レグナムの地竜・13
ネアンストール防衛軍。
魔法使い筆頭であるゲイルノート・アスフォルテを擁し、彼が持つ才能を見極める能力を存分に活かして集めた魔法の才能に秀でた魔法使いたちを中核部隊とし、重厚な魔法の弾幕を攻防一体の戦法として採用していた先進的軍隊だった。
そして今、その形態は更なる進化を遂げている。
広域殲滅魔法。
かつては高ランクの魔法石を始めとした高級な素材を使用した杖を使い捨てにすることでなんとか発動できる、非常にコストの高い魔法だった。しかも威力と効果範囲をトータルで勘案した場合、出せはする、といったレベルに過ぎなかった。
だが今は全く状況が異なっている。モッチーにより齎された“重量杖”、その発展型を配備することによって杖を使い捨てることなく広域殲滅魔法を放つことができるのだ。
さらに杖そのものの性能が飛躍的に上昇したことで威力はAランクモンスターすら纏めて葬るほどであり、単独で戦域を支配することが可能となっている。
しかもすでに四十本も配備されており、分散して配置することで戦場の全域を射程に収めることを戦略目標としていた。
まさに異次元とも言える圧倒的火力による面制圧。しかし運用を変えればまた別の戦術を採ることができる。
それが今この戦場で発揮されていた。
強烈な刃を内包した巨大な竜巻が竜の巨体を包み込む。
上級魔法カッター・トルネード。無数の刃で範囲内を切り刻み続ける広域殲滅魔法だ。
竜は全身を切り刻まれ細切りにされる……ことはなく、強大なレジスト能力で竜巻を吹き散らす。
だが間髪入れずに灼熱の業火が竜の真下から吹き上がった。上級魔法フレイム・テンペスト。触れるもの全てを焼き尽くす広域殲滅魔法だ。
これも同じく竜のレジストによって防がれる。
しかしまた竜に広域殲滅魔法が襲い掛かった。アブソリュート・ブリザード。吹雪の吹き荒れる範囲から一気に熱量を奪い取る上級魔法だ。
「これもレジストされるか。全く、竜というのは無尽蔵の魔力を持っているとでも言うのか?」
吹雪が散らされるのを見ながらゲイルノートが呟く。
ネアンストール防衛軍にしかできない広域殲滅魔法による集中砲火。どのような敵であっても圧倒的な質と物量でゴリ押すことができる包囲殲滅陣。これこそが新たに可能になった強烈な戦術だ。
「しかし生物である以上、無限に魔力を持っているはずがない。必ず限界があるはず」
生物は皆、魔力を持っている。その中でも多くの魔力を持つ魔物は常に身体の表面に纏わせるように魔力を保持しており、それが同じ魔力を変質させた魔法に対して防御壁の役割を担っている。
しかしながらレジストするたびに防御壁が削られるため、保有魔力が減少していくのはこれまでの研究から明らかとなっていた。
竜に対する突破口、それこそがレジストの限界を超える飽和攻撃。魔力を枯渇させ、防御壁を失ったところを蹂躙するのだ。
だが、四十人による集中砲火にも竜のレジスト能力が失われる気配がない。果たしてこのままの調子で削り切ることができるのか。
「いや、考えるべきはそこではない。このまま削り切れなかった場合にどうするか、か」
ゲイルノートの呟きに答える声があった。
「それならば私にお任せを。いささか消化不良なので己を律するのにも辛いところですから」
声の主はクルストファン王国騎士次席メリオン・フェイクァン。防衛軍本隊が到着するまで満面の笑みで竜に挑みかかっていた戦闘狂だ。
一体誰のせいで竜と正面から戦う羽目になっているんだ。
喉元まででかかった苦情を飲み込み、メリオンの腰に目を遣る。
モッチーに作らせた鞘は五本。しかし今腰にあるのは二本のみ。それはつまりすでに三本を失い、使わなくなった鞘を捨てたことを示している。
やはり王国最強騎士といえども竜相手では有効な手立てが無いようだな。
剣の才能だけならば右に出る者がいないほどの力を持つが、かといって全てを兼ね揃えているわけではない。技量も速度も反射神経も動体視力も必須と言われる技能はどれもずば抜けてはいるが、こと一点に限っては他と並ぶ部分がある。
それが一撃の威力だ。
確かに筋力があり剣速もあり技量も相まって、一撃一撃の威力は非常に高い。しかし一撃の純粋な瞬間火力を比較した時、五本の指に入るか否かといったところだ。
高速で払われるほぼ全ての振りがその最大威力を叩き出すのだから相手からすればたまったものではないが、防御に特化した魔物を相手にするときはどうしても物足りない部分が出てしまう。
そう、今この時のように。
おそらく今のスタイルを捨て、一振りに集中する戦い方に変えれば威力は出せるのだろうが……それでも騎士筆頭グラスト・アームストロングには届かないだろう。
「勝つ見込みが無い以上、貴様を矢面に立たせることは出来ない。騎士としての実力にケチをつける気は毛頭無いがな」
「ふむ。ならばその勝つ見込みを見出さねばなりませんな」
メリオンは竜の攻撃を回避しながら弱点になりそうな部位を斬り付けていたのだが、そのどこも簡単に剣を弾いてしまう挙句、衝撃に耐え切れず剣が折れてしまっていた。
耐久強化された剣を折るほどの膂力には驚嘆するほか無いが、竜に通用しなければそれも意味の無いものとなっている。
攻撃が通らなければそもそも勝つことなど出来はしない。まずはダメージを通す方法を考える必要があった。
ゲイルノートは鋭い眼差しで竜を観察しつつ思考にふける。
とはいえノーフミル、スイヌウェンにも竜が現れんとは限らん。であるならば騎士の戦い方というものを確立しておかなければなるまい。……まず勝つことが絶対条件だが。
しかし先ほどの冒険者たち……“重量杖”タイプを所有していたからモッチーの仲間で間違いないだろう。そして満身創痍だった大男、彼は前に一度見た覚えがある。……そうか、前にモッチーが駐屯地に連れてきたパーティーリーダーだったか。奴らならモッチーが最新装備を揃えていても不思議ではない。その上で攻撃を受け付けなかったのなら、軍の装備でも同じ結果になるだろう。
彼らは何と言っていたか。
竜の気を引くために眼球を狙っていた、と。なぜ? ……答えは簡単だ。そこには強固な鱗が無いからだ。
つまり眼球であれば攻撃が通る可能性があると判断したということ。
「メリオン・フェイクァン。貴様ならば竜の眼球を潰せるか?」
メリオンは竜の動きを観察しながら頷く。
「不可能、ということはないでしょう。ただしそれは眼球そのものが攻撃を通さないほど硬くなければ、ですが」
「なるほど道理だ。生物なら眼球は弱点と相場は決まっていても、それがそのまま竜にも同様であるとは言えんか」
「は。ならば私が今から確かめてきましょう。なに、味方の魔法に当たるような失態は致しません」
「……落ち着け。貴様の出番は今では無い。あくまで万が一の保険の話だということを忘れるな」
隙あらば戦おうとするその闘争心こそ見上げたものだが、自分の立場を考えなさすぎる。万が一などあってはならぬというのに、容易に戦いへと天秤を傾けてしまうのだ。
考えなしに突っ走る性質……なぜかどこかで覚えがあり過ぎる気がするが、まあいい。
しかしこのまま千日手のように広域殲滅魔法を放ち続けてもこちらが魔力を切らすだけ。いずれ白兵戦に縺れ込むのは避けられん、か。
ならば余裕がある今のうちに取り得る手を試しておくのも必要かもしれんな。
ゲイルノートはちらりとメリオンへ視線を送り、やがて伝令に控えていた騎士に指示を送ったのだった。




