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【IOF_23.log】神は幽霊とともに

「日本語がミセラニアス教の神宮でしたっけ? 宗教施設の碑に刻まれているなら、私たちで読むことができると思いますよ。それに『自警』の2文字には思い当たるところもありますし」

 いえいえいえいえ! そんな畏れ多いことをさらっとおっしゃらないでください。「自警」を「ジケイ」と読むなど、我が国の歴史上誰もなしえなかった偉業でございます!

 もうこの時点でフクハラ様は、我が国にある神宮のどの神官よりも神に近い存在であることは間違いございません。畏れ多くてひれ伏したくなる気持ちを抑えるのが困難になりつつあります。地面に額を打ち付けて拝礼したい心持です。


「何はともあれ、どうぞ乗ってください」

 フクハラ様がクルマの扉を開けてわたくしたちを中にいざなってくださいました。

 では、遠慮なく……


 ではございません!


 よいのですか?

 神聖なる紋様が刻まれた未知なる乗り物「クルマ」にわたくしのような使用人が乗ってしまったら、翌日には昇天しているかもしれません。

 フクハラ様に促されるままクルマの中に入ります。

 無表情を装いながら、内心はガクブルしております。

「ほえー」

 椅子に腰かけたお嬢様が蕩けていらっしゃいます。いつもどおりでございますね。かくいうわたくしも、うっかりすると腑抜けてしまいそうで、己をしっかり保つために気を張っております。

 なぜそのような状態になっているかと申しますと、腰かけた椅子の座り心地が素晴らしいからでございます。お屋敷にあるどの椅子やソファよりもしっかりと腰を捉え、なおかつ固すぎず柔らかすぎない絶妙の座り心地でございます。さすがは神の使徒がご利用になるクルマです。格が違います。

「それでは、このシートベルトを締めてください」

 フクハラ様が椅子の脇からべろーんと幅広のリボンのようなものを延ばします。魔法でございますか?

 そのリボンのようなシートベルトなるものをわたくしの体の前を通し、お尻のそばにある装置とつなげて固定なさいました。

 あ、フクハラ様の御手がわたくしのお尻に……すみません、わたくし少々体が反応してしまいました。

 同じようにお嬢様にもシートベルトなるものを着けてくださいます。

 その際、フクハラ様がわたくしの前に身を乗り出すようにして作業なさっていた関係で、フクハラ様とわたくし、ゼロ距離でございます。目の前にフクハラ様のお身体が迫るありがたい光景を得ました。

 そして、なんと表現してよいのか分からない、いい匂いが漂います。このままずっとフクハラ様の匂いを感じていたくなるような、甘い芳香でございます。


 ひとり勝手に赤面するわたくしをお許しください。表情はコントロールできても不随意の生理現象は制御不能でございます故。

「マーガレット、ちょっと確認したいことがあるのだけどよいかしら」

 お嬢様の顔色が優れません。お体の具合が芳しくないのでしょうか。

「はい、お伺いいたします」

「このクルマには、初めから乗っていらした方の他、フクハラ様とわたくしたち2人の合計4人が乗っているはずですわね」

「はい、おっしゃるとおりかと」

「街道脇で座っているときに感じた人の気配のようなものがまた……」

「左様でございますか。わたくしには気配が感じられません」

 お嬢様の挙動不審はいつものことでございますが、今日は一段とおかしくなっております。無理もございません。


「お話に割り込んですみません。その気配でしたら心当たりがあります。お二人は幽霊という霊魂の存在を信じますか?」

 フクハラ様は神界から冥界にまで影響力を及ぼすことができるのですか? もはや神をも超える存在! わたくしの処女を捧げます!

「わたくしは信じますわ。屋敷でも白い靄のようなものがふわふわと中空を漂っているのを見かけます。きっとあれが幽霊なのだと思いますわ。見えている幽霊は恐ろしくございません。ただ、今日感じているものは姿かたちが見えず、気配だけを感じるため少々怖くございます」

 お嬢様が両手で体を抱え込むようにして小刻みに震えていらっしゃいます。わたくしは、そっとお嬢様の背に手を添えて優しくさすりました。

「そういうことなら心配なさそうです。これから、お2人には後ろを振り返っていただきます。そこに幽霊がいます。ちゃんと姿が見えるようにしてもらいますから、怖くはないと思います。幽霊さん、姿を現してください」

「はーい」

「ひゃーっ!」

 わたくしは、幽霊というものを物語や想像の中だけに存在すると信じておりました。しかし、フクハラ様は当たり前のように幽霊の存在を肯定し、幽霊に話しかけるようなことをなさいました。

 そればかりではございません。フクハラ様が話しかけたと思うと、その直後にわたくしたちの後ろから若い女性の声が聞こえたではありませんか。誰もいないはずの後ろから。これにはさすがのわたくしも変な声が出てしまいました。


「えっと、ローレンシアさんとマーガレットさんですよね。私は幽霊のヨウコ・グンジです。福原さんと一緒に日本から転移してきました。人に害は与えない、いい幽霊なのでよろしくお願いします」


 後ろからの声が自己紹介をしてくださいました。もう何があっても驚きません。

「自己紹介が済んだようですので、どうぞ後ろを振り返ってください。かわいい女の子の幽霊さんがいます」

 わたくしたちは、フクハラ様に促され、建付けの悪い扉を開閉させるときのきしみが聞こえそうな動作で首を後ろに回しました。

「あ、普通にかわいい」

 幽霊との初対面は、意外なほどあっけなく済みました。

 穏やかなほほえみと、まったく殺気のない存在にわたくしの警戒心は瞬時に霧散いたしました。

「ヨウコね。わたくしはローレンシア。辺境伯の娘よ。ローレルと呼ぶことを許して差し上げますわ」

 幽霊には少し強気に出られるお嬢様でいらっしゃいます。おそらく親愛の情だと思われます。

「ローレンシアお嬢様のメイドでマーガレットと申します。よろしくお願い申し上げます」

 幽霊に軽く頭を下げてご挨拶を申し上げました。

「ローレルさんとマーガレットさん、よろしくお願いします。あ、最初にローレルさんが感じた気配は私です。福原さんたちが車でこちらに来る前に、私が偵察に来たんです。そのとき、ローレルさんに気配を感じ取られてしまったみたいです。幽霊は、基本的に姿が見えないはずなんですけど、ローレルさんは霊感が強いみたいです」


 ヨウコ様の証言でお嬢様の奇怪な言動が実は霊感のなせる業であることが判明いたしました。「寝言は寝て言え」などと思っていたわたくしをお許しください。

「それでは、幽霊さんとの顔合わせも済みましたし、そろそろ出発します。馬車より速く走るので驚かないようにしてください。あと、走行中はシートベルトを外さないようにお願いします。じゃあ木村係長、お願いします」

「了解!」

 フクハラ様の指示にキムラと呼ばれた男性が応じました。この男性はフクハラ様の部下なのでしょうか。

「ほぇー」

 クルマが動き始めました。

 お嬢様が感嘆していらっしゃいます。わたくしも思わず声をあげそうになりましたが、ぐっとこらえて無表情を装います。


 とはいえ、窓の外を流れる景色の速さに目を奪われます。

 馬車よりずっと速く走っているはずなのに、ごつごつした振動が腰に来ることもなく、とても柔らかい上下運動を繰り返しています。一体どのような技術が用いられているのか想像もつきません。やはりこの世界に存在しないある種の魔法なのでしょうか。


「ヨウコはなぜ死んでしまったの?」

「私は、お風呂の中で寝てしまって、そのまま溺れ死にました。あはは」

「あははではございませんことよ。まったく。しっかりなさいまし」

「でもね、そういう死に方だったから、この世に未練とか恨みなんかもなくて、こんな感じの健全な幽霊になれたと思ってるんだ」

「あなた、変わってるわね」

 変わった者同士、相通ずるものがあるようです。

 人は言うに及ばず、相手が幽霊でもすぐに打ち解けられるのは、お嬢様の特技と申し上げてよいと愚考いたします。

 お嬢様とわたくしの異世界の乗り物による小旅行は続きます。あ、御者を忘れておりました。


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