15
『享楽の森』を駆けずり回った俺は、ようやく魔獣を見つけることに成功していた。
そこには案の定というかやっぱりというか、想像通り問題児たちが居合わせていたのだ。
アルはすり傷はあるものの大きな怪我は負ってない。ルナも疲労は見えるが無事のようだ。美野里は気を失っているだけのようだし、亮助は白目をむいて……なんでアフロなの? イメチェン?
とりあえずはみんな無事のようだった。
広大な面積を誇る『享楽の森』。王妃が言うように出会わない可能性も確かにあったが、楽観視しないでホント良かったわ。危うく取り返しのつかないことになるところだった。
「コン……ラリアンさん、どうしてここに……?」
「ん」
目を皿のように丸くしたルナが、信じられないと言った感じで訊いてくる。
「実はな、ふらりと冒険者ギルドに立ち寄ったらちょうど『享楽の森』に魔獣が出たということで大騒ぎになっててな。そんで何の気なしにお前たちのことを訊いてみたんだよ。ほら、一応は宿を紹介した仲だし、冒険者になるって言ってたからきになってな。んで、そしたら魔獣出現を知らずにお前たちが『享楽の森』に向かったと聞いて、慌てて伝えに来たんだよ。まさか、既に居合わせてるとは思っていなかったんだけどな」
「わたくし達のために……」
「俺は世界中を旅してるからな。危険の対処対応なんかは手慣れてるんだよ。だからギルド側も都合が良かったみたいだ。報酬も用意してもらえることになってそれに釣られてな」
なんてテキトーなことを言ってみるが、いや、実際マジ苦労したわ。
王妃から逃げ出した俺は、問題児たちを連れ戻すため冒険者ギルドに向かったのだ。受けた依頼の討伐対象から大まかな場所を探るために。
だが受けていたのは指定された魔物を討伐するものではなくランダムな間引き依頼。これでは四人の向かった場所を言い当てることは不可能になってしまった。
なので俺は問題児を追うのは諦めて、魔獣を片付けてしまおうと考えた。騎士団の報告から魔獣との交戦場所を聞き出し、そこから痕跡や匂いを辿って追跡したのだ。
だがこれが思ってた以上にうまくいかなかった。おそらくは追跡を警戒して魔獣が何かしたのだろう。最初は血の匂いを追えていたのだが、途中から匂いが途切れてしまっていたのだ。
そうなってしまえば後は手当たり次第に探すしかない。
俺は全力で『享楽の森』を駆けずり回り、魔法の気配と戦闘の気配を感じ取ってようやく見つけられたというわけだ。亮介の雷がいい目印になった。
『何者だ』
バカもたまには役に立つ。そんな事を考えながら魔獣に向き直ると、そんなことを問われる。
ここに来る途中までは幻獣としての姿で来たのだが……それを感知できなかったとなるとまだ若い個体なのだろう。百歳二百歳といったところか。
魔獣の見た目は凶悪化したイノシシ。《黒の連邦》の守護獣ブタ丸に近しい血族なのかもしれない。
「俺の名前はコンラリアン。風の向くまま気の向くまま、各地を回る風来坊だ。縁あってこの子達を連れ戻しに来た、どこにでもいる普通の人間だ」
『戯言を。俺様の目を欺けると思うなよ。キサマ、人間ではないな……同族か』
「いやいやいや、魔獣なんかに同族とか言われんのは果てしなく不本意なんだが。お前あれな、とりあえずボコボコにして強制反省な」
勘弁してくれよ。魔獣ごときと一緒にされるとか、いくら気さくで温厚な俺でも怒っちゃうよ?
俺が鼻で笑ってやると、魔獣は睨みを利かせていきり立つ。
いやだってそうだろ?
許可なく人間社会に立ち入った幻獣は魔獣と呼ばれている。
つまり不法入国=魔獣。犯罪者=魔獣ということだ。
考えても見て欲しい。前世でも、犯罪者が同じ人間というだけの理由で「よお、お前は俺と同じだな」とか言われたらどう思うよ。
ムカつかね? 腹立たしくない?
こっちはルールを守って真面目に生きてるのに、罪を償うでもない、罪悪感があるわけでもないやつが、自分勝手に振る舞って我が物顔で声を掛けて来るんだぜ?
さらに俺は守護獣だ。
この国に住む連中は俺の子供と言っても過言ではない。
そんな我が子のようである騎士団に攻撃し、今もアルたちを傷つけている。
もうね、あれだよ。プンプンだよ。
狐日和で知られる俺とはいえ、笑って許すにも限度というものがある。
『俺様を誤魔化せると思うなよ。キサマが人間ではないことはお見通しだ』
自分で自分を『俺様』なんていうやつに碌なやつはいない。これ俺の持論な。
「俺は人間だよ。何の魔法も使えず、強靭な肉体持つでもなく。今ここにいるのは間違いなく、取るに足らない脆弱な人間だ。お前はそんな人間如きにすら勝てない事を教えてやるよ」
『幻獣が人間如きに力を貸すなど……。王都とかいう場所でふんぞり返っているコン吉以外にも、キサマのような恥知らずがいたとはな」
「えっ、なに? お前って俺をねらっ――守護獣様を狙って来たわけ? 縄張りとか資源とじゃなく?」
さて、ちょっとボコるか。そんな風に考えていた俺だったが、魔獣の言葉で足を止める。
「お前まさか〝人類教〟……ではないか。仮にも幻獣だしな。じゃあなんで守護獣様を狙ってんだし」
『笑止ッ! 幻獣とは自由を尊ぶ誇り高き種族。人類なんぞに頭を垂れ、飼い慣らされた打破すべき狐を、俺様自らが排除してやろうとわざわざ出向いてやったまでだ』
「ぇえ…………」
なんだよ、それ。そんな事のために来たのかよ。
よそはよそ、うちはうち。それでいいじゃねーかよ。
よそ様の事情に口突っ込むなよ。
もう勘弁してくんないかな。国を守るはずの俺が国に害を招いてどうすんだよ。
「……」
……これってまずくないか?
この事が知られたら俺の立場とか威厳とか、あと勤務時間とか給料とかがヤバい気がする。
守護獣様(尊敬)から守護獣様(笑)になってしまうかもしれない。
人の心とは移ろいやすい。どれだけ長い年月をかけたとしても、好感度が下がるのは一瞬だ。あっという間にマイナスになってしまう。
役目を終えたとして国を出奔するのは構わないが、不信感から追い出されるのは……嫌だ。勘弁して欲しい。俺は「今までありがとう」と言われて出て行きたいのだ。
「……お前をを倒す理由が増えたな」
『俺様が人間に肩入れするような幻獣に後れを取るなどありえん。キサマを倒してコン吉戦への狼煙にしてくれる』
ったく、好戦的、というよりは血気盛んな魔獣だな。マジで俺んとこ来んなよ。守護獣が許せないなら俺じゃなくてもいいじゃんかよ。≪黒の連邦≫に行けよ。ブタ丸なら嬉々として付き合ってくれるからさぁ。
「……まあ、こいつじゃ役不足だろうけどな」
本当はアルとルナが見ているので、幻獣との戦い方を見せてやるつもりだったが……やっぱやめた。これからは旅人コンラリアンが使えなくなってしまうが、まあいいさ。半世紀も経てばまた使えるようになる。
お優しいコン吉さん的には、この魔獣に現実の厳しさを教えてあげようと思う次第です。はい。
「【佑爪】」
『なっ……!』
俺は右腕を部分変化させて魔獣に歩み寄る。一部だけとはいえ若造には余る攻撃手段だ。
【佑爪】は亮介の魔法を切った【佐爪】のような無形捉える爪ではなく、物理に特化し、断絶能力が付与された万物を切り裂く爪だ。今のところこれで切れなかったのは≪青の共和国≫の守護獣と、≪白の教国≫の守護獣が操る魔法【守護壁】だけ。切れ味が冗談抜きで凄いので、シュークリームのような、普通なら切り分けづらいお菓子でも綺麗に分けられる優れモノなのだ。
もったいなくて試したことはないが、油揚げを万枚重ねても切る自信がある。
『そ、れは……!』
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした? 笑えよ魔獣」
ふふん、どう? どう? 俺だってやるときはやるのだ。ヤンチャ者をビビらすくらい訳ないのさ!
青い顔で後ずさる魔獣を煽ってくスタイル。
ここんとこ格好悪いばかりだったからな、ちょっとは格好つけたい。というか因縁をつけたい。というか誰かをからかいたい。
キツネは尾でわかると言うが、俺はこういう狐なのだ。
「俺を殺すんだろ? ご期待通りに相手してやるから、粛々と恭しく、大口叩いて掛かって来いよ」
未だ名前も知らない魔獣が怯えたように息を飲む。それを見て、狐としての嗜虐心がそそられる。
魔獣が何故ここまでビビるのかというと、それには理由がある。それは俺が神獣としての『霊格』を少し洩らしてやったからだ。
武術で言う殺気や闘気に近いかもしれない。
幻獣のような『理』に干渉できる『生物』が、俺のような複数の魔法を操れる常識外の奔流を見れば否応無く格の違いが理解できてしまう。
そもそも一口に魔法と言っても、そこには使い手や魔法の種類によって明確な格が定められている。そしてそれは年月と共に精練されていき、馴染み、使いこなして遥かな高みへと昇華されていく。
まあ言っちゃうと、長生きしている幻獣はそれだけ強いということだ。
細かく言うと発生と誕生などの出自によっても異なるし、同じ幻獣でも神獣や化身、聖獣や土地神など。
様々な区分けがされていて、そこから更に細分化ができるのだ。
ちなみに俺は化身として発生し、神獣へと至った狐だ。
位階というか存在というか。霊格を引き上げるのは珍しいことなんだよ? 神獣なんて他国の守護獣を除いても数えるほどしかいないし。
ともかく、たかだが百年二百年しか生きていない目の前の魔獣が、俺というキューティクルなフワサラヘアーを持つ神獣に勝とうなど、百年どころか五百年早いということだ。
俺という戦闘向きではない幻獣が相手であっても、だ。
『グゥぬぬ……この幻獣の面汚しがッ! それだけの力を持っていながら人間などに頭を垂れるのか……! 恥を知れ!』
「今更出てきて勝手言うなよ。俺が人間に尻尾を振ってるなんて勘違いしてる時点で、お前の浅慮さが透けて見えてんだよ。……えっ、なに? もしかして自分の無知さを披露しにでも来たの? なにそれ殊勝っていうか自傷が過ぎるだろ。ちょっとは自重しようぜ」
ついに魔獣の前に辿り着き、俺の射程内に入る。
『な、舐めるなぁぁあああああアアッ! 【石化怒涛】!!』
「お前さ、俺のこと馬鹿にしてんの?」
石の槍が無数に降り注ぐが、俺は腕を振るい、魔獣の魔法を一薙ぎにする。ただそれだけで尖石は塵となりパラパラと風に乗って流れていく。
「たかだか石を操るだけなら魔術でもできんだよ。お前のそれは術式を解さないだけで、魔法と呼ぶにはあまりにお粗末だ。その程度で俺を殺すとか……温厚なコン吉さんだって怒っちゃうよ?」
せめて鉱物鉱石を構築するか、既存の概念を乗せるぐらいしてもらわなければ話にならない。
術式が展開しない分、魔術よりも発動は圧倒的に早いが……それだけだ。人類相手なら直撃すれば恐ろしいだろうけど、真の意味での魔法には程遠い。
『な……何故だ! 俺様の魔法が何故通じない……! 騎士を名乗る有象無象を薙ぎ払った一撃だぞッ! 惰弱な人間如きに崇められて悦に浸り、幻獣の本能を忘れた老いぼれに何故通じない!』
ムカッ、と眉間にシワが寄る。
『認めないぞ。人間など弱者に媚びへつらうキサマが俺様よりも強いなど!!』
「随分と人間を馬鹿にしてくれるが、お前は単に運が良かっただけだ。騎士の真価は守ることにある。国を守り、民を守り、戦う術を持たない者を守る。例え相手が魔獣であろうとも、泥水を啜ってでも守り通す。それこそが騎士の本懐だ。現に、騎士団はお前に一太刀浴びせ、一人も欠けることなく任務を遂げている。お前を村や町から遠ざけることに成功している」
俺は守護獣の立場をそれなりに楽しんでいるし、いい思いもしてる。誰かに頼りにされることが嫌いではない。お山の大将と言われても甘んじて受け入れようじゃないか。
だが、うちの子を安く見られるのは我慢ならない。
普段、騎士団がどれだけ厳しい訓練を受けていると思うのか。
生活のほとんどを訓練に注ぎ込み、身体を鍛え、戦略や戦術の錬度を上げ、日夜生傷の絶えない生活を送っている。今回だって命の危険がある任務を文句も言わずに引き受けてくれたのだ。
もちろん騎士たちは王国を守る盾であり、同時に剣でもある。負けることは決して許されない。頑張ったからなどと言い訳も言い分も言えず、弁解も弁明も意味を成さず、結果のみが評価される。
騎士団は常に背水の陣であり、不退転の意志をもって戦うのだ。
不法入国した幻獣の誘導。それは迷子案内で済むこともあるが、今回のように戦闘になるケースだってある。それでも騎士団は不平不満なんて口にせず、粛々と任務に準じてくれている。
そして騎士団は見事やってのけた。
犠牲者を一人も出さず、魔獣相手に手傷まで与えた。それをどうして嘲ることが出来るのか。
傷をつけられ、生まれ持った力すら満足に扱えないやつに、どうしてうちの子を貶むことが出来るのか。
『認めない。幻獣は自由であり、強者でなくてはならないのだ。それを守護獣などと――人間に顎で使われる存在であってはならないのだッ!』
「お前は守護獣を根本的に勘違いしてるな」
『なんだと?』
俺は別に顎で使われたりなんかしていない。
彼らと俺とは対等だ。
等しく隣人であり、正しく身内なのだ。
「種族間での問答はずっと昔に終わってんだよ、時代遅れのロートルが。若輩のくせに時代錯誤も甚だしいっておかしいだろ。幻獣と人間の在り方。互いの領分を守り、干渉を極力控える。無関心でなく不干渉を掲げた契約。俺たち幻獣と人類。線引きは済んでいるはずだ」
俺たち守護獣がその〝楔〟なのだ。
「それを侵した魔獣であるお前に、他者をとやかく言う資格はない」
『黙れっ黙れッ! 御託をいくら並べ立てようと、キサマが幻獣としての生を否定している事に変わりない! 俺様は負けない。そんなキサマに負ける訳にはいかないのだァあ!』
玉砕覚悟で魔法を展開させる魔獣に、俺は年長者としての義務を果たすべく腕を揮う。
「相手の主張を無視して否定して、自分の意見だけを尊重してもらおうってのは我儘だ」
言って、魔獣の体を這うように幾重にも燐光が奔る。
俺の【佑爪】が抵抗も許さず蹂躙し、線状の軌跡が結果を導き出した。




