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第22章:天使のワルツ

【SIDE:日野大河】


 妹の希美がこっちに来るので駅まで迎えに行っていた。

 今日から2週間程、こちらに滞在する予定になっていたのだが。

 

「……遅いな」

 

 予定の時刻から10分経過。

 乗っているはずの電車は既に去り、約束の時間を超えていた。

 乗り過ごしたか、乗っていなかったのか。

 携帯電話に連絡しても希美は出ず。

 

「また迷子になっていなければいいんだがな」

 

 子供の頃から方向感覚が悪く、迷子になってばかりの妹だ。

 今回も、地方から東京に出て来ることを心配して、電車の乗り換えが最小限にすむようにこちらで調べて彼女に教えた。

 あれで大丈夫だと思ったのが間違いだった。

 嫌な予感ってのは当たるからなぁ。

 

「まぁ、もうしばらく待ってみるか。迷子になったら連絡くらいしてくるだろ」

 

 俺は手持ちぶさたに駅内のコンビニの雑誌を読みながら妹が来るのを待ち続ける。

 さらに20分経過、雑誌にも飽きてきた頃だった。

 俺の携帯にようやく連絡が入ったと思って出て見たら、電話相手は梨紅ちゃんだった。

 今日は映画を見に行こうと誘われたが、希美の件で断ったんだよな。

 何だかご機嫌ななめだったので、俺はちょっと警戒しながら電話に出る。

 

「どうした、梨紅ちゃん?」

 

『あのね、先生。前に妹さんがいるって話をしていたでしょ?』

 

「あぁ。今日はこっちに来るって事になってるんだ」

 

『その妹さん、今、私の目の前にいるよ?』

 

 梨紅ちゃんの発言に俺は「マジで?」と驚く。

 

「は?俺の妹?何でそっちにいるんだ?全然こっちに来ないのに」

 

『迷子になったんだって。どうしよう?そっちに行くように言えばいい?』

 

 予想通り、希美の迷子癖が発動していたらしい。

 隣の駅ならまだ反対の方角に行ったとかじゃないだけマシだ。

 

「……時間通りに来ないからそうじゃないかって思ってた。悪い、梨紅ちゃん。その子、捕まえておいて。かなり方向音痴だから放っておいたらまた迷子になりかねない。そうだ、駅前の喫茶店あるだろ。この間、一緒にいた所。そこで待っていてくれ」

 

『分かった。そうするよ』

 

 梨紅ちゃんに出会えたのは偶然だったが運がよかった。

 面倒見のいい彼女ならば、妹を任せておける。

 

「そういや、前に写真見られたことがあったっけ」

 

 初対面で妹だと見ぬいた梨紅ちゃんはすごいと思いつつ、俺は急いでバイクに乗った。

 ここから隣の駅はバイクで15分程度、渋滞さえなければスムーズにいける。

 

「しかし、あの子の迷子癖も直らないな」

 

 どこかに出かけたら確実に迷子、家の近所ですらも怪しい。

 方向感覚が悪いというか、本当に迷子になるのが癖って言うのは厄介だ。

 それ以外では我が妹ながら非の打ちどころのない女の子だと言えよう。

 美鶴姉ちゃんが黒色ならば、希美は汚れなき白色。

 存在そのものが純白、天使のように優しく穏やかで癒される素晴らしい女の子だ。

 姉ちゃんみたいに無意味に暴力振るわないし、怖くない。

 まったくもって、姉に似ないで欲しいと切に願うばかりだ。

 悪魔の姉と天使の妹。

 両極端な姉妹に囲まれた真ん中の俺は普通でよかったと思う。

 早く我が家に希美を迎えたいものだ。

 そうすれば、寝ている時ですら恐怖を覚える姉ちゃんから解放される。

 やっぱり、癒されキャラってのは必要だと改めて感じた。

 こうして普段は離れて暮らしていると妹にどれだけ救われていたとか、あの姉はいかに弟を苛めてやろうかしか考えていないとか思うわけで。

 

「それにしても、いつも思うが、姉ちゃんと希美って似てないよなぁ」

 

 容姿がどちらも美人なのはいいとしよう。

 だが、性格においてここまで両極端なのはもはや血が繋がっていないのでは?

 

「……なんて、そんなわけないが」

 

 希美はともかく、美鶴姉ちゃんとも残念ながら実姉弟だ。

 これで妹が実は義妹だったなんて展開だったら嬉しいね。

 俺は別にシスコン気味ではないが、希美に関して言えば、ああいう子が恋人になってくれると人生においてすごく幸せに生きていけると思うのだ。

 逆に美鶴姉ちゃんとは悪い意味で義姉でありたかったが(本人には言えない)。

 

 

 

 

 特に混雑もなく道路もすいていたので、予定通りの時間に俺は駅に着いた。

 バイクを止めて、俺は梨紅ちゃんと希美が待っている喫茶店に向かう。

 駅ビルの中にあるお気に入りの喫茶店。

 そこにふたりはいたのだが……。

 

「へーっ。梨紅さんって彼氏いないんですか?意外ですね。お付き合いしている人とかいそうですけど。“好きな人”は?」

 

「ま、まぁね。うん、今、その、好きな人は……」

 

 いつものように優しげな笑みを浮かべる天使、希美。

 それと裏腹になぜか強張った顔をして怯える小悪魔、梨紅ちゃん。

 ふたりに何があったのだろうか?

 というか、いつもの梨紅ちゃんらしさがないぞ?

 

「“好きな人”いないんですか?」

 

「それは、だから、そのね?いる、というか、いないというか……」

 

 しどろもどろに話している彼女。

 うーむ、この手の女の子の話題に俺がいきなり登場するのはどうだろうか?

 空気を読みたいが、まぁ、タイミング悪くても来てしまったのは仕方ない。

 

「やぁ、お待たせ。梨紅ちゃん、助かったよ。希美、無事にこれてよかったな」

 

 俺がふたりに声をかけると、梨紅ちゃんはあからさまにホッとした顔を見せる。

 ……だから、何があったというのだ?

 

「大河兄さんっ!お久しぶりです」

 

「正月休み以来だからな。元気そうでなにより。しかし、いつも通り迷子になるとは……本当に希美らしいね?」

 

「すみません。気をつけていたんですけど。携帯も電池が切れてしまいましたから。あっ、私を助けてくれたのは梨紅さんです。大河兄さんの家庭教師の生徒さんなんですってね?本当に助かりました」

 

「俺も助かったよ。梨紅ちゃん、ありがとうな」

 

 俺がお礼を言うと彼女は「うん」と小さく頷く。

 いつもの元気がないのは気のせいだろうか?

 

「大河先生の部屋で前に写真みたことがあったから」

 

「へぇ……兄さんの“部屋”で?」

 

「ち、違うのっ!?えっとね、これはね、変な意味じゃなくて!!」

 

 梨紅ちゃんが慌てて否定する姿に俺は首をかしげるだけだった。

 俺も軽く食事とってから喫茶店を出る。

 どうにも様子がおかしかった梨紅ちゃんは最後は疲れたようにぐったりとして、

 

「そ、それじゃ、またね。先生」

 

 と、言って足早に駅ビルの方へと去っていった。

 何か悩みでもあったんだろうか、梨紅ちゃん?

 思春期真っ盛りのお年頃、悩みの一つくらいあるだろう。

 ここは年上のお兄さんとして、今度の家庭教師の時に相談にでも乗ってあげるとしよう。

 

「それじゃ、俺達も帰るとしようか」

 

「はいっ」

 

 俺達は止めてあったバイクに乗って自宅へと帰ることにした。

 

 

 

 

 家につくと希美は「姉さんは?」と尋ねて来る。

 

「姉ちゃんなら買い物があるって出ているぞ」

 

「そうですか。美鶴姉さんとふたり暮らしって大変そうですよね」

 

 その発言には俺は苦笑いをしておく。

 一応、言っておくと希美も姉ちゃんの事が苦手だったりする。

 姉ちゃんもさすがに希美相手に暴力沙汰はないのだが、変なところで厳しいところがあるからなぁ……。

 

「また兄さんたちと一緒に生活出来て嬉しいです。兄さんたちが家にいなくなって当たり前のことが当たり前じゃなくなったこと、すごく寂しかったんですよ」

 

「まぁ、進学だから仕方ないだろ?」

 

「そうですけど……兄さんもあんまり電話とかしてくれませんし。寂しいんですよ?」

 

 可愛く拗ねている希美。

 俺は頬をかきながら「電話くらいするようにするよ」と照れくさく言う。

 やっぱり妹っていいなぁ、と実感しながら俺は部屋の扉を開ける。

 案の定、姉ちゃんは帰ってきていないようだ。

 

「一応、姉ちゃんの部屋で希美は生活してもらう事になってるから」

 

「……大河兄さんの部屋じゃダメなんですか?」

 

「そう言う事は言わないでくれ。姉ちゃんに潰されるから」

 

「はーいっ。ごめんなさい。ふふっ、相変わらず、美鶴姉さんには弱いんですね」

 

 妹にからかわれて俺は「あれには勝てん」と嘆きながら、

 

「希美、久しぶりなんだから今日は外食でもしようか?何が食べたい?」

 

「そうですね……。そう言えば、兄さんって家庭教師以外にもアルバイトをしているって聞きましたけど?」

 

「あぁ。焼き肉屋でバイトしているぞ」

 

「それじゃ、そのお店でもいいですか?兄さんがどういう場所で“どういう人”と一緒に働いているのか見て見たいです」

 

 希美に言われて俺はちょっと困る。

 今日のシフトだと沢崎さんもいるはずだが……それよりも、自分のバイト先で食事っていうのはどうにも落着かないんだ。

 

「ダメですか?何か問題でも?」

 

「ん。いや、いいよ。希美がそう言うのならそうしよう。俺も客としてあのお店を使うのは初めてなんだ。バイト仲間とか、ちょっと恥ずかしいけどな。味は美味しいと評判の店だぞ」

 

「よかった。早く姉さんも帰ってきて欲しいです。3人で食事するの、楽しみです」

 

 笑顔の希美に俺もつられて笑みを見せた。

 その時の俺はまだ希美が何を考えているのか理解していなかった。

 彼女が滞在する間に起きる事件についても……。

 その時の俺は「やっぱり、希美は可愛いなぁ」とシスコン兄貴的な感情を抱いていただけだった。

 

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