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激動の王都

 クルストファン王国魔法使い次席のレイン・ミィルゼムは王都クラストリルに着くやいなやすぐさま王城へと入場した。


 かつての大国。今や世界の盟主となっている国家の王城はその名に恥じぬ巨大さかつ荘厳な雰囲気を放っている。


 端から端まで一体どれだけあろうかという敷地の中に、砦すら霞むほどの規模の城。また、構成する柱一つ一つに精緻な紋様が刻まれ、飾られる美術品も数えるのが億劫になるほどである。


 ふむ、相変わらず徒歩で移動するのが面倒な城だな。


 少々不敬なことを考えつつ、共に王都へ来た騎士たちを引き連れ、門をくぐってから実に二十分近く進んだ先に謁見の間はあった。


 どうやら先触れの効果は十二分にあったようだ。


 道中、推し量るような目で見ていた騎士団派の面々。そこから彼らの衝撃が相当なものだったのだと推測できた。予定通り、揺さぶりは成功したようだ。


 レインたちの足並みに合わせ、足を止めずに入場できるよう衛兵たちが門に手を掛ける。


「魔法使い次席レイン・ミィルゼム様御一行、到着なされました!」


 合図と共に門が開かれ、レインたちは真っ直ぐに赤絨毯を進む。


 絨毯の先、階段の上には王冠をいただく壮年の男が王座に腰を下ろしていた。鷲鼻に豊かな白髭をたくわえた大柄な体躯、国王リューリヒ・フォン・クルストファンその人である。


 そして隣には鋭い眼光を持った初老の男、宰相ゲオルグ・イエロナム。イエロナム侯爵家当主であり、国王リューリヒの懐刀だ。


 階段の下、左右に控えるのは各方面を代表する面々である。


 外務、財務、国土、その他あらゆる部門の大臣を始め、今回の目的に合わせて招集された国立魔法研究所の所長ら幹部級数名も同席している。彼らは常に無いことに動揺している様だったが。


 そして今回の最重要な相手、最前線ノーフミル防衛軍最高指揮官であるグラスト・アームストロング筆頭騎士も参列していた。


 当然だ、こちらから要求したのだから。


 そして彼を筆頭とした騎士団派と呼ばれる勢力の幹部級も勢揃いしている。


 更に駄目押しで三つの最前線の内、最後の一つスイヌウェン防衛軍の最高指揮官まで招集されていた。


 これだけの面子がいればすぐにでも国が動く……いや、むしろすぐに国を動かすための面子と言えた。


 当然ながらその中には反抗作戦反対派の旗頭であるアスフォルテ伯爵もおり、使者として参上したレインらを見て胸を撫で下ろしている。


 レインは部下たちの一列前に進み、左膝を折り右手を胸に当てた。そして腰をかがめて軍人の礼を取った。


「レイン・ミィルゼム以下総勢十名、参上しましてございます」


「うむ、大義である。面を上げよ」


 形式張ったやり取りを済ませ顔を上げたレインはあることに気付く。


 ……国王陛下が笑っておられるとは。珍しいこともあったものだな。


 一見、無表情に見えるが口元が僅かに笑みの形を作っていた。国王は笑わない人間というわけでは無いが、それでも公務において笑顔を見せることは兼ねて無かったことだ。


「まずは過日の戦争では大層な働きであった。褒めてつかわすぞ」


「はっ。有り難き幸せにございます」


 小さく頷いたリューリヒは隣の宰相へと目配せを送る。


 宰相がこの場を仕切るように声を上げた。


「魔法使い次席よ。重大な報告があるとのことであったが。委細を報告せよ」


「はっ。此度参上いたしましたのはいずれも重大な知らせが()()ありましてございます」


 三つ。


 ざわりと場が揺れる。


 事前に情報を流していたのは()()()()()()()()()()()()()があるということ。


 当然、受け取った側はそれが()()だと思い込む。そして魔法使い陣営が更に影響力を増す代物だと決め付けていた。


 彼らはこう考えるだろう。このままでは取り返しのつかない差を付けられてしまうかもしれない、と。


 それ故か騎士団派の面々から浴びせられる視線は非難めいた物だった。特にグラスト・アームストロング筆頭騎士の視線は仇敵を見るかのようである。


 全く、俺も一応は騎士でもあるんだがね。


 内心苦笑しつつ、レインは世界を変えるべく口を開く。


「ではまず軽いものから。……グレイグ」


「はっ!」


 部下の一人、幸運にも試作装備一式を任されたグレイグは一つの書簡を手に恭しく前へ歩み出る。


 今回は通常の装備一式を着用しており、試作装備一式は厳重に木箱に入れて携帯している。彼は同じ試作装備を使用した縁という形でレインからこの大役を仰せつかっており、非常に緊張した面持ちで書簡を近衛兵へ渡した。


 それを近衛兵が階段を登り、二段下がってきた宰相が受け取る。この国では最上段に登っていいのは王族と宰相のみだ。


 まずは国王が手に取る物を宰相が検分するのが決まりだ。そこにはいわゆる毒見役の意味が込められている。なんらかの魔道具による国王襲撃を防ぐためだ。


「……!! なんと、これは!?」


 書簡を検分した宰相ゲオルグは驚きのあまり書簡を取り落としそうになる失態を見せる。


 それを横目で興味深げに見ていた国王であったが、受け取った書簡に目を通すやいなや唸る結果となった。


「むう……。()()()()()()とは、真か?」


 国王の口から出た言葉に場がどよめく。


 それは過去何十年以上も知ることの出来なかったエルネア王国の国家機密である。それがまさかこんな唐突に提示されるなど、国王にも、そしてこの場の誰にも想像できていなかった。


「は。我がネアンストール防衛軍の技術部がある偶然から独自に辿り着いたのであります」


「ほう、偶然とな。……技術部の功績なのだな?」


「もちろんです」


 ……これは陛下は出どころを察しておられるな。それにこちらの思惑も理解されている。


 であるならば話は早いだろう。おそらく余計な追及を避けるため、すぐにこの場を収めるはず。


「これほどの偉業、然るべき褒美を与えなければならん。ならんが、まだ()()が事実であると確定したわけではない。しからば国立魔法研究所で検証ののち、改めて褒賞を与えることとする」


 その予想に違わず、国王リューリヒは議論を挟まず一方的に沙汰を申し渡した。


 いささか強引な手法であったが、魔法銀の製法という爆弾に動揺していた面々は疑問を持つことすらなかった。唯一、アスフォルテ伯爵のみが全てを察し、リューリヒの沙汰に舌を巻いていたくらいだ。


「しかし陛下、かの“重量杖”に続き“魔法銀の製法”とは。先の戦争よりネアンストールは良い意味で騒がしくなっておりますな」


「ゲオルグ、その台詞はまだ早い。先の言葉を思い出してみよ」


「はて。…………()()()()、そう申しておりましたか。レイン・ミィルゼム魔法使い次席よ、報告は三つあると言ったな。“魔法銀の製法”より重大な報告があるのか?」


 ……随分と芝居掛かったことをされる。


 苦笑しつつ、次なる報告へと意識を向ける。


「はっ。ネアンストール防衛軍は()()()()を目処に“レグナム”奪還への準備を完了させる予定であります」


 再び場がざわりと揺れた。しかも特に騎士団派陣営からの動揺が激しい。


 その言葉は、一見情勢に応じた動きと取れる。だがそこに含まれる意味はいくつもあった。


 反抗作戦反対派のまさに旗手であるネアンストール防衛軍の方針転換。


 具体的な作戦時期の提示。


 そしてそれまでの作戦開始時期の順延要求。


「ほう……」


「なるほどのう」


 国王と宰相が揃って含みのある笑みを見せる。それはしかし上記の三つのいずれでもない。


 反抗作戦反対派……いや、厳密には()()()が方針転換するに足る理由。以前トサント・フォン・アスフォルテ伯爵より知らされた()()()()()()。つまり三つの報告の内、最後の一つがまさにそれであるのだと気付いたのだ。


 そしてそれこそがレイン自ら出向くほど重大な案件。騎士団派に莫大な貸しを作り、世界の情勢を激変させうるほどの代物である。


 だがここでその騎士団派より横槍が入る。


「六ヶ月後とはまた随分と悠長な。我らは命あらば今すぐにでも打って出る準備があるぞ!」


 声を上げたのはノーフミル防衛軍の一翼を担う軍団長の男だった。彼はグラスト・アームストロング筆頭騎士の右腕とも目される人物であり、ノーフミル防衛軍の経理を一手に担っている異色の騎士でもある。


 ノーフミル防衛軍は先のネアンストールでの戦争からすぐに反抗作戦に向けて行動を開始しており、入念な準備を整えていた。言葉に違わず、すぐにでも戦争を仕掛けることができるだろう。


 当然、レインらにもそれは理解できている。だが持参した試作装備一式はその準備を一からやり直させるほど巨大な爆弾なのだ。それを考えれば六ヶ月などむしろ早いと言っても良い。


 レインは不敵な笑みを浮かべながら言葉を返す。


「さて、果たして勝算はいかほどあるのでしょう。ただ死にに行くだけであれば準備とは言えますまい」


「なっ、き、貴様……よくも我らに向かってそのような口を!」


 挑発まがいの返答に軍団長が激昂し、騎士団派の面々から殺気まがいの視線が返される。


 だが、反論は来ない。なぜならたとえ五分でも反抗作戦を成功させる目算など無いのだから。


 彼らはこう考える。


 貴様らは確実に勝てるとでも言うのか。


 “重量杖”なるものを得たからと増長しおって。


 陛下の御前で我らを侮辱するなどただではおかぬぞ。


 レインの言葉を素直に受け取った彼らはストレートな反応を示した。


 だが、裏にあるものを見通している者たちは別の受け取り方をする。その内の一人、宰相ゲオルグは深刻な表情を繕って問いを投げる。


「魔法使い次席よ。勝算はあるのか、無いのか。答えてみよ」


 レインはゲオルグの機微を察し、笑みを浮かべた。


 なるほど、宰相閣下は噂に違わず芝居がお好きなようだ。


「はっ。勝ちを得られると確信しております」


 敢えて主語をぼかした返答にゲオルグは僅か喜色を見せ、満足そうに再度の問いを行う。


()()()()()()()()()()()。魔法使い次席よ、()()()申してみよ」


 国王リューリヒ、宰相ゲオルグ、そしてアスフォルテ侯爵。三者が愉快げに笑みを浮かべる中、レインはここまでために溜めた言葉を投下する。





「それでは申し上げます。六ヶ月の準備の後、ネアンストール、ノーフミル、スイヌウェン()()における反抗作戦が完全なる勝利を収めると確信しております」

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