6(番外) SIDE ルーファス
僕はルーファス。アザレアとファラとルチルは、大事なパーティーメンバーだった。
アザレアにしっかり、と言われれば気合が入ったし。無口なファラが初めて長文を話した時には感動した。
ルチルは、いつもそんな僕らに微笑んでいた。
でも、いつからだろうか。そんな関係がギクシャクし始めたのは。
あれは、Cランクに上がってしばらくした頃のことだと思う。
「私たち、このままじゃ上に行けないよ? 戦い方を変えないと」
ルチルが席を外している間に、切り出したのはアザレアだった。
「どうするつもりだい?」
問い返した僕に、ファラが言う。
「もっと……大胆に……やる」
その発想はなかった。今までなるべく慎重な立ち回りをしていた。
「ルチルにも伝えるかい?」
「いや、ルチルには言わないでおこう。実際やってみて、行けそうだったら言えばいい。構えちまうだろ」
「言ったら……止める、ルチル、絶対」
それもそうかとファラの言葉に、僕も頷いた。
でも、今思えば、これが崩壊の始まりだったのだ。
実際、それが当たった。僕らは、パーティーでBランクに上がった。
Bランク昇格の祝いの席のことだった。
「ねえ、みんな最近怪我が多いと思うのだけど……」
ルチルが控えめに言ったが、アザレアは笑い飛ばした。
「あんたが治してくれるだろう? ルチル、あんたの腕なら大丈夫だよ。湿っぽいこと言わないの」
アザレアに、肩を叩かれて、それでも言いつのろうとするルチルに僕は言った。
「心配してくれて、ありがとう。でも、あれが僕らの戦い方なんだ。ルチル」
ルチルは、もう何も言ってこなかった。
Bランクの依頼は、想像以上に難しかった。だんだんと、ルチルの回復が間に合わなくなった。ダンジョンの探索、ではなく、踏破を目標に設定された依頼を見た時に、僕らはパーティーとして決断をするしかなかった。
今の戦い方だと、ルチルの回復は間に合わない。しかし、戦い方を変えれば、恐れず突っ込んでいくことでBランクに上がった僕たちのパーティーは力を発揮できない。だから、ルチルには申し訳ないけどパーティーを離れてもらうことにした。
僕たちは、長年組んでいたルチルという竪琴師を追い出して、待望の神官を迎えた。
サーヤと名乗った神官は、どんな傷でもあっという間に治してしまう。これなら楽勝だと思えた。
だが、新しいダンジョンは難しすぎた。今までのペースで考えると、はじめは10階ほど降りられると予想していたのに、一日目は5階、そこからは敵が固すぎて歯が立たない。しかも、身体能力が落ちている気がする。
「あの、あなたたちBランクですよね? なぜこんなに怪我が多いんですか?」
「それに、ファラさんは魔術師なのに、バフもデバフもかけていらっしゃらないようですし」
控えめながら、サーヤが怒っている。彼女は、力の使いすぎでふらふらしている。
「ファラは攻撃に特化しているから」
僕はフォローしながら幻滅していた。
神官なんて、思ってたよりずっと使えない。
神官に夢を見ていた僕たちが馬鹿みたいだ。そもそも、彼女は本当にBランクだったのか?
「すみませんが、ここを出たらパーティーを抜けます」
結局、僕たちは10階まですら到達することなく、引き返して街でサーヤと別れた。
僕たちは、パーティーの空いた穴を埋めるべく、竪琴師か神官を探すことにした。だが、回復のできるという竪琴師を誘っても、怒って出て行ってしまった。しかも、回復量はルチルよりも低かった。
「ルチルを呼び戻すしかない、か」
渋々といった感じでアザレアが言う。
「僕もそう言おうと思っていた」
「ルチル、能力低い、でも、マシ」
街に着くと、なにやら冒険者らしき男たちが騒いでいた。
「なんだって?」
ルチルらしき竪琴師が、たった二人でダンジョンを踏破したという噂を聞いて驚く。しかも、その片割れは、Sランク冒険者なのだという。
なんだかショックだった。僕らがこんなに苦労しているのに、彼女は能力が低いにも関わらず、Sランク冒険者の連れの力でダンジョンを攻略してしまうなんて。
僕たちのパーティーには、ルチルが必要だ。
彼女の能力は、回復が間に合わない程度に低い。
Sランク冒険者だって、きっと僕らに感謝して、彼女を手放すはずだ。
その時、僕は、本心からそう思っていた。
ギルドで、ルチルの情報を得ようと立ち寄ると、何やら人だかりが出来ていた。
ギルドマスターの叫びごえが聞こえてくる。
「あれ、ルチルじゃないか?」
アザレアが指差す。
中央にはルチルと、見知らぬ銀髪の男、それに対峙する大男がいた。
ルチルの実力を測るという趣旨が聞こえてきて、これはチャンスだ、と思った。
ここで、ルチルが降格すれば、彼女のパーティーは解散するだろう。そこで僕らが拾ってやれば、あんな別れ方をしたのは帳消しになる。
だが、ルチルは銀髪の男を勝たせてしまった。
俺は、バフ、デバフというものの重要性が、今ひとつわかっていなかった。
ルチルがいつも忙しそうに竪琴を鳴らしていたのは知っていたけど、それがどれくらいの効果を持つのかわからなかったからだ。
他にも、バフやデバフに疑問を持つ者がいたようで、メラーニャと呼ばれた先生が説明をしている。
「説明だけではわからないでしょう。実際に私が先ほどアルフレッドさんにかけていたデバフを体験してもらいましょう。そこのあなた、こちらへいらして」
メラーニャ先生が手招いたのは、少し離れたところにいた僕だった。
「僕ですか?」
「ええ、あなたたち私の話を熱心に聞いていたでしょう?」
わかりました、と前に進み出ると、彼女は呪文を唱えた。
「なっ」
一つ目の呪文が終わると、ぐっという押しつぶされそうな重力がかかる。立っているだけでやっとだ。そして二つ目の呪文で少し身体が軽くなるが——
「失礼するわね」
メラーニャ先生が僕の方を軽く押すと、信じられないことに僕の体は宙に浮き、気が付いた時には地面に落ち尻もちをついていた。
こんな状況であの男は戦っていたというのか?
いや、違う。ルチルがこれを打ち消していたんだ。そして、さらにバフであの男の身体能力を上げていた。
ルチルの能力は高い——ということは僕たちが間違っていたのか?
アザレアとファラも複雑な顔をしている。
僕たちは、気づいてしまった事実に打ちのめされるしかなかった。
あれから、僕たちはバラバラになった。ランクはCに降格。
頭を下げて新しいパーティーに入れてもらい、一からやり直し。
この新しいパーティーに入って、一年が経とうとしていたある日のことだ。
港町に依頼をこなしていた僕は、新しいパーティーメンバーがSSSランクの作り手についての話をしているのを聞いた。SSSランクの作り手というのはルチルの噂というか通り名みたいなものだ。
「もうちょっと早く着けば会えたのにね」
「残念だ。可愛いって噂だから見てみたかったのによ」
「あんたじゃ相手にされないわよ」
「なんだと?」
僕は、みんながわいわいと話すのを、ただ黙って聞いていた。
そう、僕は意図的にルチルに鉢合わせないようにしている。
それが、せめてもの罪滅ぼしになると信じて。
けれど、彼女の噂を聞くたびに、かつての穏やかな笑顔が胸をよぎる。
最後の方は、あんなにギスギスしていたというのに。どうしてだろう。
彼女の笑顔を思い出すたびに、僕の胸は痛む。
忘れるなと、忠告されているかのように。
どうして……今更じゃあないか。
僕はきっと——
——その感情に初恋だったと名をつけることを、君は許してくれるだろうか。
許されないだろうな。
以前見た銀髪の男を思い出す。あいつはためらいなく、ルチルのために喧嘩を買った。
ごめん、ルチル。
僕たちが、君にしたことは許されない。
でも、せめて会いにはいかないから。どうか、幸せに。
見上げた空は、まるで記憶の中の彼女の瞳のように、青く澄んでいた。
ざまぁ要素は薄いと言うか、もやもやしたらごめんなさい。