第38話 「好きにならせてくれ」
拝啓
整理のために書く。
感情に名前をつけるのは、得意ではない。
むしろ、つけないままの方がいいと思ってきた。
定義してしまえば、変化を認めることになるから。
⸻
ズキッと確かに胸が痛んだ。
何も感じないと思っていたのに。
君が誰かの隣にいることは、
当たり前に起こり得ることだ。
むしろ、自然なことだろう。
君は誰に対しても変わらない。
誰に対しても距離を保つ。
それが君だ。
だから安心していた。
そういう前提だった。
なのに、
どうしてだろう。
あの光景を見たとき、
思考が止まった。
冷静でいられなかった。
君が、
他の誰かのもとに行く可能性を
想像してしまった。
そんなもの、
考える必要もなかったはずなのに。
こんなの、
まるで恋をしているみたいだ。
⸻
「榊原君ー!!おはよー!!」
「おはよ」
「じゃーーん!見てみて!!フルート描いてみた!!どうかな??榊原君をイメージしたら水色になっちゃったよー」
君は、俺の意思を無視しない。
勝手に踏み込まない。
勝手に決めつけない。
ただ、
知ろうとしてくれる。
俺の好きなものを、
そのまま受け取ってくれる。
押し付けない。
期待しない。
求めない。
だから、
楽だった。
「うん、上手」
「ほんとーー!?嬉しいな!!榊原君に褒めてもらっちゃった!!ふんふんふーん♪」
嬉しそうに回る君。
それを見ると、
つられて笑ってしまう。
そんな自分に、
少し驚く。
笑っている理由は分からない。
ただ、
君が嬉しそうだから、
それでいいと思った。
引き込まれる明るさ。
少しずつ、
距離が近くなっている気がする。
離れたいとは思わない。
むしろ、
離れる理由が見つからない。
君が欲しくなる。
こんなこと、
想定していなかった。
⸻
「水瀬」
「なーにー??榊原君!」
「話したいことがある」
「……」
ぴたりと動きが止まる。
それでも、
何も聞かない。
何も急かさない。
ただ、
待っている。
「場所変えよっか!行こう行こう!」
軽く笑って歩き出す。
余計な言葉を使わず、
空気を整える。
君はそういう人だ。
いつも、
そうだった。
⸻
校舎裏。
好きな場所ではない。
思い出したくないこともある。
それでも、
ここで話そうと思った。
整理するためにも。
前に進むためにも。
「校舎裏なんて初めてきたよー!!あんまり人いないね??」
「目的なしに来ないだろ」
「確かに!!」
無理に深刻な空気を作らない。
俺が話しやすいように、
いつも通りでいてくれる。
誰に対しても同じように接するのに、
なぜか安心できる。
不思議な人だ。
「水瀬、前の事覚えてるか?」
「んー、どの事かな??」
「俺と一ノ瀬が話してた時のこと」
「あっ!!いつか話してくれるあの話!!聞かせてくれるの??」
「水瀬が嫌じゃないなら」
「うんうん!!勿論だよ!!聞きたい!!榊原君の事もっと知りたい!!仲良くなりたいもんもっともっーーと!!」
踏み込まない。
でも、
離れない。
その距離が、
心地いい。
「俺は、女子が嫌いだった」
君は何も言わない。
ただ、
聞いている。
「中学の頃、女子にすごくモテてた」
「最初はありがたかった。誰かに好かれるのは悪いことじゃないと思ってた」
「でも違った」
「増えていった」
「連絡も、声も、視線も」
「どこにいても見られてる」
「誰かが近くにいる」
「逃げても意味がない」
拳を握る。
思い出したくない感覚が蘇る。
「好きはお互いで成立するものだろ」
「押し付けられる好きは、好きじゃない」
「俺のことを知らないのに、知ってるつもりで話す」
「勝手に理想を押し付けてくる」
「俺は好きじゃないのに」
「好きって言われ続ける」
「怖かった」
「好意が怖くなった」
「人と関わるのが面倒になった」
「だから、引っ越した」
君は、
黙って聞いている。
表情も、
変えない。
評価もしない。
否定もしない。
ただ、
聞いている。
それだけでよかった。
「高校で君に会った」
「挨拶だけしてくる人」
「踏み込まない人」
「最初、挨拶無視したこと、後悔してる」
「ごめん」
「榊原君、大丈夫だよ。無視なんてされてない。頭が揺れてたもん!最初から!!いい人だってわかってた!!」
迷いなく言い切る。
こんな俺でも、
受け入れてくれる。
「うん、水瀬ならそういうよな」
「ふふーん!榊原君も!私のことわかってくれてるね!!嬉しいな!!」
分かっている。
ずっと前から。
君は、
変わらない。
「水瀬は俺のこと友達として好きでいてくれる」
「勿論だよ!!大好き!!榊原君の事だーいすき!!」
「うん」
「俺も、好き」
「わあ!!榊原君から公認だ!!やったーー!」
少しだけ迷う。
それでも、
言葉にした。
「小春」
「!!」
「って呼んでいい?」
「勿論!!呼んで呼んで!!名前で呼んで欲しい!!」
「小春、ありがとう」
「えへへ!じゃあ私も呼び方変えてもいーい??」
「好きに呼んで」
「そーちゃん!!ずっーーと!頭の中で呼んでた!!」
「何だよそれ」
思わず笑う。
こんな風に笑うのは、
久しぶりかもしれない。
「これからいくらでも呼べるだろ」
「うん!!そーちゃん!だーいすき」
ぎゅっと抱きつかれる。
驚くことはなかった。
むしろ、
自然だった。
心地よい。
このままでいいと思った。
このまま、
続けばいいと思った。
ドクン
胸が鳴る。
ああ、
そうか。
俺は、
この関係を守りたかったんじゃない。
この人を、
手放したくなかっただけだ。
友達でいいと、
思っていたはずなのに。
思っていた、
だけだった。
君はそのままでいい。
変わらなくていい。
だから。
好きにならせてくれ。
小春。
敬具
貴重なお時間ありがとうございました!




