激動の王都・2
「なんと! 全てと申したか!?」
ゲオルグの朗々とした声が謁見の間に響く。
それだけレインの発した言葉は全ての人間に衝撃を与えていた。
そもそも反抗作戦というのは先のネアンストールでの防衛戦の勝利をキッカケとし、その勢いのままにごり押しするという一種の博打である。
もちろん“重量杖”による魔法使いの自力上昇も計算の内に入っている。それだけの成果を上げたのだから当然だ。
しかもネアンストールでは同等の性能の杖を何十も配備していることが報告されている。故にネアンストールにおける反抗作戦は成功するだろうというのが大方の予想だった。
だがそれはあくまでネアンストールに限った話。国家をあげて技術者の育成に踏み切ったものの、未だ他の前線では“重量杖”の複製すらままならず、ダウングレードしたものを少数配備するのみだ。
故にノーフミル、スイヌウェンの両軍は成功の見通しが低いとされている。
ではなぜ他の前線での勝利を確信するのか。
宰相の問いで答えた以上、まず間違いなく当てこすりの類ではない。事実として確信しているのは確実だ。
他の前線に何の勝算がある? 六ヶ月で何が変わる?
考えられるのは“重量杖”の大量配備だが、いくら時をかけたと言ってもそれほど多くの数を生産できないだろう。
ならば他の理由がある?
まさかそれが最後の報告なのか?
ここまでお膳立てされれば場の視線は意味ありげに運び込まれている木箱へと集中する。これまではまた新たな杖でも持参したのだろうと不快げに見遣っていたのだが、それが違っていたとしたら。
この場にいる数名が一つの推測を得る。
“重量杖”に匹敵する知らせ。まさか、その対となる“剣”。騎士の力を大いに高める何かなのではないか。
この推測を抱いた者たちは半信半疑だった。だが続く宰相の言葉から次第に形あるものへと変化していく。
「確信と言うのであれば根拠を示すが良い。騎士を多数配備している他の前線でも成功させるに足る根拠をの」
「はっ。それでは根拠となる最後の報告をさせて頂きます。……木箱を前へ」
指示に従い、グレイグと騎士が一人、慎重に階段の手前まで木箱を運ぶ。そして両脇に控えて臣下の礼を取った姿勢で止まった。
国王陛下の御前で中身の分からぬものを無断で開封してはならない。故にまずは中身を説明して許可を得る必要があるのだ。
頭上よりの期待の眼差しを受け、ついにレインは爆弾を投下する。
「この木箱には三つの装備が入っております。内訳は鎧、盾、そして剣。いずれもこれまでの常識とは一線を画した異次元の代物であります」
ざわり。
場の揺れは一体どこから起きたか。
そんなことは考えるまでもない。謁見の間全体が揺れたのだ。
“重量杖”に匹敵する代物。それがまさにこれであると皆が確信を持ち、また“重量杖”がもたらした多大なる変化を脳裏によぎらせた。
「ふはーっはっは! そうか、もう来たか! よもやこれほど早くとは想像しとらんかったぞ!」
喜色満面に立ち上がったのは何を隠そう国王リューリヒである。
以前のアスフォルテ伯爵との会談以来、数日と経たずのこの早さ。その頭に異常という文字と勝利という文字の二つが浮かんでいた。
「まずは開けて見せてみるが良い」
「はっ」
グレイグたちが丁重に木箱を開き、中の試作装備一式が露わになる。
騎士団派の面々が身を乗り出し、国立魔法研究所の幹部たちが食い入るような眼で凝視する。彼らが“重量杖”の際に受けた衝撃がいかほどであったのかをよく示していた。
木箱の中にはオーソドックスな鎧、下端に二つの突起のある盾、そして二メートルに及ぶ大剣の三つである。
外から見ただけではそれがいかなる性能の代物なのか想像がつかないだろう。
品質以外には何の変哲も無いように見える鎧、形以外に見る所の無さそうな盾、大きいだけの大剣。もっと近くに寄って見てみたい。確かめてみたい。そんな感情がありありと浮かんでいた。
「ふうむ。見た目ではどう優れているのか分からぬな。どれ、先ほどのように軽い物から説明せよ」
「はっ。ではまず盾から説明いたします。この盾は見かけが少々特異ではありますが、本質は中に組み込まれた刻印魔法にあります。魔力を込めることで魔法が起動するのです。その魔法の名は『防御結界』」
「なんと、『防御結界』じゃと!?」
いや、問題の本質はそこでは無い。エンチャントではなく、刻印魔法を組み込むという発想。技術力。
全く新しい武具の形がそこにあったのだ。
軍部からは携帯できる防御結界の発動体の潜在価値を見出され、小声で有用性について論じているのがかすかに聞こえる。
国立魔法研究所の面々などは早く分解させろとばかりに鼻息を荒くしていた。
「すでにAランクモンスターの攻撃をも容易に防ぎ止める性能を確認しております。この盾があれば歩兵の一人一人が強固な城壁となるでしょう」
「見事。なんと素晴らしい発明品か。しかしこれがまだ軽いとは鎧と剣にはさらなる期待をしても良いのだな?」
「もちろんでございます。では次は鎧の方を説明させていただきます」
さて、国立魔法研究所の連中はどんな反応を見せるか見ものだな。
ほくそ笑み、動揺ぶりを想像しながら口を開く。
「この鎧に仕込まれているのは剣士の力を底上げする刻印魔法。これまで国立魔法研究所が実現させようと研究を重ねていた代物であります」
ざわざわと声が上がり、その中から国立魔法研究所の幹部男がハッとしたように声を大にした。
「ま、まさか……『聖光領域』!?」
「そう。この鎧は着用者の身体強化魔法に反応し、それを上級魔法にまで昇華させる『聖光領域』の魔法陣が内蔵されているのです」
にわかにざわめき立つ面々。それが大騒ぎに発展しないのはひとえに陛下の御前であるが故。
そのリューリヒは驚くことに疲れたとばかりに苦笑を浮かべ、国立魔法研究所の幹部たちを見遣っていた。その表現に浮かぶのは憐憫か、それとも失望か。
なにせ必死に研究していたものをあっさりと出し抜かれたのだ。魔法銀にしても、聖光領域にしても。威信が揺らいでも仕方のないことだった。
しかしリューリヒが発したのはそのどちらでも無い。
「まこと、天晴れであるな。これだけでも世界を激変させるに足ろうと言うもの。じゃが更に重いとは、その剣は一体どのような刻印魔法が使われておるのだ?」
そこに意識が向くのは当然と言える。すでに先の二つだけでも魔王軍とのパワーバランスを傾けるに十分な力を有しているのだから。
これよりも大きな影響力を与える剣。それがどのようなものであるのか、どのようなギミックが搭載されているのか、国王ならずとも興味を惹かれるに十分だった。
だがレインの答えはそんな期待に反するもの。
「この剣に刻まれているのは『耐久強化』でございます。上級魔法に匹敵する『耐久強化』により、刃こぼれ一つせずAランクモンスターを真正面から切り倒せましょう」
「ほう」
思っていたよりも平凡な解答だ。なぜならAランクモンスターを倒すだけなら魔法を使えば良いのだから。
確かに剣士が単独でAランクモンスターを倒せるのならば十二分な戦力増強となるだろう。だが、それだけなのだ。盾や鎧に比べて重いものだとはとても言い難いのである。
だからこそこの剣を特別足らしめる何かがあるはず。
リューリヒは視線で続きを促す。
「そしてこの剣の最も注目すべき点は別にあります。陛下、鞘より抜いても宜しゅうございますか?」
「うむ、構わぬ」
「では。グレイグ!」
指示に従い、複雑な刻印を峰に刻んだ刀身を露わにする。
複雑精緻な紋様が窓から差し込む光で煌めき、芸術のごとき様相を呈する一品。しかしながら貴族の集まるこの場においてその美は興味を引くには弱かったようだ。
好奇心の目はそのままに、皆続くレインの言葉に意識を集中していた。
「この大剣は武器としては魔法剣に分類されます。しかしながらご覧の通りどこにも魔法石を取り付けておりません。ですが魔法石の力によって刻印魔法を増幅する魔法剣と全く同じ機能を備えているのです」
言葉に、思考する面々。
だが聡い者たちはすぐにそれが意味することを理解する。大剣に使われている材質に特別なものがあるのだと。
ここでいち早く気付いたのは書簡に目を通した宰相ゲオルグ、そして国王リューリヒであった。
「よもや魔法銀で出来ておるのではあるまいな」
「これは陛下、御明察でございます。そう、何を隠そうこの大剣の刀身は全て魔法銀によって成り立っているのです。魔法銀は作成段階において魔法石を混合しており、結果として魔法石と同等の性質を持っているのでございます」
魔法石の代替としての役割を果たす金属。それがいかなる効果を及ぼすものなのか。それぞれが思考を巡らせる中、国立魔法研究所の面々はわなわなと震え目を忙しなくあちこちに走らせていた。
そんな中で一番顔を赤くしていた男が思わずと声を上げる。
「で、では魔法銀が性質崩壊を来していた原因というのは……」
「魔力安定化の刻印が無かったから混合されていた魔法石が霧散してしまったのか! ……まさかあのじゃじゃ馬の言う通りだったとは」
それに対し別の幹部が反応し、そこから国立魔法研究所の面々で論争が巻き起こってしまう。
「素晴らしいぞ、魔法銀であれば形を自由に成形できる上、刻印を刻むのに精密な魔力操作を必要としない!」
「だがあの馬鹿高い魔法銀をいかにして入手するかが……」
「馬鹿者! すでに魔法銀の製法は先ほど明かされたではないか。ならば自ら作れば良いのだ!」
「形を自由にできるのであればこれまで取り回しに苦心していた物に代替できるのでは?」
「我らの長年の苦労がこうもあっさりと……」
「魔法石と魔法銀では魔力増幅効率に差があるのではないか? 検証せねばならんな」
「予算だ、予算を回せ!」
少々論じるとは方向性が違ったが、喧々囂々の騒ぎに武官たちから非難する視線が向けられるほどだ。
しかしながら国王、宰相共にそれを止めることはせず、愉快そうに眺めているのみ。
レインはその様子から一つの推測をしていた。
おそらく国立魔法研究所が良い方向へ進めるようコントロールしたいのだな。少年の生み出す技術を解析し国力を上げるには研究所全体の底上げが不可欠だからね。
その推測が正しいのかは知る由も無いが、しばらくの間謁見の間は国立魔法研究所の面々の喧騒が続いたのである。