レグナムの地竜・14
戦場に疾風が飜る。
圧倒的速度で駆けるその影は広域殲滅魔法を嫌い頭を振った竜へと迫る。
一瞬、竜の眼が影を捉えた。
次の瞬間、閉じられた目蓋に剣が突き込まれる。
硬質な音が鳴り響く。と同時に輝く何かが宙を舞った。
カララン、と地面に転がったのは根元から無残にも折れた刀身。影が突き込んだ剣を目蓋の鱗が弾いたのだ。
「……楽しい。楽しいねえ!」
影の主が心の底から溢れる言葉を口にする。
その主の名はメリオン。クルストファン王国騎士次席にして最強騎士との呼び名高い戦闘狂である。
すでに四本の剣を折ってしまった彼であるが、その腰にはまだ五本の鞘と四本の剣が挿さっていた。取り巻きの騎士たちが鞘を回収し、魔導士隊が腰に飾っていた剣を拝借したのだ。
「さて、この速度でも対応してくるとなると正面からでは厳しい。ならば不意を突く必要があるが……」
広域殲滅魔法に巻き込まれないよう注意しつつ、竜との間合いを維持する。
どれだけ上手く接近したところで剣を振るうよりも目蓋を閉じる速度の方が早いため、いかに直前まで視認させないかが重要になってくる。しかし竜の視界は思いの外広く、顔の周りはほぼ圏内に入っているだろう。
となると死角は一箇所。顎門の下のみ。
かなり危険な場所だ。竜の挙動が把握できない位置のため、ふとした拍子に押しつぶされると即お陀仏。また顔を出した瞬間、運悪く視界に捉えられていたらそのままぺしゃんこにされてしまう。
ならばどうするか。
「……正面から突破することこそ騎士の本懐。竜よ、存分に楽しませてもらうぞ!」
導き出した答えは単純明快、旗幟鮮明。竜が早いならそれよりもっと速く動けば良いだけのこと。いわばこれは竜との速度比べだ。
メリオンは地を蹴る。身体強化のギアを引き上げて。
彼の軽鎧に仕込まれている聖光領域は限界まで出力を追求したもの。それは他の付与鎧と比べても瞬間出力、つまり最高出力において秀でたものであり、元来メリオンの持つ類稀な身体能力を無二の高みへと押し上げている。それは現状における人類の最高到達点と同義であった。
湯水のように魔力を注いで最高出力を維持しつつ、竜の一挙一動を恐るべき集中力で観察する。
普段から多数相手の無茶な模擬戦を繰り返している男だ。広域殲滅魔法の嵐を避け竜と正面から渡り合いながら弱点を探るという、実際に相対していたラインやツーヴァが聞いたら正気を疑うような所業を鍛え上げた動体視力や観察眼を以ってこなしていく。
「…………?」
一本、また一本と剣を折りつつ戦っていたメリオンはふと竜の取った動作に違和感を覚える。
目蓋に突き込んだ剣が折れ、刀身が宙に弾かれた後。
反撃にと頭を振って弾き飛ばそうとしてきたのを大きく後方に飛んで回避した後、不意に竜がメリオンと逆方向に意識を取られたのだ。
顎門の下から見える先にあったのは地面に突き立った刀身。
これを見て瞬時に一つの推測を立てる。
まさか頭を用いた攻撃を行う際、視野が狭くなるのではないか。
そうであるならば宙を舞った刀身が地面に刺さった程度で意識を向けたのも肯ける。視野の外で起こったそれを攻撃と勘違いしたのだと。
ならば付け入りようは、ある。
戦闘狂とまで称されたメリオンはその仮説を実証するためにひたすらその時を待った。
竜が頭を振って攻撃するその時を。
そして運命の時は来る。
「待っていたぞ! その攻撃を!」
注文通りの攻撃を放たれた瞬間、メリオンは竜の顎門に向けて剣を投擲した。
そんな攻撃が一体何になるというのか。
当然竜とて投げられた剣を見ても全く危機感など抱かない。
しかしその僅かな合間にてメリオンの姿は掻き消える。
動いた先は顎門の下。
頭をやり過ごした瞬間、反対側から躍り出ると同時に抜刀した剣を全力で突き込んだ。
ギリギリで反応する竜。
しかし目蓋を閉じるよりも早く刀身が眼球へと到達する。
ズブリ、と一瞬にして根元まで剣が刺さり遅れて目蓋が閉じられた。
竜の悲鳴が上がる。
それは体をのけ反らせるほどの巨大な叫び。
剣が突き刺さった眼からは血が溢れ出し、明確なダメージを与えたことを証明していた。
そして事態は急展開を迎える。
暴れ出すのかと身構える一同をよそに竜がグルリと転身したのだ。
なんだ、何が始まるのだ!?
初めて見る動きに警戒が最高潮に達したその時。竜は移動を開始した。
向かう先は包囲網の一角、レグナム方向。
さしものネアンストール防衛軍も竜を止める術など持たず、さしたる抵抗もできないままに包囲の突破を許してしまう。
だが竜はこちらに転進することなくそのまま走り続ける。
「逃げた……?」
それは誰が漏らした言葉だったのか。誰もが事態を飲み込めず傍観するしかできない。
その速度は馬などとは比較にはならない。当然追いすがることも出来ず、地響きを立てながらやがて地平の彼方へと走り去っていったのだった。
戦いの終幕。それは後続の部隊、そして魔法薬を始めとした補給物資を持った輜重隊の到着と同時だった。




