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飛躍する者、させる者・9

 飛躍の機会を得た者は単にモッチーから直接武具を授かった者たちばかりではない。


 機を見るに敏。ならぬ金の匂いに敏。


 儲け話への嗅覚がずば抜けたこの男もまた、長い下準備の末に世界を変える金儲けにこぎ着けていた。


 名をマインフォール・バルトロ。


 ネアンストール鍛治師ギルドの長にして、超新星・モッチーをこの世に解き放ったと言っても過言ではない人物である。


 彼は革新的な技術をモッチーより高額で買い取った後、秘密裏に口の堅い鍛治師たちへ情報を渡し、量産の態勢を作っていた。


 そして軍との交渉を粘り強く進め、魔法石内部に刻印を施す“新型杖”を少数に限り市場に流す許可をもぎ取ったのである。


「それもこれも国が本腰を入れて技術者育成に踏み切ってくれたおかげだな。“重量杖”と言ったか、例の複数の魔法石を接続する杖。これがあったからこそ重い腰が上がったと言える。“新型杖”だけではこうはならなかっただろう」


 ひとりごち、見本として納入された“新型杖“を検分する。


 魔法石内部に刻印された魔法陣で性能の底上げを図り、杖との接触部に魔力安定化の刻印を施す形を踏襲している。飾り気はないが、モッチー作の杖とは決定的に違う点が一つ。


 軸となる杖本体が分厚く膨れているのだ。


 内部を埋める魔法石及び粘液の量を増やすことで性能の上昇を図ったのである。


 実はこれには理由があった。


 複数の魔法石を接続する“重量杖”タイプの作成難度が高いーーこれは理由ではない。実際、刻印以外には大して技量を要求されないのだから。


 ではなにか。


 答えは単純、高性能な“重量杖”タイプは全て国防軍へと徴発されるからだ。


 民間へと流せるのが“新型杖”タイプのみだったため、その枠組み内で少しでも性能アップを目指したのがこの膨れた杖なのである。


 だが侮ること無かれ。


 その性能は現行最高級品を凌ぐ力を持ち、上級魔法の発動をも可能としているのだ。


「ふふっ、この杖は間違いなく飛ぶように売れる。まずは暴利で売り捌き、徐々に値を下げていくか」


 不穏な言葉を呟き、早速行動とばかりに秘書を呼びつけるのだった。






 ネアンストールに走った激震は全ての冒険者たちを大いに沸かせることになる。


 存在は確認していたものの決して手の届かない場所にあった全く異次元の杖。それが突如として民間への販売が開始されたのだ。


 目玉が飛び出るほどの価格がつけられているが、それでも努力次第で手の届く場所に確かにあるのだ。


『ネアンストールで生まれた全く新しい理論によって作られた“新型杖”。その力は過去を置き去りにし、大いなる栄誉を与えるだろう』


 そのようなキャッチフレーズから聡い者はすぐに悟る。


 置き去りにする過去とは現行品のあらゆる杖、それこそ英雄ゲイルノート・アスフォルテの持つ当代最高の逸品すら含まれているのだと。


 店員に問い合わせると次のような解答が返ってくる。


 すでに価格を下げるためにあらゆる手法を検討している、と。


 今は手が届かなくてもいずれは自分も手に入れられるかもしれないーーそのような希望を持たせることで購買意欲の継続まで図っていた。


 これが話題に上がらないなどとあり得るだろうか。いや、間違いなくあり得ない。


 その日からネアンストールは町中が“新型杖”の話題で持ち切りになるのである。






 二日後、一つのパーティーがAランクモンスターを討伐して意気揚々と帰還した。


 Aランクモンスターの討伐。今でこそ“猛き土竜”と“赤撃”が史上例に見ない速度で討伐達成を繰り返しているが、これまでも少ないながら討伐報告は何度もあった。


 そのため口々に称賛こそあれ、まだ日常的なものと言えなくはない。


 だが、今回は大きなどよめきと歓声が東門を支配している。


 討伐したのはAランクパーティー“草原の餓狼”。二十名にも及び、そのうち八名が斥候という異色の大規模パーティーだ。


 彼らは大勢の斥候を動員して一度に大量の獲物をハントすることで有名であり、当然ながらそれだけ資金力を持っていた。そして“新型杖”をいち早く入手したのである。


 観衆たちの期待する視線を一身に受ける魔法使いの一人、マーモットが高々と膨れた“新型杖”を掲げた。


「うおおおおーーっっ!! あの杖は本物だったんだぁぁああああ!!!!」


「“草原の餓狼”がAランクのトップに躍り出たぞ!!」


「おい、マーモット! その杖は一体どれほどの性能だったんだ!?」


 観衆たちが思い思いの叫びを上げるなか、“草原の餓狼”の面々は鼻高々としながら贔屓にしている解体屋へと入っていく。


 彼らの脳裏にはすでに二本目、いや魔法使い全員に“新型杖”を行き渡らせる計画があった。


 いずれは他のパーティーにも行き渡っていくだろう。そうなれば高レベルのモンスターが容易に討伐できるようになり、値崩れを起こしていく。その前にガンガン討伐して売り捌いておこうと戦略を立てたのだ。


 嬉しい誤算は杖の性能が想像以上に高くてAランクモンスターを相手にしても全く引けを取らなかったことか。それも単独で戦ってなお、というオマケ付きである。


 マーモットの放つ上級魔法は一撃で瀕死に追い込み、剣士たちがトドメを刺すまでに要した手間など無いに等しい。それほどの力だ。


 杖を手にした者、その力を目にした者、そのいずれもが確信する新たな時代を、彼らは肌身に感じていた。


 リーダーの男が上機嫌でマーモットに声をかける。


「どうだ、マーモット。ウチに来て正解だっただろう。なんせ真っ先にその杖が手に入ったんだからな」


「そうだな。俺のような新参にこれを任せてもらえるとは本当に有難い。感謝するよ」


「ははっ、お前が一番魔法の才能があるんだ。パーティーのことを考えれば当然さ。それにあの“先導者”の弟子なんだ。信頼できる」


「ありがとう。師匠は俺に冒険者としてのノウハウも心構えも全て教えてくれた。だから師匠が評価されると嬉しい」


 新参とはいえ、マーモットが加入したのは五年も前のことになる。リーダーを始め、パーティーメンバーの中に新参だからと軽んじる者はいなかった。


 だがマーモットは律儀に礼を言い、頭を下げる。こういった礼儀正しさが信頼を勝ち取ったのだろう。


 ……そういえば師匠はここ最近Aランクモンスターの討伐に何度か成功しているらしいな。そうだな、一度挨拶に行くか。


 これから“草原の餓狼”は打ち上げを行う。明日は休養日だから師匠に会いに行こう。


 心の中でそう予定を立て、パーティーメンバーたちの輪に戻る。


 その日、浴びるほど飲んだ酒は人生で一番美味かったと後に語ったという。






 最近、あまりにも劇震続きのネアンストールにおいてまた新たな動きが始まろうとしていた。


 ネアンストール冒険者ギルドの長、スレイニン・シェイルクラフトのもとに一つの依頼書が舞い込んでくる。


 彼はしばし瞑目し、先の戦争で自らが体験してきたことを思い返していた。


「…………ついにその時が来たか」


 その文面にはこう記されてある。


『かつての隣町、レグナム及びその周辺に生息する魔物の調査を命じる』


 Bランク以上の高ランク冒険者全員に向けたネアンストール防衛軍からの強制依頼だ。


 ネアンストール防衛軍のトップは魔王軍への反抗作戦反対派の中心人物である。その彼がついに腰を上げたのだ。


 抑えきれなかったか。はたまた()()()()()()()()()を手にしたか。


 一瞬、脳裏に先の戦争で会った一人の少年の姿が過ぎる。


 ただ一人で時代を変える流れを作っている成人したばかりの子供が。


 強制依頼書にサインし、鋭い眼光で窓の外へと視線を送る。


 あの戦争で自分が選択したことが正しかったのか否か。もうすぐ分かるだろう。


 晴れ渡った空には一分の曇りも無かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 英雄譚が技術発展として描かれているのが良い。読んでいて気持ちがいいです。 [一言] 続きを続きをお願いします。伏してお願いします。読みたいです。
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