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EP.2 ヴィラン幹部の賑やかな夜(3)

2020.09.28 更新:3/3

 ――どうしよう、今日だけで供給過多に陥っている。


 白く立ち昇る、温かい湯気。その向こうで、バスタブに寄り掛かりゆったりと寛ぐイレイヤが、穏やかに微笑んでいる。銀色の髪をまとめ上げ、露になった項や頬はほんのりと赤く色づき、普段にも増して艶やかさが溢れ出ている。

 イレイヤさんめっちゃ綺麗! なんて、はしゃいでいられない。どの角度から見ても完璧な美女と共に、バスタブに浸かっているこの状況に、優花はただただ動揺していた。



 シャワーは暴れ、水栓のハンドルは吹き飛び、冷水のみ噴射し続ける自宅の暴走風呂は、後日修理する事になった。(早速、明日には業者が来るとノアは言っていた)今夜は諦めるしかないかと覚悟していたが――案じてくれたお隣さんのご厚意により、お風呂をいただく事になった。

 最初にそう提案したのは、イレイヤであった。

 ありがたい限りの申し出に、優花は何度も感謝をし、お風呂セットを携え本日二度目となる隣人宅へお邪魔した――のだが、何故かイレイヤと共に、入浴する事が決定していた。


 何故、私はこの世の女神と一緒に、バスタブに入っているのだろう???


 首を捻る優花とは対照的に、湯に浸かるイレイヤはにこにこと楽しそうた。


「入浴剤、新しく試しに買ったものなんだけど、どう?」

「あ、すごくいい香りがします! 何だろう、甘くて、お花みたいな。色も綺麗ですね、ピンクグレープみたいで」

「うふふ、良かった」


 頬に張り付いた銀色の髪を、人差し指の先でそっと除ける。何でもない仕草のはずなのに、イレイヤがするとあまりにも色っぽい。


 しかし、分かってはいたが……イレイヤさん、本当、凄いな。


 ちらりと、優花は視線を下げる。バインッキュッバインッという擬音語が相応しい、豊満な身体が湯の中に見える。一体何を食べたらこんな風になるのだろう。


「……ふふ、誰かとお風呂に入るなんて、随分と久しぶりだわ」

「え?」

「こんな風に無防備になって、気兼ねなくお話するなんて、初めてかもしれない。同性の友達が出来て嬉しいわ」


 その時に聞いたイレイヤの声は、普段のそれと違う風に感じた。凛として、自信に溢れた彼女は何度も見てきたが、小さな女の子のようにはしゃぐ無邪気な横顔は……初めての事のように思う。


 美人で、スタイル抜群で、眩しいくらいに素敵な年上のお姉さん。だが、美人であったからこそ、凡人には計り知れない苦労があったのかもしれない。“友達”と告げた時のイレイヤは、綻ぶような可愛らしい微笑みを咲かせていたのだ。


「……私も、イレイヤさんみたいな素敵な人とお友達になれて、良かったです」


 イレイヤは、驚いたように、ほんの一瞬動きを止めた。そして、その美しい面立ちに柔らかい微笑みを咲かせると、バラ色の甘い瞳を細めた。


「そう言ってもらえると、嬉しいわ。……ねえ、それにしても、優花ちゃん」

「はい?」


 打って変わり、イレイヤはにんまりと意地悪な笑みを浮かべる。バスタブの中を移動し、優花の側へにじり寄ってきた。



◆◇◆



 優花とイレイヤが、入浴をしているその頃――。

 リビングでは、ノアが通信機を使い、部下に修繕するよう指示を出していた。


「明日、得意な奴を何人か連れてこっちへ来い。それと、部品も頑丈なやつを。僕が現場監督をするから半日で修理……あ? 自分達だけでいい? 夜中にする? 馬鹿、別にお前達を気遣っているわけじゃないよ、お隣さんのためだ」


 本当ならば、部下と言えども、彼女の生活圏に立ち入る事は断固として拒否したい。しかも、風呂場という、よりプライベートな場所だ。信用していないわけではないが、見張っていなければ、ノアの気が済まない。

 それに、表向きこのアパートは地球人経営のものとなっているため、業者を装っていた方が心優しい隣人を怯えさせずに済むだろう。夜中に修理など、許すはずがない。


「うん……うん、そう。じゃ、明日頼むよ」


 通話を終え、通信機をポケットへねじ込む。これで、優花宅の冷水噴射機となった風呂場は、明日の午前には元通りに出来るはずだ。

 リアリティーを求め、擬態目的のアパートは地球基準に合わせて作製したけれど、これを機により頑丈なものに変えよう。シャワーが暴れ回る事のない、水栓のハンドルが吹っ飛ぶ事のない、最高級品のものにしなければ。実兄ユリウスが蹴り飛ばした扉についても新品に取り換える予定で、窓やベランダの戸も簡単に壊れないものにこっそり変えるつもりだ。

 もう二度と、こんな寿命が縮まるような思いはしないためにも。


(はあ……もう、本当、驚いた)


 あの警報が、もしも本当に不埒者による侵入であったら――。

 今回は風呂場の不調で済んだが、万が一にもそのような最悪の事態が起きてしまったら、大変どころではない。ユリウスは半狂乱に陥って暴れ狂うだろうし、イレイヤも地を踏み砕く蹴りを炸裂させるだろう。ノアも、相手の骨格が全て変わるまで殴り倒していたところだ。


 優花の暮らす部屋の防御力は上がるし、不審者が侵入するような事も起きない。

 さて、安心したところで――こっちの現実とも向き合うか。


 ノアは大きな溜め息を吐き出した後、テーブルに額を押し付け突っ伏した恰好のまま微動だにしないユリウスへ、視線を移す。


「ちょっと兄さん、いい加減復活してくれない?」

「無理だ……優花さんが入浴している時に突撃した挙句、裸まで見てしまった。婦女子の天敵。塵も残らず消し飛んでしまえ俺」


 駄目だこりゃ。

 数分前から全く変わらない落胆ぶりに、ノアはがっくしと肩を落とす。


「何でそんなにへこむの? いいじゃん、役得だと思えば。僕もラッキースケベしたか……」

「しばき倒すぞこの愚弟」

「顔こわ!! 僕の扱い酷いな!!」


 ぐるん、と横に向いたユリウスの顔には、爛々と輝く狂気が張り付いている。

 あんな顔、初めて向けられたかもしれない。

 ノアは、申し訳ないが、だんだんと面白くなってきた。あのユリウスが、自国でも恐れられたダークナイトが、たった一人の脆弱な人間の女を想い、嫌われたかもしれないと憔悴しきっている。そのあげく、隣人の篭絡を課せられていながら、逆に胃袋からがっちりと篭絡されているなんて――。


(面白いけど、父さんが見たら、どう思うのかな)


 そんな事を思いながら、ノアはユリウスの正面に腰掛けた。


「冗談に決まってるでしょ。実の弟を本気で消し炭にしそうな顔、止めてくれる? 大体、優花さんが怒ってないんだから、気にしなければいいのに。変に蒸し返して謝り続ける方が嫌じゃない?」

「ぐ……ッそれも、そうなんだが……」

「スパッと忘れてあげる方が、ずっと良いって」


 途端に、ユリウスは押し黙った。


「……忘れられないから」

「え?」

「忘れられないから、申し訳ないんだろう」


 ノアは、唖然とした。あのユリウスの顔が、耳の先まで真っ赤に染まっていたのだ。

 嘘でしょう、貴方がそんな、初心な反応。

 少年のような思ってもみない反応に、ノアは言葉を失った。だが、一方で、不可解な納得もあった。


「……兄さんってさ、優花さんの事、本当に好きなんだね」


 ――僕が想像していた以上に、たぶん、ずっと。


「口に出す事は、憚れるけどな」

「まあ、そうだよね」


 出会った時から、ずっと、嘘を吐き続けているのだから。

 ユリウスだけではない。

 ――僕ら、全員が。


 それでも慕う気持ちだけは本物なんて、動機にも言い訳にも見苦しい。侵略の先兵が、口にしていい言葉ではないだろう。


「ふふ……なんか、変なの」

「何がだ」

「兄さんと、こんな会話するなんて」


 ユリウスは、不思議そうに首を傾げる。「そうだったか」なんてとぼけて言うものだから、ノアは「そうだよ」と笑った。


 こんなありふれた恋の話、した事なんて無かっただろう。


 兄弟仲は、もともと悪くはなかった。だが、他の星との闘争が頻繁にあるため、交わす会話の内容はほとんどそれにまつわるものばかりだった。自分達の本性は、戦闘部隊の連中と争う時のあの姿であると思ってる。だが……一般家庭を装う今の姿も、悪くないと、最近は思うのだ。


 こんな立場でなかったら、本当にこの暮らしも、良いのかもしれない。


 そう思うくらいには、ノアは、ここでの擬態生活を楽しんでいた。冷徹な兄も、気性が激しい姉も、きっとそうだろう。そう思うと、隣人の優花は、凄い人物だ。あの二人をここまで形無しにするのだから、穏やかな人柄と外見に反し、猛獣使いの素質があるのやもしれない。



 ――戦闘部隊の関係者と思しき隣人、桃瀬優花を篭絡し、無自覚の協力者に仕立て上げる。



 たとえ最初の目的がそうだったとしても、彼女はすっかり、日常の一部だ。

 この先、本当にずっと、優花の姿があったら。

 彼女と話す時、共に食事をする時、肩を並べ歩く時、今ですら心底幸せそうに笑う兄は、みっともなく喜ぶのだろう。


 そんな空想を思い浮かべ、一人で笑ってしまうくらいには、ノアも優花の事を好いているのだ。



 ――イレイヤさん?! ちょッ!


 ――優花ちゃん、肌すべすべね~!



「!」

「……?!」


 穏やかな空気が満ちていたリビングに、謎の緊張が迸った。



 ――ええ~……イレイヤさんは、私なんかよりもずっと凄いじゃないですか。何か、マッサージとかしてます?


 ――まあ、そうねえ、胸はやっぱり気遣うわね。崩れたりするのは嫌だし。


 ――ですよね……どういうのですか?


 ――んふふ、ここを、こうやって


 ――ひゃん!


 ――で、次はここを


 ――ふひゃあ! あははは、はは、くすぐったい!



 風呂場から聞こえてくる、楽しげな女二人の声。バシャバシャと湯が激しく跳ねる音も、声の後ろから響いている。子どものようにはしゃいで楽しんでいるという事は、見ずとも想像がついた。


(姉さん、お風呂貸したのって、絶対それが目的でしょ)


 優花の笑い声が、狂ったように響いている。だんだんとその声も掠れていき、最後はほとんど息づかいのような音に変わっていた。

 一体何をしているのだろう、あの確信犯の姉の事だから、きっと優花を玩具にしているのだろうが……。

 そうやって楽しんでくれるおかげなのか、沈黙に支配されるリビングが、何故か異様な気まずさに陥っている。ノアは特別、風呂場を意識してはいないが……恐ろしく静かになってしまったユリウスのせいで、猛烈に居心地が悪かった。


「……」

「あーーー……兄さん? だいじょ」


 苦し紛れに出た問いかけは、ノアの口から全て出る事はなかった。



 押し黙ったユリウスから、あろう事か――鼻血が噴き出したのだ。



「兄さんが鼻血噴いた! 嘘でしょ、ダークナイトが! あの冷酷無慈悲のダークナイトが! みんなの憧れのダークナイトが! そんな、童貞みたいな真似……!!」

「三回も言うなノア。優花さんに聞こえるだろう」

「声だけかっこよくしたって、ダサいのは変わんないからな! ほら、ティッシュ!」


 ノアはティッシュ箱を掴み、投げ付けた。


「ヤダもー! 鼻血噴くとかさあ……こんなとこ未来の義姉さんに見られたら、かっこ悪すぎて幻滅されるよ?!」

「みら、みらいのねえさ……?!」

「ちょ、勢い増したんだけど?! 止めてよ!!」


 いやテレテレ喜んでる場合じゃねえんだよ! 早く止めろよ愚兄!


 やっぱりそんなだらしない顔と、恰好悪い姿は、知りたくなかった――ノアの中にあった兄への優しい感情は、真っ赤なティッシュと共に握り潰し、ゴミ箱へ叩き付けた。



◆◇◆



「はあ~~気持ち良かったわ~~」

「そ……そうっすね……」


 色づいたツヤツヤの頬に、極上の微笑みを浮かべる、イレイヤ。

 その燦然とした眩しさに目を細めながら、疲労困憊の優花も風呂場から出た。何だろう、凄い疲れたな……。


「あ、お風呂、いただきました。ありがとうございまし……どうしたの二人とも?!」


 ユリウスとノアが、二人揃って盛大に身体を捩じらせ、フローリングに倒れ伏していた。完全に想定外だったポーズに出迎えられ、優花は慌てふためき彼らのもとへ近付く。


「ユリウスさん?! 負傷したんですか?! 頬が赤く腫れて……え、鼻どうかしたんですか」

「気にしないでください。ちょっと、弟に蹴り技を伝授していただけですので」

「こ、こんな夜遅くに蹴り技を……?!」

「付き合ってあげた弟を、雑な茶番に巻き込むの止めてくれる??」


 黙って聞いていると鼻血が止まらないから、ちょっと殴り合って紛らわせよう――最高に頭の悪い提案をした兄に巻き込まれ、望まぬ負傷をしたノアの顔には、隠し切れない激憤が滲んでいた。(本当に二人が風呂から上がるまで、ユリウスはノアを締め上げた)


「よく、分からないけど……ええっと、仲良しだね……?」

「やだッ俺こんな兄さん要らない~。優花さん、頑張ったから頭撫でて~」

「うん???」

「お退き、愚弟ども。さあ優花ちゃん、こっちへいらっしゃい。髪を乾かしてあげるわ」


 ユリウスとノアの頭頂部をフェイスタオルで叩くと、イレイヤは優花をソファーへ引っ張った。


「男兄弟なんていつもこんなもんよ、気にしないで。……どうせ理由なんて想像つくし」

「え?」

「なんでもないわ。さあ、お姉さんの前に座んなさい」


 イレイヤの言葉に従い、優花は彼女の足元にちょこんと座った。ドライヤーの電源が入り、温風が吹き付ける。当てられたタオルはふわふわと優しく、とろんと眠くなるくらいに心地好かった。


「……ありがとうございます、イレイヤさん」


 単純で、チョロいと、思われるだろうけれど――優しくされて、嬉しかった。


 迷惑を掛けてしまっているけれど、お風呂が故障して良かったと、少しだけ思わせて欲しい。明日にはまた、あの非常識トリオから理不尽に扱われ、泣き叫ぶ事になるだろうから。


「ふふ、どういたしまして。いつでもしてあげるわ」


 髪を拭うイレイヤの優しい指を感じながら、そっと瞼を下ろし、今だけ彼女に甘えた。



 ――ところで、今もなお視界の隅では、ユリウスとノアがフローリングに転がり、互いの顔を掴み合っているのだが、本当に大丈夫なのだろうか。



◆◇◆



 ノアが頼んでくれたという業者により、翌日の午前には風呂場と玄関の扉の修繕が完了してしまった。

 なんという、スピード作業だろう。しかも以前のものよりも高級感が増している。

 嬉しくて業者の方々に何度もお礼を告げ、両手を握りしめ上下に揺らしてしまった。(ノアやユリウスらの顔が圧の強い笑みを浮かべていたような気がするが、見間違いであると思いたい)

 そそくさと去っていく修理業者を見送り、改めて優花は心優しい隣人に感謝をした。


「本当にありがとうございます。助かりました!」

「うふふ、良いのよ。でも……優花ちゃんとお風呂に入れて楽しかったから、また一緒に入りましょうね」

「え゛ッ?!」


 途端に、イレイヤのかんばせが不安そうに曇る。「迷惑だったかしら……」しゅんと肩を落とし、切なそうに眉を下げる彼女を前に、ノーと告げる選択肢は優花の中に存在しない。


「い、いいえ……! 望むところです……!」

「何で急に覚悟を決めるの、優花さん?」

「姉に何をされたんですか」

「まずは肉体改造をしてきます。それから、体臭もフローラルに変えてきます。成功したら、また一緒に入って下さい」

「え、そんなの必要ないわよ?!」


 いいえ、必要です。せめて耐えられるだけの身体にしてきます。

 女神の美貌を前に、死なぬように。




 後日、優花は戦闘部隊の本拠地にて「女神に耐え抜く体臭と身体に改造して欲しい」と嘆願し、訳が分からない研究員達を大混乱に陥れた。



肉体改造計画(物理)はもちろん出来ないから破綻したし、イレイヤに泣きつかれ、結局一緒に入るピンクがこの後いたそうです。


こういう日常パートで、わちゃわちゃ騒いでるヴィラン幹部三兄弟が好きだと確認いたしました。

お前らもっと騒いでくれ(願望)

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― 新着の感想 ―
[一言] グッd( ̄  ̄) 新たな萌えをありがとうございます。
[良い点] 砂糖爆弾テロ、てめえら爆発しろぉ! [気になる点] 出てきてなくてもイラッとするおさななじみ。 第2の最強最強獣は無理です、なー。 [一言] あてられました、ありがとうございます。
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