第25章:愛ゆえの暴走《後編》
【SIDE:日野大河】
バイト先での焼き肉店では沢崎さんには会えず、なぜか希美ががっかりしていた。
沢崎さんの事まで知っていたのは驚いたが、梨紅ちゃんから聞いたと彼女に言われて納得もしていた。
「大河兄さんと“関係”のある人には挨拶しておきたかったんです」
いわゆる「常日頃、兄がお世話になってます」とかだろうか?
ホントに出来た妹である、いい子だよな、希美。
「あっ、大河兄さん。家に帰る前にアイスでも買ってきていいですか?」
「いいよ。それじゃ、俺達は待ってるから」
コンビニ前で希美を待ちながら俺は美鶴姉ちゃんに問う。
「……姉ちゃん、どうかした?」
今日の姉ちゃんは妙に黙ったりして変に怖い。
普段から暴言吐いてる方が黙られるよりはマシかもしれない。
「いえ、別に。あの子の事だからこうなるとは分かっていたけど……既に被害は2人、さっきは未遂に終わったとみるべきか。梨紅さん、可哀想。本当に私の妹ながら怖い子よねぇ」
「何の話をしてるんだ?」
「大河に言っても無意味だろうから言わない。ホント、希美は嫌な所だけ私に似てるわ。裏表あるところとか」
「……希美に謝れ、姉ちゃん。それは失礼すぎるだろう」
我が妹はお姉ちゃんと違い、可愛く素直で純粋な子です。
「その原因のひとつはこのバカ大河の過保護のせい。大河に自覚させてあげたいけど、本性を見て実感しなきゃ私が何を言っても意味はない。どうにかして思い知らせてあげたいわね」
姉ちゃんはぶつぶつと呟きながら、俺にびしっと指をさす。
「……まぁ、いいわ。大河、忠告だけしておいてあげる。希美の事をどう思う?」
「今も昔も変わらずに天使だと思うが?」
「アンタの天使、希美って実は2面性があるって言ったら信じる?」
「2面性?そんなの誰だってあるだろう?偉い人の前で大人しくなるとか、そういうのだろう。別に普通の事じゃないか」
姉ちゃんは深くため息をつきながら、頭を手で抱える。
「……純粋な意味の好意ならいいんだけどね。あの子の場合は純粋を通りこして悪意になるから怖いのよ。純粋な好意か、悪意ある敵意か。大河、希美の行動に気をつけなさい。アンタの大事なものを傷つけるかもしれないわよ?」
「姉ちゃんに気をつけることはあっても、希美が俺に何かするはずない。ぐわぁ!?」
俺の余計な一言が気に障ったのか、姉の一方的な暴力に俺は倒れていた。
希美に気をつけなければいけないことなんてあるはずないだろ?
コンビニから戻って来た希美は好物のアイスを食べながら帰り道を歩く。
美味しそうにアイスを食べる妹に見惚れる。
何をしても絵になって可愛い子だ。
「美味しいか、希美。アイス好きだからな」
「はい。都会はいいですね。コンビニもすぐ近くにあって。羨ましいです」
「田舎の実家だとコンビニひとつでも結構遠いからなぁ」
「……言うほど、私達の実家は田舎じゃないでしょうに。希美、家に帰ったら部屋の片づけをするのを手伝いなさい」
こちらでの滞在中は姉ちゃんの部屋に泊まることになっている。
個人的な部屋が2部屋しかないので仕方ないのだ。
一応、布団は予備の奴を使うので問題はない。
「私、大河兄さんと一緒に寝たいです」
「却下。子供の頃と違うんだから自重しなさい。希美も高校生でしょう?」
「うぅ、美鶴姉さんは相変わらず厳しいですね。兄妹なんだからいいじゃないですか」
希美は拗ねた表情を見せて、俺に甘えるように抱きつく。
アイスは食べ終わったようで、両腕でぎゅっとされる。
「姉さんと違って、大河兄さんは優しいですよ」
「……大河、その妹を引き離しなさい。甘やかせないで」
「そう怒るなよ。せっかくこうして兄妹そろうのって久しぶりだろ?実家でも中々顔をそろえることってないじゃないか」
大抵、年末に実家に戻った時も、それぞれ、地元の友人と出かけたりしていて3人揃うのは何年ぶりかという展開だ。
「アンタの希美への甘さが余計にその子に悪い影響を与えているのよ」
「そんなことありません。悪影響なのは姉さんの方ですっ!」
「うぐっ。言うようになったわね、希美。いいわ、今日の夜にたっぷりと説教してあげる。お望み通り、悪影響を与えてあげようじゃないの。その性格から直してあげるわ」
姉ちゃんの怒りを買ってしまった希美は怯えるように、
「大河兄さん、今日は一緒に寝ましょう。お姉さん、怖いんです」
俺に助けを求めて来る妹の力になってやりたいが、残念ながら俺にも姉ちゃんに対抗する手段はほとんどないのが現実だ。
むしろ、対抗策など考えるのも難しい。
「それにしても、大河兄さんはともかく、美鶴姉さんっていまだに恋人のひとりもいないんですね。そろそろ、年頃ですし、恋人ぐらい作ってはどうですか?異性を知れば多少はその強引かつ乱暴な性格も改善されるかもしれません」
俺が言えばボコボコにされる恐怖の言葉をさらりと言い放つ希美。
怖いもの知らず、というか、何と言うか……実は希美は言う時は言う子なのだ。
姉ちゃんは唇をきゅっと噛みしめて怒りを抑えている様子。
さすがの姉もこの妹相手には結構弱い所があるから反撃しにくい。
「言うじゃない。言っておくけど、私も恋人候補ぐらいいるわよ。付き合わないだけで、気になる相手はいるわ。恋人になるって単純なことじゃないの。恋は難しいのよ」
「その台詞、姉さんの高校時代にも聞きましたね。つまり、あれから成長していない、と。姉さんって恋愛面では本当に大河兄さん以上にダメそうです。あっ、大河兄さんは今の微妙な鈍感ぐあいがいいんですよ?変に敏感だと面白くありませんから」
「……それは褒められているのだろうか?」
微妙な鈍感ぐあいって何だ?
姉ちゃんは俺以下と言われたのがショックらしくて、希美に意地悪し始める。
彼女のほっぺを軽くつねりながら、姉は顔を迫らせて、
「誰が大河以下の恋愛下手だって?これ以下だって言うの、私が?希美ちゃん、あんまりお姉ちゃんを怒らせない方がいいわよ?2週間後、無事に実家に帰りたければね?」
怖っ!?
姉の迫力に怯える弟と妹、この姉はマジで容赦ない。
ふたりで震えあがりつつ、俺達は夜道を歩く姉ちゃんとの距離を開ける。
「痛いです、兄さん。しくしく……美鶴姉さんが苛めてきます」
「可哀想に、希美。大丈夫だったか?」
俺が彼女の頭を撫でてやるとすぐに笑顔を取り戻す。
「……大河兄さん。大好きですよ」
嬉しそうに微笑を浮かべる希美に姉ちゃんは呆れた顔をして言う。
「まるで私が悪人のような言い草じゃない。いじめられたのは私よ?」
美鶴姉ちゃんがこれくらいで凹むはずがない、希美を一緒にしないでくれ。
希美の髪は撫でるとふわっとしてとても心地よい。
昔から何か会った時にはこうして撫でてあげると喜ぶのだ。
「アンタ達の仲の良さを見ているとまるで恋人同士ね。兄妹の一線、越えないでよ。さすがの私もふたりを変な目で見た方がいいレベルまで来た気がするの」
「私と兄さんの愛に障害なんてありませんっ」
「……それ、恋愛の愛情じゃなくて家族愛の愛よね?ねぇ、希美?」
希美は俺の方へ顔をあげて見つめてくる。
「ちゃんとした家族愛ですよ。私の大事な兄さんですから」
「一応、聞いておくわ。大河が大事なら、私は?」
希美は「ノーコメントにしておきます」と言葉を濁した。
さすがの天使も悪魔の姉にはフォローすらできない様子だ。
俺は家族の触れ合いを楽しみながらしばらくの間、楽しくなりそうだと期待していた。
俺の知らない所で何かが動き出しているとは全く気付かずに。