【IOF_32.log】無線通話
これは、早急に王の耳に入れなければなるまい。クルマのような我が国にはない高度な知識や技術を有していることに鑑みるに、フクハラ様への対応を誤れば国が傾く。
逆に、フクハラ様の国「ニッポンコク」と良好な外交関係を築くことができれば、国力の増強につながることも間違いない。
フクハラ様は、続けた。
「ご厚意に深く感謝いたします。ただ、わたくしは警察署の責任者でもございます故、まずは署に連絡を取り、一晩わたくしが不在でも差し支えないかの確認をさせていただければと存じます。問題がないと確かめられましたら、ありがたく今宵のお誘いをお受けいたします」
妙なことを言う。
フクハラ様のいう「ショ」とやらは、あのクソウズ池のほとりであろう。ここからはかなりの距離だ。連絡を取るにしても、早馬を走らせても半日はかかろう。どうやって確かめるつもりなのだ?
「ご懸念はもっともにございます。しかし、我々には『無線』と呼ばれる通信の仕組みがございます。使者を走らせることなく、この場から署と直接やりとりができるのです」
ムセン……? 耳慣れぬ言葉だな。遠く離れた場所にどうやって伝えるというのだ?
「お屋敷の前にとめている車の中と署に無線機という装置がございます。無線機という装置は、電波という目に見えない波のようなもので音声などをやり取りすることができます」
なんとも不思議なものだな。この国の情報伝達手段は、馬もしくは人力による伝令か手紙だ。伝令は情報が正確でないことが経験から知られている。それに対して、手紙は正確だ。だが、手紙に用いる羊皮紙は希少なもので、おいそれと使えるものではない。情報の正確性と費用が両立しないのだ。
俺は、無線というものに俄然興味がわいた。
「それを今、目の前で見せていただけるだろうか」
「はい、問題ございません。それでは、無線通話を実演いたしますので、玄関脇に停めている車までご足労願います。南畝主任は、ロック解除とエンジン始動をお願いします」
「了解」
フクハラ様が部下と思われる顔の怖い男性になにやら指示をなさった。色々知らない単語が多い。「ムセンツウワ」とか「エンジン」とか……
「これからこの車に乗っていただきますが、いくつかご説明とご注意を申し上げます」
俺たちをクルマに案内したフクハラ様が、クルマの扉を四枚開いて説明を始めた。珍しい開き方をする扉だ。
「前の座席は、保安上の理由から皆さんは座らないようお願いいたします。椅子の前に丸い車輪のようなものがあるのをご確認ください。あれを『ハンドル』といいます。ハンドルがある座席を運転席といいます。そして、その左側の座席が助手席です。今回、運転席には南畝主任、助手席にはわたくしが座ります。閣下とローレンシアお嬢様は後ろの席にお座りください。なお、車内の器具にはお手を触れぬようお願いいたします。中には危険なものもございます故。他の方は、申し訳ありませんが、外で様子を見ていてください」
俺は「ジョシュセキ」の後ろに座った。ローレルは「ウンテンセキ」の後ろだ。俺の乗った側の扉をフクハラ様が、ローレル側をノウネシュニン様が閉め、お二人はそれぞれの座席に座り扉を閉めた。
ノウネシュニン様がハンドルの奥に何かを差し込み、向こう側にひねると「きゅるるっ」と音が鳴り、その直後、足元と尻にぶるぶると振動が伝わってきた。低い唸り声のような音も聞こえる。なんだこれは?
「この音と振動は、エンジンという動力源が動いていることを意味します。エンジンというのは、機械でできた馬のようなものです。馬が走ることで生み出す力を機械で発生させています。わたくしどもの世界では、エンジンの出力を『馬力』という単位で表します。エンジンは、ガソリンという燃料で動きます。実は、クソウズ池の黒い水からガソリンを作ることができるのです」
これは驚いた! 機械で馬の代わりができるだとか、その機械がクソウズ池の黒い水をもとにしたガソリンというネンリョウで動かせるのだとか……俺たちの常識では考えられないことばかりだ。
「これから無線通話の様子をご覧いただきます。通話の相手方は、クソウズ池の近くにあるわたくしどもの署に設置した無線機です。その無線機とはすでに通話ができることを確認しています」
未知との遭遇に心が躍る。まるで少年の頃に戻ったかのように新鮮な情動だ。
「奥多摩21から奥多摩」
フクハラ様が、手のひらに収まるくらいの黒い装置に向かって話しかけた。これがムセンツウワというものでなければ、相手がいないところでしゃべっている怪しい人物になるだろう。
「奥多摩です。どうぞ」
なにごとだっ!
先ほどフクハラ様が話しかけた黒い装置から男の声が出てきたぞ!
どうなっている?
あの小さい装置に人間が入っているのか?
いや、それは無理だろう。
「フクハラ殿! これは、どういうことなのだ?」
人知を超えた物の存在に触れ、思わず敬称が「殿」になってしまった。様付けでお呼びするなど不敬であろう。もはや神の御業! 神託かっ?!
「神の御業でもなければ神託でもございません。純粋に科学技術です」
フクハラ様が苦笑なさる。興奮してしまいお恥ずかしい限り。
「本日、辺境伯閣下より宿泊のお申し出を受けた。福原及び南畝両名は、閣下のお申し出をお受けしたく、宿泊の可否について署の状況を確認したい。どうぞ」
「奥多摩了解。庁舎警戒は、機械警備と併用し、在署員で対応可能。2名の宿泊に問題はない。どうぞ」
「奥多摩21了解。明日の午前中には帰署予定。なお、夜間は無線通話不能につき、緊急時は車両による特使を派遣願いたい。道案内は郡司さんが対応する。どうぞ」
「奥多摩了解」
「以上、奥多摩21」
なんとも事務的だが用件がまとめられて簡潔だ。騎士団や辺境伯軍の報告にも使えそうだな。冗長な報告をする者が多く、「結論を先に言え!」と何度も注意しているが、まったく改善がない。
「ただいま無線で署と連絡をとり、一晩わたくしが不在でも差し支えないことを確認いたしました。それではご厚意に甘え、今宵はこの館にてお世話になります。突然の訪問にもかかわらず歓待いただき、重ねて御礼申し上げます」
それはよかった!
それにしても、このムセンというものはすさまじい技術だな。
この技術が普及すれば離れた場所に展開する部隊同士の連携に今までは伝令を飛ばしていたものが、瞬時に行えるようになる。軍の行動において他国を大きく凌駕できるはず。
いやしかし、フクハラ様の性格では、ニッポンコクの高度技術を軍事利用することをよしとしないであろう。俺としてもフクハラ様の意に反することはしたくない。国王に報告する際も、このあたりはしっかり具申せねばなるまい。あいつは短絡的だからな。




