はじまりの道
柔らかな光が満ちる控室。
仕立ての良いタキシードに身を包み、胸元には白いブートニア。
俺は、今日この日をまだどこか信じられない気持ちで見つめていた。
今日は俺と莉乃の結婚式の日。
俺は緊張を押さえるようにそっと息をはいた。
コンコンとノックの音が聞こえて莉乃が入ってくる。
「悠真……準備、できたよ」
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは俺が知っているどんな莉乃よりも、キレイで美しい彼女の姿だった。
純白のドレスをまとい、莉乃は俺の前で笑う。
ああ、なんてキレイなんだろう……。
思わず息をのんでしまった。
「……っ」
「似合ってないかな?」
俺がなにも反応しないのを不安に思ったんだろう。
俺は勢いよく首をふった。
「……きれいだ。見惚れてるくらい」
やっとの思いで絞り出した声は、少しだけ震えていた。
莉乃は恥ずかしそうに頬を染めながら、「ありがとう」とつぶやく。
「こんな日が来るなんてな……」
俺はゆっくりと歩み寄ると莉乃をぎゅっと抱きしめた。
高校生の時から、ずっと好きだった。
後悔を抱えながらもずっと心で想っていた相手とついに結婚する。
どんな未来を想像しても、これ以上の幸せは思いつかない。
回り道はしたけれど、やっと、お前を手に入れたんだ。
「莉乃……誰にも見せたくないくらいキレイで可愛い」
「ちょっ、もう……恥ずかしいこと言わないで」
莉乃が顔を真っ赤にして俯くと、俺は笑った。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。
「まもなくお時間です」
スタッフの声に、私たちははっと我に返った。
俺は名残惜しそうに私の頬から手を離すと、代わりに腕を差し出す。
「行こうか。みんなが待ってる」
「……うん」
俺の腕にそっと絡められた彼女の指先が、小さく震えている。
その愛おしさに、俺は彼女の手を強く握り返した。
俺の人生のすべてをかけて、莉乃を幸せにすると心に誓った。
重厚な扉の前で、俺は隣に立つ莉乃の手を固く握った。純白のドレスをまとった彼女は、緊張からか、指先が少しだけ冷えていた。
俺は指先に力を込める。
彼女を幸せにすると誓いを立てるように。
やがて、厳かなパイプオルガンの音色が鳴った。
目の前の扉がゆっくりと開かれ、参列者たちの温かい眼差しが一斉に俺たちに向かう。
一歩、また一歩と、未来へと続くバージンロードを共に歩む。
隣を歩く莉乃の横顔は、息をのむほど美しかった。
「悠馬」
ふいに名前を呼ばれ、俺は莉乃をみる。
すると彼女は静かな声で言った。
「私を選んでくれてありがとう……悠馬は私のコンプレックスを全部包み込んでくれた」
「莉乃……」
莉乃の言うコンプレックスはコンプレックスでもなんでもないんだけどな。
でもそういう真面目なところも好きだ。
「今が一番幸せだって思うよ」
遠回りをして傷つけて、ようやく隣に立つことができた。
だからこそ彼女を今度は大事にすると決意ができた。
俺たちは、パートナーとしてこれから始まる人生を共に歩んでいく。
祭壇の前で向かい合い、神父の前に立つ。
「新郎、黒瀬悠真。あなたは、ここにいる高梨莉乃を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、固く節操を守ることを、神の御前に誓いますか」
俺は彼女の瞳をまっすぐに見つめて、はっきりと告げた。
「はい、誓います」
続いて、神父は莉乃へと向き直る。
「新婦、高梨莉乃。あなたは、ここにいる黒瀬悠真を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、固く節操を守ることを、神の御前に誓いますか」
俺は固唾をのんで、彼女の言葉を待った。
光の中で、彼女の瞳が潤んでいるのが見える。
「はい、誓います」
誓いの言葉が静かなチャペルに溶け合うと、続いて神父が指輪の交換を促した。
俺は用意されたリングピローから、莉乃のための指輪をそっと手に取る。彼女の左手を取り、その薬指に俺の指が触れた。
少し震えるその指に、ダイヤのリングをゆっくりと滑らせる。
ああ、よく似合ってる。
莉乃がおぼつかない手つきで俺の指輪を手に取り、俺の指にそれを嵌めてくれた。
「それでは、誓いのキスを」
俺は莉乃の前に立ち、その顔を覆うベールを上げた。
間近で見る彼女の顔は、涙で濡れながらもこの世の何よりも美しかった。
ゆっくりと顔を近づけ、その柔らかい唇に自分の唇を重ねる。
「へへっ」
莉乃は嬉しそうに笑った。
鳴りやまぬ拍手の中、俺たちは今、夫婦として新たな一歩を踏み出していくんだ。
──。
『つーかさ、俺疑問だったんだけどなんで高梨は悠馬の言うこと聞いてたんだ?』
これは黒瀬と付き合うすこし前のお話。
清水くんのBARで黒瀬の相談している時のこと。
『黒瀬は高梨をパシるのも周りに見せつけるためだけだったし、本気で嫌だって伝えたらふたりきりの時はやらなかったと思うぞ』
そう、私は黒瀬からパシリにすると言われてから一度も抵抗することはなかった。
それは、めんどくさいことになるのを避けるためっていうのもあるけど……。
『これ、パン買ってきたわよ』
『ん。じゃあここで食おうぜ』
『はぁ!?なんであんたなんかと』
『いいだろ、なんのために全部2つ買わせたんだよ』
友達のいなかった私が屋上で黒瀬とふたり。
その時間は、案外悪くない時間だったのかもしれない。
『うーん、それは秘密』
でもそんな話、黒瀬にはしてあげない。
だって、彼はきっと調子に乗ると思うから──。
END




