第1話 目覚め
名艦から荒唐無稽な軍艦まで数多く世に出ている中、新規開拓を試み、行き着いた先が歩行戦艦でした
2脚や多脚で歩行する戦艦など馬鹿すぎて誰も書いてないと思い
誰かが思いついても避けて通った道を進んでみる
現実的に無理でも意味が無くっても馬鹿げていたとしても、陸上戦艦ってロマンありますよね
目覚めた先では歩く戦艦が地鳴りを響かせながら荒野を進んでいた。
それは第二次世界大戦時の資料で見たことのある戦艦だった。
艦の中央部に屹立する幾層にも連なる鉄の高い塔を持ち、その後ろにやや後部に傾斜した太く巨大な煙突を持っている。その煙突の後ろには他の構造物と比べると華奢に見える高い骨組みがあり煙突の傾斜に合わせ傾いていた。骨組みの至る所から各塔や他の構造物を繋ぐ線が伸びていた。その後ろには一番低いが鋭い存在感を放つ塔があった。
それぞれの構造物はコンパクトにまとまっている印象を受ける。そのためにスピード感と緊張したイメージを得られる造形を感じた。
中央の構造物の前部には2基の3連砲塔と副砲を、後部には3連砲塔と副砲があった。
最上甲板を軸に艦を真横に見ると全体的になだらかなカーブを描く坂があった、全体的に緩やかな大きな波のようなイメージを受ける。
前方から艦首が少し高くうねり、なだらかで優雅なカーブを描き下がっていた。
前部の砲塔で一番低くなり、そこから高い塔に向かって、やや上に傾斜していた。
一番高い塔からは水平になり、後部砲塔辺りは少しだけ低く、砲塔を過ぎると少し高くなり、また水平になっていた。
後部艦橋は前部とは違い低いがその分に、どっしりと安定したイメージを受ける。
艦景は巨大兵器としての緊迫感があるもどこか悲壮すらも壮大さも感じられる。
無骨であるべきだが砲塔や艦橋からの兵器としての機能美により美しさが際立ち、心に深く、深く、その姿が刻まれるようであった。
しかし、猛烈な違和感に襲われる何かがあった。脚だ、脚があったからだ。
艦の中心から少し後ろにずれた側面に艦橋構造より太いどっしりとした2本の脚があった。
歩行は安定しているように見える、近くで見てもそれほど艦は上下に揺れてはいなかった。
狂言師がスライドするように大地を滑っているかのような移動を、とても妙な歩き方をしていた。
姿形はまったく違うが、なぜかティラノサウルスの歩く姿を連想させた。
上部構造はとても美しいのに下部の脚がとても違和感があり、とてつもなく無様に見えた。
しかし、なぜだかわからないが沸き起こる感情に支配されていた。
これはこれでありかもしれないと。
やがて、好ましくも思えるようになった。
男は自分の中にあるよくわからない感情を噛み砕いていた。そして、気がつくとある種の感覚に支配されていた。
寒気とも電撃が走ったかのような、強烈に脳がしびれ焼かれるような感覚を覚えた。鳥肌が立ち、物凄い多幸感に支配された。
俺の中の9歳児が興奮しているのを感じた。自分の中の感性に触れ惹かれる。その多幸感を味わった。
初めて見る、とても大きな鉄の塊、黒い金属の鈍い光沢を放つ巨城、圧倒的な存在感。
とにかく、何がなんだかわからないが、何とも表現し難い多幸感に襲われ続けた。
問答無用にダサいが格好が良い。これは良いものであると感じた。
だが、ありえない。馬鹿げている。目の前にある存在を理解しようとすると己の理性が拒絶する。
軍艦に脚がある。ゆっくりと目の前を移動している。これは狂気の沙汰だ。
こんな珍妙で浪漫の塊で美しくて……悪夢でも見るような奇っ怪な兵器があってたまるものか……。
冷静な自分と興奮している自分を認識する。男はひどく困惑していた。
しばらく呆然としていた。
気が狂ったのかと自分自身を疑いながら気持ちを整理し、目が覚めた直後の記憶をたどり現状把握を試みた。
起きた直後、最初に見にしたのはSF映画で見たような冷凍睡眠装置じみた巨大な金属の塊があった。
頭が回らない状態の中、必死に以前の記憶を思い出そうといしていた。
だが、どうしても思い出せなかった。
気分は最悪だった。わけがわからないからだ。そのためか、若干の吐き気を催していた。
機械音声に誘導されるがまま体の診断を受けた。
冷凍睡眠機能に異常はありませんでしたと機械は告げた。
次に身体に必要な栄養素や調整液をしこたま飲まされた。
そんなに酷い味はしなかったが量が多くきつかったが飲んだ。
おぼつかない意識のまま、無理をして機械の言うことを実行していた。
なぜなら飲まなければ最悪、死が訪れると脅されたからだ。
飲んでるうちに吐き気が治まってきたので、機械の言うことを信じることにした。
気持ちを落ち着かせる間、センサーアームが体のあちこちを調べていた。アームは静かに滑らかな動きで駆動していた。
機器そのものは形は柔らかいカーブを描き全体的に白っぽい無機質な感じだ。
透明なカバーの中に結晶のような輝きを見せる部品が見えた。
明らかに見覚えのある機械ではない。確実に自分がいた時代より科学力が進んでいるのであろう機構と先進的なデザインだった。
機能が優れているように思えた。身体の透視図とかバイタルが空間ディスプレイに投影されていたからだ。
よく見ているうちに気分が良くなってきた。
きっと調整液の中に気持ちを落着ける薬剤でも入っていたのだろう。そんな事を考えていると診断を終えたのか機械が異常なしと告げてきた。
次に機械から服を着るように指示を受けた。
点滅する光源の近くの扉が開き、パッキングされた衣類と靴が出てきた。
機能的な野外活動服と言うのだろうか?
土色、茶系色のモザイク、そのデザインは迷彩服を思わせる。そのパターンは見たことがなかった。なんとも妙な服だと思った。
触ってみると上質の革の印象を受ける、肌さわりの良い化学繊維にもシルク素材にも思える不思議な感覚だった。
サイズも問題なく着心地も良い。
靴は登山用の靴に似ていたが踏み抜き防止用の鉄板が入っている様だった。
見慣れたものを触っていると、ようやく気持ちが落ち着き、頭の回転も正常になってきた。
落着いて辺りを見ていると機械の光が薄くなり、部屋の奥が点滅していた。
部屋から出ろってことか? このまま呆けていても仕方が無いので誘導に従う。
出た先は通路だった、自分がいる一区画だけ明かりがついている。
どちらに進めばよいか迷っていると明かりが次々についていく。
進む方向はあちらのようだ。
通路は清潔で無機質で静かだった、途中、他の部屋に通じる扉があったので開かないか試してみたが開かなかった。
状況がつかめないのが心細く少しでも情報が欲しかった。
起きてみたら見たことも無いSFじみた空間で、今まで生きてきた環境とえらい差だったから。
20xx年頃まで普通に生きてきた記憶はある。だが、他のことが思い出せない。
俺が何をしたってんだ? なんでこんなことに? ネガティブな感情を抱きつつも前に進んだ。
広場のような大きな部屋に出た、中央にソファーがある、大きなモニターがあることに気がついた瞬間、モニターが光り映像が流れ始めた。
おはよう諸君、目覚めの時だ!! 文明は滅び、そして再生の時が来た!!
モニターに移った偉そうな男は陽気な声で無茶苦茶なことを言い放った。
要約すると隕石が落ちたり、核の炎に包まれたり、大戦争が起きたり、天変地異が多発
何とかしようと人類の英知を終結させ様々なプロジェクトを進め救済を行った。
統一政府を作り、戦争をなくし環境改善の為にAIを駆使して環境改善ナノマシンをばら撒いてみたり
遺伝子改造で汚染物質回収する微生物を作ったり、超大型機械で自動機械工場を乱立させたり
一部の者は諦めて地球外脱出をしたり……と。
危機から逃れようとSF映画でよくあるアイディアを実施し抵抗していたらしい。
それでも環境が悪化し、お約束のAIや自然の暴走が発生した。
人類はどうしようもなくなり、一部の者が地下施設で冷凍睡眠し、ほとぼりが冷めるまで待つことを選択した。
それがここの施設だそうだ、他の人間はどこにいったのだろうか?
映像は終わりを告げ、陽気なBGMと共に次の指示をしていた。
装備を整え、外に出て人類を復興せよ!!
次の部屋にパッケージングされた袋と装備があった。
護身用の銃器類やらサバイバル道具、袋には数日分の食料に水、情報端末が入っていた。コレで数日は生存できるであろうと思えた。
それら装備を身に着け準備を整えた。
とりあえず情報端末を覗いてみたがサバイバル技術や周囲の簡単な地図等のアーカイブであった。
周辺地図を見るもまったく分からん、どこの国かも分からん。ただの荒野じゃないか。頭が痛くなってきた。
町の名前や通り名すらも無く地形図だけが書かれていた。どこに行けってんだ。
次の扉が点滅して移動を促していた。
しかたなく指示に従い移動を開始した。
無機質な施設の長い廊下、長いエレベーター。そして、また長い廊下、最後に厳重な扉を何枚もくぐり外に出た。
扉が開かれると陽光が差し込みあまりの眩しさに目がくらんだ。一瞬、目の前が真っ白な世界に包まれた。
手をかざし日光を遮りながらなんとか目を慣らしてゆく。徐々に視界がクリアになっていく。
最初に目に入ってきたのは広い空き地だ、次に青い空、渇いた土にでかい岩肌が目に付く。
しばらく、付近をうろつくと自分が出てきたのは岩山の縁にくっついた巨大な施設に気がついた。
それはとても大きな切立った岩山にめり込んだように作られたシェルター施設であった。
とりあえず先に進もうと考えた。少し先の丘があったので何か見えないかと、とぼとぼと歩き、今後の行動を考えていた。
まずは水場だ。つぎに当面の寝床。そんで食料かな?
他の人はいるのだろうか? 自分より先に出た人達がいるはずだ。その人達がいるであろう避難場所に向かうのもありかと考えているうちに丘の上に着いた。
辺りを見回すと地平線まで延々と続く荒野があった。
遠くにはいくつか巨大な岩肌をもつであろう切り立った山もあったが基本的には広大で熱波に揺らぐ荒野があった。
視界の右側にはすぐ近くには巨大な大岩があり遠方は見ることが出来なかった。
目線を足元に落とすと自分の立っている場所が崖っぷちであることに気が付き、思わず後退りした。
深い渓谷だ。そこにはかなり広い平坦な大地があり、谷の中央にはチョロチョロとしたか細い小川があり、周辺にいくつかの枯れ木があった。
水はなんとか確保できそうだ。飲料に適しているのか? 汚染とかされてないかな? でも、こんな崖は折りられないな。危険だ。どうしたものか。とそんな不安を抱いていると、どこからか響いてくる重い音に気がついた。
先ほどまで音も振動がなかったが今では腹に響く凄まじい音と振動を感じる。
発生源の方向を見ると右側にあった岩山の影から黒い巨大な塊が出てきた。
最初は日光が遮られ影となり巨大すぎて何が出てきたか分からなかったその黒い塊の姿が徐々に見えてきた。
船だ、船が動いている。艦橋が徐々に見えてきた。全容を捉えようと崖の下が見れる位置を確保する。位置的にこちらの方が高台なので甲板が見れた。
長い船体に巨大な3連装砲、小ぶりな3連副砲。高い塔のような構造物、巨大な煙突が見えた。船の前部だけでもかなり大きさだ。
戦艦? 「戦艦だ……」
あっけにとられ、しばらく見ていた。
半分近くの船体が見えたところで異質なものが船体に付属していることに気がついた。
船の下部構造に足がある、しかもそれが動いてる。
「2脚の歩く軍艦だ」
そんな言葉を吐き出しつつ、呆然と馬鹿げた光景を眺めていた。身体バランスのひどく崩れたティラノサウルスのような印象を受ける。
艦に太めの2個の脚がある。意味が分からない。脳みそをフル回転しても理解できない。
間抜けで馬鹿げているが軍艦自体はなにかロマンを感じさせる存在感があった。
第二次世界大戦の映画で見た艦に似ていた、しかも日本の軍艦に似ていたが違うようにも思えた。
荒野に歩行する軍艦が存在してる。その事を考えると急に馬鹿馬鹿しくなり笑ってしまう。
「へへへッ」
我ながら何と間の抜けた笑い方だ。自身の放った笑い声でさえ馬鹿馬鹿しく思えた。
だいたい重量がどうなってるんだ?
重量で地面にめり込むだろ? なんで歩けているんだ?
いや、その前に自重で船体が折れるだろ?
それにしてもだ。すげーバランスよく大幅に揺れることもなく歩いてるなとか。
そもそも戦艦が歩いてんのが大問題だ。どうなってんだ?
いったいどんな技術で動いているんだろうか?
重力制御? フィールド干渉力場? なんだかわからない不思議粒子制御? 人類はどうあがいたら歩行戦艦を生み出せたのか?
これ作ったやつ頭ぶっ飛んでる。だが技術的には凄まじい。
軍艦の重さが凄まじい事は知ってる、昔読んだ本に巨大ロボットを支える足は重量がなんたらと。
これ立体映像じゃないよな。蜃気楼のすごいやつとかじゃねーよな。こんな近いんだ違う違う。
腹に響く振動と音が存在感を与えるが艦の重量に対してこの振動と音は正しいのか?
あの艦に人がいるのだろうか? 詳しく聞いてみたい。
完全に目の前の現実を受け入れるとひとつの巨大な考えが浮かんで離れなくなった。
歩行戦艦ってダサいけどカッコいいかもしれないなと。
バカっこいい?
馬鹿とカッコいいを混ぜてみた。
あえて頭の悪いことを考えて少し気持ちを落ち着ける。だが先程の疑問が再燃し脳裏を渦巻かせる。そして一つの疑問に到達する。
テクノロジーが暴走したけど地球は無事でした……それでこのザマなのか?
そんなことはお構いなしに、現実に圧倒され不思議な感覚に襲われる。
すげぇ。なんなんだこれ。すっげぇ。理性外の感覚である。
なにより己の中の9歳児が大騒ぎしていた。テンション爆上がりで興奮が抑えられなかった。
呆然と眺める。
しかしながら、徐々にこの状況を受け入れる自分もいた。
凄まじい衝動に後ろ髪を引かれつつも己の中の9歳児をなだめた。
ここまでの記憶は確かな現実である。だがその前、目覚める前の記憶が無かった。
歩行戦艦が存在する世界に目覚めたのは確かなんだよな。
思考をいろいろと展開してみても埒が明かないので現状の切羽詰まった問題に対処することにした。
つまり生き延びることを考えた。
歩行戦艦問題はとりあえず置いといてライフラインの確保をしよう。
ロマンも大事だがまずは生き延びなければならない。
水場を目指す、方針は決まった。
歩行戦艦が進む方向を見ると崖沿いになだらかな坂道があることに気がついた。
今いる崖っぷちからでも谷の底まで移動できそうであった。
そう言えば丘に来る途中に谷岩の裂け目のような場所があったことを思い出した。道は他にもあるかもしれないな。
あそこからでも歩行戦艦の通り道にでれるかもしてない。崖沿いは危ないしな。安全策を取ろう。崖沿いを進むのは最後の手段だ。
そう思い、谷の入り口に向かった。
裂け目は狭く大小様々な岩が転がり塞さがれていた。だが岩の壁はせいぜい数メートルの高さだ、傾斜もゆるいし簡単に登れるだろう。
よく見てみるとご丁寧に岩が大きめの階段のようになっていた。
一番上まで上り、向こう側が見えるようになった。
その時、いきなり声がした。
「うわっ、ビックリした。危うく殺しちゃうところだったよ」
声はすれども姿は見えない。
「何か音がすると思って隠れちゃったよ。敵かと思った。もっと人間らしい音出して歩いてよ」
日焼けした少女が銃を構えて出てきた。
「チョッ!! 撃たないでくれ」
間抜けなセリフが口から出てしまった。
「肌は緑じゃないのでレイダーじゃない。っと。うん。撃たないよ。安心して。ということはお兄さんは目覚めた人だね? 」
「レイダーが何か分からないけど。さっき起きたばかりの安全なお兄さんです。たぶん」
少女は吹きだして笑っている、だが銃口はこちらを向いている。こちらとしてはとっとと銃口を下げてもらいたいのだが
「格好をみると目覚めた人に見えるし、対応もレイダーぽっくないから信じてあげる」
そう言うと銃口を下げ友好的な笑顔でこちらに降りて来いと手招きしている。
「いきなりで悪いんだけどお兄さん食料持ってるでしょ? 食事前に急に呼び出されさ。だからお腹空いちゃって。最初に渡される黄色い小さな箱に入ってるやつ。私、あれ好きなんだよね。街にはなかなか出回らなくってさ」
「ちょっと待って。荷物を漁ってみる、確か黄色い奴は見かけた気がする」
荷物を降ろし、目的のものを探す。
「それそれ。お兄さん、それだよ、それ当たりのヤツだ」
少女に渡す。満面の笑みで受け取り、箱から銀紙で保護された食料を取りだした。
少女が食べている様子を見ていると記憶の底に簡易携帯食料として食べたことがある気がする。便利でカロリーが取れるやつだ。そして口の中が乾き水が欲しくなるヤツだ。
食べ終わると少女は水筒らしきものから飲み物を飲んでいた。
「そういや、街って言ってたな、そこまで案内してくれないか?」
「ごめんごめん、元からそのつもりだったよ、お腹が空いてて大事なことを言うの忘れてたよ」
この辺のハンターは目覚めた人を見つけたら保護する決まりだから安心していいよ」
「目覚めてから色々ありすぎて精神的に参ったたんだよ。助かる」
「運が良かったよ、お兄さん、携帯食料の味がほとばしるお祭り男の汗味とかだったら見捨てて帰ってたよ」
「なにそれ怖い。二つの意味で怖い」
「見捨てるのは冗談、きもい味のやつはホントよ、実際にあるんだから」
少女は楽しそうに笑っていた。俺の間抜けツラがよっぽど酷かったらしい。
「とりあえず。街まで行こう、少し遠いからさ、そうそう私はアミガサって言うの」
「アミガサさん? ちゃん? 俺はムサシだ」
「アミでいいよ」
「よろしく、アミ」
坂道を下りながらとりあえず安全なところに行けるだろうと安堵していた。
状況を整理すべく色々と聞きだしてみた。
「驚いたでしょ、戦艦が歩いているの見たんでしょ」
「そうそう、あの歩く戦艦ってなんなの? まさかあれが街とか言わないよね?」
「トレーダーが遠くの街にそういうのもあるって言ってたけど、あれは野良だよ。野良で私達の守り神みたいなもん」
「野良? 野良の歩行戦艦? 」
「そう人が乗ってないの、あれ大きくて銃座も生きてるから危なくて誰も手をだしてないの。注意して道を塞いだりしなければ危なくないんだよ。敵も追い払ってくれるし」
「あんな轟音と振動してれば誰だって逃げるさ」
「たまに止まってるからそれなりに注意しないといけないんだけどね」
「AI制御で動いてんのか? すっげーなこの世界」
「たぶんね、その船にはまだ誰も乗り込んでないから」
「他にもあるの?」
「あるよ、4本とか6本脚とか色んなのいるよ、八本足以上は私は見たこと無いけどトレーダーとか旅人がそーゆーのもいるって言ってたかな」
「あんな馬鹿げたもんが色々あるのか」
「大丈夫、こっちから手を出さなければ安全だから、乗り込んで手なずけた船もあるんだよ」
「なにそれロマンの塊、馬鹿げてて素敵で浪漫がある」
「男の人ってあーゆーの好きなんだよね。街の男の子達も良く騒いでるのよね。私、わかんないんだ良さが。でもさっきの船は好き、なんか綺麗だよね」
「そうそう、何て言うか中央の三つの構造物がごついのに全体的なプロポーションがシャープでさ」
「流れる船体のラインが美しい」
「流れる船体のラインで美しい」
「話が合いますなお兄さん」
「そちらもなかなかの目利きで」
どうやらこの世界の美的センスはそんなに変な方向になってないようだ。たぶん。
雑談しながら歩いていくと坂を下りきった。
「ムサシ、ちょっと隠してる車をだすから、手伝って」
「その車ってタイヤついてるよな? 4輪ですよね。車って言ってるし。足ついてたりしないよな? 」
「4輪だよ、脚ついてるやつ高いのよね」
「戦艦に脚がついてれば車にもあるかやっぱり」
「結構特殊よ? 」
「なら、安心した。無駄になんでもかんでも足がついているのかと一瞬思ったんだ」
岩陰に入り込むとシートで隠された車が見える。結構でかい。
「今日は獲物が取れなかったけどムサシ拾っちゃった、組合からご褒美がでるから良い日だ!」
「俺は疲れたよ、馬鹿馬鹿しいもんみちゃったから頭が追いつかない」
少女は小悪魔的な笑顔でドヤ顔をして言った。
「麗しい案内人を捕まえといて、何かお世辞でも言ったらどう? 」
「すまんすまん、麗しく可愛らしいお嬢さんに出会えてとてもとても良い日ですよっと」
「いまいち、だよ。ムサシ。もっと素敵な言い回しあるでしょ。ハァ。まぁいいや。ようこそ、この世界へ、ムサシ、そんなに悪くないよココ」
「そうであることを期待するよ」
車に乗り込み街を目指す。
多少の不安を抱きつつも少女に励まされ前向きな気持ちにしようと努力する。
それでも五感は現実を嫌でも伝えてくる
空は青く澄んでいて、風は乾いている。気温は心地よく、日差しは少し強い。
たまに口に入る舞い上がった砂の味はわずかに金属の匂いがした。
夢を見ているワケでもない。
遠くに見える歪な戦艦、き渡る重厚な足音。
俺は今。歩く軍艦の世界にいる。それだけは確かだった。