ロック(メタル)同好会の鉄の友情
希輔はエレキギターの速弾きのリズムに乗って、髪をばさばさと揺らしながら、上へ下へと激しく首を振っていた。
「…何ですか、それは」
目をパチクリさせている林太郎に健吉が解説を始めた。
「ヘッドバンキングって言うんだよ。略してヘドバン。メタルバンドは首振りなしでは始まらないからね」
「そ、そうなの」
林太郎は、希輔の動きが以前テレビのバラエティ番組で見たオウムそっくりだと思った。オウムは、それは滑稽な動作で首を上下に振り立てていたのだ。口にしたら怒った希輔にピックで激しく突かれるから、当然黙っている。
「うん。これぞメタルって感じでカッコイイでしょ。ふ〇っしー(懐かしいですね)の動きもそうだよ。ゆるキャラと対照的なキレのある動きがウケて人気が出たんだ」
「いや、単にトークが面白かったからだろ。って、その動き、俺もやらなきゃいけないの?」
「当たり前だ。メタルのボーカルがヘドバンをやらなくてどうする」
希輔が林太郎をきっと睨み付けた。途端に林太郎は、蛇に睨らまれたカエルの状態になって大人しく「はい」と返事をしてしまう。
「最初から激しく首を振ると頸椎を痛める可能性があるからな。そうなると年を取ってからが大変なことになる」
「大変て、何が?」
不安に口元を強張らせた林太郎に、健吉が容赦のない説明を繰り出した。
「頸椎って、体に重要な神経が沢山通っている場所なんだ。だからそこを痛めるとまずいんだよ。重症な場合、寝たきりになっちゃうかも知れないし」
恐ろしい話に顔を引き攣らせた林太郎の肩を希輔は軽く叩いた。
「大丈夫だ、そうならないように“なんちゃってヘドバン”を今からお前に伝授してやる」
「なんちゃってヘドバン?」
情けない表情をしている林太郎に希輔が大きく頷いた。
「首を激しく振るように見せかけて、頸椎に負担のない振り方があるんだ」
「実はね、塾に行っている時に、僕も希輔君から伝授されたんだ。ほら、見て林太郎君」
健吉が林太郎の前で高速で首を振り始めた。
「ほう。相沢、お前、俺の伝授した“なんちゃってヘドバン”技術は落ちてないようだな」
嬉しそうに目を細める希輔に、健吉は「たまに家で練習しているんだよ」とはにかんだ表情を見せた。
「それだけの技術を維持しているなら、相沢が森に教えることも出来るな。腹筋と頸筋を鍛える練習に加えてヘドバンの面倒も見て貰おうか」
希輔が言った直後に、教室の扉ががらりと開いた。
「あ、いたいた」
扉を開けたのはアイドル同好会の会長だった。
「相沢君の声が聞こえたから、ロック同好会の方にいるんじゃないかと思ったら、やっぱりだ。君、アイドル同好会の一員なのに何でこっちにばかり顔出してんの?」
困ったように俯いてすいませんと言う健吉に、会長が厭味っぽく鼻を鳴らした。
「君がうちのアイドル同好会に顔を出しても出さなくても、どっちでもいいんだけどね。だけど、うちらは文化祭では詩吟同好会として活動しなくちゃいけないからさ。その準備が出来ているかどうか、会長として一応把握しておかないとね。で、相沢君。尺八同好会との打ち合わせはどうなってるの?」
空き教室の扉から顔だけ突き出したままで、会長が健吉に尋ねた。
「詩吟同好会の文化祭の準備って、健吉一人でやっているんですか?」
アイドル同好会の会長の言葉に、林太郎は思わず口を挟んだ。
「そうだよ」
林太郎の問いに会長は、こいつは何を当たり前の事を聞いてくるという表情を向けた。
「だって、詩吟なんて下らないこと、何で僕らがしなくちゃいけないんだ?相沢君が詩吟をやってくれるって言うからアイドル同好会に入れてあげたんだ。なのに、全然活動しないばかりか、最近はロック同好会に入り浸っているって、どういう事?先輩舐めてない?」
気難しげに顔を顰めた会長が健吉を睨み付けた。健吉は困ったように俯くばかりである。
「おい、ふざけんな。後輩一人に文化祭の準備押し付けてといて、何だよその言い草は」
頭にきた林太郎がデスボイスでアイドル同好会の会長に詰め寄るのを、健吉が制止した。
「林太郎君、僕ね、去年も全部一人で詩吟やったの。だから大丈夫。そんなに怒らないで」
「何だと?!健吉に面倒な事は全て押し付けたって言うのか!このクソ野郎を叩きのめす」
握り拳を今にも会長に振り下ろしそうな林太郎を、健吉は必死で止めた。
「林太郎君!会長殴ったらダメだよ~。ロック同好会が活動停止になっちゃうよ~」
「まあ、森、落ち着け」
希輔は、林太郎の振り上げた拳を掴んで下に向けた。それからアイドル同好会会長に顔を向けると、会長の目をじっと見た。射抜くような希輔の鋭い視線に、会長が後退りする。
「会長さん。今、あなたは詩吟なんて下らないって仰いましたけど、アイドル同好会では本当に詩吟をやる気はないんですか?」
「な、ないね」
希輔に睨まれた会長が上擦った声を出した。
「アイドル同好会が詩吟やるって、どう考えたって変でしょ?いくら隠れ蓑とはいえ、五十年前の先輩達も面倒な事してくれたもんだよ。本当に迷惑だ」
忌々し気に顔を顰める会長に、希輔が分かりましたと頷いた。
「確かにアイドルと詩吟では、かなりの乖離がありますよね。だったら、詩吟同好会をロック同好会と合併させます」
「えっ」と言って、会長が絶句した。林太郎と健吉もである。柳澤と田向は黙ってアイドル同好会の会長を凝視していた。
「ジャンルは違えど音楽は音楽ですからね。アイドル同好会よりは無理はない。それに詩吟をやっているのは相沢一人だけだ。彼がこちらに移ってくれば済むことです。どうです?これなら文句はないでしょう」
「で、でも、そうしたら、アイドル同好会の活動が…」
慌て出した会長をきっと睨んで、希輔が言い放った。
「詩吟は下らないんでしょう?下らないと思っているものを隠れ蓑に使うのは、あまりに人の道に外れていると思いませんか?五十年前と違って先生方にきちんと説明すれば、アイドル同好会は同好会として認知されるでしょうから、そろそろ本当の姿を世に現して堂々と活動したらどうですか?」
会長は顔から大汗を拭き出し、口をパクパクさせて希輔の話を聞いていた。
「という事で、俺達、これから練習に入りますんで。先輩、扉閉めて下さい」
話し終えると、希輔はアンプの出力を上げてエレキギターをギャンと鳴らした。目にも止まらぬ指の動きが弦の上を滑っていく。耳をつんざくエレキの大音響に会長が慌ててバチンと扉を閉めると、希輔はエレキの弦からピックと指を離した。
「そういう事だ。柳澤、田向、森、それに相沢。異論はあるか?」
「ないよ」
柳澤がにやにやしながら即答した。田向も片頬を上げて頷いた。
「詩吟とコラボか。おもしろそうじゃん。相沢、去年、近くの老人ホームからお年寄りがお前の詩吟を聞きに来てたよな。爺さん婆さん達は今年も健吉が歌うの楽しみにしているだろう?俺達も手伝うよ。何でも言ってくれ」
「みんな、ありがとう」
嬉しさのあまりに泣き出した健吉に、希輔が「いやぁ、俺達は、一生懸命を馬鹿にするような奴が嫌いなだけでさ」と、少し恥ずかしそうに鼻の下を指で擦っている。
(プロになる奴って、やっぱすごいな)
林太郎は泣いている健吉の背中を擦りながら、そう思った。




