持ちに偽りなどありません。これまでも、兄さんに近寄る不穏な方々と“いろいろ”とありましたが」
……いろいろって何だろう?
「貴方みたいに諦めない人は初めてです。大抵、私がある程度介入すれば身を引くのに」
怖いよ、怖い……ブラコン妹、ホントに怖いですっ。
私は身の危険を感じながら勇気を出して彼女に言ってみる。
「……希美さんって自分の事しか考えてないんだね。先生が可哀想だよ」
「それはどういう意味ですか?」
私達は歩みを止めてお互いに向き合いながら睨みあう。
「そのままの意味だよ。希美さんがしてる行動のせいで大河先生が苦しんでいるのが分からないんだ?それってホントの愛情かな?彼の事を本当に思ってるなら、そんなことしないよ」
苦しんでいるのは“恋人いない歴”だけどね。
恋人がいないと苦しんでたその裏で小細工してた希美さんがいたのは先生も知らないとはいえ不幸だ。
「……聞き捨てなりませんね。いいでしょう。いい機会です、ふたりでお話をしましょう。お互いに言いたい事もありそうですから……ゆっくりとお話をする機会を作りましょう?」
え?えぇー、ふたりっきりはちょっと怖いから勘弁して~っ!?