1週目クリアの後
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悪役令嬢ものです。
「この場をもって、メイリア嬢との婚約を破棄する!」
ここは貴族が通う魔法学園。3ヶ月後に卒業式が迫ったある冬の、王太子の婚約御披露目パーティー。その場で当の本人から高らかに宣言された婚約破棄に、ざわ、と周りから戸惑いの声があがる。聴取はみな酷く動揺しているようだ。
婚約破棄を告げられた張本人、メイリア・エルトゥルーセルもまた、衝撃を受けよろよろと力なく床に膝をつく---ただし、聴取とは全く別の理由で。
(お、お、思い出したわ……)
王太子が可憐な美少女を連れて舞台へ上がったときから覚えていた既視感と違和感。先程王太子が叫んだ台詞を聞いた瞬間、その正体である前世の記憶が、まるで雷に打たれたような衝撃を伴って甦ったのだ。
(わたくしは、悪役令嬢のメイリア……そしてこれは、王太子の、フェルナンドルートのイベント…!)
そう、驚くべきことに、今正にメイリアが直面している現実は、たった今思い出したばかりの前世の自分が遊んでいた"ゲーム"で描かれたシーンそのままだった。
"ゲーム"の主人公であるソフィアが、攻略対象…ここではフェルナンドと恋に落ち、それに嫉妬した悪役令嬢メイリアの数々の悪行を暴露する、ストーリー終盤で起こるイベント。それが、目の前で再現されている。
パーティー会場の一段上がったところに威風堂々と立つ王太子フェルナンド、その腕に抱かれている可憐で、しかし怯えたように震えている美少女の主人公ソフィア、そしてその二人を守るようにすぐそばで腰の剣に手を当てている寡黙でクールビューティーな騎士サリオ、檀上外でこちらを睨んでいるのは魔法学園一の天才で有力貴族のカーティス、またわたくしの背後で後ろから剣を付きだし、わたくしが逃げられぬよう監視しているのは学園一顔が良い教師セオール……"ゲーム"で見たスチルと丸かぶりである。見たことあるわこれ。4回くらい見たわ。
一体なんてタイミングで思い出してしまったのか。頭の中で渦巻く情報の大洪水に抗っている間にも、王太子はメイリアへの追及を続ける。
「メイリアはソフィアに何度も虐めを行った!」
確かに嫌がらせはしたわ。物凄く良く覚えてる。
「それも、嫉妬という私的で、醜い感情によって!」
全くその通りだわ。その一心で仕掛けたわね。
「……お前のせいでソフィアは、酷く傷つき、怯えていたんだ。」
ええ、今もあなたの腕にすがりついて怯えたようにしてるものね。とても可憐ね、神経が図太い私とは正反対だわ。
詰んだわ、わたくし。
メイリアはその場で頭を抱えた。もう一度思う、なんてったってこんな時に思い出してしまったのか。せめてもう少し前に思い出していれば、何かしらの回避のしようがあったものを。
…ああでも、と思う。たとえもっと前に、そう、それこそソフィアがフェルナンドに出会った時点で前世を思い出していても、結果はそう変わらなかったのかもしれない。
だって、わたくしはフェルナンド様が好きだったから。小さい頃、お互いの両親に引き合わせられた時からずっと。
でも、フェルナンド様のソフィアを見る目が、真剣だったから。わたくしにも向けてくれないような顔を、ソフィアにはいとも簡単に見せていたから。そうだ、フェルナンド様はソフィアのことを愛している、そう気づいた時から、わたくしはソフィアに嫌がらせをしてきたのだった。
ふふ、と自嘲すると、それが気に入らなかったのか、フェルナンドは眉をひそめ、そして再びメイリアを罵倒する。
「開き直るのか、メイリア。反省も謝罪もないのだな。…お前が、そんな人だとは思わなかった。政略結婚とは言え、お前と婚約を結んだこと自体が間違いだったよ。」
こんなに罵られても、まだフェルナンドを好きだという気持ちは消えないようだった。心が痛いし、泣きそうなのだ。ばれないように咄嗟に顔を伏せる。なんて愚かな恋心なのかしら、と我ながら思う。でもきっと、恋とはそういうものなのだ。
ああ、ぼうっとしてる暇はないのだった。この後の展開を、情報の海からどうにか引っ張り出す。
原作通りならば、この後メイリアは国外追放をフェルナンド直々に宣言されるはずだ。目の前の現実でも、正にフェルナンドは口を開け、"ゲーム"と同じように宣言を下そうとする。
「この時をもって、エルトゥルーセル公爵令嬢を国外追放と---」
「待ってください、フェルナンド様!」
突然フェルナンドの声を遮ったのは、そのとなりに寄り添っていた可憐な美少女、ソフィア。この世界の、主人公。
「ソフィア…?」
フェルナンドが困惑したように声をあげるが、それを気にせずにソフィアは一歩前へ出る。そして目をふせ、震えながら、儚げな様子で言葉を紡ぐ。
「フェルナンド様、私はメイリア様に酷いことをされてきました。でも、それはメイリア様だけが悪かった訳じゃない。きっと、私にも悪いところがあったから…だから、メイリア様は私を虐めたのよ。そもそも、フェルナンド様の婚約者はメイリア様よ…メイリア様が怒るのも当然だわ、私がフェルナンド様を盗ってしまったようなものだもの。」
盗ってしまったようなものというか、まさにそうなのだが。というか凄い物言いね、"虐めた"って。
心のなかで突っ込みをしながら、メイリアは動揺していた。
---"ゲーム"には、こんな展開はなかったはず。
いやしかし、ここはあくまで現実である。これまでの人生がことごとく"ゲーム"通りだからと言って、これからもそうだというわけではないのかもしれない。では、これから何が起こるというのか。
「メイリア様、あなたさえ良ければ……少し、お話ししませんか。…ええ、もちろん二人きりで。」
怯えていたはずのソフィアが、それは綺麗に笑っていた。