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64 第1章:漆黒の過去(愛華と黒木の出会い)

第4節:三人の「見栄えの良い小道具」


黒木宗一郎が描く完全犯罪のシナリオは、ただ愛華をスパイとして送り込み、一真を毒殺するだけでは完成しなかった。


数百億円規模に上る次世代AIインフラ特許の不正掠め取り、そして莫大な保険金と遺産の強奪。これほどの大規模な犯罪を警察や金融当局、そして世間の目から完全に隠し通すためには、巧妙に張り巡らされた「欺瞞の網」が必要不可欠であった。どれほど巧妙に毒殺を行おうとも、もし一真の死に不自然な点が露見すれば、捜査のメスは瞬く間に愛華、そして黒木自身へと向けられることになる。


だからこそ、黒木は周到な布石を打っていた。

それは、社会的な地位や欲望に目が眩んだ男たちを次々と籠絡し、一真の死と特許強奪の偽装工作における「身代わり(スケープゴート)」、すなわち使い捨ての「見栄えの良い小道具」として配置していく冷酷なスキームであった。


黒木が用意した駒は、三人の男たちだった。


一人目は、法曹界の暗部に巣食う冷徹な弁護士・神条。

二人目は、一真が勤める企業の経営陣の一角でありながら私欲に溺れた役員・陣内。

そして三人目は、愛華の若さと肉体に群がり、暴力と執着で身を持ち崩していく男・陸斗。


彼らはそれぞれ、自分がこのゲームの勝者であり、愛華や巨額の富を独占していると錯覚していた。だが、そのすべての行動は、黒木という巨大な蜘蛛が張り巡らした緻密な巣の上で踊らされているに過ぎなかったのだ。


第一の駒:法を歪める守銭奴・弁護士 神条


「神条弁護士。……君の法律事務所が抱えている過去の脱税スキャンダル、そして顧客資産の横領疑惑。あれが世間に漏れたら、君のこれまでの社会的地位や名誉は一瞬で崩壊するが……どうするね?」


政財界の暗闇を裏で支える料亭の個室。黒木宗一郎は静かに冷酒を傾けながら、目の前で冷汗を流す神条を見据えた。

神条は表向きは優秀で人望厚い企業法務弁護士であったが、その実態は多額のギャンブル狂いと投資失敗による借金まみれの守銭奴だった。黒木はその弱みを握りつぶし、逆らえば破滅、従えば莫大な富が手に入ると囁いたのだ。


「か、会長……! 何でもおっしゃっていただけますよう……! 私にできることなら、どのような法的工作でも完遂してみせます!」


神条は恐怖と欲望に歪んだ顔を歪め、黒木の足元にひれ伏した。

神条に与えられた役割は、「法的な逃げ道の完全な封鎖」と「遺産相続の偽装工作」であった。

一真が急死した後、遺された特許の権利や不動産、生命保険の受取手続きにおいて、一切の不審点が外部に漏れないよう、巧妙な契約書や遺言書のドラフトを合法的に(しかし実質的には詐欺的に)構築すること。そして、もし万が一遺族や関係者から異議申し立てがあった場合でも、司法の網を巧みに潜り抜け、愛華がすべての財産を安全に相続できるように法律の網を歪めること――それが神条の役目だった。


神条は、自分が愛華の本当の愛人であり、彼女と共に新生活を築くのだと酔いしれていたが、それすらも黒木が仕組んだ「司法の盾」としての便利な幻想にすぎなかった。彼が必死に法律の抜け穴を探している姿そのものが、警察の捜査をミスリードするための最高の煙幕として計算されていたのである。


第二の駒:野心に狂った社内工作者・役員 陣内


二人目の駒である陣内は、一真が所属するIT企業の取締役であった。

陣内は、社内で頭角を現しつつあった天才エンジニア・一真の才能に強烈な嫉妬とコンプレックスを抱いていた。同時に、会社の経営を私物化して多額の裏金を作ろうとする野望に憑りつかれていた男である。


「陣内君。君の会社で開発されている次世代AI特許のデータ、そして佐藤一真の労務管理の実態……。彼を過労死寸前の過酷な環境に追い込み、社内のインフラからデータを密かに抜き出すことなど、役員である君にとっては造作もないことだろう?」


黒木は、陣内の不正な裏金作りの証拠を突きつけながら、冷酷に微笑んだ。

陣内は顔面蒼白になりながらも、その言葉の裏にある「甘い誘惑」に気づいた。

もしここで黒木の指示通りに動き、一真を過労で追い詰め、開発データを黒木側へ横流しする手引きをすれば、会社の実権と数億円単位の裏金、そして将来の最高経営責任者の座が約束される――そう思い込んだのだ。


陣内は、一真を毎夜のように無理な納期と膨大なタスクで追い詰め、睡眠時間を奪い、精神的・肉体的に極限まで疲弊させ、社内のデータベースから機密コードを外部へと流出させた。

一真がオフィスで血を吐きそうになりながらコードを叩いていたその陰で、陣内は「これで佐藤の野郎を潰し、俺がすべての成果をいただくんだ」とほくそ笑んでいた。


だが、陣内が会社を裏切り、一真を死へと追い込んだすべての証拠データは、最初から黒木のサーバーへと自動転送される仕組みになっていた。陣内が「自分の野心を達成している」と信じ込んでいたその足跡こそが、一真の死を「純粋な過労死」に見せかけ、企業の責任へとすり替えるためのアリバイ工作に利用されていたのである。


第三の駒:欲望と暴力の狂犬・陸斗


そして三人目の駒が、若さと暴力、そして歪んだ独占欲に満ちた男・陸斗であった。

陸斗は、愛華がパパ活時代から遊び半分で繋がっていたチンピラ崩れの若い男であり、愛華の美貌と肉体に異常なまでの執着を見せていた。


愛華は黒木との密約を進める傍ら、あえて陸斗を自分の傍らに置き、彼を「都合の良い暴力装置」として利用した。

「ねえ、陸斗……。あの夫(一真)のせいで、私はいまだに自由を縛られているのよ。あなたが少し、あの男にプレッシャーをかけてくれないかしら?」


愛華にそう甘えられた陸斗は、嫉妬と独占欲に狂い、一真の自宅やオフィスの周辺をうろつき、時には脅迫まがいの行動を起こした。陸斗自身は「俺が愛華を独占し、あの鬱陶しい旦那を追い詰めてやるんだ」と粋がっていたが、彼が起こすその粗暴な行動のすべては、愛華と黒木によって完全にコントロールされていた。


一真が周囲から孤立し、精神的に追い詰められていく過程において、この陸斗の存在は「愛華がDVや周囲の男のトラブルに巻き込まれている可哀想な妻」という偽りの被害者像を演出するための極めて重要な小道具だった。

警察や世間の目が「妻を巡る男女のドロドロとしたトラブルやストーカー被害」に向くように誘導することで、真の目的である「数百億円の特許権の国外流出および巨額資金洗浄」から視線を逸らす――それこそが、陸斗に与えられた唯一にして最大の役割だったのだ。


スキームの裏で


神条は法的な工作に奔走し、陣内は社内で過酷な労働環境を作り上げて証拠を隠蔽し、陸斗は暴力とスキャンダルの嵐を起こして世間の目をミスリードする。


三人の男たちは、それぞれが自分の欲望と計算に基づき、愛華と黒木のために泥を被り合っていた。彼らは自分こそがこのゲームの支配者であり、他者を出し抜いていると本気で信じ込んでいた。


しかし、そのすべての糸を裏で引き、彼らを手の上の踊り手として操っていたのは、暗黒のフィクサー・黒木宗一郎と、毒婦・愛華の二人であった。


「……愚か者どもめ」


黒木の執務室で、愛華はワイングラスを傾けながら、三人の男たちが互いに疑心暗鬼に陥り、自滅していく様子をまとめた報告書を見て、底意地の悪い笑声を漏らした。

「神条も陣内も陸斗も、自分が賢いと思い込んでいるバカばかり……。彼らが勝手に暴れてくれるおかげで、私たちの一切の足跡が消え去るわ」


「そうだ。すべての駒が予定通りの軌道で自壊し始めている。あとは、一真を完全に葬り去り、最終決済を完了させるだけだ」


黒木は冷徹にうなずき、葉巻の煙を天高く吐き出した。


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